ページ番号1006315 更新日 平成30年2月16日

三菱商事石油開発 ガボン海上Nguma 探鉱プロジェクト

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レポートID 1006315
作成日 2008-01-18 01:00:00 +0900
更新日 2018-02-16 10:50:18 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガスレビュー
分野 企業探鉱開発
著者
著者直接入力 清水 陽一郎
年度 2008
Vol 42
No 1
ページ数
抽出データ エッセー三菱商事石油開発株式会社ガボン・リーブルヴィル支店長 清水 陽一郎三菱商事石油開発 ガボン海上Nguma探鉱プロジェクト-オペレーターシップ取得から3D震探まで-は、探鉱事業の重点はMoabi鉱区深海に移っていった。具体的には、2003年にPGS社をコントラクターとし、Moabi鉱区の80%以上に相当する約3,000㎞2に対し3D震探を実施し、2005年にはこの解釈結果を受けてMSAM-1号井(水深700m)、MTIM-1号井(同1,000m)の試掘を行った。このうちMSAM-1はUpper Cretaceous層を、MTIM-1はPre-salt層をターゲットにしたものであった。特にPre-4,000b/dの生産を維持している。 一方、同油田群はピークを越えた老朽油田であるとの認識から、わが社は埋蔵量代替を目指し、2000年代初頭よりガボン北部海上での探鉱事業にも積極的に参加するようになった。 すなわち、2001年にはHess社のEbene鉱区に50%参加、2002年には、やはりHess社のNguma鉱区、Moabi鉱区に35%参加、さらに2006年にはTullow社のAzobe鉱区に40%参加したのである。 2007年11月現在での、わが社の保有権益は図のとおりである。2. オペレーターシップ獲得から支店設立まで(1)Hess社撤退までの経緯 いま述べたとおり、2005年までのわが社のガボン事業は、Total Gabon社との生産事業をその主軸として維持する一方、Hess社とのパートナーシップで探鉱3鉱区を有する状況であった。この状況下で、2003年にEbene鉱区浅海での試掘に失敗して以降鉱区名Nguma(探鉱)Moabi(探鉱)Ebene(探鉱) パートナーMPDCガボン(op) 100%MPDCガボン(op) 100%Perenco(op) 37.5%、MPDCガボン37.5%Amerada Hess 25.0%Baudroie Merou(生産) Total Gabon(op) 50% 、MPDCガボン50%Azobe(探鉱)Tullow(op)60%、MPDCガボン40%出所:三菱商事石油開発株式会社 図ガボン保有権益はじめに 三菱商事石油開発(MCX)は、三菱商事の100%子会社であるMPDC Gabon Co.,Ltd.(MPDCガボン社)から業務受託し、ガボン事業の実質運営・管理を行っているが、2006年1月、ガボン共和国海上Nguma(ングマ)鉱区、Moabi(モアビ)鉱区の権益を100%取得し、現地支店を開設して初のオペレーター事業に臨むことになった。わが社の同国での権益参加自体は1970年代に遡るものの、オペレーター事業についてはスタートからまだ2年と日が浅い。 本稿では、歩み始めたばかりのガボン・オペレーター事業の、この2年が当面の主目標であったNguma鉱区での3D取得までを中心に振り返りたい。さかのぼ1. ガボン・プロジェクトの概要こう わが社のガボン事業は、1974年にTotal Gabon社(当時はElf Gabon)の海上探鉱鉱区Baudroie-Merou(ボードラ・メロー)に50%参加したことに遡る。同鉱区では、1980年のBaliste(バリステ)油田よりの生産開始を嚆に、1982年にはBaudroie-Nord(ボードラ・ノール)油田、1984年にはMerou(メロー)油田、Baudroie(ボードラ)油田の生産開始が続いた。1990年代後半には4油田の総生産量が一時9,000b/d程度に落ち込んだが、その後わが社が主唱した追加開発構想や鉱区内の新規探鉱が奏功したこともあり、生産開始27年目の今日、1万矢し47石油・天然ガスレビューオたのである。 さて、Hess社が撤退を表明すると、一方のパートナーであるPetronas社(30%)も早々にこれに続く方針を明らかにし、一人わが社の出処進退が問題になった。現行の第1探鉱期間の期限は2006年1月に迫っており、延長には1カ月前の政府通知が必要である。このことから、2005年後半のわが社ではガボン探鉱戦略をめぐって真剣な議論が繰り広げられたのである。    まず、技術的にはNguma鉱区では何ら探鉱らしい探鉱をしていない、ましてTorpille油田、Girelle油田、Obando油田という複数の生産油田が鉱区に食い込んでいるNguma鉱区を、隣接のMoabi鉱区での試掘が失敗したからといって放棄する理由にはならない、少なくともNgumaにおいて3D震探を実施すべきである、との議論が持ち上がった。さらに、Moabiではそもそもわが社はガス・リスクの高いPre-saltに反対し、Tertiary層の試掘を推していた。しかし、ハイ・リスク/ハイ・リターンを狙うオペレーターの決断でPre-saltになったという経緯があったため、当時の試掘結果を受けて、Tertiary層のポテンシャルを見直すべく全般的スタディーを行う、したがって100%権益保有のオペレーターとして残ろう、という議論が持ち上がった。 これに対し、試掘2坑の失敗、およびHess社という経験豊富なパートナーの撤退という現実からくる意気消沈の空気は根強く、筆者も(後に赴任になるとは想像せず)ネガティブな意見に傾いていた。しかし何よりも心理的に大きな抵抗となったのは、西アフリカで100%オペレーターになるという事実の重みであったと思われる。当時わが社には、日中石油開発やジャパン石油開発・合同石油開発でオペレーター経験のある個人はいたが、MCXとしてのオペレーター経験はなかった。それどころか、海外支店というもエッセーのがなかった。いかに1974年からガボン権益に参加しているといっても、それはノン・オペレーターとしてであり、果たしてアフリカの、それも他に日本企業もなく英語も通じないガボンに店を構えてオペレーター事業ができるのか?資材を確保し、多くのコントラクターを切り盛りし、事故や環境対策のマニュアルを作り、さまざまなリポートを随時当局に提出し、現地の細かな法制、税金、雇用に絡む諸々の問題に対応できるのか? などなど、否定的いとまな想像をさせる要因は枚挙に暇がなかったのである。 結論としては、最後は事業部門、技術部門、管理部門が一体となって100%でのオペレーターシップの獲得をマネジメントに提案し、裁可を得た。議論百出の末に決断に至った理由については、もちろん上述のNgumaポテンシャルの判断に合理性があったことがあるが、最大の心理的要因として、社内に「いまオペレーターにならなければいつなるんだ」という強い一念があったように思う。 当時の議論のなかではアブダビ帰りのエンジニアの、「もはやオペレーター経験のない会社には、産油国からも既存オペレーターたちからも退場勧告が出ている」という説得のあったことが、個人的には印象深い。実際には、オペレーターシップを避けながらうまく収益を上げている中小石油会社というのは結構ある。しかし、大局的にはオペレーターをできる会社、できない会社の差は、今後E&P業界で躍進していくうえで死活的重要性を持ってくるであろうという点で、筆者は同氏の意見に説得されたものである。 当時既に、新しい現実として油価の高止まりは定着しつつあり、その数年間に多くの新興石油会社が誕生し、中小の会社は大きく躍進し、数年前まで無名の存在であった会社や、E&Pとは全く関係のなかった会社までもが世2008.1 Vol.42 No.148salt層は、ガボン南部では生産があるとはいえ、わが社が事業展開する北部海上では成功例がなく、真のwild catかつ井として大いに刮しつつ掘削に至ったものである。 しかし、結果は残念ながら、MSAM-1で油徴を見たが、両試掘井ともドライであった。 この結果に深く意気消沈したHess社は、2005年末までにはMoabi鉱区、および何ら探鉱作業をしていないNguma鉱区からも撤退することを決定し、同社支店も閉鎖されることになった。同社はノン・オペレーターとしてガボン最大のRabi油田等に権益を有しており、当然ながらこれら生産資産は維持するものの、これ以上ガボンに店を構えて探鉱を続ける意思はなくなったのである。 当時Hess社は、探鉱オペレーターとしては最大の支店を構えており、アメリカ人の支店長1名の下に、ローカルスタッフ20名弱を抱えていた。筆者は出張の折、この大きな支店の庭で同社唯一の喫煙者であった支店長とよくたばこを飲み交わしたものだが、「やることはやってダメだったのだから撤退するだけ」「同じ金を使うなら、より成功率の高い地域で」というあっさりとした辞に、何とも潔いものだなあと感じ入ったものである。一方で、この小さな人材マーケットで解雇されたローカルスタッフはどうなるのだろうかと、一抹の同情も抱いた。目もくことばふる(2)オペレーターシップ獲得の懊悩 わが社は試掘失敗後の2005年10月、い、パートナー会議にて大いに弁を揮試掘には失敗したとはいえ、Moabi鉱区すべてが否定されたわけではないこと、またNguma鉱区は手つかずであり、引き続き探鉱価値があるとして、パートナー説得を試みた。しかし、担当者からは大いに同意を得たものの、Hess社は会社方針として撤退を決断O菱商事石油開発 ガボン海上Nguma探鉱プロジェクト -オペレーターシップ取得から3D震探まで-手は実に勤勉かつ正直者であったため、支店開設後はそのまま総務担当社員として採用した。言葉の通じない外国に来て何かを立ち上げる際、信頼できる現地スタッフと出会えるかどうかは正に死活問題であり、このときにレンタカー運転手を引き抜いた判断はいまでも正解であったと思う。 しかし、いかに小さな支店でも2人では仕事はできない。次に行ったのは、ローカルスタッフの採用である。これには、撤退間近であるHess社のGeologistと経理マンに既に目をつけてあり、2006年8月からの採用となった。 こうしてガボン支店は、ローカルスタッフ3名を加え、小規模ながらスタートしたのである(写2)。Hess社から来た2名は、当然ながら経験豊富な即戦力であり、以後東京本社への出張も度重なることになった。現在では、わが社にとって欠くことのできない貴重な人材資源であると同時に、立ち上げたばかりのプロジェクトを遂行するよき仲間となっている。3.オペレーション開始(1)震探船確保と1年再延長 2005年末のオペレーターシップ取得不動産屋を歩き回り、支店物件は確保していた。海岸通沿いの3LDKのアパートである。とはいえ、まだ机しか入っておらず、オフィスに必要なすべて、そして自分の住居も含め、何もかもこれから足で集めるのである。 電気、水道、インターネット、電話、OA機器、家具、etc… 汗でベタベタになりながら一日中業者を回る。何よりも苦労したのは、物事全般の進み方おうがあまりにも鷹であることであろうか。モノが届かない、届いても注文品と違う、正しく作動しない、作動してもすぐに壊れる、壊れたら終わり、等が実に日常茶飯事であった。モノの扱いが鷹揚であるのだから、組織・システム全般も鷹揚でないわけはない。例えば契約関係をきちんと説明できる人、売り込もうとしているサービスを正しく描写できる人などは、ほんとに稀なのであった。しかしそれでも、時間はかかるが最後は何とかなってしまうから不思議である。 もう一つ苦労したのは、言葉である。ガボンはフランス語圏であり、英語が井レベルでは本当にいな通じる人が市い。幸い、使用しているレンタカー会社の運転手が英語ができるので、彼を唯一のスタッフとして万事二人三脚の支店立ち上げ作業であった。この運転揚ようしせい界中でオペレーターシップを獲得している現実があった。こうした熱気は、ひとえに上流エネルギー・ビジネスの収益力の高さによるものであり、親会社である三菱商事としても上流エネルギー部門強化の方針であった。 このようなコンテクストのなかで、わが社としてもいまこそオペレーター経験に踏み出すべき時期であると考えられた。そうであれば、長年技術的知見を積んだガボンにおける、比較的実施が容易な海上での探鉱事業からの参入こそ、オペレーターシップを学ぶ絶好の機会であるという戦略的判断に至ったのである。 こうしてわが社は2005年12月に、Nguma鉱区での3D震探の実施を条件に現行探鉱期限の2006年1月からの2年間延長(後にさらに1年再延長)、およびMoabi鉱区でも坑井と地震探鉱データを活用したスタディーの実施を条件に2年間の延長をガボン石油省に申請し、承認を得た。(3)支店設立、現地従業員雇用 2006年4月、オペレーターシップ獲得を社内決定してから5カ月後、筆者は当座必要なものをスーツケースに積め、ガボンの首都Libreville市(写1)に赴任した。既に1月、3月の出張で出所:三菱商事石油開発株式会社出所:三菱商事石油開発株式会社写1首都リーブルヴィル市写2ガボン支店社員たちと49石油・天然ガスレビューGッセー語が全くダメなため、選択の余地はなく、もう1社のガボン在住20年のオランダ人の環境専門家の会社を採用した。 EIAについては全般的に苦労が多かった。環境省からはさまざまなデータ提出の要請を受けるのだが、EIA業者も入手不可能なものも多いのである。陸上ならまだしも、海洋環境のデータや統計には、政府機関のそれなりのインフラが必要となるが、そのようなものがまず存在しないように思われた。したがって、定量的に把握できるデータはもちろん提出したが、EIA業者の経験知に頼らざるを得ない部分も多かった。 とはいえ、何といってもガボン海上で重要なことはクジラの保護である。このため、われわれはガボン人のクジラ専門家を確保し、オペレーション中は哺乳類監視員(MMO:Marine Mammal Observer)として終始船上に張りつけ、クジラに危害が及ぶ可能性のある場合には船をストップさせる権限を持たせることにした。わが社が3Dオペレーションを行った1~2月はクジラのシーズンではないことは分かっていたのだが、万全を期したのである。 このようなわが社の取り組みが奏功してか、環境省は遅滞なく承認を出してくれ、胸をなで下ろした次第である。 余談ながら、環境局長は以前日本に研修に来たことから、日本企業の環境への取り組み手法に対する信頼感は高いことが分かった。そのような、先達が作り上げた積年の日の丸イメージが貢献したのかもしれない。 EIAと並行して、わが社はあらゆる関係機関に通知を行った。地元の漁業組合、所管の知事、港湾局、そして海軍である。また新聞に、「EIAを提出したのでコメントのある方は○×日までにどうぞ」、という広告を出し、さらにラジオで1週間、周辺海域への注2008.1 Vol.42 No.150(2)環境省承認、各種手続き 次にわれわれ々が取り組んだのは、環境インパクト・アセスメント(EIA: Environmental Impact Assessment)に対する環境省の承認や、各種関係機関との調整であった。ガボンでは従来、EIA手続きは必ずしも重視されていなかった印象もあったが、折しも気鋭の新任環境局長が就任し、石油会社は一堂に集められて既定の手続きを厳守するよう念を押された。実際、その数カ月前には、国立公園内の鉱区で操業していた某国国営石油会社が、環境基準を満たしていないことを理由に環境省から一時操業停止命令を受け、実際に3~4カ月間にわたって操業ストップとなったのである。 オペレーター事業にあたり、わが社は環境への配慮を最優先事項としていたが、既述のような事情もあり、EIA実施業者の選定には特に意を注ぐつもりであった。特に、ガボン海上は世界有数のクジラの繁殖エリアにあたり、最近は震探に用いるエアガンの波動がクジラに悪影響を及ぼしているとのリポートもあることから、十分以上に留意したのである。 しかし困ったことに、従来は海外の大手EIA業者への委託でもよかったものが、今般からはガボンで登録した業者のみ許可するということになり、かつ、そのような業者は2社しかいないことが判明した。どちらも石油会社からの依頼が集中しておりマンパワー不足であった。しかも1社は完全にガボン人の会社で英の決定直後から、Nguma鉱区3D震探のための震探船の確保に動き、PGS、Western Geco、Veritasの3社から見積もりを取った。その結果、PGSのRamform級震探船(写3)の調達が決まり、2006年7月に契約に至った。価格は、2003年秋に隣接Moabi鉱区で同じPGSを使って実施した3D取得時かおおむら、概ね倍に高騰しており、マーケットのタイトぶりを改めて実感した。 この時点で、船は確保したものの、実際に船を利用できる時期に不確定な要素があったため、先に2年間延長して2008年1月までとなっていた鉱区期限を、さらに1年の延長を申請し、2009年1月までの承認を得た。結果としては2007年2月にデータ取得完了、10月には処理を終了したため、解釈期間を考慮しても1年はやや長すぎたかもしれないが、当時のわが社としては初めてのオペレーターシップということで、政府との手続き上の齟をきたさないよう、万事に十分に留意したのである。齬ごそ出所:三菱商事石油開発株式会社写3Nguma鉱区震探船Ramform Challenger号(PGS社)O菱商事石油開発 ガボン海上Nguma探鉱プロジェクト -オペレーターシップ取得から3D震探まで-意を呼びかけた。どこからも反応はなかったが、わが社があらゆる手続きをまじめに守ったことは関係各機関からは大いに好意的に受け止められたようであり、トラブルの際には支援することを約束してくれた。(3)ヘリコプター確保、安全態勢 次にわれわれが取り組んだのは、ヘリコプターの確保であった。乗員の交代や緊急避難(MEDEVAC)に備え、ヘリコプターを確保する必要があったのである。しかし、ガボンに1社しかないヘリ会社であるHeli Gabon社の機体6機はすべて他オペレーターにチャーターされており、かつ既に1機については複数社でシェアされている状況で、わが社が割り込む余地はなかった。 そこで、南アフリカ共和国に拠点を持つ業界大手、CHC社からのチャーターを試みた。しかし、当初は近隣のカメルーンかコンゴくらいから持って来られるであろうと期待していたヘリがなく、結局ケープタウンから持って来るしかなくなり、総費用は4,000万円以上の見積もりとなった。ボートでも可能な乗員の交代と、まず起きないであろう3Dオペレーション時の緊急避難のために、果たしてこれだけの費用をかけるべきか悩んだものである。結論としては、やはり初めてのオペレーター事業であり、安全には十二分に配慮すべきことから、高額ではあるが、南アフリカ共和国からのヘリ調達はやむなしとの本社の合意を取りつけた。そして後は契約を結ぶだけとなったまさにその時、他オペレーターのヘリ・スケジュールが空いたことからシェアのオファーがあり、結局半額以下で済んだのである(写4)。 ヘリ確保と並行して、病院の確認、緊急時対応態勢の確立等の作業も行った。緊急時対応態勢としては、支店が中継点となり、船側と本社の危機対策チームとの連携を取れるように設定した。その後、この連絡態勢をテストすることになり、タイミングと内容は抜き打ちで本社に緊急事態発生を連絡し、第2報、第3報で徐々に被害の実態を露見させ、随時本社の指示を仰ぐというシチュエーション・テストを行った。 このときに筆者が作ったシナリオは、震探船がタンカーに衝突、原油流出、社員は重症、支店はマスコミに包囲されるという大惨事で、本社危機対策チームは対応に苦慮したことであろう、というものであった。(4)いざ船出へ 2007年1月13日、ついにナイジェリアからRamform Challenger号がガボンPort Gentil港(ポージェンティ)に到着し、翌14日にはわが社気鋭の若手Geophysicist(地球物理学者)である柳内社員と、Quality ControllerとしてGeocon社のコンサルタント2名を乗せて出航した(写5)。Quality Controllerは、会社代表であるわが社の乗船社員を補佐し、生データの質を常時チェックし、取り直しやルート変更を提案したり、その際の費用負担につき船側との交渉を助言するものであり、オペレーション全般を通じて重要なサポーターであった。 オペレーション全体を総括すると、海流のうねりや一部装備の作動不良等に見舞われた結果、再測定量(Infill)が多くなってしまったが、全般的には作業は概ね順調に進み、予定した鉱区南部約1,000㎞2の全測定を2月末までに無事完了した。 46日間の3Dオペレーションの間には、特に大きなアクシデントはなかったが、この間の主なできごとを以下に列記する。出所:三菱商事石油開発株式会社写4苦労して確保したヘリ左から石油省代表、Geocon社コンサルタント、わが社代表柳内社員、筆者、Geocon社コンサルタント出所:三菱商事石油開発株式会社写5震探船Ramform Challenger号デッキにて51石油・天然ガスレビューGッセーデータの質自体は確保できる。しかし、仮に相手が、こちらほどのデータの質を求めていない等の事情で時間交代を認めない場合には、大いに問題になったであろう。・ 消えたブイ 鉱区南端にあるとされるブイが障害になることが判明し、支店では保有者の他鉱区オペレーターと協議するとともに、複数の撤去業者と面談して撤去方法を検討した。見積もり費用は予想外に高く、頭を悩ませたが、安全操業には代えられないため、業者との契約を結ぼうとしたが、その直前に船から当該ブイなど見当たらないとの連絡が入った。Chase Boatを繰り出して何度もSide Scan Sonarを使用して確認したが、やはり見つからない。どうやらいつの間にかチェーンが切れて漂流してしまった可能性が高いという。・ 漂流者の救助 緊急時のホットラインで船から連絡があった唯一の事態であり、ガボン洋上に浮かぶ小国サントメ・プリンシペ共和国からの漂流漁民5名を救出したものである(写7)。Chase Boat2隻のうち1隻を使って、ガボンまで送り届けた。継続使用されていたため、かなり劣悪な状態でわれわれのオペレーションに引き継がれた。その補修は、是が非でもSurvey開始前、Mobilization中に施したかったのであるが、Mobilization開始直後にケーブルメンテナンス用の小型ボートのエンジン、ギアボックス等の致命的部位が立て続けに故障してかなしまった。このため、迅速な補修が適わず、ケーブル展開が遅れ、Mobilizationの開始からデータ取得開始まで1週間を要した。う々ご・ リグとの遭遇ごうとノ 震探船のコース上に突如、轟イズを発しながらナイジェリアに向けてガボンを通過しようとするChevron社のリグと遭遇し、数時間オペレーションをストップした事態が発生した。・ 隣接鉱区とのseismicinterference オペレーション開始後、隣接鉱区で他オペレーターが2D 震探を行うことを直前に通知してきたため、データへのinterferenceが懸念された。時間交代でデータを取得する方策を模索していたところ、幸いinterferenceのレベルが微弱であることが分かり、ことなきを得た。このような場合、時間交代制に合意できれば、費用はかかるが出所:三菱商事石油開発株式会社写7サントメ・プリンシペ共和国からの漂流者に遭遇2008.1 Vol.42 No.152 アクシデントはなかったとはいえ、こうして個々の事柄を眺めれば、ともすれば大きなトラブルに発展しかねなかったものであり、改めて幸運にも恵まれたオペレーションであったという思いをいま深めている。・ 漁船との遭遇 わが社オペレーションの半年前には、南部浅海において他社の震探船の後方を漁船が横切り、ストリーマー・ラインが数本切断されて大幅に作業が遅延した(したがって大幅な費用増となった)事故があり、わが社としてもき現実的に最も危していた問題であった。実際にわが社もこのような漁船と遭遇し、警告したが無線が通じず苦慮した場面もあった。このため、配備するChase Boat(震探船の航行の安全を確保する高速船)を、当初予定の1隻から2隻に増やしたが、幸いその後漁船と遭遇することはなかった。写6は当初遭遇した漁船であり、いかにも老朽化していることが分かる。当局によると不法操業の中国船とのことであった。漁船のidentityが分かっても、現実問題として当局にはこれらを阻止する実行部隊を持たないために、結局は石油会社が自前で警備を強化する他ない。惧ぐ出所:三菱商事石油開発株式会社写6神出鬼没の不法操業船(Chase Boatから撮影)・ Mobilizationの遅延、小型ボート全滅 ストリーマー・ケーブルは、直近のオペレーターにより3カ月にわたってO菱商事石油開発 ガボン海上Nguma探鉱プロジェクト -オペレーターシップ取得から3D震探まで-ては満を持してのオペレーター事業の嚆矢であり、その持つ意味は大きい。特に、アジアではなく西アフリカに足場を築いた意義は大きいと思う。 私見ではアフリカ、特にサハラ以南のアフリカは、メジャーズをはじめ欧米系の新興~中堅勢力(なかには全くE&Pと無関係の会社もある)、地場の実力者によるコネ重視の極小石油会社、国際投資会社、外国政府の投資部門、そして国営石油会社らが権益を求がっめて合を繰り広げるフロンティアである。リスクは高いが、また大きなビジネスチャンスもある。今後はガボンを橋頭堡に、アフリカン・プレーヤーとして確固たるアセットを獲得すべく、事業の拡大を目指したい。衡こ連れ従しうょうん・ 落雷 落雷が2回にわたって船を直撃し、一時通信が途絶える事態となった。4. 終わりに ~ガボン・プロジェクトの今後~ 2005年末にオペレーターシップ獲得を社内決定した後は、2006年4月に赴任、ガボン支店を開設し、翌年1月の3D震探実施に向けて奔走した1年であった。 海上での震探とはいえ、初めてのオペレーター事業の緊張感が社内にみなぎっていた。筆者も、船が無事に次の目的地へ去って行ったときには、これで「自分は今、携帯電話の電波が入る場所にいるのか、2台の携帯を一日中チェックせずにすむ」と、ほっとしたものである。 しかし、本プロジェクトは依然として探鉱段階の初期の初期にあり、感慨めいたことを言う段階ではない。唯一言えるのは、プロジェクトの初期段階からかかわることができた幸運への感謝である。 Ngumaプロジェクトは、2007年10月にPGS社にてデータ処理を終え、現在社内で解釈作業中である。言うまでもなく、わが社の目指すところは解釈つな結果を試掘の成功に繋げ、開発・生産に至ることである。したがって、まだまだ歩み始めたばかりのプロジェクトであるが、既述のようにわが社にとっ[三菱商事石油開発(MCX)ガボン・プロジェクト小史]1974年4月:旧三菱石油開発(株)がElf Gabon社から「Merou-Sardine」鉱区および 「Baudroie-Marine」鉱区の権益50%を取得。1980年6月:最初の油田(バリステ油田)から生産開始。1996年9月:Elf Gabon社から「Akori」鉱区および「Sika」鉱区の権益20%を取得。1999年4月:「Sika」鉱区から撤退、鉱区返還。2000年12月:旧三菱石油開発(株)臨時株主総会にてMPDCガボン(株)の設立とガボン権益の譲渡を決議。2001年9月:三菱石油開発(株)はMPDCガボン社株式を三菱商事(株)に譲渡。2001年11月:Hess社が保有する「Ebene」鉱区の権益50%を取得。2002年3月:Hess社が保有する「Moabi」鉱区および「Nguma」鉱区の権益35%を取得。2003年1月:Baudroie Merou Marine鉱区(旧Merou-Sardine鉱区およびBaudroie-Marine鉱区)が生産分与契約(PSC)に移行。2004年3月:Akori鉱区契約期限により鉱区を返還。2005年4~8月:Moabi鉱区にてMSAM-1, MTIM-1試掘。2006年1月22日: Hess社/Petronas社撤退を受け、Moabi/Nguma鉱区の権益を100%取得し、2年間の鉱区延長とともにオペレーター事業開始。2006年2月: Tullow社を60%オペレーターとして「Azobe」鉱区で40%権益取得。2006年4月:オペレーター事業に対応するため、現地支店開設。2006年7月: PGS社とNguma鉱区3D震探実施契約。2006年8月: Nguma鉱区1年再延長政府承認(2009年1月まで)。2006年12月:環境省よりNguma鉱区EIA承認。2007年1月13日~2月27日: Nguma鉱区3D震探実施(1,000㎞2)。2007年10月:Nguma鉱区震探データ処理完了。2007年10月: Moabi鉱区Seismic Rock Physics Study完了。執筆者紹介清水 陽一郎(しみず よういちろう)三菱商事石油開発株式会社 ガボン・リーブルヴィル支店 支店長。1973年鎌倉生まれ。1993年都立九段高校卒業、1999年慶応義塾大学法学部法律学科卒業、ジャパン石油開発入社。本社アブダビ事業部勤務を経て2003年7月退職。2003年9月MCエクスプロレーション(現・三菱商事石油開発)入社。ガボン事業本部勤務を経て2006年4月より現職。無人島でも盛り上がれるがごとき性質を買われてか、単身ガボンに乗り込む大任を頂戴し甚だ意気に感じている毎日。趣味は辺境の貧乏旅行で、ミャンマーの寺院巡り、モンゴル北部の馬旅を隔年でやっていた。ミャンマーは魂の故郷である。ガボン赴任後は読書とネコとジム通いばかりの私生活になっているが、赴任中にアフリカ諸国のバックパッキングを計画中。53石油・天然ガスレビュー
地域1 アフリカ
国1 ガボン
地域2
国2
地域3
国3
地域4
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国5
地域6
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地域7
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地域9
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地域10
国10
国・地域 アフリカ,ガボン
2008/01/18 [ 2008年01月号 ] 清水 陽一郎
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