石油探鉱投資の環境が整いつつある東アフリカ5カ国
| レポートID | 1006319 |
|---|---|
| 作成日 | 2008-03-21 01:00:00 +0900 |
| 更新日 | 2018-02-16 10:50:18 +0900 |
| 公開フラグ | 1 |
| 媒体 | 石油・天然ガスレビュー 2 |
| 分野 | 探鉱開発 |
| 著者 | |
| 著者直接入力 | 宮本 善文 |
| 年度 | 2008 |
| Vol | 42 |
| No | 2 |
| ページ数 | |
| 抽出データ | 石油探鉱投資の環境が整いつつある東アフリカ5カ国・多くの国際石油会社は、東アフリカ5カ国(ウガンダ、ケニア、タンザニア、モザンビーク、マダガスカル)を石油探鉱事業の対象として見ていなかったが、ウガンダにおいて連続して試探掘井が成功したため、注目の度合いが高まってきた。世界的な傾向として資源ナショナリズムが高まっているので、国際石油会社が有利な形で権益を取得するのは困難になっているが、東アフリカ諸国はまだその段階には達していない。民族問題が引き起こしている問題はあるにせよ、それが国家間の紛争にまで広がるリスクは低下している。・以下、東アフリカ5カ国の探鉱作業状況、およびカントリーリスクの原因となっている民族問題について紹介する。合が多い」*2と見られていたため、注目されていなかった。 Hardman Resources(後に、Tullow Oilが買収)は2002年から震探作業を開始し、四つの構造を対象にして、2005年(試掘井2坑)、2006年(試掘井2坑、評価井1坑)、2007年(評価井3坑)の合計8坑を掘削し、すべて成功している。それ以外にも複数の構造を発見している。2008年以降も、探鉱を継続する予定である。 開発計画としては、①第1段階として2009年に地元向けに原油を販売し、②第2段階として、早いケースで2009年/2010年に開発に移行し(輸出用のパイプライン敷設を含む)、2014年/2015年に出荷開始が計画されている。単なる試算ではあるが、50万bbl/日の送油能力のパイプライン(約1,200km)も検討されている*3(ちなみにアゼルバイジャン?トルコのBTCパイプラインの送油能力は100万bbl/日)。 対岸のコンゴ民主共ドン証券取引所FTSE100銘柄に採用され(他の石油会社は、R/D Shell、BP、BG、Cairn Energyの4社)、時価総額は8,674億円(2008年1月末現在)である。これは、日本のNECや全日空にぼぼ等しい金額である。2. 東アフリカ5カ国の探鉱作業状況つ屑せさいきたい積せ(1)ウガンダ アルバート湖(140km×40km、最大水深60m)の東側に3鉱区が設定されており(図1)、現在はTullow OilとHeritage Oilが鉱区を保有している。こ盆と呼ばれての地域は、Albert Rift堆おり、地質的には「盆地発生期の湖沼成堆積物が一般的に油指向の根源岩になり得る場合が多い…。しかし、火山の影響物が混じるが強く、貯留岩に火山性砕ことから貯留岩性状が一般的には悪く、油徴を認めても開発・生産に至らない場1. はじめに アフリカの探鉱開発事業で最も成功した新興石油会社は、アイルランドの独立系石油会社Tullow Oilである。1985年に設立され、1986年にはセネガルで試掘に失敗したが、2000年にBPから鉱区を買収してから同社の成長が始まった。2004年に南アフリカのEnergy Africaを、さらに2007年にはオーストラリアのHardman Resourcesを買収した。 2008年1月末現在、アフリカ13カ国*1に進出している。大手の国際石油会社が、西アフリカ、北アフリカに注目しているときに、同社はほとんど探鉱実績のないウガンダやガーナ沖合のフロンティア地域で原油を発見している。同社の2006年の生産量は6万5,000boe/d(うち、欧州46%、アフリカ51%)、埋蔵量は506百万boe(うち、欧州16%、アフリカ80%)である。 設立から22年後の2007年9月に、ロン*1:ガボン、コートジボワール、モーリタニア、赤道ギニア、ナミビア、セネガル、カメルーン、ウガンダ、コンゴ民主共和国、タンザニア、マダガスカル、アンゴ*2:石田 聖「最後?の処女地:東アフリカの石油・天然ガス」、石油・天然ガスレビュー2006年5月号(http://oilgas-info.jogmec.go.jp/report_pdf.pl?pdf=200605_001a*3:Heritage Oil CorporationホームページPress Releases(http://www.heritageoilcorp.com/press/HOC_Presentation_24Oct07.pdf)より。ラ、ガーナ。(コンゴ共和国の資産はKNOCに売却)。%2epdf&id=666)より。97石油・天然ガスレビューLOCK 10BA(APPL.)ENERGETICBLOCK10BB (APPL.)ENERGETIC13TBLOCK11A (APPL.)UGANDA12B12A14TTANZANIAETHIOPIABLOCK 10ABLOCK 9CNOOC AFKENYA12A2B(APPL.)VANGOLDBLOCK 3B VANGOLD(APPL.)L-1AL-1BL-3L-4BLOCK L-2CNOOC AFBLOCK L-6GIPPSLANDL-20SOMALIABLOCK 3A BLOCK L-5BLOCK L-7L-19BLOCK L-8BLOCK L-9L-10AL-10BL-12L-11AL-11B動は実施させない」と発表したからである。その結果、ザンジバル周辺鉱区 (図3の黄色い部分、ノルウェーNor Energy)の作業はペンディングになっている。(4)モザンビーク 5鉱区が第2次入札(2005年7月?2006年1月)の対象になった。それ以外に2鉱区が直接交渉で付与されている。Anadarko、Norsk Hydro(現・StatoilHydro)、Petronas、Eniなどの大手石油会社が進出し落札したこと(あるいは交渉中)が特徴的である。2007年12月から2008年6月にかけて、第3次入札ラウンドが実施される予定である*6(図4)。2006年末時点において、10の生産分与契約(PSA)と一つの石油生産協定(Petroleum Production Agreement)がある。試掘が実施されたのは2004年が最後であり、2005年、2006年は実施されていない。Pande & Temaneガス田とInhassoro油ガス和国(以下「コンゴ」)では2鉱区が設定されているが、これもTullow OilとHeritage Oilが大部分の権益を保有している(図1右)。油徴地も見つかっているので、発見が期待される。 ウガンダではBlock-1、Block-2、Block-3A以外にもBlock-3B、Block-4、Block-5があるが、まだ探鉱作業は開始されていない。ダン南部に通じる)にあるBlock 10Aを Camec International(英国の銅、コバルト鉱山会社)が、また、Block-3Aを Vangold Resources (カナダの鉱山会社) がそれぞれ取得した(図2)。 ウガンダで石油が発見されたことに誘発され、ケニア政府は費用を先行負担し、地震探鉱作業を実施して、石油会社にデータを販売することを計画している。(3)タンザニア 2006年12月?2007年1月には、沖合Block-7とBlock-8(図3の赤い部分)が、また、2007年10?12月には沖合6鉱区が入札対象になった*5。 2006年の鉱区付与件数は7鉱区で、同年末には11社が18鉱区を保有している。2006年には試掘井1坑、評価井2坑でガス徴を見た。生産状況は、Songo Songoガス田は130MMcf/dであり、Mnazi Bayガス田は開発検討中である。2008年第4四半期から開発井が掘削される予定である。 なお、タンザニア沖合ザンジバル(Zanzibar)諸島周辺では探鉱が進んでいない。ザンジバル自治区(ザンジバル群からなる)は、島、ペンバ島などの島2005年1月、「探査の結果、石油が発見された場合の生産収入の配分方法について、事前に合意しない限り探鉱活BLOCK11B(APPL.)SUDANとうょ嶼し(2)ケニア ケニアでは、油ガスの存在は確認されていない。沖合鉱区では、過去20年間試掘されていなかったが、2006年12月、オーストラリアのWoodsideが試掘井Pomboo-1(水深2,193m、TD:総掘進長:4,887m)を日本の地球深部探査船「ちきゅう」を使って掘削したが、油徴を見ることはできなかった。同社は連続して試掘井Sokwe South-1を掘削する予定であったが、延期している。 2006年に生産分与契約が陸上6鉱区で、技術評価契約(TEA: Technical Evaluation Agreement、1年間有効)が五つ締結された。TEAはすべて中国のCNOOCが契約したものである。 最近では、石油会社だけではなく、「土地勘」がある鉱山会社も石油ビジネスに進出してきた。ケニアで最も有望視されている Anza堆積盆(ケニア北部、スー(*)オペレーター出所:Tullow社*4出所:各種情報を基にJOGMEC作成BLOCK L-18図1ウガンダ鉱区図図2ケニア鉱区図*4:TullowホームページReports & Presentations(http://www.tullowoil.com/tlw/ir/reportspres/finreportspres/2007/presentations/analystvisitidx/analystvisitidx/)より。*5:MarineLinkホームページより。(http://www.marinelink.com/Story/TanzaniaOffersSixOilBlocksforExploration-209482.html)*6:Mozambique - Institute of National Petroleumホームページ(http://www.inp-mz.com/3rd_LR.htm)より。2008.3 Vol.42 No.2981KCOLBKCOLB11 KCOLB01 TNI LLEHSTNI LLEHSTNI LLEHSBLOCK08SARBORTEPBLOCK07NOINIMODO KCOLB9 TNI LLEHS6 KCOLBSARBORTEP5 KCOLBSARBORTEP4 KCOLBNE RIHPO3 KCOLBNE RIHPO 2 KCOLBLIOTATS1 KCOLBNE RIHPOYAB IZANMSAMUTRACONGOAWKURNEBARGZAMBIA/ASOLIKUREMOKULNEBARGNEBARG UHUHURERIGNASIKNOINIMODO ORILUKULNOINIMODO SUOLESONOINIMODAWADNAM ONOINIMODEDNAP TSAESAGKARNISAB SUOLESMALAWIARAWTMSER UVODNIDNILSER UVODNMOZAMBIQUE出所:各種情報を基にJOGMEC作成図3タンザニア鉱区図INHAMINGADNOZAMBEZI ONSHOREZAMBEZ ONSZAMBEZI DELTA OFFSHOREPETRONAS CBUZIBUZIM-10BLOCK 16/19PANDE &PANDE &TEMANETEMANE (PSA) (PSA)INDIAN OCEANZIMBABWESOFALA BAYSOFALAPANDEPANDETEMANETEMANEREPUBLIC OF SOUTH AFRICASWAZILAND出所:各種情報を基にJOGMEC作成UGANDARWANDABURUNDIMALAGARASINISAB).LPPA( AKIYNAGNAT EKALUTOLLWKENYASOMALIA第2次入札第3次入札ZAMBIAINDIAN OCEANRABIZNAZ-ABMEPNE RONMALAWITANZANIAROVUMAONSHORE AREAARTUMASANADARKOENI142356ROVUMAOFFSHOREAREAROVUMAOFFSHOREAREAHYDROMOZAMBIQUEROVUMAOFFSHOREAREAPETRONAS CNEBARG ISAYEAGNATLEDORTEP).LPPA( UVURLASDODTANZANIA/ IJIFUR-AWGIBAIFAM RP LERUAM田で生産されており、ガスとコンデンセートの生産量はそれぞれ、250MMcf/d、1,600bbl/日である。ガスはパイプラインで南アフリカに輸出されている。(5)マダガスカル 2006年には、2回入札があった。①4月?7月:沖合10ブロックに対し、14社が応札、②5月?12月:陸上122ブロックに対し4社(グループ)が応札した。2006年末時点において、14のPSAがある。内訳は、陸上10鉱区、沖合4鉱区である。最後に実施された試掘は、沖合が1985年、陸上が2000年である。 Madagascar Oilが、二つの重質油プロジェクトに取り組んでいる(図5)。① Bemolangaプロジェクト(8?13度API)では、地下約15mにあるタールサンドの超重質油を採掘する。同社は、原始埋蔵量(OIP)166億bblのうち、98億bblが2P、3Pベースの可採埋蔵量であると想定している。既に金融機関から8,500万ドルの融資を確保している。同社は一部権益を譲渡すべく、他社と交渉していると報道されている。早いケースで2008年に作業が開始される可能性がある。② Tsimiroroプロジェクト(14?16度API)では、地下100?300mにある重質油をSAGD(Steam Assisted Gravity Drainage)法を使って採掘する。現在、パイロットプラントを建設しており、2008年頃から1,000bbl/日が生産されると期待されている。これまでに61坑が掘削されており、同社は2億bblの可採埋蔵量を想定している*7。 スーパーメジャーのExxonMobilも、沖合4鉱区に権益保有しているが、2008年に試掘1号井を予定している。一つの鉱区に韓国SK Corp.がMajunga Offshore Profond鉱区に20%ファームインしている。図4モザンビーク鉱区図3. 東アフリカ(特にウガンダ周辺)における紛争のリスク アフリカに投資する場合、カントリーリスク(紛争)が心配である。紛争の根本的な原因は、①部族、言語、宗教等の構成を無視した形での、植民地時代の国境を引き継いだこと、②豊富な資源があり、その資源を求めて他国が介入したこと、③国土が広く統一が困難なこと、などが挙げられる(簡単な歴史については、本稿末尾の【ルワンダ、コンゴ、ウガンダの歴史】参照)。 スーダンのダルフール問題やエチオピアのソマリア侵攻問題は解決していないが、それ以外の東アフリカ諸国では、国家間の紛争については、過去5年間は比較的安定していた。東アフリカ地域については、後述する3点(表1、図6参照)*7:MADAGASCAR OILホームページ(http://www.madagascaroil.com/)より。99石油・天然ガスレビューニができるようになってきたと言えよう。 米国は、2007年10月、コンゴとウガンダ両国の大統領を相次いでホワイトハウスに招待した。ブッシュ大統領は、テロ組織の温床になりかねないアフリカの反体制勢力を排除するよう両大統領に依頼していたと考えられる。(2)ウガンダの反政府運動の問題 ウガンダで発見された油田は内陸にあるため、輸出するためのパイプライン敷設が必要だが、爆破などのテロ行為を発生させない環境をつくる必要がある。ウガンダでは、20年間以上も反政府活動をしている「神の抵抗軍」(Lord's Resistance Army:LRA)という、子供を誘拐・乱暴している狂信的武力集団が反政府活動をしており、150万人を殺して多くの難民を生み出している。首謀者のJoseph Konyは国際刑事裁判所の捜査対象になっている。(3) 反ルワンダ武装勢力に起因する問題 コンゴ領土にいる反ルワンダ武装勢力(フツ系)の問題を適切に処理できない場合、コンゴとルワンダだけではなく、隣国のウガンダなどを巻き込んだ紛争がアルバート湖コンゴコンゴウガンダウガンダルワンダルワンダ(1) 石油資源をめぐるコンゴとウガンダの問題 2007年8月から9月にかけて、ウガンダとコンゴの戦争きされたが、話し合いでが危解決されたようだ。ウガンダとコンゴの境にはアルバート湖がある。湖の南部には、雨季には水没する小さな島(Rukwanzi島)があり、ウガンダの漁民が夜を過ごすために利用していた。 石油がアルバート湖東側のウガンダで発見されてからは、コンゴ軍がウガンダの漁民を追い出すようになっていた。その島の帰属が領海線を左右し、石油資源の帰属に影響するからである。 8月、コンゴ軍が地震探査船を襲撃して英国人作業員を殺害し、その後も数回の小競り合いがあり、ウガンダ住民を殺害した*8。 両国の関係は歴史的に見てよくない。コンゴが1998年?2002年頃まで内戦状態にあったとき、ウガンダ(およびルワンダ)がコンゴの反体制グループを支援したためである(本稿末尾の【ルワンダ、コンゴ、ウガンダの歴史】参照)。再び紛争になることも考えられた。しかし、タンザニアの仲介により、ウガンダ大統領(Yoweri Museveni)とコンゴ大統領(Joseph Kabila)が面談し、紛争を拡大しないこと、そして資源を共同開発することで合意した。お互いに紛争を起こさないよう、話し合いで解決するこ惧ぐCOMOROSAmbilobeMayotte(FRANCE)1101Cap Saint AndreMOZAMBIQUE CHANNELMOZAMBIQUE CHANNELFRANCEAmpasindavaMajungaO?shoreProfond210431023104310531062103BemolangaBemolangaTsimiroroTsimiroroANTANANARIVOMADAGASCARBeloProfond31073109Manja31113113出所:各種情報を基にJOGMEC作成図5マダガスカル鉱区図が解決すれば、政治的安定度がさらに高まり、外国からの投資が飛躍的に増えると考えられる。 ただ、ケニアにおいては、2007年12月下旬投開票の大統領選の結果、キバキ現職大統領(最大部族キクユ族出身)に対し、オディンガ対立候補(ルオ族出身)の支持者から、選挙には不正があったとして暴動が発生し、2008年2月現在、1,000人以上が殺害され、30万人が避難を強いられている。部族間の対立が高まるかどうか、注目する必要がある。表1東アフリカ地域三つの問題当事者 VS 当事者原因12コンゴ政府ウガンダ政府ウガンダ政府石油資源反ウガンダ政府勢力 神の抵抗軍反ルワンダ武装勢力(東コンゴ在住)3コンゴ政府コンゴ政府出所:各種情報を基に筆者作成ルワンダ政府ルワンダ政府反コンゴ政府勢力1994年のルワンダ大虐殺によりフツ族がコンゴに逃亡し、反ルワンダ政府闘争を展開しているため。出所:各種情報を基にJOGMEC作成図6コンゴ、ウガンダ、ルワンダの位置*8:The New Visionホームページ(http://www.newvision.co.ug/PA/8/12/580710)より。2008.3 Vol.42 No.2100ト発する可能性があるので、この問題には注意を払う必要がある。以下、簡単だが歴史的背景を述べる。①反ルワンダ武装勢力(フツ系)とルワンダ政府(ツチ系)の対抗この問題は、1994年のルワンダ大虐殺に始まる(本稿末尾の【ルワンダ、コンゴ、ウガンダの歴史】参照)。ルワンダのフツ族(多数派)がツチ族(少数派)を4カ月間で80万?100万人虐殺した。隣国にいたツチ系勢力(もともとはルワンダ人)が支援したため、ツチ系の政府ができた。一方、報復を恐れたフツ族はコンゴに逃れ、その一部は、反ルワンダ武装勢力となり、コンゴからルワンダを攻撃している。②ルワンダによるコンゴへの圧力ルワンダはコンゴに対し、反ルワンダ武装勢力をコンゴから追放するよう要求しているが、コンゴのジョセフ・カビラ大統領は、何度も約束はしたものの、追放するには至っていない。その理由は、(a)カビラ大統領は、フツ族に親近感を持っている(と言われている)。(b)カビラ大統領の選挙基盤は東部コンゴであり、その地域は反ルワンダ、反ツチ族感情が高い。これは、1998年8月にルワンダがウガンダとともにコンゴに侵攻した際に、フツ系ルワンダ人を保護していたフツ系コンゴ人を攻撃して以来のことである。③コンゴ政府と反政府勢力の対抗カビラ大統領は、反ルワンダ武装勢力(フツ系)を断固として追放する姿勢を見せていない。彼の方針であるばかりでなく、コンゴ正規軍のなかにはルワンダから逃れてきたフツ族の一部が入隊している。そのため、コンゴ正規軍に対し不満を持つ軍人(Nkunda将軍、ツチ族)が反政府軍(約5,000人)を組織し、カビラ大統領に対抗している。なお、ルワンダがそれを支援しているという報道もある*9。4. おわりにてつ 既に石油を産出している西アフリカの一部の国では、石油は「呪い」になっている。一握りの者だけが石油収入の恩恵を受け、一般の国民は貧困から抜け出せず、石油が生産されなかった時代よりもさらに経済が悪化している??という観点からの「呪い」である。 幸いにも、東アフリカ諸国の指導者は、を踏まないようにする、それらの国の轍と宣言している。それに応えるべく、ノルウェーや米国は援助の手を差し伸べている。ノルウェーは、石油収入を次世代に継承するため、透明性を確保しながら管理している国である。経験を生かして、東アフリカにおいてはスーダン、ウガンダ、タンザニア、モザンビーク、マダガスカルなどの石油産出国と潜在的石油産出国を対象に「Norwegian Oil for Development Initiative」という石油収入の管理の方法などを教え始めた*10。 米国(米国貿易開発局)は、今後ウガンダに援助をする前段階のフィージビリティスタディーとして、石油収入が同国の経済をどのように変化させるか、必要なインフラは何か、などの調査を開始した*11。その他、NGOレベルにおいても、「Extractive Industries Transparency Initiative (EITI:採取産業透明性イニシアティブ)」や、「Publish What you Payキャンペーン」(支払った金額の公表)が推進されている*12。 たとえばスーダンでは、政府(北部)と反政府勢力(南部)が対抗していたが、2005年に包括和平協定が成立し、暫定政府が発足した。6年後に、南部地区において国民投票を行い、南部が独立するかどうかを決定することになっている。 主要な油田は南部に存在しており、現状では、税金、ロイヤルティーなどの収入は中央政府に納付され、南部自治政府に分配されている。筆者が注目しているのは、この分配額が公表されていることである*13。透明性を確保することは、政治的安定の第一歩となる。に 東アフリカ諸国の石油探鉱開発は緒ついたばかりなので、今後探鉱が進むにつれ、新たな油田が発見されるであろう。「石油収入の透明性を確保し、かつ、国民全体のために石油収入を『恵み』として利用することの重要性を理解しているので、貧困から脱出し国民経済を繁栄させ、政治的安定を確保し、外国企業からの投資を呼び込むような『善の循環』を確立することは十分に可能なのである」。そのためには、投資する企業は、ホスト国の役人などに、汚職に走る機会を与えてはならない。また、先進国の政府の役割は、発展途上国の国民全体を繁栄させるような仕組みと、部族・民族・国家間で紛争を起こさせないような仕組みをつくるような援助をすることである。ちょ(宮本 善文)*9:The Timesホームページ(http://www.thetimes.co.za/PrintEdition/Insight/Article.aspx?id=614870)より。*10:Noradホームページ(http://www.norad.no/default.asp?FILE=items/3556/108/factsheetoilfordevelopmentinitiative.pdf)、REGJERINGEN.NOホームページ(http://www.regjeringen.no/en/dep/ud/selected-topics/Development-cooperation/Oil-for-development.html?id=446108)より。*11:African Press Internationalホームページ(http://africanpress.wordpress.com/2007/10/27/us-agency-to-assist-uganda-organise-her-trade-in-oil/)より。*12:Extractive Industries Transparency Initiativeホームページ(http://www.eitransparency.org)、Publish What You Payホームページ(http://www.publishwhatyoupay.org)より。*13:African Oil Journalホームページ(http://www.africanoiljournal.com/10-03-2007_share_of_south_sudan_in_oil_revenues.htm)より。101石油・天然ガスレビューyルワンダ、コンゴ、ウガンダの歴史】ルワンダ共和国の歴史ベルギーから独立。植民地支配者はツチ族(Tutsi・少数派・牧畜民)を優遇し、フツ族(Hutu・多数派・農耕民)を下層階級として支配していたが、独立後はフツ族国家が誕生。一部のツチ族はウガンダなどに移住。ハビャリマナ国防相(フツ族)が軍事クーデター。ハビャリマナが大統領就任。ウガンダに移住していたツチ族の子弟およびハビャリマナ大統領の独裁に反対するツチ族が、ルワンダ愛国戦線(RPF:ツチ族)を結成。RPFがルワンダに侵攻し、ルワンダ内戦勃発。政権側はフツ族を煽(あお)り対ツチ族闘争を仕掛けた。ハビャリマナ大統領の乗った航空機が撃墜され、死亡。フツ族はツチ族を4カ月で80万~100万人虐殺した(ルワンダ大虐殺)。RPFが政権を奪還し、ツチ族主体の政権が樹立された。フツ族はザイール(現・コンゴ)に難民として流出。(コンゴ民主共和国の歴史の1994年に続く)ビジムング大統領、ポール・カガメ副大統領就任。ビジムング大統領が辞任。カガメ副大統領が大統領に就任する。コンゴ民主共和国の歴史ベルギーから独立し、コンゴ共和国となる。モブツ政権樹立。コンゴ民主共和国に改称。ザイール共和国に改称。モブツ大統領は、ザイール東部に逃れた、ルワンダにゲリラ戦を展開したフツ族をかくまった。フツ族はザイール在住のツチ族系のバニャムレンゲ族をも迫害した。バニャムレンゲ族が一斉蜂起。政権打倒を狙っていたローラン・カビラ議長率いる「コンゴ・ザイール解放民主勢力連合(ADFL)」が、この動きに乗じて進撃。ツチ族系のルワンダ、ウガンダ、ブルンジは、フツ族が攻め込んでくることを恐れ、カビラ議長を支援するため侵攻。(第1次侵攻)モブツ政権崩壊。カビラ議長が大統領に就任。コンゴ民主共和国(DRコンゴ)に改称。カビラ大統領はツチ族系のバニャムレンゲ族の台頭を恐れ、ツチ族を政権から排除。ルワンダから、コンゴ領に潜んでいるフツ族を追放するよう要請されたが、拒否するだけでなく、カビラを支援したルワンダ軍とウガンダ軍にコンゴ領から撤退するよう要請した。ルワンダとウガンダはこれに怒り、ツチ族系反政府勢力(National Congress for the Defence of the People(CNDP):ローラン・ンクンダ(Laurent Nkunda)将軍が指揮)を支援。ルワンダ、ウガンダが侵攻(第2次侵攻)。ナミビア・アンゴラ・ジンバブエはDRコンゴ政府を支援。(第1次アフリカ大戦とも呼ばれる)。戦闘、飢餓、病気などで170万人が死亡したとされる。停戦協定に調印したが、カビラ大統領は国連PKOの受け入れを拒否。ローラン・カビラ暗殺。息子のジョゼフ・カビラが暫定大統領に就任。ジョゼフ・カビラ大統領は国連PKOを受け入れ、内戦は終結。ルワンダ軍、ウガンダ軍がコンゴから撤退。新憲法を承認。ジョゼフ・カビラが大統領選挙で大統領に選出。1963年1973年1975年1992年1993年1994年2001年1960年1965年1967年1971年1994年1996年1997年1998年1999年2001年2002年2005年2006年(注)コンゴ共和国→コンゴ民主共和国→ザイール共和国→コンゴ民主共和国と国名が変遷ウガンダの歴史1962年1970年1971年1978年1979年1980年1985年1986年2006年イギリスから独立。首相にウガンダ人民会議のオボテが就任、社会主義路線を推し進める。イディ・アミンがクーデターでオボテ政権を打倒して政権を掌握し、恐怖政治で30万人にも及ぶ国民が虐殺される。タンザニアに侵攻したが、逆にタンザニア軍に首都のカンパラまで攻め込まれた。反体制派のウガンダ民族解放戦線に攻撃されてアミンは失脚。ルレ大統領就任。同大統領失脚。ビナイサ大統領就任。軍事クーデター、オボテ元大統領が大統領に再就任。軍事クーデター、チトー・オケロ将軍が軍事評議会議長に就任。軍事クーデター、ムセベニ大統領就任。大統領選により2回再選し、現在に至る。ウガンダ政府と反政府武装組織「神の抵抗軍」(LRA)との和平交渉開始。 2008.3 Vol.42 No.2102y参考文献】1.石田 聖「最後?の処女地:東アフリカの石油・天然ガス」、石油・天然ガスレビュー2006年5月号2.HERITAGE OIL CORPORATIONホームページ3.Tullowホームページ4.MarineLinkホームページ5.Mozambique - Institute of National Petroleumホームページ6.MADAGASCAROILホームページ7.THE New Visionホームページ8.The Timesホームページ9.Noradホームページ10.REGJERINGEN.NOホームページ11.African Press Internationalホームページ12.Extractive Industries Transparency Initiativeホームページ13.Publish What You Payホームページ14.African Oil Journalホームページ その他、IHS社のGEPS Reports 各国版「Annual Synopsis 2006」を参照。103石油・天然ガスレビュー |
| 地域1 | アフリカ |
| 国1 | ウガンダ |
| 地域2 | アフリカ |
| 国2 | ケニア |
| 地域3 | アフリカ |
| 国3 | タンザニア |
| 地域4 | |
| 国4 | |
| 地域5 | |
| 国5 | |
| 地域6 | |
| 国6 | |
| 地域7 | |
| 国7 | |
| 地域8 | |
| 国8 | |
| 地域9 | |
| 国9 | |
| 地域10 | |
| 国10 | 国・地域 | アフリカ,ウガンダアフリカ,ケニアアフリカ,タンザニア |
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