ページ番号1006330 更新日 平成30年2月16日

イスラム文化との接近遭遇(その5)

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レポートID 1006330
作成日 2008-05-20 01:00:00 +0900
更新日 2018-02-16 10:50:18 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガスレビュー
分野 基礎情報
著者
著者直接入力 庄司 太郎
年度 2008
Vol 42
No 3
ページ数
抽出データ  エッセーアラビア石油株式会社企画部審議役オイルアナリスト 庄司 太郎イスラム文化との接近遭遇(その5)~湾岸諸国におけるスポンサー制の現代的意義を考える~が、入国ビザでも、現地企業などの招待状が必要で、これが、一時的スポンサーとなる。もちろん、労働ビザの取得には、労働許可の申請に企業ないし個人のスポンサーが必要になる。アラブ社会でなくとも、日本の入国ビザが必要な外国人も入国ビザ申請に日本滞在中の費用ないしは生活費の保証人になる人または企業の記入欄がある。これは、アラブ社会のスポンサー制に似ているようであるが、ビザ申請時の保証人の記載は、世界中の領事業務の基本であり、アラブ世界だけに特有なものではない。むしろ、アラブ社会のスポンサー制がほかの地域と異なるところは、そのスポンサー(保証人)が入国後に持つ入国者に対する影響力の強さの度合いであろう。そこに、これから述べるイスラム・アラブ社会諸国のスポンサー制の特異性がある。アラブ社会におけるスポンサーの一般的定義スポンサーはアラビア語では一般的には「カフィール(Kafeel)」と言い、語源的には、「養う」という言葉の行為者という意味から後見人・スポンサーなどの意味に使われるようになったと考えられる。 イスラムのアラブ社会では単に身元引受人のみならずスポンサーになっているのが、現地人もしくは現地の会社の場合は、すべての契約や商行為がこのスポンサーの監督の下に行われると  バンマのほうがアラビア語の発音に近い)は、獅子(ライオン)という勇壮な意味だそうで、百獣の王ライオンであれば、国際的なイスラム過激派の代表的テロ組織アルカイダの頭領にふさわしい名前であろう。名は体を表すとは日本だけのことではないらしい*1。 今回のテーマの「スポンサー」は、英語では一般企業のオーナー経営者に近いが、アラブ社会ではさまざまな意味を持っており、中国人華僑社会の出身地域ごとに形成され、新たな同郷の到来者を家族と同じように保護し、生制度*2と似ている活の面倒を見る幇機能も果たすそうである。このアラブ社会でのスポンサー制度は、外国企業や外国人がアラブ社会で働き、ビジネスを行おうとすると、最初に遭遇するアラブの風習・制度の一つである。今回は石油・天然ガス開発などでアラブや湾岸諸国に進出するのみならず、一般に、アラブ諸国や湾岸諸国で企業活動や海外勤務をする際に、このスポンサー制が与える影響などについて考えてみる。 アラブ諸国の典型的なビザ申請フォームであるサウジアラビアの申請書には、スポンサー名の欄はないはじめに オサマ・ビン・ラディンは言わずと知れた国際テロ組織アルカイダの頭領であり、スポンサーである。米国を中心とした諸国によるテロとの世界的な戦いのなかで、いまだにその捕縛は困難を極め、今もパキスタンとアフガニスタンの国境地帯、パシュトーン人たちの民族自治地帯に潜伏していると言われている。オサマは彼の名前であり、彼の父はムハンマドと言い、イエメン・ハドラマウト地方出身のサウジアラビア人の大実業家である。アラビア語で「オサマ・ビン・ラディン」とは、直訳すれば「ラディンの息子のオサマ」という意味であるが、一族は「ビン・ラディン」を苗字のごとく使っていて、ラディン家のオサマという意味だそうである。さらに、オサマ(ウサー出所:Getty Images/AFLO写1オサマ・ビン・ラディン(左)とその息子*1:オサマ・ビン・ラディンは52人の兄弟・姉妹の17番目の子として生まれた。ジェッダにある名門キング・アブドルアジーズ大学を卒業しており、身長は194cmの長身である(写1)。*2:華僑は、「幇(バン)」という同族・同郷・同業の連帯組織をつくり、お互いに助け合う。(『華僑―ネットワークする経済民族』游 仲勲 著、 P.159より抜粋)47石油・天然ガスレビューGッセーにはアラブ連盟がサウジアラビア、ヨルダン、エジプト、スーダンによるアラブ連盟軍を組織して上陸、9月にはイギリス軍と交代した。イラク国内での政治の不安定化によりクウェートの守備軍との軍事的角逐が続き、1963年2月、イラクでバクル将軍率いるバース党によってカセム軍事政権が崩壊したため、緊張関係は自然消滅し、イラク軍の撤収に伴いアラブ連盟軍も撤退した。 この時期のクウェートとわが国との関係では、アラビア石油が1957年のサウジアラビアからの中立地帯サウジ権益の取得に続いて、クウェートからは翌年7月にクウェート半権益*4を取得して開発を進め、1960年1月には出油、1961年3月には鵜戸丸によって最初の日本向け出荷を行っていた。まさに、クウェート独立のドサクサのなかで、日の丸原油第1号は開発の成功を迎えていたのである。ちなみに、このクウェート独立の1961年は、アメリカではケネディ大統領の就任、世界ではOECD(Organization for Economic Cooperation and Development:経済協力開発機構)の発足、日本では石油鉱業連盟の設立があった。また、1962年3月にはサウジアラビアの石油相にヤマニ氏が就任。一方、クウェートは日本に大使館を開設、10月にはキューバ危機が発生している。 現在のクウェートを象徴するような林立する高層ビルの写真を示したが(写2)、このような近代都市になろうとは1961年の独立時には想像できなかったに違いない。 クウェートの独立時の人口は、クウェート人16万2,000人、非クウェート人16万人合計32万2,000人であったが、2005年にはクウェート人99万人、非クウェート人200万人の計299万人ないし、ホテルなどがあらかじめ内務省に申請して交付を受け、本人が持参するか、空港などで本人がそれを受け取り、提示し入国の許可を得られることがある。これなどは、保証人が事前にその旅行者の滞在中の安全を保証し、入国当局は、それを信用して、短期滞在ビザを発給するというもので、中東の歴史的なスポンサー制の応用であろう。ただし、最近は湾岸諸国などでは、短期入国ビザは簡略化され、UAE(アラブ首長国連邦)、バーレーン、クウェート、カタールなどの短期入国ビザを日本人などは空港で取れるようになった。ただし、国によっては不正入国や不正就労を目的にした外国人を排除する意味で空港でのビザ発給は行わない場合もあり、すべての外国人が簡単に取れるというわけにはいかない。クウェートのスポンサー制ひもとクウェートを例にとって考えてみる。ちょっと歴史を繙いてみると、クウェートは、1961年6月、イギリスの合意を取りつけ、完全な独立国になった。1962年11月11日には憲法が公布された。サダム・フセインのイラクが隣国クウェートをイラクの領土であるとして1990年8月2日、突然侵攻したことは、日本を含めた国際社会を驚かせたが、イラクのクウェート侵攻は、この時が初めてではなく、このクウェートの独立達成の時期にもあったのである。1962年6月25日、当時のイラク共和国は「クウェートはイラクの領土の一部である、イラク共和国はクウェートに対する主権を持つ」と主張して、軍隊を差し向けたのであった。その時は、イギリス軍がクウェートに上陸した後、7月  考えるほうが妥当であり、現地でビジネスを行う場合はだいたい、このスポンサーを代理店にする場合が多い。現地の利益代表のような役割を果たす。スポンサーは、外国人がその国へ入国する際の保証人の役目から、外国人が働く際の労働許可の保証人兼法的行為の保証人または代理人の地位まで与えられる雇用主以上の役割がある。 一般個人や合弁企業の相手方の社主やトップがスポンサーになり、外国企業のすべての法的行為の代理人または保証人になることもある。そして、個人からも企業からも一定の手数料あるいはスポンサー料を取ることが許されている。 もちろん、スポンサーにも商売の種類によっては向き不向きがあるので、スポンサーに相談して、第3者を商売の代理店にすることもあるが、スポンサーの了解がなければうまくいかない。 石油・ガス資源などの天然資源は、外国企業がその開発を行うことが許されている場合は、その国の石油省や鉱山省、あるいは国営石油会社がスポンサーになって、入国や労働許可の伴う在留許可を取得する。 外国人は、入国の時からありとあらゆる契約や銀行口座開設などの場で「スポンサーは誰?」と聞かれる。三枝亨氏の著作『アラブの生活・ビジネス慣習とつきあう法』*3では、「アラブにおいては、交易や巡礼に関する異邦人の通過往来の便に供するため、古くから外国人に対する旅行安全や身元引受け制が発達しており、このスポンサー制度もこうしたアラブの伝統的な社会制度の現代版である」と解説している。湾岸諸国で簡易ビザと言われているNOC(Non Objection Certificate)などは、現地のスポンサー*3:『アラブの生活・ビジネス慣習とつきあう法―湾岸アラブ諸国を中心に』愛甲次郎・三枝亨 著、有斐閣(1988年)。*4:サウジアラビア・クウェート両国に挟まれた陸上と海上よりなる中立地帯における石油・天然ガスなどの地下資源についての不可分割半権益を形成するクウェートの権益所有分。なお、中立地帯陸上部分は1970年に両国に分割された。2008.5 Vol.42 No.348?ノよる経済発展を見倣い、オイルマネーのみのモノカルチャー経済に頼っているクウェート経済を外資の更なる導入により発展させるべく、クウェート議会は会社設立に対する外資規制の自国民株主比率を15%以上、との条件に引き下げることを決定した。クウェートにおける大きな政策転換である。若年人口の増加に対応する雇用機会の増大をもくろみながら、外資によるさまざまな産業の移植やオイル一辺倒のモノカルチャー経済からの脱却を狙ったものと考えられる。 しかし、自国企業で働く外国人、外国企業で働く外国人、合弁企業で働く外国人、政府や政府系企業で働く外国人、個人の商店やレストラン、お手伝いさんやドライバーなどのドメスティックサーバントとしての外国人はすべて、クウェートで働くには、まずは入国ビザが必要で、その後労働ビザ(正確には労働許可証に基づく在留ビザ)への書き換えが必要である。その時に、今回のテーマの「スポンサー」が必要になる。そして、スポンサーは、クウェート人ないしはクウェート企業でなければならない。そのクウェート人はスポンサーとして、クウェートの法律に基づき、その保証する外国人被雇用者の就く職業によって、クウェート政府から厳しく労働ビザ給付条件を審査される。政府は、今年は家政婦ビザは何人だとか、ビザ数で職種ごとの外国人労働者の人数をコントロールしている。場合によっては、スポンサーが、石油省などの役所やKPC(Kuwait Petroleum Corporation)などの国営企業の場合もあるが、原則、スポンサーはクウェート人個人が基本である。クウェート企業がスポンサーだとしてもその実際は、オーナーがスポンサー権を持っていることが多い。特に、労働ビザは、更新の際も要件が厳しくチェックされるが、結局のところはスポンサー次第である。さらに、有効なの不労所得源にするという社会的制度を形成しているのである。 外国人を積極的に自国の主要な経済・軍事部門にも使っていく。教育と医療のしか分野も然りである。外国の資本も導入する。それによって国を運営していきながら、人口的に劣勢にある自国民を主権的・経済的権利においては外国人の劣後におかないとの方針を採り続けている。株式会社などを規定する会社法では、クウェートでの会社設立には自国民株主比率51%以上が必要であると、1960年5月の商事会社法は規定したが、これが長年外国資本や外国企業のクウェートへの進出を躇させていた。クウェート資本が必ず会社の経営を支配するという民族資本保護の思想は国有化された石油産業以外の民間のさまざまな産業の進展を阻み、外資による、その他産業の発展は進まなかった。ようやく2008年に至って、ドバイやバーレーンの外資導躊ちゅうちょにも増加した(表1)。なぜ人口の動態に触れるかというと、全体人口に対して自国民が少ないという特徴が今回のテーマのスポンサー制につながっていると筆者は考えているからである。自国民の人口が少ないので、オイル収入による国づくりと自国内経済の発展のため、積極的に外国人を入国させて働かせたのである。それによっても国内の治安や政治的権力を不安定化させないために、このスポンサー制を柔軟に適用しながら、雇用と治安を安定させ、重ねて、そのスポンサー制による収入を家賃収入と一緒にクウェート人出所:関川宏一氏(アラビア石油株式会社)、2007年12月撮影 写2近代的なビルが林立するクウェート表1クウェートの人口統計クウェート人非クウェート人113.6174.9263.9368.6569.7686.2826.6721.0860.0914.0990.092.9178.2297.5489.7800.01,025.91,316.01,173.01,330.01,586.02,000.0単位:1,000人合計206.5353.1561.4858.31,369.71,712.12,142.61,894.02,190.02,500.02,990.0年次19571962196719721980198519901996200020032005(注)2003年は在日クウェート大使館HP、2005年はKuwait Fact & Figures 2007より出所:各種資料より筆者作成49石油・天然ガスレビューイスラーム文化との接近遭遇(その5) ~湾岸諸国におけるスポンサー制の現代的意義を考える~J働ビザがあったとしても、職種を変えずとも、スポンサーを変える場合は大変な手続きがいる。前のスポンサーの了解を取ることのみならず、新スポンサーを探さなくてはならないからだ。さらに、入国してからの労働ビザに記載されている職種の転換は極めて難しい。 これは、クウェート政府から見れば、二つの観点からビザ更新は厳しくしておかなければならないからである。一つは、外国人が自国民より人口的に多い上に、その外国人の人数は、安全保障にも影響するためである。特に、パレスチナ系がクウェート人とほぼ同じくらいの人口になっていた1991年の湾岸戦争の当時などは、その戦後処理をクウェートからのパレスチナ系一斉追放を自国内の政治的安定強化のため行わなければならなかったと言われている。さらに、自国民の労働人口が増えてきたとはいえ、私企業の労働者の大半は外国人であるので、経済政策上の業種別の労働者配分もこのスポンサー制による管理で行うことができる。また、決まった数をどのスポンサーから割り当てるかということは、スポンサーのクウェート国内における部族的、出自的なランクや、さまざまな駆け引きがお金のやり取りを伴って行われている。決して労働ビザの発給も「ファーストカム・ファーストサーブ」の原則ではない。 そして、もう一つは、クウェート国民にとって、あまり目立たない手堅い収入がこのスポンサー収入であることにある。通常、個人スポンサーは、外国人のスポンサーになることによって収入を定期的に得る。外国企業のスポンサーになれば、個人のスポンサーとである。は比較にならないほどの保証料が入る。この保証料は定額ではなく、その時々の労働市場や経済事情によって金額が変わる。株式会社などの会社を合弁で外国の企業とつくった時の配当は、株式比率次第であるが、配当にかかる税金は外国人・外国企業と自国民・自国企業とでは、税率が著しく異なる上に、スポンサーになっていれば事業が成功しなくともこのスポンサー(保証)料も入るので、クウェート人あわは濡れ手で粟 このように、スポンサー制は実は、クウェートにおいてはすべての外国人雇用や外国企業の導入や合弁事業の基本になる制度であり、単なるビジネスのビザ取得のための仕組みではない。この管理は内務省・労働省が、アミール*5直系の大臣や有力者のもと、極めて政治的に慎重に行っている。クウェート国民の不労所得の2大要素、家賃収入*6とスポンサー料はこの社会を理解するためには重要な柱である。この制度により、クウェートのような自国民が少ない国家が外国人を縦横無尽に使いこなしているのである。 労働人口に対する外国人の割合は、1998年末時点で全体の約83%に達しており、彼ら外国人の労働力がなければ、クウェート経済は成り立たないのである。サウジアラビアのスポンサー制 スポンサー制の社会に占める機能はほぼクウェートと似ているが、自国民の人口が多いので、外国人労働者数がクウェートより総数として多いが(2,363万人のうち外国人は638万人)、エッセーばくだい国民が外国人の労働にだけ頼って生計を立てていくことはいくら莫大な石油収入があろうとも難しい(サウジアラビア人の労働人口は402万人、外国人の労働人口は469万人)。公務員だけではなくて自立している国民がクウェートより比率が高いのも特徴である。民間企業でもホテルのフロントなどの職種、タクシーの運転手、漁民・農民、医者・教育者、石油・石化関係技術者などを中心に比較的広範に“サウダイゼーション”(サウジアラビア人化)が進んでいる。 しかし、クウェートやその他都市化した国家とは違い、広大な国土(図1)には、現金収入にあずかれない農民や遊牧民など相当な数の国民がおり、これが国民間の格差社会を形成している(写3)。日本と同じように、一般国民の格差の実態は、学歴差により就業可能な職業がおよそ決まっており、それによる給料格差、都市部と僻地の地域格差、石油関連収入につながる職業にある人たちとそうでない人たちの収入格差などがある。また、所得税などがなく、累シリアイラクイランクウェートカフジバーレーンカタールリヤドUAEマディーナジェッダマッカターイフ紅海サウジアラビアオマーンイエメンインド洋出所:サウジアラビア大使館HP図1サウジアラビア概略図*5: この場合は、クウェートの支配ファミリーであるサバハ家の長がアミールとして元首になっている。アラビア語では司令官や総督を表す言葉であるが、アラビア半島では首長や族長とも呼ばれ、諸部族やいろいろな権力集団の長である。国によっては国家の元首であるが、大概は話し合いや任命制により最大部族の長がアミールに選ばれるなど、原則としては武力によって君主の地位を勝ち取った称号ではない場合が多い(詳細は、庄司太郎「エネルギー安全保障とサウジアラビア・イラン」石油開発時報、石油鉱業連盟、2005.8 No.146を参照)。*6: クウェートでは、外国人や外国企業は不動産を所有できない。1991年の湾岸戦争後に最大の外国人勢力のパレスチナ人、ヨルダン人の大半が追放されたが、サルミヤ地区などの外国人居住地区は空き家や空間が続出し、不動産価格が暴落した。現在はエジプトやシリアなどの他のアラブ人が入居している。2008.5 Vol.42 No.350Cスラーム文化との接近遭遇(その5) ~湾岸諸国におけるスポンサー制の現代的意義を考える~入社員の採用を行った際に、学科試験を行い、採用者を決めたことがあるが、その結果を労働省に報告に行ったところ、シーア派の採用数が多いと言われたことがある。試験成績でそうなったと会社としては答えた。サウジアラビアは国民に対しても極めて丁寧に国内の労働需要に対する観点からだけでなく、治安や宗派間のバランスにまで留意しながら、雇用問題に取り組んでいる。外国人の労働ビザの発給に伴う居住許可書の審査は、さらにきめ細かく行い、管理している。スポンサー制を利用し、内務省、労働省や宗教省も関与し、労働者管理や治安や外国人対策さらにはテロ対策まで考慮に入れ、厳格な管理を行っているところがサウジアラビアにおける特徴であろうか。湾岸諸国のソブリンウェルスファンドのスポンサー制との関係 イスラム・アラブ社会の湾岸諸国は、スポンサー制という社会慣習を巧みに制度化し、外国人や外国企業を自国で働かせて自国の経済や富を拡大・維持するという方法をオイルの発見後積極的に行ってきた。自国内において自国民の労働人口が少なく、さらには国によっては自国民が外国人よりも少ない場合もあるにもかかわらず、治安や政治的安定を保ってきた背景には、各国の政治体制である王制や首長制による強権的な統治によることもあろうが、社会全体に張り巡らされた外国人や外国企業に対するスポンサー制による強固な入国管理と身元保証人制度が大きく影響していると考えられる。 サウジアラビアやクウェートの入国管理の際には、居住許可を取得するためには、すべての外国人に番号が与えられ、指紋登録からエイズフリー証明書、場合によっては給与証明などの要件に加え、スポンサーの審査が厳しく行われている。居住許可を受けた者が出国する際にも、サウジアラビアでは出国のビザが必要であるし、サウジアラビア、クウェート両国とも交通違反をはじめその他の犯罪歴が居住許可番号に基づいたコンピューター番号で総合管理されているので、出国時にはコンピューターでの番号照合がなされ、違反金の支払いが済んでない場合などは、出国のイミグレーションカウンターで出国を止められる。スピード違反の「ネズミ捕り」などで、写真を撮られ、忘れた頃に交通警察に呼び出しがあり、この罰金の支払いを出国日まで忘れていて、空港で出国を止められることなどは日常茶飯事である。 これまでスポンサー制の社会秩序維持機能について説明してきた。ここで触れておきたいのは、オイルマネーによって膨らんだ国の財政資金を国家が官製ファンドをつくり、海外で投資を行い外国の企業や外国の債券・株式に投資し、カネを増やし自国民の将来の富を増やそうとする「オイルマネーのファンド」についてである。湾岸諸国のオイルマネーによるソブリンウェルスファンド(SWF:政府系投資ファンド)は、情報の透明性は低いと言われているが、特定の外国企業を支配しようとするものではない。そうではなく、安定したリターンを求め、ドル安にも対抗できるようにアジアや日本にも分散投資を行い、自国民の教育訓練のために、自国のファンドが投資した外国企業からの有形・無形のノウハウや技術が得られればより望ましいとするような投資形態を採っているとされる。現在のところ、あまり政治的な投資や経済性を無視した覇権による吸収合併を先行させたような投資方針を採っていないと言われている。 これは、スポンサー制により長年培った外国企業や外国人の利用を応用した彼らの得意な外国人マネジメント術の投資への応用とは考えられないだ出所:サウジアラビア大使館HP写3東部地域のナツメヤシに囲まれた畑出所:サウジアラビア大使館HP写4首都リヤド市内のスーパーマーケット進課税の制度がないため金持ちは限りなく金持ちであり、相続税もないことから金持ちの継承が行われることによる格差もある。さらに、表立ってはいないが、公務員、政府系企業や公的な性格を持つ組織におけるイスラムの特定宗派優先の採用や昇格もあると言われている。 サウジアラビアの国際空港でタクシーが来なくて困っていたら、サウジアラビアの若者がハーイと英語で、「白タクやってるんだけど乗る?」と近寄ってきた。面白そうなので乗ってみたが、「国立大学は学費が無料だが、今のサウジアラビアは特に都会で生活するには、カネがいる。親は普通の生活はしているが、家族も多く、現金がない。自分は国立大学生だけど、車も必要だし、パソコンも携帯電話も要るので、白タクのバイトをしている」との話であった。サウジアラビア人の大学生は金持ちであると思っていたが、確かに、消費格差は生まれているらしい(写4)。 筆者がサウジアラビアで大学卒の新51石油・天然ガスレビューGッセーい割合で中東から輸入される。その産油諸国からの投資をわが国で受け入れるということはまさに相互経済安全保障であろう。 参考までに、主要なソブリンウェルスファンドと、そのなかでのオイルマネーによるファンドの位置、さらにそれらのファンドによる最近の投資先の一覧を掲げておく(表2、表3)。の証券会社などでは始まっているが、まだまだ政府も含めて、オイルマネーに対して、日本はオープンな規制なき市場を目指すとの明確な意思表示が伝えられていない。 わが国は、可及的速やかに、エネルギー安全保障のためにもオイルマネーを持つアラブ産油国にわが国の株式市場や債券市場、さらには直接投資のスポンサーになってもらったほうがよい。これは今までの、レシプロカルな投資関係によってエネルギー安全保障を守るというモデルの新しい応用ではないのか。わが国の輸入原油は90%近表2世界の主なソブリンウェルスファンド国名ファンド名(出資機関名)アラブ首長国連邦アブダビ投資庁(IPIC、ムバダラ開発など)ドバイワールド(イスティスマルなど)政府投資公社(GIG)、テマセクなどSAMA(複数のSWF)中国投資有限責任公司など政府年金資金クウェート投資庁(KIA)カタール投資庁外貨準備基金香港金融管理局ポートフォーリオ安定化基金豪州将来基金永久リザーブ基金シンガポールサウジアラビア中国ノルウェークウェートカタールイラン香港ロシアオーストラリア米国(アラスカ州)カナダ(アルバータ州)アルバータ遺産貯蓄信託基金ブルネイマレーシアタイ韓国台湾アイルランドカザフスタンリビアベネズエラアルジェリアボツワナ政府投資庁カザナ・ナショナル政府年金基金韓国投資公社国家安定基金国民年金準備基金国家基金リビア投資庁国家開発基金歳入規則基金ピュラ基金(ダイヤモンドマネー)資産規模(億ドル/億円)8,7507004,3003,0003,0003,0002,5006001501,4001,27050037017030025011020015018018050018025047918,75073,500451,500315,000315,000315,000262,50063,00015,750147,000133,35052,50038,85017,85031,50026,25011,55021,00015,75018,90018,90052,50018,90026,2504,935合計 オイルマネー(注)1ドル=105円として換算出所: 各種資料、新聞等より筆者作成32,0573,365,9852008.5 Vol.42 No.352ろうか。彼らは決して経営や技術の主体になろうとはしないし、その能力もないことを理解している。また、常に外国企業の経営や技術動向を監視はするが、自らは積極的には行動しない。ほどよいバランス感覚を持っている。一方、ロシアなどは、1991年のソ連邦崩壊から中止していたモスクワの赤の広場の軍事パレードを復活させ、2008年5月9日の対独戦勝63周年式典には、120以上の新型兵器を投入すると報道されている。このような軍事大国をょうぼう榜するロシアが国富ファンドを世界で運用するのだから、投資方針の公表や経済合理性を重視する可能性は低いと言わざるを得ない。軍事費を増大させている中国にも同様の傾向があろう。 オイルマネーの展開を金融や貨幣の流動性の観点から分析し、サブプライムローン問題やモノライン金融保証会社の格付け問題で急激に傷んでいるアメリカ金融会社の救世主のようにだけとらえているのは、このオイルマネーの運用実態と将来の方向性の分析においてはいささか物足りない。オイルマネーの源となっている文化的背景を理解していないのではないだろうか。 オイルマネーにより蓄積された国富を、海外の投資効率の高い投資先か、ドル安リスクの分散が可能な投資先か、技術やノウハウの見返りのある投資先かなどの別はあろうが、外国の債券や株式も含めたさまざまな投資先に分散投資をする。すなわち、今度は石油に代わっておカネに働いてもらって、石油なき後の将来世代の国富にしようとの意気込みであろう。アラブ社会の歴史的なスポンサー制の将来に向けた海外展開が始まったと考えてもよさそうである。この観点からも、日本ももっと良質なオイルマネーのファンド展開をわが国の企業や株式に投資してもらう環境を整備すべきであると考える。既に、その動きはわが国の一部標ひCスラーム文化との接近遭遇(その5) ~湾岸諸国におけるスポンサー制の現代的意義を考える~ 表3中東のソブリンウェルスファンドによる最近の主な投資例年月ファンド名2006年4月 ドバイ国際金融センター10月 ドバイ政府投資会社イスティスマール2007年5月 ドバイ政府系DICドバイ国際金融センター9月 ドバイ取引所アブダビ国際石油投資会社11月 アブダビ投資庁12月 クウェート投資庁、韓国投資公社と共に2008年1月 ドバイインタナショナルキャピタル出所: 各種資料、新聞等より筆者作成投資例欧州のユーロネクスト(取引所)の株式取得英スタンダード・チャーター銀行株を10億ドル(2.7%)取得英HSBCの「相当数」の株式購入と発表ドイツ銀行株の2.2%を13.5億ユーロで取得と発表米ナスダックと組み北欧の市場運営会社OMXの買収に乗り出す。カタール投資庁との間で買収合戦に日本のコスモ石油に900億円出資米シティグループに75億ドル出資決定(転換社債)、4.9%の株式に相当シンガポールのテマセク(62億ドル)に加えて、米メリルリンチに66億ドル出資ソニーに大規模投資(シェア5%弱)と発表執筆者紹介庄司 太郎(しょうじ たろう)ふるさと:1953年宮城県白石市に生まれる。学歴:1976年東北大学法学部法律学科卒業職歴:1976年アラビア石油㈱入社、ニジェールのテキダンテスムにて、ウラニウム探鉱に従事(2年間)、サウジアラビア・カフジ鉱業所勤務(2度、9年)、クウェートにてクウェート事務所に勤務(4年)の海外勤務を含め、石油を中心にした資源開発に従事。現在、アラビア石油㈱企画部審議役、前石油鉱業連盟企画調査部長著書:「アラビア太郎と日の丸原油」エネルギーフォーラム社(第28回エネルギーフォーラム特別賞受賞)、「石鉱連資源評価スタディ2007年(世界の石油・天然ガス等の資源に関する2005年評価)」(分担執筆)石油鉱業連盟など興味:エネルギー安全保障、イスラム、サウジアラビア・クウェート地域研究、インド・タイ地域研究、外国人の教育訓練家族:妻、長男、インディー(愛犬)53石油・天然ガスレビュー
地域1 中東
国1 クウェート
地域2 中東
国2 サウジアラビア
地域3
国3
地域4
国4
地域5
国5
地域6
国6
地域7
国7
地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 中東,クウェート中東,サウジアラビア
2008/05/20 [ 2008年05月号 ] 庄司 太郎
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