ページ番号1006337 更新日 平成30年2月16日

イスラーム文化との接近遭遇(その6)「神の前の平等」は真実なのか ~機会の平等/結果の平等をめぐって~

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レポートID 1006337
作成日 2008-07-18 01:00:00 +0900
更新日 2018-02-16 10:50:18 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガスレビュー
分野 基礎情報
著者
著者直接入力 庄司 太郎
年度 2008
Vol 42
No 4
ページ数
抽出データ  エッセーアラビア石油株式会社 取締役オイルアナリスト 庄司 太郎イスラーム文化との接近遭遇(その6)「神の前の平等」は真実なのか ~機会の平等/結果の平等をめぐって~はじめに イスラーム*1における平等とは機会の平等を目指しているのであろうか。それとも、かつての毛沢東の下の中国のように、結果の平等を目指しているのであろうか。社会の究極の目標である平等という目標が結果なのか機会なのかでは、その社会制度の設計に大きな違いが出てくる*2。 21世紀の世界を覆っているグローバリズムは、さしずめ機会の平等に基づき、その機会をつかみ、その競争に勝ち、その結果他人と差ができても、それは平等の原則から外れないとするものであろう。いま、日本でも問題になっている「格差」の問題において、弱者や敗者を救わなければならないとする人たちと、結果まで責任を持つ必要はないとする人たちに二分される。また、結果は受け入れるが、敗者や弱者の最低限の生活の権利は守る必要があるとする人たちもいる。 さて、イスラームではこの問題をどう考えているのであろうか。イスラームという宗教、そして、イスラーム諸国の政治・経済・社会体制、イスラーム諸国のなかの企業の考え方、イスラーム教徒の現代の一般の人々の考え方はどのようになっているのだろうか。イスラームでは平等をどう考えているのか 言わずと知れたことであるが、イスラーム教徒が信仰する唯一神、アッラーの下ではすべての人々が平等である。ユダヤ教やキリスト教と並んで、3大啓典宗教の一つであるイスラームは、預言者、ムハンマドがアッラーの啓示を受け、その内容を記したものがクルアーン(一般的には聖典「コーラン」)であると言われている。ムハンマドでさえアッラーの前では普通の人たちと同格である。だから、キリスト教にいるようなお坊さんは存在しない。ウラマー*3はお坊さんではなくて学者である。イランなどで見られるシーア派は、お坊さんが国を治めているではないかという人もあるが、シーア派には少数派としての歴史があり、4代カリフのアリーを最高指導者として仰ぎ、隠れイマーム*4の再来までイスラームを修めた最高のウラマーが祭政一致のイスラーム国家を指導するというもので、「ヴェラーヤテファギーフ(イスラーム法学者の統治)論」と呼ばれる独特の宗教・統治理論で運営されている。 しかし、イスラームの大半であるスンニー派ではウラマーの下での宗教的ヒエラルキーはない。アッラーの前では絶対平等である。だからして、最後の審判までは喜捨は推薦されるが、免れんごく罪符も教会への寄進も神への貢献にはならない。アッラーが帳簿をつけており、この帳簿によって、天国か地獄に行くことになる。水辺で絶世の美女にかしずかれて、おいしい料理を堪能できるか、煉獄の苦しみを受けるかは全くアッラーのおぼしめし次第である。 美女にかしずかれてなどと書くと、イスラームでは女性を男性よりも劣位に置いているの? なんて思われる方があるかもしれない。しかし、それでは平等の意味が薄れてくる。そんなことはない。男女とも祖先はアーダム(発音に忠実に表記した)1人であり、また彼らの母親はハウワー(イブ)であると説いたそうである。アッラーはクルアーンで、「人々よ、われは一人の男と一人の女からあなた方を創り、種族と部族に分けた。これはあなた方を互いに知り合うようにさせるためである。アッラーの御い者れる者では、あなた方の中許で最も貴おんもとうちおそ最も主を畏たっとつく出所:サウジアラビア大使館HP写1ショッピングアーケードを散策する人々*1:一般には「イスラム」と表記されることが多いが、アラビア語発音に近い「イスラーム」と表記することにした。広義のイスラームの指すものはイスラーム教のみならず信仰と社会生活のすべての側面を規定する文明の体系であると定義するものもある(蒲生礼一著『イスラーム』岩波新書より)。*2:一般には、誰にでも機会(チャンス)は平等に与えられるべきであるが、その結果(成果)にまでは関知しないという考えが「機会の平等」。これに対し、機会は不平等であっても、誰にでも結果は等しく与えられるべきであるという考えが「結果の平等」と言われている。*3:イスラーム諸学を修得した知識人のこと。より厳密には、ウラマーとは法学の専門家を意味する言葉である(平凡社『中央ユーラシアを知る辞典』より抜粋)。*4:隠れイマームとは、イマーム(指導者)は死ぬことはなく隠れており、いつか再臨する(この世に再び現れる)いう思想。61石油・天然ガスレビューGッセーもつけておかない限り、従業員は職位の高さに関係なくどんどんいい席を取っていく。アミールや所長の隣が門番のおじさんだったりなどということが頻繁に起こるのに遭遇すると、アッラーの前ではすべての人が平等であるということが本当に浸透しているのだな、と実感させられたものだ。こんな生活体験をいろいろな場所で経験することがあるのが、イスラーム社会なのだ。極めて単純にまとめれば、神が主権を持っており、そのアッラーの下にすべての人間が平等であると考えられているのがイスラーム流の考え方と言える。出所:アラブイスラム学院写2聖地マッカのハラム・モスクにおけるイシャーの礼拝の様子イスラーム諸国の政治・社会体制では平等をどう扱っているかムスリムによるいわゆるイスラーム諸国は、世俗化の進んでいる国といまだイスラームを政治の中心においている国があり、その政治のなかの平等をこういうふうになっていると一刀両断に論ずることは極めて難しい。トルコ共和国の建国の父と言われているケマル・パシャ・アタチュルク*6(写3)は、国づくりの根本を宗教と政治の分離に  ある(アルフジュラート章13節)」とか、「誰でも正しい行いに励む者は、男でも女でも信仰に堅固な者。彼らは楽園に入り、少しも不当に扱われない(アンニサー章124節)」と書かれており、男女の平等をその誕生と報奨において平等にしているからである。 イスラームにおける結婚を見ても、宗教関係者の同席も求められず、男女双方の相互理解の行為であって、2人の証人の同席のもと結婚契約書に書いてある義務を相互に受け入れるだけでいい。ただし、ムスリマ女性*5はムスリム男性以外と結婚することはできない。一方、ムスリム男性はムスリマ女性または啓典の民の女性以外とは結婚することはできない。 イスラームでは、後見人は花嫁本人の意思を確認することになっている。他の宗教やアジアやアフリカの因習が根強い地域では、花嫁の意思なぞにお構いなく親や後見人が婚姻を決めることは現在でもあるのに、イスラームでは原初からこのように女性の意思を確認すると決めている。しかし、一般には、顔や体の見える部分をベール、スカーフや手袋で隠しているイスラーム女性を見慣れていると、女性の権利を剥奪していると見る見方が本質的なイスラームの平等観を阻害しているのが現実だ。 なぜイスラーム女性がスカーフやベールをかぶるのか。一説には「男性の理性は性欲に打ち勝てないかもしれないとの前提を立て、弱い男性の理性を崩壊させないように女性は肌や髪を隠す」との理由があるらしい。現代では、なかなか認められる理由ではないかもしれないが、歴史的時代を考えれば納得できる。 イスラームの男女が結婚した場合、クルアーンでは「女は公平な状態の下はくだつに、彼に対して対等の権利を持つ。だが、男は女よりも一段上位にある(アルバカラ章228節)」として、権利は男女対等であるが、一段上位であるとしている。これには、理由がある。「男は女の擁護者(家長)である。それがアッラーが一方を他よりも強くなされ、彼らが自分の財産から扶養するため、経費を出すためである(アンニサー章34節)」というわけだ。体力面や妊娠など弱い立場に陥りやすい女性を男性が扶養し、安らぎを与えられるようにこのように書いてあるというのだ。めとることをムスリム なぜ4人の妻を娶は認められているのかについても、戦争や略奪、キャラバンなどの長旅で男性が死亡することが多かった往時の風習で、強く経済力のある男性は未亡人や相手のいない女性を4人まで妻にできるとしたと言われている。もちろん、すべての妻に同じ待遇と愛情を注がなければならないので、男性にとって並大抵のことではない。現代のクウェートやサウジアラビアでは、王族や大金持ちでも複数の妻を持っている人たちは少なくなっているとのことであるが、石油会社の職位が下位の従業員や、ベドウィン生活をしているものなどには複数の妻を持っている人たちもまだいるとのことだ。筆者の事務所の運転手は自分の娘より若い女性を3番目の妻として迎えたことがあった。現代においては、よほどの理由のない限り平等の原則からは外れる風習だと考えざるを得ない。 会社の創立記念の大きなパーティーを会社のホールで開いたときなど、入り口から見て正面の一番いい席には、われわれ日本人から見ると所長やアミールなどの会社のVIPやゲストが座ると思いがちであるが、準備の段階で席次表をつくって、ソファーに名札で*5:イスラーム教徒の女性をムスリマ、男性をムスリムと呼ぶが、ここでは、分かりやすいように「ムスリマ女性」、「ムスリム男性」とした。*6:(1881~1938年)。トルコ共和国の創立者。初代大統領(1923~1938年)。第一次大戦後、セーブル条約を拒否して兵を挙げ、ギリシャ軍を撃退。大国民議会を開設し帝政を打倒。トルコの近代化に努め、アタチュルク(父なるトルコ人)の称号を受けた(三省堂『大辞林 第二版』より)。2008.7 Vol.42 No.462Cスラーム文化との接近遭遇(その6)「神の前の平等」は真実なのか ~機会の平等/結果の平等をめぐって~ 置き、憲法に政治とイスラームの分離を厳格に明示した。アラビア文字も廃止して、アルファベットでトルコ語を記述させた。公的機関での宗教的慣習を禁止し、現在のトルコで政治問題化している女性の公的機関でのスカーフ着用の禁止など禁止事項は詳細にわたる。ケマルの忠実な支持母体である国軍がこの教えを忠実に今日まで守っている。しかし、トルコの政党の一つ、イスラーム政党である公正発展党(AKP)などが選挙で多数を取って、内閣をつくり、スカーフ着用の自由などを手がかりにイスラーム的慣習の政治や教育などの公的な場面での許容を目指して保守派(トルコの場合は世俗派)と対立する状況になっている。 トルコのEU加盟を推進したい所得の多い世俗派と、ケマルの教えに忠実な国軍は、数で勝る一般民衆に支持基盤を置き、政治にイスラームを復興させてトルコ政治の実権をつかみたい中間層と低所得者層を背景にしたイスラーム政党とせめぎ合いを続けている。しかし、トルコ政治では、選挙による多数決が民意を決める。国軍によるクーデターはあるが、選挙制度などの民主主義が制度として根付いている。 一方、世俗国家の代表といわれるエジプトも、強力な権力を持つ大統領制とほとんどが与党の議会を持っている。専制的な政治といわれるが、民主主義的制度は存在する。今回はエジプト政治には詳しくは触れないが、イスラエルと和平した最初のムスリム国家ということからも、世俗化した政策をとっていることはうかがえる。しかし、イスラーム多数派のスンニー派総本山であるアズハルとアズハル大学を抱え、アラビア語教師の多数を湾岸諸国をはじめ各国に輸出している。国民の生活も約10%のコプト教徒を除いて、イスラームにのっとって行われている。しかし、いわゆるイスラーム原理主義政党の大本もエジプトに発生し、イスラームが行き届かない現在の世界をジャーヒリーヤ*7と定義し、世俗の法をアッラーの法であるシャリーアとは全く違うものと認識して、現在の世俗化した体制を身の回りから、さらに世界においてもシャリーアの支配するイスラームに急激に変えようとするイスラーム原理主義を信奉する結社や政党(非合法のムスリム同胞団など)が存在する。 その原理主義政党や結社も考え方に幅があり、ムスリム同胞団のような歴史のあるものから、そのなかの考え方をさらに極端に進め、ジハードの対象を世界中の反イスラーム勢力まで広げたジハード団まで存在するようになっていけいけんる。世俗化と原理主義の振り子の振幅が大きい国とどちらかが隠れている国があるが、世俗化政権が専制国家だったり、経済的に貧富の差が激しいものだったりすると、振り子は原理主義の方に揺れていく。さらに、共産主義のような無宗教のイデオロギーが、エジプトやアフガニスタンなどに強い影響を与えると原理主義は真っ先にそれに反発する。いまはアルカイダなどの原理主義集団は、アメリカを最大の敵にしている。湾岸戦争のときにイスラームの聖地を擁するサウジアラビアに米軍が駐留したことが原理主義者のパンドラの箱を開けたと言われている。 最も簡単なムスリムの世俗化の重要な尺度の一つにアルコールの自由度が挙げられるが、トルコもエジプトもアルコールはどこでも買えるし飲める。もちろん、国民のなかには敬虔なイスラーム教徒で飲まない人も非常に多い。 東南アジアのインドネシア、マレーシアなどは、世俗国家として宗教から分離された政治を行っている。それぞれ、民族的独立を優先した政策がイスラームの政治への融合より優先されたということであろう。マレーシアなどは、したたかに、イスラームの国家であることを金融面で有利に使いイスラーム金融*8の中心地として名乗りを上げているが、政治は選挙もあるし国会もある。 パキスタンやアフガニスタンなどのインド亜大陸付近のイスラーム国家は、ご存じのように、世俗化が進めば揺り戻しが起き、民主主義を根付かせる目的で選挙を行うと原理主義者が台頭したりする。国内の経済的な発展度が地域によりばらばらであったり、原子力発電所とロバによる運輸が同居するような科学技術が一部にしか行きわ出所:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』写3トルコ共和国建国の父アタチュルク*7:イサイイド・クトゥブが唱えた「ジャーヒリーヤ論」が有名。シャーリア(イスラーム法)の支配のない「戦争の家」をシャリーアに支配される「平和の家」に変えようとするもの。*8:イスラーム金融とは、シャーリアにのっとり利子の概念のない金融で、イスラームに沿って運営される。63石油・天然ガスレビュースらない状態なので、政治的にも混沌状態である。このような国はイスラームの真の平等主義が必要かもしれないが、ターリバーン(発音に忠実に表記した)のような急進的な超原理主義者が台頭してくる可能性も高く、イスラームと世俗国家との綱引きが今後も続くと考えられる。 さて、サウジアラビアやクウェートなどの湾岸諸国であるが、各国さまざまな世俗化の道を歩んでいる。サウジアラビアは、イスラームに最も忠実であるとした政治体制をとっていると説明されている。すなわち、政教分離をあえてしないのがワハーブ派のこの国の行き方であるとされる。憲法も国会もない。クルアーンがあるのに憲法は必要ないというものであるが、1993年3月1日に公布されたサウジアラビア王国統治基本法、諮問評議会法、地方行政法がある。1997年、二聖モスクの守護者である国王の勅令により、評議会議員30名が追加され、議長1名と議員90名からなる第2期諮問評議会が組織された。ちなみに、第1回会議は、1994年1月2日に開催され、会議には議長、副議長、事務局長、60名の議員が出席、議員には、知識、遂行能力、経験、専門技術などの能力のある人々から選ばれているそうである。評議会議員も選挙で選ばれるわけではなく、地方と国の「シューラー(協議)」として伝統的なイスラームの民主主義の形であるとして召集され、国王の諮問機関として機能することが期待されている。女性に関する慣習やアルコールについては、世界でも類を見ないほど厳しい規制を課している。 クウェートはイギリスの保護領から独立したときに憲法を公布し、議会を選挙制度とともにつくった。議会は何余曲折を度も停止されたりしたが、紆経て、現在は機能している。女性は車うよきょくせつを運転できるし、ベールも強制されない。ただしアルコールは禁止である。その他の湾岸諸国、バーレーンやカタール、アラブ首長国連邦、オマーンなどはクウェートには議会制において追いついていないが、民主主義においては、それぞれスルタンやアミール制であっても、女性諮問会議委員の選出や選挙の段階的実施、女性の車の運転の許可、アルコールの自由、テレビ放送の自由度の高さなどさまざまな形で世俗化を進めている。しかし、現在の専制国家体制の枠の中での民主化であろう。 今回のテーマである平等を考えるにあたって、イスラーム教を国民の大半が信じている国々が世俗化の観点からどういう政治体制をとっているのかを大づかみに見てきた。イスラームにとってアッラーの前の平等は宗教的な啓示であって、政治や経済がなんといっても動かせないものであることは真実である。しかし、それぞれの国がその国の中で国民の権利や義務、そして経済的な分配を具体的に行うにあたって問題化してくる平等は、その国の政治・経済体制がじかに影響してくるのも事実である。だからして、オイルマネーに沸いている湾岸諸国は、なおさら神の前の平等と、現実の国民間の権利や経済的格差感との矛盾を解消して、国民全体の意識を平等感あるものに近づけようと策を練らなくてはならない状態になっている。富がありすぎるゆえに現実の経済的平等感への矛盾も大きくなる。*9:イスラーム教で、ムハンマドの言行の伝承に基づく範例・伝統、ハディースにまとめられている。エッセー富がなければ貧しくてもみんなが等しく、貧乏であれば、神の前での平等感に近づくのは道理であろう。 湾岸諸国に限らず、世俗化を中途半端に図っているイスラーム諸国は、必ず平等の問題が政治体制や経済的利益の分配に圧力となって降り注ぐ。 イスラームは宗教であると同時に生活・人生そのものであることから、政治と宗教は分離できないと言われる。宗教をアヘンだとした共産主義とイスラームの「平等」についての思想は、絶対的平等を主唱している点では意外と考え方が近いのではないかとも思えてくる。その意味では、この二つのイデオロギーと宗教は機会の平等を保障するだけではなく、結果の平等もある程度要求するものであろう。しかし、イスラームにおいて人は最後の審判においては性別も、財産も、職歴・学歴も地位も関係なく、アッラーに自らの責任で一対一で向き合い、その現世での行為を審判してもらい、天国行きか地獄行きかを委ねるのである。アッラーの前の絶対的な平等である。そして、現世も非常に大切にするイスラームはアッラーからの啓示に基づき、ク出所:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』写4現在のカタール2008.7 Vol.42 No.464Cスラーム文化との接近遭遇(その6)「神の前の平等」は真実なのか ~機会の平等/結果の平等をめぐって~ しゅうれんいろいろな理由があって、サウジ人の方が80%程度でクウェート人は20%に満たない数であった。 そこで、5カ年事業計画のなかで、クウェート人の人数比を上げていくということになった。もちろん従業員はサウジアラビア・クウェート人だけではなく、日本人やパレスチナ、ヨルダン、インド、フィリピンなどの外国人も働いている。サウジ人もクウェート人を外国人の置き換えで増やしていくうちは理解を示していた。しかし、外国人の数は限られている。全体の15%程度であった。外国人のなかには置き換えできない専門技術を持った者もおり、クウェート人をもっと増やすには、全体の従業員数を増やすか、サウジ人を置き換えていくのかに問題が収斂した。もちろん、定年退職者は少ないがボチボチ出てくるので、それは置き換えの対象になる。 そこで、採用試験をサウジアラビア・クウェート両国人を対象に行うことになった。サウジアラビア側は、今までの人数比についても結果としてそうなったので、採用の機会は両国に対等に提供しており、会社に対する権利が半分半分だとしても、結果まで、成績や採用手続きの平等を崩してまで平等にするのはおかしい、というのであった。いわゆる機会の平等でいいのだとする主張である。 一方、クウェート側は、採用試験の成績や手続きは競争に慣れており、成績のいいサウジ人に有利であり、クウェート人には相当げたを履かせても新規採用については最低サウジ人とクウェート人は半々にすべきであると主張した。結果の平等の主張である。 これには行司役の日本人もどうしたものか、頭を抱えたものである。アメリカには、少数民族やマイノリティー出身の学生を入学試験のときに優先枠を与えて成績が悪くても合格させる制度があり、多数派からは逆差別だと問題になっているが、まさしくこれは、サウジとクウェートのマイノリティー優先枠の設定の問題である。もうこれはイスラームのアッラーの前での平等の問題から離れて、それぞれの国益のぶつかり合いであった。 クウェートはサウジアラビアに比べて小国であり、やはりマイノリティーとして、優先枠を主張したということかと思っていたが、違っていた。クウェート政府は、石油会社は人材を教育する義務を負っているのに、できる人間だけを採用して教育の義務を放棄しようとしている。試験のできない人間も採用し、結果として平等にできる人間に育ててくれというものであった。われわれ日本人にはなかなか理解しがたいものであった。一方、サウジ人は国内でも競争が激しいので、試験を受けてクウェート人と競争した場合の結果には自信を持っているので、機会の平等を主張したものと思われる。 ここにおいて、なにかイスラームの原理的な平等の考え方の論争が起きるかと見守っていたのであるが、イスラーム湾岸諸国のなかの、最新・優良企業である石油会社では、神の前の平等思想の発露は残念ながらなかったのである。イスラームの現実の企業社会への応用はむしろ遠ざかり、企業は競争を中心にする世俗化へと進んでいる。イスラーム教徒の現代人は平等をどう考えているのか NHKの深夜の映画シリーズのなかで、「イブラヒムおじさんとコーランの花たち」という面白い映画があった。いくつもの映画賞を受賞し、ノミネートされた名作だそうである。2003年のフランス映画で、原題は“Monsieur Ibrahim et les fleures du Coran”だという。「イブラヒムおじさん」はイス出所:サウジアラビア大使館HP写5クルアーンの学習ルアーンとスンナ*9に生活一般にわたる模範的な生き方が示唆されている。だから、現世はどうでもよいとし、来世に救いを求めるような宗教ではない。 この点が根拠となって、イスラーム教徒は平等をめぐる議論を現実的に行い、雇用関係や給与や利益配分などが、人間がつくった法律や契約に基づいてきちっと行われていても、イスラームのシャリーアから見て、あるいはまたイスラーム教徒としての最後の神の前の平等の観念から見て、おかしいと自分が感じれば、平等に対する正論を堂々と主張するという風土を持つことになる。機会の平等を与えれば、競争と多数決によって勝利者と落伍者が出るのは仕方がないとは簡単には認められない風土がある社会であろう。イスラーム諸国の企業では平等をどう扱っているか さて、原理・原則の話は確認したが、現実のイスラーム社会のなかで、企業はどのようにこの平等の問題を処理しているのだろうか。筆者が経験したサウジアラビア・クウェートの石油開発会社での実話を例に、この問題を考えてみよう。この現地の石油会社はサウジアラビアとクウェートが半分ずつ権利を持っている。従業員はサウジアラビア人とクウェート人がともに働いているが、その人数比は50対50ではない。65石油・天然ガスレビューGッセー年も反発しながらも最後には、おじさんの「人間は神の前では平等」であり、「クルアーンの教えを守りなさい」ということに心を広げた。少年も成人して心の平安を得、そのなかで、貧しくても正しい道を進もうとしている。イスラーム教徒は、本来イスラームの考え方は内面の問題も神との一対一の対面のなかで考えており、平等の考え方も「機会平等や結果の平等」ではなく、どっちにしても結局はアッラーが決めるものだとしているのではないだろうか。そうすれば、矛盾が多く思いどおりにはならないこの世で心の平安があると考えているのではないか。宗教と心の平安を考えさせる映画であった。一度ご覧になることをお勧めする。ラーム教徒で、トルコ人のフランスへの移民であり、パリで食料品店を営んでいる。彼と通りを挟んだ向かい側のアパルトマンに住んでいる自称16歳で大人になりかけの13歳のユダヤ系のフランス人少年「モモ」との心の交流の物語であった。おじさんは大変不幸なユダヤ人の子供をなにかと面倒をみながら、クルアーンにあるイスラームの教えを日々の生活のなかで、例え話を交え教えていく。移民を受け入れる社会であるフランスのパリの下町で精いっぱい生きているトルコ移民のイブラヒム。おじさんは鉄道で自殺したモモの父親の葬式をあげ、モモを養子にし、買ったばかりの真っ赤なスポーツカーでヨーロッパ大陸を横断し、トルコ山中のおじさんの古里に帰る。おじさんはそこで、事故に遭ったにもかかわらず、満足しながら養子になったユダヤ人少年モモの手を握り、静かに息を引き取る。成人し、モモはパリのブルーストリートに帰り、おじさんの食料品店を引き継ぎ、おじさんの志であったイスラームの自由・平等・博愛を身につけた青年として生きていくことを決心する。その決心を暗示させる風景と、淡々とした日々の町の風景で映画は終わる。 貧困からの脱出、家族や人間の愛、モモが万引きした時のおじさんの諭し旋の旅などがイス方、トルコへの凱がいせん執筆者紹介ラームの大きな平等・博愛精神の伝達の舞台として描かれていた。名優、オマー・シャリフ*10の演技もさることながら、イスラームの移民の問題を抱えるフランスやヨーロッパがこの映画を通して、イスラームを再評価し、理解しようとする姿勢が見えてきたように思う。ユダヤ人のモモを養子にしたトルコ移民のおじさん、そしてその生活の舞台がパリであった。 筆者はイスラーム教徒全般が平等をどう考えているかなどという難しい問題には、答える立場にはないが、この映画のイスラーム教徒であるイブラヒムおじさんの考え方は、現代の世俗化したイスラーム教徒の平等への気持ちを代弁しているのではないかと思った。というのは、イブラヒムおじさんは、移民ではあったが、誠実にフランス社会で働き、質素ではあるが、一応の経済的生活の安定を得た。しかし、古里の妻は亡くなり、子供もいなかった。寂しさからだけではなく、ユダヤ人の少年モモを心から人間として受け入れ、少年にイスラームへの門を広げてあげた。少出所:goo映画フォトギャラリーより写6「イブラヒムおじさんとコーランの花たち」より庄司 太郎(しょうじ たろう)ふるさと:1953年、宮城県白石市に生まれる学歴:1976年、東北大学法学部法律学科卒業職歴:1976年、アラビア石油株式会社入社、ニジェールのテキダンテスムにて、ウラニウム探鉱に従事(2年間)、サウジアラビア・カフジ鉱業所勤務(2度、9年)、クウェートにてクウェート事務所に勤務(4年)の海外勤務を含め、石油を中心にした資源開発に従事。現在、アラビア石油株式会社 取締役、前石油鉱業連盟企画調査部長著書:「アラビア太郎と日の丸原油」エネルギーフォーラム社(第28回エネルギーフォーラム特別賞受賞)、「石鉱連資源評価スタディ2007年(世界の石油・天然ガス等の資源に関する2005年評価)」(分担執筆)石油鉱業連盟など興味:エネルギー安全保障、イスラーム、サウジアラビア・クウェート地域研究、インド・タイ地域研究、外国人の教育訓練家族:妻、長男、インディー(愛犬)*10:1962年の「アラビアのロレンス」、2004年の「オーシャンオブファイヤー」にも出演、各映画賞でも数々の栄誉に輝いている。2008.7 Vol.42 No.466
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2008/07/18 [ 2008年07月号 ] 庄司 太郎
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