アゼルバイジャン再訪 ~火の国での新たな発見~
| レポートID | 1006350 |
|---|---|
| 作成日 | 2008-11-20 01:00:00 +0900 |
| 更新日 | 2018-02-16 10:50:18 +0900 |
| 公開フラグ | 1 |
| 媒体 | 石油・天然ガスレビュー 2 |
| 分野 | 基礎情報探鉱開発 |
| 著者 | 原田 大輔 |
| 著者直接入力 | |
| 年度 | 2008 |
| Vol | 42 |
| No | 6 |
| ページ数 | |
| 抽出データ | JOGMECモスクワ事務所 副所長原田 大輔 エッセーアゼルバイジャン再訪~火の国での新たな発見~ 次に国章。国章は査証(ビザ)に必ず押されるものであり、政府機関や公式文書、街角でもよく見かけるもの。中心には石油・天然ガスの炎が燃え、八角星が美しいデザインだが、その円を支える植物まで目が及ぶ人は少ないだろう。この植物は、右は主食の麦、そして左は厳しい環境でも成長する力強さの象徴トーポリ*5を示していると言われ、アゼルバイジャンの国情を知る手がかりを与えてくれる。1. アゼルバイジャン・概観 1991年のソ連解体、そしてCIS諸国独立のなか、進んで外資を導入してきたアゼルバイジャン。1994年以降これまで未開発だった海上鉱区を中心に外資各社が参画し、1997年には最も有望 例えば、アゼルバイジャンの国旗と国章(図1)。国旗には新月と星が中央に配されており、同国のイスラーム色を垣間見ることができるが、その星は実は八角であるのをご存じだろうか? 新月と星は元来オスマン帝国の国旗に発祥したと言われ*3、その後トルコ、ウズベキスタン、トルクメニスタン(図2)などのテュルク人の国家などで使われているシンボルだが、星であることが多いイスラーム教の国旗のなかで、アゼルバイジャンは八角星を用いている。この八角星の由来は、8グループあると言われているテュルク系諸民族を象徴するもので、テュルク人に対する誇りを感じさせる*4。国旗の青はテュルク人の色、緑はイスラーム教、赤は自由と近代化を表しているという。芒ぼ五ごうせいはじめに 振り返れば、自分にとって研修を除く最初の海外出張が、8年前のアゼルバイジャン*1であった。2年前にモスクワへ赴任して以来、プロジェクトが立ち上がった東シベリアを除けば、同国への渡航は公私含め最も多い渡航先となっている。 アゼルバイジャン(Azerbaijan)と言えば、その名がアゼルバイジャン語で「火を守る者」を意味するところ*2、つまり、石油・天然ガスという切り口で語られることがほとんどだが、本稿では外資導入から15年という節目を迎えたアゼルバイジャンについて、2008年6月に開催された展示会の概要を交えながら、資源だけではない横顔とともに紹介していきたい。図1アゼルバイジャンの国旗と国章図2五芒星をあしらった国旗トルコウズベキスタントルクメニスタン*1:本稿では表記は現地発音に近い形でのカタカナ表記を採用し、英語表記が一般化しているものはそのまま採用した。また、アゼルバイジャン共和国の表記については「アゼルバイジャン」で統一した。*2:アゼルバイジャン語古語でazerは「火」を、baijanは「守る者」を意味するという。また、紀元前4世紀に現在の北部イランを支配していた王国アデルバイガン(ギリシャ語名アトロパテナ)がアゼルバイジャンに転化したという説もある。*3:13世紀から20世紀初頭にかけて、広大な版図を築いたオスマン帝国で採用された国旗が発祥。その後各地のイスラーム国家で採用された。*4:八つのグループとは、六つの主権国家(アゼルバイジャンの他、トルコ、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギスタン、トルクメニスタン)、ロシア連邦内の1構成主体(タタールスタン共和国)およびセルジューク朝(11~12世紀に現在のイランを中心に支配)の末裔(まつえい)である北部イラン在住のテュルク人を指す見方。その他、人間の一生に関与する八つの要素を表すという見方もある。*5:日本ではポプラ(箱柳)として知られ、ロシアにも広く植樹されている。春から初夏にかけて綿毛が雪のように舞う。また、力と耐久の象徴として好*6:ACGプロジェクト:アゼルバイジャン領南カスピ海へ延びるApsheron Trend上の各油田(Azeri、Chiragおよび水深150m以深のGunashli)を対象とまれているオーク(樫=カシ)の葉を表すという見方もある。するプロジェクト。確認可採埋蔵量54億バレル。 BTCパイプライン:アゼルバイジャンのバクー(Baku)を起点とし、グルジア共和国トビリシ(Tbilisi)を経由し、地中海に面するトルコのジェイハン(Ceyhan)に至る原油パイプライン(総延長1,760km/輸送能力100万バレル/日)。 双方とも本邦企業(伊藤忠商事株式会社、国際石油開発帝石株式会社)が参画。なお、JOGMEC石油・天然ガスレビュー2005.5 Vol.39「本格市場デビューするカスピ海原油 ―真近に見たBTCパイプラインに思うこと―」伊藤忠商事・伊藤忠石油開発バクー事務所長 杉浦敏広氏著も参照されたい。79石油・天然ガスレビュー008.11 Vol.42 No.680エッセー表1アゼルバイジャン各指標国名面積人口民族公用語宗教GDP1人あたりGDPインフレ率アゼルバイジャン共和国Az?rbaycan Respublikas?(アゼルバイジャン語)Republic of Azerbaijan(英語)8万6,600km2(日本の約4分の1)850万人(首都:バクーに約200万人が集中)アゼルバイジャン人:90%、ロシア人:2.5%アルメニア人:2%、等アゼルバイジャン語(テュルク諸語に属し、トルコ語とも意思疎通可能)イスラーム教(シーア派)が優勢(一方、酒、豚肉等に寛容な側面も)298億USD3,729USD16.6%出所: 外務省各国・地域情勢「アゼルバイジャン共和国」2007年、カッコ内は筆者による%4035302520150051年Gunashli2008年生産開始Azeri生産開始Chirag生産開始199619971998199920002001200220032004200520062007454035302520151005原油生産量(MMt)(左目盛)天然ガス生産量(BCM)(左目盛)GDP成長率(右目盛)出所:世界銀行およびRussian Petroleum Institute統計2008図3アゼルバイジャンGDP成長率と原油・天然ガス生産量の推移うかい視されていたACGプロジェクト*6から原油生産を開始。2006年にはロシア回し、カスピ海原油を世界市場にを迂輸出する手段として注目を集めたBTCパイプライン*6の初出荷が実現。15年目という節目にあたる現在、原油価格高騰という追い風もあり、高成長が継続しており、2007年の経済成長率は23.4%と推定され*7、今後も順調な経済成長が見込まれている(図3、表1)。(1)石油略史 現在のアゼルバイジャン共和国の首都バクーを中心としたカスピ海南西部アプシェロン半島は、米国に並び19世紀帝政ロシアの時代から世界で最も石油開発が進んだ地域。20世紀前半には陸上油田は成熟し、ソ連時代ではヴォルガ・ウラル(第2バクー)、西シベリア(第3バクー)へ開発・生産の中心を譲りながら、オフショア開発は技術がなかったために進められておらず、カスピ海海上のポテンシャルは放置されてきた。ソ連崩壊に伴うCIS諸国の独立のなかで、先んじて外資導入政策を採り、最も有望と見なされていたACGプロジェクトに、1994年、BPをオペレーターとする西側コンソーシアム(1996年に伊藤忠石油開発株式会社:3.9%、2002年に国際石油開発株式会社:10%)が参画し、開発が進められた。 その他日本企業もポテンシャルがあると見なされた鉱区に参画するも商業油田の発見に至らず、最終的にはBPのプロジェクトのみがCIS諸国からのルートでは初めてロシアを迂回するBTCパイプラインプロジェクトとともに、2005年より生産、2006年より出荷が開始され(試験生産は1997年~)、シャハ・デニズ*8ガス田も2006年よりガスの生産を開始し、現在アゼルバイジャン国内およびSouth Caucasus(BTE)パイプライン*9によりグルジアおよびトルコに輸出されている*10。(2)生産国からエネルギー通過国へ 新規探鉱ポテンシャルが成熟してきたアゼルバイジャンでは、近年エネルギー供給国としての重要性に加え、エネルギー“回廊”としての重要性が、周辺供給国、需要国そして通過国の間で急速に高まっている(図4)。既述のBTCパイプライン(原油)およびSouth Caucasus(BTE)パイプライン(天然ガス)に加え、欧州への供給を目指すNabuccoパイプライン(天然ガス/後述)、トルクメニスタンの天然ガスをアゼルバイジャンへ海底輸送するTrans Caspian(カスピ海横断)パイプライン等、実現性は別としても枚挙に暇 ロシアから見れば、通過国が分散することにより、タリフ(関税)による経済的恩恵や特に天然ガス価格への影響力が薄れるとともに、さらに国内開発の遅延により近い将来減退する恐れがある天然ガスについては、欧州向けの中央アジア産天然ガスの確保が急務となっている。前述のとおりロシアを迂回する最初のパイプラインとして欧米の強力なバッがない。いとま*7:EBRD推計値。*8:アゼルバイジャン語で“海の王”の意。確認可採埋蔵量は天然ガス22兆cf、コンデンセート7.5億バレル。ACGプロジェクト同様にオペレーターはBP(ガス販売オペレーターについてはBPと同等の権益を持つStatoilHydro)。他パートナーは欧州(仏、トルコ)、露、イラン各国の石油会社およびアゼルバイジャン国営石油会社SOCAR。*9:South Caucasus(BTE)パイプライン。BTC同様にバクー、トビリシを結び、トルコ・エルズルム(Erzurum)に至る天然ガスパイプライン(総延*10:JOGMECホームページ石油・天然ガス資源情報リポートのうち、2008年1月9日「アゼルバイジャンShah Denizガス田で追加埋蔵量を発見」古幡哲也著長970km/輸送能力年間約300億CM)。も参照されたい。USSIA北ルート西ルートサウスコーカサス(BTE)ガスパイプラインBTC石油パイプラインBTC石油パイプラインのポンプステーション南オセチア南オセチア自治州自治州CASPIAN SEAカスピ海KAZAKHSTANSangachal Terminal サンガチャル ターミナルBakuバクー ACG油田ACG油田Shah Denizガス田Shah Denizガス田TURKMENISTANNovorossiyskノボロシスクアブハジアアブハジア自治共和国自治共和国BLACK SEA黒 海KuleviクレビポチPotiSupsaバトゥミスプサBatumiGEORGIAGoriゴリTbilisiトビリシRefahiyeレファヒエアジャールアジャール自治共和国自治共和国ARMENIAKarsカルスAZERBAIJANErzincanエルジンジャンErzurumエルズルムエルズルムからトルコ国内幹線パイプライン(→ギリシャ)に接続TURKEYCeyhanジェイハンMED.SEA地中海SYRIA0100200300 kmIRAQIRANNekaネッカ0100200300km出所:JOGMEC図4アゼルバイジャンからの原油・天然ガスパイプライン2. Caspian Oil and Gas Conference 2008:日本企業の活躍*13 ここで、その石油・天然ガスの国・アゼルバイジャンで外資導入と機を同じくして開催されてきた、石油見本市Caspian Oil and Gas Conference 2008についてその概要を簡単に報告したい。1994年に始まり、今年が節目となる15回目。出展の中心である伊藤忠商事株式会社(伊藤忠石油開発株式会社)、そして国際石油開発株式会社はそれぞれ7回目の出展、弊機構(JOGMEC)は旧公団時代も含めて11回目の出展となる。30カ国から200社以上の石油開発関係会社が出展する大規模な見本市であり、毎年の会場となっているヘイダル・アリエフ・スポーツコンプレックスもイルハム・アリエフ現大統領*14により、15年という節目となる今回の展示会を盛大に行うべく指示がなされたとのことで、今年から外装が新しくなった(写1、写2)。 第一印象では、上流企業よりも生産エンジニアリング・化学メーカーの出展が目立つことが挙げられる。昨年と比較すれば、昨年はインド国営石油会社であるONGC Videsh*15がメイン会場で初出展し目を引いたが、今年は出じく怩じクアップにより進められたBTCパイプラインをはじめ、シャハ・デニズガス田も同様にロシアを迂回して欧州へ送るアゼルバイジャンの姿勢にたる思い対しては、ロシアには忸があると推察される。だが、その一方で、米国のMD(ミサイル防衛)構想へのロシアの対案としてアゼルバイジャンのレーダー基地を貸与することで協力する等*11、両国の関係が悪化しているという話は聞かず、現政権は、原油輸出を軸とした対欧米、GUAM*12に見られる対CIS諸国外交、取りを行っ等関係国の間で上手な舵ている。かじ*11:2007年7月、米国の対イラン・ミサイル防衛の東欧配備計画に対するロシアの対案として、アゼルバイジャン北部ガバラレーダー基地の米露共同使用をプーチン・アリエフ両国首脳が合意の上、米国へ提案。*12:1996年結成されたグルジア、ウクライナ、アゼルバイジャンおよびモルドバ(2005年まではウズベキスタンも加盟)4カ国による親米の国家連合。*13:JOGMECホームページ石油・天然ガス資源情報リポートのうち、2008年6月19、24日「アゼルバイジャン:石油・天然ガス開発に関する最新情勢につ*14:2003年死去した初代大統領ヘイダル・アリエフの息子。旧ソ連諸国で最初の世襲政権となる。1期目5年を満了する今年10月に2期目を目指し立候補し、*15:インドの国営石油会社ONGCの海外開発子会社。Videshはヒンディー語で「外国・海外の」を意味する。2006年には事務局をキエフに設置。いて」古幡哲也著も参照されたい。再選。81石油・天然ガスレビューアゼルバイジャン再訪 ~火の国での新たな発見~Gッセー出所:筆者撮影出所:筆者撮影出所:筆者撮影写1外装新しいヘイダル・アリエフ・スポーツコンプレックス写2メイン会場写3イルハム・アリエフ大統領の演説展しておらず、マネージメントクラスを1名派遣するにとどまった。また、一昨年から出展を行わなくなったConocoPhillipsに代わり、Nabuccoパイプラインプロジェクトを主導するオーストリアのOMVやドイツ企業の出展、最近首脳会談を活発化している韓国企業の来訪者が多かった感がある。既述のとおり、生産段階以降の裾野で活躍する企業の出展が多いことは、石油開発ポテンシャルが成熟していることの証左と言えるだろう。 開会式ではイルハム・アリエフ大統領の演説(写3)に続き、米国からユーラシア地域エネルギー担当特命全権公使、英国から貿易産業相、イスラエル・国家インフラ相等が演説を行った。イスラエルはアゼルバイジャンにとってイタリアに次ぐ貿易相手国であり、大臣クラスを派遣してきていることも目を引く*16。 その後、ラシザデ首相(写4)が各ブースを訪問し、メイン会場中央に位置する日本企業ブースにも挨拶に来られた(なお、昨年は大統領夫妻が各ブースを訪問したが、今年はスケジュールの都合とのことで国営石油会社SOCARのブースのみの訪問にとどまった)。また、最終日には出張直後の大木大使(写5)も空港から会場を訪れ、日本企業の最近の活動について各社が紹介するとともにブース前でアゼルバイジャン国営テレビの大使インタビューが行われた。(1) Nabuccoパイプラインプロジェクト 最も値が張り、宣伝効果も大きいメイン会場中央には、コの字型・時計回りにOMV、BP、SOCAR、日本企業ブース、StatoilHydroが場所を占めている。なかでも目を引くのは、ConocoPhillipsに代わり、一昨年からメイン会場中央に出展しているNabuccoパイプラインプロジェクトのオペレーターであるOMV(写6)だ。Nabuccoパイプラインプロジェクトは2005年6月、オーストリア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアおよびトルコが計画に合意したプロジェクト。アゼルバイジャンとイランを天然ガスの供給ソースとして、年間310億CMを中欧へ送る計画で、2006年6月にはさらに各国エネルギー相とEUが推進に合意し、現在2010年までの予定でFSを行っている。 具体的な計画としては、2009年から建設および既存PLの増強を開始出所:筆者撮影出所:筆者撮影出所:筆者撮影写4ラシザデ首相写5大木大使の日本企業ブース訪問写6Nabuccoパイプラインプロジェクトブース*16:アゼルバイジャンの輸出相手国:1位 イタリア、2位 イスラエル、3位 トルコ(CIS Fact Book 2007)。2008.11 Vol.42 No.682Aゼルバイジャン再訪 ~火の国での新たな発見~し、2012年までに完成、供給を開始する。現時点でのパートナーはドイツ企業(RWE/同社もメイン会場に出展)を含めて6社。各社の比率は等分(16.67%)。PL全長:3,300km(口径:56インチ=約1.42m)/総事業費:50億~79億EURと見積もられている*17。(2) Nabuccoパイプライン vs. South Streamパイプライン このプロジェクトが注目を集めるのは、ロシアがカウンタープロジェクトとして発表したSouth Streamプロジェクトの存在にある。ロシアにとって、ロシアを迂回するパイプラインの存在は欧州市場を失っていくことに他ならない。このNabuccoパイプラインプロジェクトの発表に対して、ロシアのGazpromはイタリアEniと2007年にロシアから黒海を抜け、イタリアに至るパイプライン計画について覚書に調印し、2008年初から通過関係国(ブルガリア、セルビア、ハンガリー)と矢継ぎ早に政府間で合意した。供給ソース、市場の重複による経済性の問題もあり、両立には疑問符が残る両プロジェクトを比較すると、現時点では政治的なパワーバランスおよび供給源の確保の観点表2NabuccoパイプラインとSouth Streamパイプラインの比較NabuccoパイプラインSouth Streamパイプライン事業主体オーストリアOMV、他5社*Gazprom・Eni通過国総延長操業開始予定輸送能力トルコ~ブルガリア~ルーマニア~ハンガリー~オーストリアロシア~ブルガリア~セルビア~ハンガリー~オーストリア3,300km2012~13年年間310億CM(黒海海底部分のみで)900km2013年年間300億CM* MOL(ハンガリー)、トランスガス(ルーマニア)、ブルガルガス(ブルガリア)、ボタッシュ(トルコ)およびRWE(ドイツ)。比率は等分(16.67%)出所:筆者とりまとめ右奥の建物は訪問者のための茶屋出所:筆者撮影写7ヤナルダグに燃える火からSouth Streamプロジェクトが優勢であると見られている(表2)。3. 知られざるバクーとの出会い ここからは、若干石油・天然ガスを離れて、知られざるバクーの側面について紹介していきたい。既にアゼルバイジャンを訪問したことがある方なら、この国がゾロアスター教の聖地となっていることを耳に挟んだことがあるかもしれない。ゾロアスター教は紀元前にアケメネス朝ペルシアで広まった宗教と言われており、火を崇拝の対象とすることから拝火教の名前でも知られる*18。石油・天然ガスが露頭し、自然発火することも想像に難くないアゼルバイジャン。まさに火の国であるこの国が聖地となっていることは想像に難くない。バクー近郊、車で30分程度のところにまさにそのことを証明するかのように、自噴する天然ガスが日夜燃えている場所がある(写7)。観光書にも「マンメヘディ」や「マンマンディ」という名称で紹介されているが、現地では「ヤナルダグ」と呼ばれることが一般的のようだ。昼間でも炎が燃えさかっているのが分かるが、さらに日没直後に行くと幻想的で、宗教発祥時の人間の気持ちが理解できる、そんな場所だ。かいこう逅(1)ゾロアスター寺院での邂 ゾロアスター教は現在も信仰されている宗教で、その信者の多くがインド西部にいるのをご存じだろうか。11億超の人口を抱えるインドでは大多数のヒンドゥー教に比べれば、宗教人口も20万人弱と言われており少数だが、彼らは比較的裕福な社会層を形成し、ペ*17:JOGMEC石油・天然ガスレビュー 2008.5.Vol.42「ロシア:カスピ海周辺からの欧州向けガスパイプライン構想の最近の動向について」古幡哲也著も参照されたい。*18:ゾロアスター教の起源については紀元前15~同6世紀と幅がある。アゼルバイジャンへは紀元4世紀頃、ペルシアから伝播したと言われている。83石油・天然ガスレビューGッセー デーヴァナーガリー文字ペルシア文字バクーバクーギャンジャギャンジャ出所:ウィキペディア「アゼルバイジャン」より図5バクーとギャンジャの位置関係:バクーからは西北西約200km超さきの展示会で知り合った方の好意で早くも実現することになった。伊藤忠商事株式会社バクー事務所スタッフのご家族が展示会に来られ、8月に実家に来ないかと誘ってくださったのだ。その実家はギャンジャ(図5)にあると言われたものの、アゼルバイジャンといえばバクーしか知らない。早速調べると、バクーに次ぐ第2の都市であり、2500年の歴史を持つ街であるこ出所:筆者撮影写8バクー近郊のゾロアスター教寺院とデーヴァナーガリー文字の碑文くルシア(現在のイラン)から伝わった宗教を信仰していることから、パールスィと呼ばれていることで有名だ。インド最大の財閥で、今年6月にはフォード傘下の高級車部門ジャガーおよびランドローバーを買収し、秋には10万ルピー(1ルピー=約2.1円)の大衆車ナノを発売することで注目を集めたタタ財閥、その一族がパールスィであることもインド人の間では広く知れわたっている。しくも大学時代にインドに 著者は奇留学し、ムンバイー(旧ボンベイ)近郊にあるゾロアスター寺院や死者を鳥葬に付す沈黙の塔の存在を聞き及んでいたことから、バクーにゾロアスター寺院があるという歴史に納得をしつつ、いまでもゾロアスター教寺院にインド人信仰者が訪問しているのではと感じた。 寺院はバクーから車で30分程度、ヘイダル・アリエフ国際空港の近くにあかれている。院内では火がいまでも焚るが、自噴する天然ガスではなく、現在は都市ガスが使用されているとのことだった。院内はほぼ四角の塀兼部屋に囲まれ、各部屋にはゾロアスター教の史料が並べられている。その一つのた部屋の入り口の上部には、まさに大学時代に学んだデーヴァナーガリー文字*19で書かれた碑文がペルシア文字と上下して壁面に埋め込まれていた(写8)。恐らくサンスクリット語で書かれた碑文については、力足りず、何が書いてあるかまでは判別できなかったが、このアゼルバイジャンという火の土地で、インドの文化の結晶の一つであるデーヴァナーガリー文字に出会うという奇妙な偶然に心から感動したのを覚えている。 出張からモスクワへ戻った後、アゼルバイジャンとの不思議な縁を振り返りつつ、モスクワよりも温暖な気候、香辛料の利いた食事、乾燥した風(その風にぴったりのアゼルバイジャン産ビールKhirdalan*20)が早くも恋しくなった。(2) アゼルバイジャン再訪:第2の都市ギャンジャへ 望んでいたアゼルバイジャン再訪は*19: デーヴァナーガリー文字は古代インドで発達し、サンスクリット語をはじめ、現在でもインドでは連邦公用語であるヒンディー語の他、西部マハラーシュトラ州公用語のマラーティー語、ネパール語等で使用されている。「デーヴァ」は神を、「ナーガリー」は都市を意味する。*20:Khirdalanはアゼルバイジャン産の一般的ラガービール。作られている街の名前から名づけられた。この他Nazim Piva(私たちのビール)という銘柄もある。アゼルバイジャンではイスラーム教が信仰されながらも衣食に関してリベラルな雰囲気がある。2008.11 Vol.42 No.684Aゼルバイジャン再訪 ~火の国での新たな発見~と、バクーとは異なり山岳地帯に近く、近傍には1000年前の地震でできた湖もあるという*21。また、モスクワからは週3回の直行便が飛んでいることも分かり、興味先行、ご好意に甘えて1週間のホームステイをすることになった。パスポートしょうへい券、招(3)アゼルバイジャン査証 アゼルバイジャンへの日本人入国に関しては現在、観光査証、訪問査証およびトランジット査証はバクーのヘイダル・アリエフ国際空港では、必要書聘レター等)と査証費用類(旅(50USD)で取得できる。ビジネス査証は確実かつ迅速な方法としては保証人が内務省へ報告を行い(別途50USDがかかる)、内務省からの受領FAXおよび保証人からの招聘状を申請者が在外公館領事部へ提出することで即日、発給が可能となっている。時間に余裕がある場合には、内務省へ報告を行わず、在外公館に必要書類を提出すれば、内務省への照会の後、1週間程度でも受領可能だ*22。 今回は、訪問もしくは観光査証となるが、ギャンジャ空港で果たして査証が取得できるか、大使館やギャンジャに問い合わせても正直確かな回答は得られなかった。ギャンジャに着いて即、国外退去というような事態を避けるべく、招いてくださった方に招聘状を用意して頂き、モスクワの中心、トヴェルスカヤ通りにあるアゼルバイジャン大使館で申請を行った(写9)。 6月の、とある雨の降る月曜、9:30の開館に合わせ、早めに9:00に行ったところ、大使館前には既に40名程度の人だかりができていた。傘を差しながら、一緒に並んでいる男性に聞けば、彼らはほとんど全員がアゼルバイジャン人で、モスクワでの労働のための証明書類を大使館で作成してもらうために来ていると言う。私の番号は42番、これでは午前中がつぶれてしまうと考えながら、ふと受け付け時間が11:30までであるのを思い出し、もし自分の番号まで受け付けられなかった場合、毎朝番号を争って永遠に通い続けなくてはならないのでは、という考えたくない懸念が頭をよぎる。 こんなとき、女性や小さな子供を抱えている人は優先的に列の前へ行ってもよく、アゼルバイジャン人の温かさに触れる光景が見られるとともに、突然乗りつけた車から降りてくる母子ロシアでの労働許可取得のために長蛇の列が絶えない出所:筆者撮影ロシアの好景気を感じるひとコマ出所:筆者撮影写9モスクワのアゼルバイジャン大使館写10モスクワ・ドモジェドヴォ空港での出国手続きを、快く前列に通す日本人としての寛大さを試されるときでもある。 しばらく待っていると、突然列を整理する大使館員が、「査証申請ですか?査証申請の方は先に中に入ってください」という救い舟を出してくれ、朝から並んでいたアゼルバイジャン人に申ようやし訳ない顔を向けながら、漸く申請窓たどり着くことができた。窓口では口へ辿簡単な質問(招聘者との関係が中心)があり、本国の内務省へ確認の後、金曜の夕刻までには査証は出ると言われ、無事受け取ることができた。あふれていた(写10)。(4)一路ギャンジャへ 8月初旬、モスクワ・ドモジェドヴォ空港は夏休みで海外に向かうロシア人で溢 ギャンジャへは週3便、アゼルバイジャン国営航空が飛んでおり、モスクワからは2時間30分という近い距離にある。今夏モスクワは雷雨が多く、8月初旬まで気温も10℃台まで下がる日が続いていたので、機内放送でギャンジャが31℃と聞いたときには、正直胸が躍る気持ちだった。ギャンジャ空港は最近改装されたばかりで美しく、こぢんまりとした空港。夕方、まだ日も高く、乾燥した熱気のなか、タクシーで約30分、ギャンジャ市内を通りホストファミリー宅へと向かった。 ギャンジャは昨年で街が開かれてから2500年の節目にあたり、古い歴史を持つ街。アゼルバイジャン北西部で、さらに北西150kmにはグルジアの首都トビリシ、西80kmにはアルメニア、北東150kmにはロシア・ダゲスタン共和国に至る。人口約30万人で、バクーに次ぐ第2の都市であり、BTCパイプラインや幹線道路がバクーからトビリシへ向かう交通の要衝でもある。街はその2500年祭から明け、2501年を標榜*21:ギョーギョル(青い湖)として知られる湖は、1000年前の地震でできたという湖。現在政府の許可がなければ近づくことはできない。その澄んだ清水は近くの市町村へ政府の車で配給されている。*22:2008年8月現在のモスクワの事例。最新の査証申請手続きの詳細については、当地のアゼルバイジャン大使館へ照会されたい。85石油・天然ガスレビューGッセーする宣伝で覆われていた。(写11) 今回招待してくださったのは伊藤忠バクー事務所に勤務しているギュネル・アフメドヴァさんのご実家。広い空間を持つ住居とその10倍はある農地が一緒になっており、高い塀に囲われているところを除けば日本の農家を思い出させる造りだ。あぶ(5)自然とシャシリクと 最も印象的なのは、バクーしか知らない日本人にとっては、この街の緑の豊かさだろう。車で30分も行けば、アルメニアの国境近くの山岳地帯が始まり、緑に覆われた山々と渓谷が広がる(写12)。早速家族の方と渓谷でシャシリクを食べに出かけることになった。 シャシリクは、中央アジアや黒海とカスピ海に挟まれたカフカースを本場とする、タレに漬け込んだ肉の塊や野った料理で、菜を串に刺し、炭火で炙ロシアでも夏の風物詩として公園や川べりで楽しまれている。具も牛、鶏、羊、鮭と多様だが、アゼルバイジャンでは肉類、特に羊がおいしいことで有名だ。一家の大黒柱から朝6:00にシャシリク用の羊をつぶすので、手伝うように申し渡された。家畜の解体は男性の役目で、15歳前後から解体の手伝いをするとのことだった。羊については以前インドで 小型の山も見たことがあったが、羊は体躯も十分で興味半分、見たくない気持ちも半分という複雑な心境のまま立ち会ったが、急所を刺すという事の始まりから、すべての解体まで1時間強、汗をかく濃密な時間を過ごすことができた(写13)。それぞれの部位に分かれると、げんきんなもので食欲がわいてきてしまうのは筆者だけだろうか。シャシリクに合わせる野菜、果物、そして、や ぎ市庁舎(アリエフ大統領父子の肖像と2501年を標榜<ひょうぼう>する宣伝)と街角出所:筆者撮影写11市内の情景ギャンジャの緑の多さは一目瞭然出所:筆者撮影写12バクー近郊(左)とギャンジャ近郊(右)の比較発泡ワイン、蒸留酒(ロシアのウォトカよりも強い、いわゆるサマゴンカと呼ばれる自家製のもの)もすべて、家の畑で取られたものや作ったもの。まさに100%自家製のキャンプとなった。目指す渓谷は、ギャンジャの西70km程度、アルメニアとの国境に近い山間にあり、近づくにつれ軍隊車両が目立ってくる。渓谷奥には検問所があり、警備兵の話ではこれ以上先へは進めないとのことだった。依然戦時下にあることを感じさせる場所ではあったが*23、清流が心地よい音をたて、小鳥が囀る平和な場所でもあった(写14)。迅速さと腸の扱い等繊細さも要求される出所:筆者撮影写13羊の解体*23:アゼルバイジャンとアルメニアは、アルメニア人居住区であるナゴルノ・カラバフ自治州のアルメニアへの帰属をめぐり、ソ連崩壊後両国が独立するなか、92年から両国で紛争が勃発し、94年ロシアとフランスが仲介し、停戦が成立するもアルメニア側に不利な内容であったため、アルメニアがナゴルノ・カラバフを占拠したままになっており、解決のめどは立っていない。2008.11 Vol.42 No.686Aゼルバイジャン再訪 ~火の国での新たな発見~気温も適度な自然に囲まれて、家族団らん出所:筆者撮影写14自家製のシャシリク・パーティー左:ピティー(羊肉をチャナマメ、タマネギ、ジャガイモとターメリック・塩で煮込んだもの/主に冬に食べられる)、サラダ(アゼルバイジャン産の野菜はモスクワでも新鮮・美味で有名)。ビールはもちろんアゼルバイジャン産ビールKhirdalan右:アイラン(ヨーグルトを塩と水で薄めたもの。インドのヨーグルトドリンク、ナムキーン(塩)ラッシーを思い出させる)出所:筆者撮影写15家庭版ピティーとアイラン(6)食卓 アゼルバイジャンでは、国章に麦が書かれているとおり、家庭の食卓にはチョーラヒという、ラバーシュやバキンスキーフリェップ(バクー焼きパン)等、味や作り方で異なるさまざまな種類のパン類を主食に、羊肉や鶏肉を豆、タマネギ、ジャガイモ等で煮込んだスープ、新鮮なトマト、キュウリ等のサラダが食卓を飾る。また、中央アジアでは有名なプロフ*24も、新年等特別なときに準備される。さらに、羊乳や牛乳から作られたチーズやヨーグルト製品も欠かせない。 さて、過去の渡航のなかで、筆者の記憶に強く残っているピティーという羊肉のスープについて触れておきたい。アゼルバイジャン北方の古都シェキ*25に因んだレストランに昼食に行った折のこと。当地に所縁のものを食べたいと尋ねたら、このピティーというスープが厳かに土製のポットに入れられ出てきた。具をポットの中でつぶし、スープだけを皿に出してまず食べるのだという。家庭でも冬場を中心に体を温めるものとして好んで食べられちなはているとのことだったが、羊にはアレルギーのない人でも、その濃厚さに驚い出してくに違いない。喉から羊が這きそうなくらい、という形容が正しいかどうかは実際に食べて頂いて判断を待ちたいが、果たして家庭でもこのような強い味が好まれているのか知りたく、今回の滞在でもずうずうしく家庭版ピティーを食べたいと申し出たところ、早速作ってくださった(写15)。 結果はターメリックの利いた非常にまろやかな肉じゃがスープという感じで、おかわりをしてしまったくらい美味だった。果たしてシェキのピティーが本物か、家庭版が本物か、また違うレストランで試してみたいと思う。(7) BTCパイプライン埋設の場所へ 石油の話にも触れておこう。ギャンジャは産油地帯ではないが、冒頭に述べたとおり、BTCパイプラインがトビリシへ向かう途上に位置し、埋設されたパイプラインの現場を見ることができる。今回のステイでも実は一番見たかったのが、このBTCパイプラインの埋設跡であった。 ギャンジャから車で30分、郊外にある水力発電所の近くに一般道路と交錯する形でパイプラインは埋設されていた。ポンプ関係と思われるステーションが道横につくられ、警備兵が兵舎に常駐している。パイプラインが埋設されたところには既に草が生え、側道と標識(アゼルバイジャン語と英語で表記)、ステーションの存在からのみパイプラインが埋設されていることが分かる。当初写真も撮影、本稿で掲載したいと考えたが、時折しも前日の8月5日深夜にトルコでBTCパイプラインの爆発事故が発生したばかりであり*26、警戒は普段以上に厳しかった。常時写真撮影は禁止であり、政府の許可のない立ち入りは拘束・罰金の対象となる。今回は記憶から辿った絵だけを掲載することにしたい(図6)。 ギャンジャへのプライベート訪問は査証取得から始まり、振り返ると長い期間を費やしたものの、予定していた8日間は瞬く間に過ぎてしまった。こ*24:油で炒めたニンジン、タマネギ、羊肉、各種スパイスをご飯と炊き上げたもの。アゼルバイジャンの家庭では、特別な祝祭(結婚式等)で食べられる。*25:アゼルバイジャン北部、大カフカース山脈の南側に位置。古代の遺跡が残る観光地の一つ。*26:BTCパイプライン・トルコ区間、エルジンジャン地方レファヒエで2008年8月5日深夜爆発が発生。同パイプラインの通油は停止。爆発の原因については本稿執筆時点では不明。87石油・天然ガスレビューフ8日間でギャンジャのすべてを“観破”したわけではない。この街出身のアゼルバイジャンの国民的詩人であるニザーミ・ギャンジャビや、立ち入りには政府の許可を必要とする美しい湖ギョーギュル等、触れるには至らなかったものがまだある。お土産に持ち帰ったアゼルバイジャンビールKhirdalanと甘く濃厚なアゼルバイジャンワインを飲む度に、次回への道標としたいと考えている。出所:筆者作成図6ギャンジャ近郊・BTCパイプライン埋設現場とステーションおわりに 日本語そのままに「ハラダ・サーン」という音韻の組み合わせは、アゼルバイジャン語で「君、どこにいるの?」という意味になる。アゼルバイジャンの方々との交流では、紹介に臆せず、覚えてもらいやすいことも、自分がこの国に引きつけられる理由の一つかもしれない。また、暖かく、ときに厳しい気候の中ではぐくまれたアゼルバイジャンの文化として、客人を精いっぱいもてなすという精神があるというが、日本には失われつつあると感じるこのような側面に触れ、冬季厳しいモスクワの気候との比較とも相乗して、気がつくとまた訪れたくなっている自分に気づく。 筆者の興味が先行し、偏りがあることは重々承知の上で、思い徒然なるままにアゼルバイジャンについて紹介を試みてきた。もし内容について不明な点やさらに奥深いアつれづれエッセーゼルバイジャンの情報についてお知らせいただけるなら幸いである。 今後生産国だけでなく、エネルギー通過国としても注目を集めることは間違いないアゼルバイジャン。モスクワから見ると、アゼルバイジャンはロシア外交のなかで無視できない存在であり、それは裏返しに欧米諸国にとっても同じ意味を持つことは明らかだ。これからもモスクワから同国の動向をウオッチすることは必要不可欠であり、再訪のときが待ち遠しい。 最後に、アゼルバイジャンについてさらに知見を深めたいと思っていたさなか、今回幸運にも一般家庭へのホームステイが実現したのは、ひとえに受け入れてくださった方々のご尽力によるものであることを申し添えたい。招聘手続きはじめ、受け入れ態勢に万全を期してくださったギュネル・アフメドヴァさんご一家・ご親戚の皆様に心から感謝申し上げたい。また、本稿執筆に加え、日頃から貴重なご助言・ご指導を頂いている伊藤忠バクー事務所・杉浦敏広所長に御礼申し上げたい。【参考文献】1. 読んで旅する世界の歴史と文化 ロシア(原卓也監修/1996/新潮社)2. 新訂増補 南アジアを知る事典(辛島登編/2002/平凡社)3. 新版 ロシアを知る事典(川端香男里他監修/2004/平凡社)4. JOGMEC石油・天然ガスレビュー/詳細は注に記載5. 石油大国ロシアの復活(本村真澄著/2005/アジア経済研究所)※その他、筆者によるアゼルバイジャン国内外在住の友人からの聞き取りによる。執筆者紹介原田 大輔(はらだ だいすけ)1973年生まれ (35歳)1992~97年 東京外国語大学インド・パーキスターン語学科修了(1994~95年インド・ウッタルプラデーシュ州アラーハーバード大学留学)1997年~ 旧石油公団入団(総務部、研修班<海外研修生受け入れ>、計画第二部<東南アジア・豪州・LNGプロジェクト等担当>に在籍)2003~06年 経済産業省資源エネルギー庁出向(長官官房国際課にて中国、インド、ASEAN諸国会合を担当)2006年10月~ 石油・天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)モスクワ事務所副所長2008.11 Vol.42 No.688 |
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