ページ番号1006489 更新日 平成30年3月5日

ロシア・CISにおけるパイプライン地政学

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レポートID 1006489
作成日 2012-11-20 01:00:00 +0900
更新日 2018-03-05 19:32:42 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガスレビュー
分野 天然ガス・LNG基礎情報
著者 本村 真澄
著者直接入力
年度 2012
Vol 46
No 6
ページ数
抽出データ JOGMEC石油調査部主席研究員本村 眞澄ロシア・CISにおけるパイプライン地政学はじめに上じ 2011年の東日本大震災以降、日本のエネルギーをどう調達すべきか、議論が続けられてきた。特に、太平洋地域で高騰しているLNG輸入の負担を軽減するものとして、日本向けパイプラインによる天然ガス供給が頻繁に話題に上るようになっている。 パイプラインガスの供給元となると、必然的にそれはロシアのサハリンあるいは東シベリアからといそょううことになり、ロシアからの天然ガス供給に関する信頼性というものが議論の俎に上っている。特に、2006年のウクライナとロシアのガス紛争を踏まえての印象として、ロシアからのエネルギー輸出の信頼性に関して疑問を呈する報道も多い。しかし、これらには政治的な観点からの議論も混在し、中立的で純粋にエネルギー政策からの分析も必要と思われる。 本稿は、パイプラインに関する機能上の特徴、紛争があった場合の対処等に関する議論に関して、近することにより、パイプラインの特質を実証的に論じたものである。国際パイプライン年の事例を渉によるガス供給に関する疑問を解く一助となれば幸いである。猟りしょうょう1. 地政学(ジオポリティクス)の発想とパイプラインり、その代表的な例として第二次世界大戦前の、ドイツの地政学者で主流となったカール・ハウスホーファー(Karl Haushofer、1869~1946)の見解がある。その主張は当時の資源制約の時代を色濃く反映したもので、「資源へのアクセス」を主題として展開されており、国家や民族の「生活圏」(Lebensraum)の獲得・維持を主張するもので、今日では否定的に引用されることがほとんどである*4。 一方、英米流の地政学としては、まず、世界の陸地が離れ離れになっているのに対して、これを囲んでいる海は一つにつながっているとして「海を制する者は世界を制す」と主張する米国のアルフレッド・マハン提督(Alfred T. Mahan、1840~1914)の考えが一時は主流であった。次いで、英国のハルフォード・マッキンダー(Halford J. Mackinder、1861~1947)は、このシーパワーの理論を批判的に継承し、ユーラシア大陸の中核部を「ハートランド」と捉えるとともに、当時急速に発展してきた鉄道技術の持つ恒常的な大量輸送能力に着目し、これらの地域が地理学的な「回転軸」(pivot)になるだろうふつ設せ(1)地政学の起源と輸送問題 パイプラインは市場占有力に優れ、地理的にも広域の空間に及ぶ。よって、パイプラインが敷された結果、そのカバーする地域において一定の政治的な効果が表れることは大いに予想されるところである。そして「地政学」というものが、例えば「空間もしくは地理的な観点からの国際関係の研究」(the study of international relations from a spatial or geographical perspective)と定義されている*1ことに照らしても、パイプラインの持つ機能や効果に関して地政学的な性格へと類推が働くのはある意味で自然なことと言える*2。 一方で、パイプラインの政治利用という議論は、政府間レベルでも、ジャーナリズムでも常に行われている。なかには消費国がパイプラインを受け入れることは資源国の支配下に入ることだ、といった極端な見解すら表明されることがある*3。特に、ロシアからのパイプラインとなると、歴史的経緯から通常の日本人は強い警戒心を抱く傾向にある。 戦後の日本では、地政学は似学問といった印象があ非せえ1石油・天然ガスレビューアナリシスニして、海洋国家の立場から強力な大陸国家の出現に対して警戒することの必要性を説いた*5。 図1は、マッキンダーの見解を代表する図として地政学の教科書には必ず引用されるもので、ユーラシアの中軸地域(Pivot Area、後に、マッキンダ―自身によって「ハートランド」〈Heart Land〉と名称変更される*6)は、彼のイメージどおり正にソビエト連邦・ロシアと重なっている。図2はロシアを中心とした石油と天然ガスパイプラインの図であるが、ユーラシアの内部・縁辺三日月地帯(Inner or Marginal Crescent、後に「リムランド」〈Rim Land〉と呼ばれる*7)に向かって、あたかも触手のようにパイプが延びている。 「ハートランド国家」が「リムランド国家」に影響力を与えるとすれば、マッキンダ―の時代は鉄道などの輸送手段であったが、今日のようなエネルギー主流の時代には、正にパイプラインこそがその手段となっているという推測が現在では流布している。天然ガスに関しては後述するように、市場との結びつきが更に強くなる傾向があるが、この点が拡大解釈されている状況と言える。 図2左には、ユーラシアの東縁に至る「東シベリア・太平洋」(East Siberia-Pacific Ocean, ESPO)パイプライ出所:Mackinder(1904)図1マッキンダーによるハートランド(Pivot Area)とリムランド(Crescent)の対比 (ロシアの版図はハートランドとほぼ重なる)Nord Stream ShtokmanovRUSSIARUSSIASakhalinYamburgWestSiberiaEastSiberiahgiL nrehtoNts Brotherhood amaYlKazanSoyuzmaerhStSoutbuaNccoIGIWestSiberiaEastSiberiaSurgutRUSSIAOkhaSkovorodinoKomsomolsk-na-AmureBarents SeaButingeVentspilsMurmanskPrimorskPrimorskBeelinaltic PiphbaDruzBrestBurgasOdessaOdessaOmisaljUzhgorodUzhgorodConstantaConstantaSamaraAtyrauAtyrauKenkiyakAtasuAtasuTengizTengizKumkolKumkolBTCBakuCPCNovorossiyskSupsaCeyhan出所:筆者作成2enilepiP tsaE-tseW dn2JAPANJAPANKOREAKOREAShanghaiKovyktaIrkutskKAZAKHSTANKAZAKHSTANProskokvo CACMONGOLIAMONGOLIABeijingChangqingenilepiP tsaE-tseWCHINACHINATURKMENISTANTURKMENISTANDauletabadUZBEKISTANUZBEKISTANeC g nanilehTsAiPeiptnaea rsl 2ndWest-PEiapsetl ineTAPI IPIPAKISTANPAKISTANMultanINDIAINDIABakuETB S eulBt maerErzurumAZERBAIJANAZERBAIJANTrans CaspianSAUDISAUDIARABIAARABIADaqingNakhodkaJAPANKOREADalianTaishetPavlodarPavlodarAngarskMONGOLIAAlashankouCHINA図2ユーラシア大陸の石油(左図)とガス(右図)パイプラインの分布(あたかもハートランドから周縁のリムランドに延びる支配の手段に見える)2012.11 Vol.46 No.6アナリシス唐燻ヲされている*8 。この計画は、2004年5月、プーチン大統領の2期目の就任演説とも言える年次教書に端を発する。ここでプーチン大統領は、「ロシアはパイプラインなどの輸送インフラを高度に発達させることにより、広大な地域に広がるロシアの特殊性を逆に競争力へと転換させ得る」*9と指摘した。次いでユーラシアの中央に位置し、西に欧州、東に経済的な発展センターとなった東アジアを擁するロシアの地理的な強みを強調し、そのなかで「アジア市場の獲得」という明確な戦略を掲げた計画として具体的に太平洋を目指した「東シベリア・太平洋」(ESPO)パイプラインなどの計画を発表した。 ナホトカのコズミノ・ターミナルから原油の船積みが始まった2009年12月28日、ナホトカ港の南東部に位置するコズミノ湾の積み出しターミナルにおいて、プーチン首相(当時)は「東シベリア・太平洋石油パイプラインによる出荷開始は、アジア太平洋地域に市場を求めるロシアの〈戦略的な〉(strategic)プロジェクトであり重要な意義を持つ」とスピーチした*10。この「戦略的」という表現は、2004年の大統領演説と正に呼応するものであるが、政治の現場において東アジアの市場獲得という使命を前面に押し立てたものであり、マッキンダー的な理解とは似て非なるものと言える。目指すインフラストラクチャーであり、広域の市場を獲得できることから、空間的な支配力ははるかに強いと見なせる。地政学の議論が出てくるのは、多くの場合、天然ガスパイプラインをめぐってである。 前述のBarnes et al.(2006)によれば、ガス貿易において地理的、技術的、政治的な選択を踏まえて、あるパイプラインルートが決められる場合、投資、そして収入の配分は政治的な関係性の下で決定される。とりわけ、天然ガスパイプラインの場合、大きな規模でのガス輸入をコミットする国々は、そのエネルギーシステムの安全保障を他者に委ねることとなるが、これは一方的なものではなく、供給側も市場の獲得につながることから「互恵的・双務的」な性質を帯びる。 それ故、ガスの供給者・需要者にとっての最大関心事は、パイプラインの安定操業であり、それを支えるそれぞれの国内における政治的安定である。これこそが、「天然ガスにおける地政学」と呼べるものである。これは、どのガスプロジェクトを立ち上げるか、利益をどう分配するか、国際ガス貿易においていかに依存関係のリスクをマネージするかについて、「一方的」な意思を押し付けるのでなく、広く政府、投資家、そして事業者に委ねる姿勢である。(2)エネルギー問題における地政学 国際政治における地政学がゼロ・サムのゲームを前提としているのに対して、エネルギーにおける地政学は、あくまでその基本がビジネスの世界の議論であり、当然プラス・サムの効果が期待できることが前提である。専門家はエネルギーの地政学的側面についてより広い意味で捉えていると言える。 Barnes et al.(2006)*11は、エネルギーにおける地政学を「国際的な当事者間の政治的な議論に対して、地理的、文化的、人口論的、経済的、技術的諸要素が及ぼす影響」と定義し、それぞれの「当事者の利益」はもとより重要であるが、協力関係から得られる「共同の利得」も同様に重要なものになるとして、プラス・サムの面を強調している。エネルギーは通常は売買契約に基づいて供給されるものであるから、需要側、供給側双方にとって利益となるものでなくてはならないことは自明であると言える。 石油はパイプラインによって輸出港や製油所に運ばれることが多く、ソ連(当時)から東欧向けの「友好」(ドルージュバ)パイプライン(後述)のように特定地域に運ばれ、空間的に特段の支配力を持つ例というのはかなり限られている。一方、天然ガスパイプラインは直接的に市場を(3)パイプライン計画と地政学 パイプラインを引く時に、マッキンダー流の地政学の発想に基づいて、いわば支配のデザインとして計画が立案されることがあるのだろうか? 結論から言えば「否」である。パイプラインは高価なインフラで、かつ長期にわたって操業されるものであることから、厳密な経済性が要求される。パイプラインの事業費は巨額に上ることから、建設に当たっては多くの場合、銀行融資に頼り、その厳密な経済性の審査を経なくてはならない。融資は通常はプロジェクトファイナンスとなり、操業収入はまず融資した銀行のエスクロー(escrow)勘定に入り、ファイナンサーが先取りした後、初めて自己の収入にできる。このように、事業は第三者の厳しいチェックにさらされる。国家として漫然と赤字を積み上げながら、特定の政治勢力の、それも一時期の政治目的のためにパイプラインをわざわざ建設することは通常あり得ない。 政治というものが自国の地下資源を、それこそ政治的に最大限に有効活用したいと考えるのであれば、それは自国資源を経済合理性に沿って最も利益が出せる態勢に持っていくことに尽きる。その結果として国力の増進が図られるというのが、ものの順序である。仮にパイプラ3石油・天然ガスレビューロシア・CISにおけるパイプライン地政学Cンに政治的効果が期待されているとしても、それはあくまで経済的枠組みの運営の範囲内でのことあり、それはパイプラインを建設する「目的」ではなく、パイプラインが稼働することによってもたらされる「結果の一つ」ということになる。お氏(2006)は「規模の経済性」「範囲の経済性」、行の生そして「埋没費用(サンクコスト)」にあると指摘する*13。パイプラインの利用者(生産者および消費者)と距離が増大するにつれ、輸送サービスの単位あたりの費用が低下することはよく知られており、これを「規模の経済性」と称する。また、生産者から需要者への輸送サービスを提供するにあたり、生産から輸送までを垂直統合的に一貫して行うことにより安定操業を確保し、技術的な統一性を維持することにより無駄な投資を回避できるという「範囲の経済性」が存在する。更に、パイプラインの設置に当たって巨額の投資を必要とするだけでなく、転売も困難なことから「埋没費用」が大きくなり、参入障壁を形成する。これらのファクターは競争を排除し、公的な介入を所与のものとする効果を生む*13。島じまc 自己組織化 パイプラインというインフラストラクチャーは、ひとたび完成すると、市場を確保する力は圧倒的に強い。更に、インフラストラクチャーは一般に、既にあるインフラを前提として新たな追加のインフラが建設されるケースが多く見られ、これを「自己組織化(Self Organization)」*14という。これは、先行したものが平のフィード滑化することなく、より突出するという「正バック」機能を本来的に持っていることによる。この典型として、都市機能がある地域に特化して発展し、大都市に成長する例などが挙げられる。石油の場合、油田地帯の形成の後、パイプラインによる搬出が盛んになると、より多くの投資を呼び込むことによって油田開発が進展し、更なるパイプラインネットワークの拡充へとつながるケースはよく見られる。せいd 多国間パイプラインにおける競争 パイプラインは、ロシアなどでは国家所有の垂直統合モデルとなり、自然独占体として機能するが、これが国境を越えた多国間パイプライン(Cross-Border Pipeline)の場合には、国内におけるような優越的な調整者が存在42. パイプラインの持つ基本的な性質(1)パイプラインの機能上の特徴a 輸送インフラストラクチャーとしてのパイプラインの性質 パイプラインは、19世紀後半から出現した固定式の輸送インフラストラクチャーであるが、これが今日、このように広く普及したのは、他の輸送手段と比較して経済性、操業の安全性、効率性いずれにおいても優れた面があるからと言える。 パイプラインの持つ経済性と操業上の利点について、元国鉄の鉄道技術研究所でパイプライン計画の研究にあたってきた柳沢氏(1974)は以下の点を指摘している*12。 ①パイプは固定しており、連続的に稼働するものであることから、操業におけるエネルギー消費量が極めて少ない。 ②パイプは固定しており、輸送対象物のみを輸送することから、空容器の返送の手間が必要ない。 ③パイプラインは集中監視が可能であり、作業が単純で労働力が少なくて済むことから、維持・操業費用が安い。 ④パイプラインルートは一般的に海路、水路、陸路に比較してショートカットによる輸送距離の短縮化が図られやすく、輸送コストの削減に効果がある。 ⑤パイプラインは通常、地下に埋設されるので、その操業は安定しており、地震、天候や政治的な動乱からの不測の事態によって影響を受けることはほとんどない。b パイプラインの自然独占 輸送インフラストラクチャーとしてのパイプラインの持つ基本的な特徴として、鉄道、電気などの公益事業とともに典型的な「自然独占体」であることが挙げられる。自然独占体とは、その事業分野の有する自然の条件や技術的な特性によって競争的となり得ず、必然的に独占状態となるインフラストラクチャーを指す。 自然独占が生じる基本的な理由について、国際協力銀2012.11 Vol.46 No.6アナリシスiの例でもロシアのガス供給の立場が一方的であったわけでもなく、また供給者が需要者に対して専横的な強い立場にあったという事実もないことを、3.(3)において検証する。 この「相互確証抑制」の考え方は、パイプラインにある本来的な性質の一つであると言える。パイプラインは供給側がユニラテラルな立場を押し付ける道具とはなり得ず、双方向の利益を保障する手段と言えるものである。これも、パイプラインがエネルギーを利用した政治的な「武器」としてよりも、むしろ地域の「安定装置」として機能すると考える根拠となるものである。f 1国に供給するパイプラインの持つ問題点  「ホールドアップ問題」 前節で、供給側が需要側に対して、必ずしも圧倒的な立場にあるわけではないことを述べたが、外国向けパイプラインのなかでも1国のみに供給するケースでは、その消費国側が需要を独占することになり、係争が生じた際には供給国側に対して交渉の場でより強い立場を取るケースがある。 石油・天然ガス供給に限らず、契約というものは、本来はあらゆる事態を想定して締結するが、実際には全ての不確定なケースを織り込むことは不可能で、実態的に「不完備契約(incomplete contract)」とならざるを得ない*19。このため供給に関して不測の事態が生じ、契約そのものの見直しが避けられない場合が生じることがある。ロシアの専門家、塩原俊彦氏(2007)の指摘によれば、1国のみに供給するパイプラインに関して問題が発生した際には、供給国側の持つパイプラインは、市場の代替が利かず、他に振り向けることのできない「特殊な」資産であることから、消費国側との交渉をめぐって紛糾し、決裂した場合には、なんら意味をなさない資産となってしまう。このため、供給国側が契約を維持しようとすると、交渉相手である消費国側の要求をかなりのまざるを得ないという非対称の状況が生まれる。このようなケースを「ホールドアップ問題」と言う*20。 過去のパイプラインを介してのビジネス上の係争においても、消費国側から仕掛けて成果を得た例のほうが、供給国側から仕掛けた例よりも多い*21。近年では、天然ガスの例として、ロシアがトルコに供給する「ブルーストリーム」(Blue Stream)パイプライン(図4参照)においてこのような問題が発生した。 黒海を横断してトルコにガスを供給するブルーストリームパイプラインは、2001年夏から黒海海底へのパイプ敷設を行い、2002年12月30日から送ガスを開始しないことから、特に計画段階で、産油国間あるいはパイプライン計画間の激しい競争にさらされる。これは、パイプライン建設により先行者の利益がより大きくなり、他を圧する存在となることが計画段階で十分に予想されるからである。 エネルギーフローの独占を獲得するためには、競合する他のパイプライン計画よりも技術的・経済的な実現可能性において勝り、長期をにらんだ需要地・供給地総体での発展への効果が見込め、かつ早期に建設を実行し得るという条件を提示することが必要である。そして、石油・ガスの産出国からパイプライン操業における十分な「通油・ガス量コミット」を獲得して、初めて計画が確定し建設に移ることができる。すなわち、パイプライン計画において多少なりとも政治的な意思が介入するとしても、供給の安定性と経済性が見込め、より多くの石油・天然ガス生産者の支持を獲得した計画が、最も高い実現可能性を持つと言える。e パイプラインにおける「相互確証抑制」 パイプラインにおける「相互確証抑制(MAC: Mutual Assured Control)」とは、軍事用語である「相互確証破壊(MAD:Mutual Assured Destruction)」*15をもじった用語で、ロシアのエネルギー・経済の専門家マーシャル・ゴールドマンが提唱したものである*16。パイプラインが引かれた以上は、消費国が生産国に対して買い取り義務があるのは天然ガス売買契約の「テイク・オア・ペイ条項」*17があることから当然であるが、生産国も消費国の「生殺与奪の権」を握っているわけではなく、経済的理由から安定供給を志向するほかないという考えである。あらゆるエネルギーは「燃料間競争」にさらされていると的に供給ストップという事情から、供給側が仮に恣いった事態に及んだ際には、若干のタイムラグはあっても、消費国側は別途、燃料を調達し、これまで建設された消費国へのパイプラインは信用を失って再び使用されることはないと予測される。これは供給側にとって大きな損失である。故に、パイプラインをめぐっての関係国間の破滅的な闘争は自制的に回避されるというのが「相互確証抑制」の考え方である。 もっとも、この用語を提唱したゴールドマンによれば、「冷戦の時代には相互確証破壊への恐れが核ミサイルの使用を思いとどまらせる保障になっていたが、今日のロシアは1国でガスのOPECに匹敵する存在であり、ロシアを抑える『相互確証抑制』は存在しない」と否定的に述べている*18。 筆者の立場は、これに反対するものである。ウクライ意いし5石油・天然ガスレビューロシア・CISにおけるパイプライン地政学圧力の低下に伴いコンデンセートが凝縮して出現することから、パイプラインの低部に蓄積される液分やスラグなどを定期的に除去するピグシステム*27が必要で、また、パイプラインのエンド部分にはスラグキャッチャーといった気液分離設備が必要となる。 長距離を輸送する場合には内部摩擦によって減圧するために、石油パイプラインの場合の加圧ポンプを配置するが、天然ガスは気体であることから、ガスタービンによるコンプレッサーを用いる。これも石油用ポンプに比較して、かなり高価なものになる。 これらから、石油に比べて、天然ガスパイプラインの建設費は総じてより高くなるのが通常である。b 市場における特性の違い 石油パイプラインと天然ガスパイプラインの違いは、更にその市場に対するそれぞれの商品としての立場の違いでもある。この結果、ルートの配置のパターン、発展の状況も異なってくる。 石油は、かつてはメジャー、あるいはOPECによる価格カルテルによって管理された商品であったが、1990年代以降は通常の日用品(commodity)として扱われている。これを輸送するということは、油田からなるべく近くの輸出港までパイプラインによって持ち込み、そこからタンカーに積み込むのが通常は最も経済的である。これは、タンカーの輸送コストが、他の輸送手段に比較しであるためである。これにより石油につて圧倒的に廉いては、全世界が単一の市場を形成することになる。石油は世界のあらゆる地域において安定的で確実な需要があり、いかなる地域でも確実に買い手が存在することから、経済的には「現金」に準ずる存在であり、その出荷においては市場の受け入れ態勢を特段考慮する必要がない。いかに効率的に輸出するかがポイントである。すなわち商品を送り出すことに主眼を置く“product out”*28という立場である。 石油においては、多国間パイプライン(Cross-border Pipeline)の例はさほど多くなく、中東の湾岸産油国から地中海の輸出港を目指すラインと、ソ連時代の東欧に供給された「友好」(ドルージュバ)パイプラインなど僅かな例があるのみである。 一方、天然ガスパイプラインには、石油パイプラインと本質的に異なる点がある。天然ガスは基本的に輸送コストがかかり、その販売にあたっては「Take or Pay条項」に代表される買い取り保証のある契約が前提となっている*29。すなわち、天然ガスは市場を確保した上で、その市場への輸送手段の建設に入るという、“market 価かれんした*22。本格的な供給が始まったのは翌2003年の2月からであり、6カ月の猶予期間を置き、運営の確証を得てからテイク・オア・ペイ条項が適用されることになっていた。ブルーストリームは送ガス能力が年間160億m3。2003年には20億m3を供給し、2005年には50億m3にまで増加させる契約であったが、折からの経済の低迷から、同年4月にはトルコは輸入を停止せざるを得ない事態となった*23。 トルコ側は、引取量の削減と天然ガス価格を$115/1,000m3から$75/1,000m3へと、約2/3に引き下げることを要求し*24、結局、テイク・オア・ペイ条項が発動される前に、ロシア側は供給量の削減を容認し、ガス価格に関しては既存のブルガリア経由での供給契約と合わせて若干引き下げることでトルコ側と合意した*25。 この一件は、ロシア側にとって手痛い教訓となり、ロシアはその後、当時中国と交渉中であった東シベリア・太平洋パイプライン計画についても、中国1国にのみ供給するパイプラインによらず、消費地の選択肢の多い計画を志向するようになるなど、ロシアのパイプライン政策に大きな影響を与えた。(2) 石油パイプラインと天然ガスパイプラインの機能の違い 液相として輸送する石油(原油)パイプラインと、気相として輸送する天然ガスパイプライン*26とでは、以下のような根本的な違いがある。a 技術面での違い(表1) 両者の間では、設計と操業の両面において、技術的な違いが顕著である。まず、輸送圧力の違いがある。石油パイプラインの内圧は通常6~8MPaであるのに対して、天然ガスパイプラインでは通常8~10MPaとより高い。このため、ラインパイプの肉厚を2~5割増す必要があり、天然ガスパイプラインにおいては、より高価なパイプが必要となる。ロシアからバルト海を通り、ドイツに直接陸揚げされるNord Streamパイプラインでは、1,224kmと世界で最も長距離の海底ガスパイプラインとなるため、入り口での圧力は22MPaと、これまでで最も高い値となり、肉厚も41mmとなっている。 また、ルート上での地形の高低差に対しても、石油の平均比重が約0.85であることから、担がねばならない油柱圧を計算し、それを賄えるだけのポンプ能力を設計する必要がある。これに対して、気相を送る天然ガスパイプラインでは、地形に関わるこのような配慮は必要ない。一方、天然ガスパイプラインは石油の場合と異なり、2012.11 Vol.46 No.6アナリシス\1幹線石油パイプラインと天然ガスパイプラインの比較インフラコスト目的地経済的側面市場に対する姿勢多国間パイプライン代替輸送手段最大口径(実績値)技術的側面輸送圧力パイプ肉厚輸送速度輸送流体加圧設備管内抵抗その他の留意事項石油パイプライン資本集約的製油所か輸出港(タンカーへ)Product Out例は少ないあり(鉄道・船舶)1,220mm (48”)6~8MPa10~20mm1.5~2.0m/秒単相 (液体)遠心ポンプ(動力:モーター)大天然ガスパイプライン石油より更に高価となる消費地Market Inユーラシアで数多いなし(一部でLNG可能)1,480mm (56”)8~10MPa15~25mm5.0~8.0m/秒混相 (気体+少量の液体)遠心コンプレッサー(動力:ガスタービン)小・ 設計圧力に静圧頭(Static Head)の考慮が必要。・ ワックス成分が多い場合は管内抵抗の増加に留意。・スラグ対策(スラグキャッチャー等)要・ハイドレート対策必要出所:各幹線パイプライン資料よりJOGMECまとめin”*30の形態をとる。 石油の場合には、パイプラインは鉄道、タンカー等の輸送手段のうちの一つであるが、天然ガスの場合には、パイプラインはLNGを除けば唯一の輸送手段と言ってよい。天然ガスは直接消費地を目指すことになり、それもかなり高いパイプライン建設コストを前提とする。 また、天然ガスパイプラインは直接消費地を目指すことから、その地域との結びつきが強くなり、「結果的に」政治性を生み出す素地ができる。次章に述べるように、パイプラインをめぐる紛争はその多くが政治問題ではなく経済事案でありながら、政治的解釈が横行する理由は、地域との関係の深さに由来すると言える。 パイプラインの歴史では、初期は比較的近距離輸送に過ぎず、このような石油とガスの差異はあまり認識されることはなかったが、やがて天然ガスは、ユーラシア大陸において数千km級のパイプラインが計画されるようになり、むしろ国際的な輸送手段となって、石油とは本質的に異なるインフラストラクチャーとしての性格を帯びて発展するようになった。3. パイプラインの政治性に関する仮説の検証 以下に、パイプラインの持つ諸性質を仮説という形で提示し、ロシア、中央アジアにおける建設計画や操業において見られた実例に照らして、仮説の妥当性について検証する。(1)カスピ海石油の輸出におけるBTCパイプライン カスピ海原油を地中海に向けて搬出するBTCパイプラインは米国とトルコが強力に支援したもので、それ故に政治的に建設されたパイプラインの代表的な例と見られている。しかし実態は、油価動向という経済条件が建設時期を決めている。これに関して、以下のような仮説を立て検証してみる。7石油・天然ガスレビューロシア・CISにおけるパイプライン地政学シ 説1検討された(図3)。パイプラインの建設を直接に決定付けるものは、一義的に経済条件である。多国間パイプラインにおける政治の役割は、関係国間の投資環境整備にとどまる。a アゼルバイジャンのACG油田開発におけるパイプライン政策 1990年代の初め、ソビエト連邦の構成国が次々と独立するなかで、エルチベイ(Elcibay)政権下のアゼルバイジャンではナゴルノ=カラバフ(Nagorno-Karabakh)地方の帰属をめぐるアルメニアとの紛争が激化し、政治と経済は混乱の極みにあった。1993年10月のクーデターでヘイダル・アリエフ(Heydar Aliyev)が大統領に就任すると、政情は安定を取り戻し、政府は石油分野における外資の導入へと大きく政策転換を図った。特にこれまでアゼリ・チラグ・グナシリ(Azeri-Chirag-Gunashli:ACG)の3油田の各部分を対象に10近くの契約が結ばれていたものを、1994年に鉱区権者を糾合して単一の生産物分与(Production Sharing:PS)契約*31としてまとめ上げた。 ACG油田はアゼルバイジャンのアプシェロン(Absheron)半島から、カスピ海を南東方向へ、トルクメニスタンのチェレケン(Cheleken)半島まで延びるアプシェロン隆起帯(Absheron Sill)と呼ばれる地形的な一連の高まりの深部に形成されている。この探鉱に関しては、1979年にフィンランドからの掘削リグを導入して探鉱が開始され、油田は発見されたものの、その水深は主要部で250mを超えることから、当時のソ連の技術では油田開発にまで至らなかった。BPが改めてこの油田開発のオペレーターとなった。 1990年代から、カスピ海周辺の油田開発が初めて国際企業に開放されたが、ここは内海であり、産出された石油は他国を通過するパイプラインなくしては、輸出することができないという点で、国際石油企業にとっても全く新しい体験であった。ここで、初めて油田開発と輸送インフラが同等の重さで議論されることとなった。b BTCパイプラインのケース① 輸出パイプラインルートの議論 ACG油田は海洋からは隔離された内海であるカスピ海に位置し、油田開発を進めていく場合には、同時並行してその原油を市場に向けて輸出する「主要輸出パイプライン」(Main Export Pipeline:MEP)を建設する必要があった。これには以下の3案が、油田開発の当初から第1案「北ルート」 これは、ソ連時代に北コーカサスからバクー北郊のスムガイト(Sumgait)製油所へ南東方向に向かっていた石油パイプラインを逆走させて使用するもので、容量は日量10万バレル、ロシアが当初主張したものである。アゼルバイジャンの独立後、外資導入の成果により石油生産が増加しており、ロシアにとってもはやアゼルバイジャン向けのパイプラインの使用は見込みが立たなかったことから、アゼルバイジャン、北コーカサスを経由して黒海のNovorossiyskターミナルまで北西方向へ逆送して利用することにより、パイプラインのアイドリングの回避を目指したものである。これに対し米国は、事実上ロシアからの原油輸出となり、ロシア側を利するという政治的な理由からこれに強く反対していた。 ACG油田のPS契約で規定された初期生産原油*32(Early Oil)の積み出しに当たって、1997年からこれを使って実際に輸出を開始したものの、平均1.7%という高硫黄のウラル原油と混ざることからAzeri原油に対する市場の評価は低く、ACGコンソーシアムの構成各社の間でも不評であった。米国政府は政治的理由で北ルートの使用に反対したが、内輪のパートナー各社は経済的理由で反対した。第2案「イランルート」 これは、具体的なルート選定にまで至らなかったが、アゼルバイジャン国営石油(Socar:State Oil Company of Azerbaijan Republic)の案は、イラン西部の都市タブリーズ(Tabriz)まで送り、その先は同国国内製油所までパイプラインネットワークで輸送し、等量を同カーグ(Kharg)島から輸出するというものであった(図3)。 イランとは、カスピ海のカザフスタンとトルクメニスタン領で操業する米国以外の石油会社が、それまでカスピ海南東にあるイラン港湾都市ネッカ(Neka)まで原油を送り、やはりカーグ島から等量を輸出するという「スワップ契約」を結んでいたが、スワップ料金が高く不評であった。Tabrizまでのパイプライン建設費そのものは安く見積もられたが、このスワップコストの高さからイランルートで特段の経済性を見込める可能性は低かった。米政府はイランルートには政治的理由で強く反対したが、コンソーシアム側はこれも経済的理由で必ずしも熱心ではなかった。ただし、Socar側の事業パンフレットには長らくこの「イランルート」が表示されており、アゼルバイジャンとしては、一つの可能性として提示して82012.11 Vol.46 No.6アナリシス仮 説1ovorossiyskノボロシスクBLACK SEA黒 海RUSSIA北ルートアブハジアアブハジア自治共和国自治共和国南オセチア南オセチア自治州自治州北ルート西ルートサウスコーカサスガスパイプライントルコルートパイプラインBTC石油パイプラインBTC石油パイプラインのポンプステーションCASPIAN SEAカスピ海KAZAKHSTANSangachal Terminalサンガチャル ターミナルBakuバクー   ACG油田ACG油田Shah Denizガス田Shah Denizガス田TURKMENISTANート西ルARMENIAKarsカルスAZERBAIJANKuleviポチクレビPotiSupsaバトゥミGEORGIATbilisiトビリシスプサBatumiアジャールアジャール自治共和国自治共和国スサカーコスウサRefahiyeレファヒエErzincanエルジンジャンErzurumエルズルムTURKEYCeyhanジェイハンMED.SEA地中海SYRIA0100200300 kmIRAQKirkuk油田Kirkuk油田TabrizIRANNekaネッカ図3バクー・トビリシ・ジェイハン(BTC)パイプラインとその他のアゼルバイジャンからのパイプライン出所:JOGMEC作成いたものと思われる。第3案 「BTC(Baku-Tbilisi-Ceyhan)」ルート これは、地中海の、トルコのシリアに近い輸出港ジェイハン(Ceyhan)まで送るルートで、トルコと米国政府が強く主張したものである。同港へは、既にイラク北部のキルクーク(Kirkuk)油田からのパイプラインが延びてきており、従来イラク原油の輸出ターミナルとして機能してきたが、1991年の多国籍軍によるイラク侵攻以降、通油量は大きく落ち込んでいた。トルコ政府としては、このCeyhanターミナルを拡充するために、アゼルバイジャンからの石油パイプラインを誘致することを強く希望した。また、トルコは中東にありながら石油をほとんど産しないので、むしろ石油のトランジット国として存在感を高めるというのがエネルギーに関する基本政策であった。 トルコはNATO加盟国でもあり、米政府としては、ロシアルート、イランルートはともに受け入れ難いことから、唯一残るルートとしてトルコ経由を最も強く推奨した。 一方、国際的な石油市場の観点では、やはりBTCルートは原則的に歓迎される要素を持っていた。ロシアルー9石油・天然ガスレビュートやイランルートでアゼルバイジャンの原油が輸出されるのでは、伝統的産油国であるロシアやイランが増産したのとなんら違いがない。これは石油市場に対して特段新しい要素をもたらすものではない。しかし、アゼルバイジャンの原油が新たな輸出地から輸出されるのであれば、それは新規のソースからの原油となり、石油市場としては調達原油に関して多様化(Diversifcation)が図られることになる。少なくともそれは石油供給の安定化に寄与することになり、市場にとっては基本的に歓迎すべき計画と認識されていた。 ただし、BTCパイプラインの総延長は1,700kmと長く、地形的にも高所を通り、建設コストも他計画と比較しても膨大となることから、油価が低迷していた当時は、プロジェクト全体の経済性を損なう恐れがあった。このため、ACGコンソーシアムはこのBTCルート案に対しては距離を置いていた。② 石油輸送の始まり ACG油田は、前述のとおり、その一部が1997年に生産開始となり、いわゆる「北ルート」、すなわちソ連時代からの既存の北コーカサスパイプラインを一部で逆走して、黒海のNovorossiysk港へと送られたが、当初の予ロシア・CISにおけるパイプライン地政学ェどおり市場の評価は厳しく、価格面では比較的低い扱いであった。 新規のパイプラインとしては、PS契約において「初期出荷原油」(Early Oil)の搬出のために、グルジアの黒海沿岸にあるスプサ(Supsa)までの「西ルート」が義務付けられており、1999年に稼働開始となった。これは純粋にAzeri原油のみを送るものであり、市場における低硫黄のこの原油の評価は大変に高いものであった。 ただし、「西ルート」の能力は日量13万バレルと小さなもので、ポンプステーションを追加して拡大しても、最大限日量30万バレル程度にとどまり、日量100万バレルを前提とする「主要輸出パイプライン」(Main Export Pipeline:MEP)にはなり得ないものであった。③ 要輸出ルートとしての「BTCパイプライン」決定までの経緯うたアンカラ宣言 1998年10月、バクー・トビリシ・ジェイハン(Baku- った「アTbilisi-Ceyhan:BTC)パイプラインの建設促進を謳ンカラ宣言」にアゼルバイジャン、グルジア、カザフスタン、ウズベキスタン、トルコの各大統領が署名し、米国のエネルギー省長官、ビル・リチャードソン(Bill Richardson)が立ち会った。すなわち、政治の側がBTCパイプラインを主要な輸出ルートとすべく、通過国および潜在供給国の元首がそろって公的に主張したものである。 一方で、ACGコンソーシアムの側は、このパイプライン計画については、発見された埋蔵量ではこの計画の経済性は保証できないと評価していた。また、1998年はアジア通貨危機で石油需要が減退し油価がバレルあたり$12台にまで低下した年であり*33、ほとんどの石油開発プロジェクトは新規投資を控える事態になっていた(表2)。「主要輸出パイプライン」建設の議論に関しては、当面は棚上げの状態であった。この時期、大方の石油会社は投資を表2BTCパイプラインの議論の当時のBrent原油価格の推移年199719981999200020012002Brent原油価格$19.09$12.72$17.97$28.50$24.44$25.02出所:BP Statistical Review of World Energy,2011手控え、油価の推移を見守ることに徹していた。シャー・デニス(ShahDeniz)構造でのガス発見の影響 しかし、1999年に入って、状況は大きく変化した。同年にBP Amocoが参加しているもう一つのコンソーシアム*34が、バクー沖で最大規模の背斜構造であったShah Deniz構造に対して試掘を行った結果、同年7月12日に、当初期待されていた石油ではなく、最大25兆立方フィート(cf)の埋蔵量を有する天然ガス鉱床であったことを公表した*35。石油と異なり天然ガスの場合には、前述の”Market-in”という商品の特性から、事前にそれを受け入れる消費市場を確定しなければ、ガス田を開発すること、そしてガスの輸送のためのパイプラインを建設することは不可能である。この時点ではトルコがガスの唯一の市場と考えられ、BP Amocoを含むコンソーシアムにとってトルコ政府とガスの販売に関する交渉に入る必要が出てきた。 ここに至って、これまで距離を置いてきた石油の「BTCパイプライン」計画についても、BP Amocoそしてコンソーシアム側はトルコ政府に対してなんらかの譲歩を示さざるを得ない状況となった。 同年10月19日、BP Amocoは、「BTCパイプラインみ建設されるべきである」とこれをは戦略的重要性に鑑支持する声明を初めて発表した*36。ただしそれは、自らそのパイプラインを利用すべく通油をコミットするというものではなく、あくまでその経済性が確認できる場合に限って利用するという条件を付したものであった。つまり、BP Amoco、そしてコンソーシアムが方針を変更し、BTCパイプラインへの建設投資を確約するというものではない。また、パイプライン計画自体が政治主導であり、どのような投資主体をつくるのかはこの時点では明確ではなかった。かんがBTCパイプラインの政府間合意へ 1999年11月、イスタンブールにおける欧州安全保障協力機構(OSCE:Organization for Security and Co-operation in Europe)の会議の折、ボスポラス海峡の船上で、いわゆる「イスタンブール宣言」、すなわち「BTCパイプライン」に関係する政府間合意(Inter-Governmental Agreement)がアゼルバイジャンのAliyev大統領、グルジアのShevardnadze大統領、トルコのDemirel大統領の3者間で交わされた*37。また、米国のClinton大統領とカザフスタンNazarbayev大統領もこれに署名した。これにより、事業の骨格を成す基本文書である関係国政府の合意書が成立し、少なくとも政102012.11 Vol.46 No.6アナリシス。的次元での事業の障害は全くないことになった。ただし、これはあくまで政府間の合意であって、投資家の合意ではない。言うなれば、この事業に関して政府が反対する恐れは完全にないことが明らかになっただけであり、投資家が実際に投資するか否かは、あくまで現実的な経済の問題として存在する。この時点でも、BP Amocoはパイプライン計画の経済性が確認される必要のあることを更に念押ししている。 1999年に入って、油価はバレルあたり$18と若干回復したものの、依然として弱含みで、パイプランを2004年完成見込みとしてはいても、コンソーシアム側の石油企業にとって新規投資ができる水準ではなかった。2000年に入り、BTCパイプラインの事業案は5月にアゼルバイジャン国会で、6月にはトルコ、グルジアの両国会が承認した。一方ロシア側は、北ルートのタリフ引き下げなどを提案して抵抗したが、事態を変える力はなかった。 10月になって、イスタンブールでの合意から約1年を経て、ようやくコンソーシアムの有志企業8社で、BTCパイプラインの商業性調査(FS)の実施が合意された*38。これは、第1段階が8カ月、第2段階が12カ月かかり、経済性が確認できれば投資決定がなされ建設に入るが、この時点では経済性、具体的にはカスピ海での発見埋蔵量の規模に関しては依然として疑問視されていた。政治の側の環境は整ったものの、実体的なビジネスとしては、依然として本格投資の見込みは立たず、同年完成した「西ルート」により日量13万バレルの輸出を継続しつつ状況の推移を見守る事態が続いた。BTCパイプラインの建設へ 2002年に油価は、ようやくバレルあたり$25をやや超える水準で安定する状況となってきた。政府間合意から3年がたっていたが、2001年の9.11同時多発テロ以降、油価は低迷を続け、コンソーシアムは再び油価の下落の恐れのない水準を確認するまで投資決定の時期を待っていた。同年8月、パイプライン建設のための事業体がようやく設立された*39。工事は2002年9月から開始となり、約4年の工事期間を経て2006年7月に稼働開始となった。 最終的に総事業費は当初計画を大きく上回ったが、完成時には油価はバレルあたり$50を上回る水準まで上昇し、経済性の問題は解消した。c 検証 BTCパイプラインは、トルコと米国政府が戦略的な観点から強力にサポートし、かつ最終的に実現させたことから、政治性の高いパイプラインであると一般には認識されている。しかし、実際の投資家であるACGコンソーシアムは、油価が低い間は、このパイプライン計画を全く受け入れようとしていない。BP Amocoがガスを発見してガス販売においてトルコと協力関係を築く必要が出て初めて、この計画も一つの案として経済性が確認できることを条件に受け入れた。これは、このようなパイプライン計画が当然ながらビジネス志向であることを示している。 政府間合意は、多国間パイプラインの建設の場合には、最も基本となる文書であって、政治の側が最も力を入れる場面である。しかし、BTCの例では政府間合意から着工まで3年間が経過している。投資環境が整うのを投資家が待ったのである。つまり、政治の側はあくまで事業のための環境整備を行う立場であり、パイプラインを建設することに関しての最終的な決定は、一義的に投資家に委ねられている。(2) シベリア天然ガスパイプラインに対するレーガン政権の牽制 1973年に稼働開始した西シベリアから西欧向けの天然ガスパイプラインは、ソ連と西欧の協力事業で完成したものであるが、レーガン政権(当時)以降の米国は西欧がソ連の影響下に入るものとして警戒した。しかし、欧州の産業界では、ソ連・ロシアからの天然ガスパイプラインは約40年間全く問題なく機能した信頼性の高い天然ガス供給手段と見なされた。仮 説2パイプラインは、供給国に安定的収入を、需要国には安定的なエネルギー供給を保障することから互恵的であり、それぞれに供給責任、買い取り責任が課されることから双務的である。パイプラインは供給側の支配の手段とはならず、供給・需要双方の関係強化をもたらし、地域の安定装置として機能する。a 西独ブラント政権における「東方外交」とソ連からのガスパイプライン 1970年代を迎えるにあたって、西欧諸国はエネルギー構造を変革する必要に迫られていた。1960年に結成された石油輸出国機構(OPEC)は、石油市場での存在感を強め出し、西欧諸国は石油への依存を軽減する必要があるとの認識が高まった。一方、それまで欧州諸国にとっての主要なガスの供給源であったオランダのフローニンゲン(Groningen)ガス田は生産量の減退傾向が顕著となり、新たな天然ガスの供給ソースを見つける必要があった。11石油・天然ガスレビューロシア・CISにおけるパイプライン地政学仮 説2ヤ240万トンで、これは当時の西ドイツの輸出量の半分以上にあたる大きな商談であった。一方の東ドイツにとってこの契約は頭越しのものであり、極めて遺憾に受け止めたという。 このパイプラインは“Transgas”と命名され、そのルートはウクライナ西部のターミナルであるウシュゴロド(Uzhgorod)からオーストリアのバウムガルテン(Baumgarten)を経由し、西ドイツとの国境バイトハウ(Waidhaus)に至る(図4)。スょくしん 工事は滞りなく進し、1973年9月26日、西ドイツへの天然ガス輸出が開始された。また、天然ガスの追加供給契約が1972年7月と1974年10月になされている。捗ちb 米政府の懸念 レーガン政権の発足した1981年、後にネオコンの代は表的人物として名を馳せることになるリチャード・パール(Richard Perle)国防次官補(当時)は、1970年代にド 西欧にとって北海でのエネルギー開発を進めることも問題解決の選択肢の一つであったが、1960年代後半からソ連の西シベリア北部で続々と見つかり出した巨大ガス田群は、このような西側の関心を引くに十分な新規のエネルギーソースであった。 西ドイツ(当時)では、1969年10月21日に発足したウィリー・ブラント(Willy Brandt)首相率いるドイツ社会民主党(SPD)政権の掲げた「東方外交(Ostpolitik)」の下、ソ連、東ドイツ等の共産圏との関係改善が進められた。同年11月30日には、西ドイツ製の大口径鋼管やガスタービンとソ連の天然ガスとを交換するという「補償(コンペンセーション)協定」が結ばれ、20年間に1,200億m3のガスを供給することで合意した。これは、西ドイツがガス開発に関する資機材を輸出し、見返りにソ連から天然ガスを輸入するというもので、COCOM(対共産圏輸出統制委員会)構成国としては、ソ連からのガス輸入に最初に調印した国となった。西ドイツが輸出する鋼管は年フランスフランススイススイスMMEEGGドイツドイツAAノルウェーノルウェースウェーデンスウェーデン北極海④④チェコスロバキアチェコスロバキアフィンランドフィンランドMurmanskMurmanskShtokmanovShtokmanovLL③③TAGTAG②②イタリアイタリア図4ロシアから欧州への天然ガスパイプライン網12Northern LightsNorthern LightsTorzhokTorzhokYamalYamal-Europe-EuropeBovanenkovBovanenkovYamalYamal半島半島YamburgYamburgUrengoyUrengoyMedvezhyeMedvezhyeZapolyZapoly-arnoye-arnoyeProgressProgressUrengoyUrengoyロシアロシアTyumenTyumenKazanKazanKuibyshevKuibyshevOrenburgOrenburgKarachaganakKarachaganakSaratovSaratovSoyuzSoyuzベラルーシベラルーシMinskMinskKievKievMoscowMoscowYeletsYeletsポーランドポーランドTransgasTransgas①①ハンガリーハンガリーハンガリーオーストリアオーストリアUzhgorodUzhgorodBrotherhoodBrotherhoodBrotherhoodBrotherhoodルーマニアルーマニアブルガリアブルガリアモルドバモルドバウクライナウクライナ黒海トルコトルコBlue StreamBlue StreamSamsunSamsunErzurumErzurumグルジアグルジアトルクメニトルクメニスタンスタンCAC-3CAC-3カザフスタンカザフスタンウズベキスタンウズベキスタンCACCACBeineiBeineiカスピ海アゼルバイジャンアゼルバイジャンアルメニアアルメニアTransTrans-Caspian-Caspianイランイラン①Baumgarten②Arnoldstein③Waidhaus④Hora Sv.KaterinyDauletabadDauletabad出所:RPIの図に加筆してJOGMEC作成2012.11 Vol.46 No.6アナリシスCツ、イタリア等によって進められたソ連の天然ガスを自国にまで運ぶという「シベリア天然ガスパイプライン計画」について米上院の公聴会において証言し、「欧州諸国がソ連のエネルギーに依存することは、米国と欧州の政治的・軍事的連携の弱体化につながる。ソ連の天然ガスが日々欧州に流れてくるということは、ソ連の影響力も日ごとに欧州まで及んでくるということだ」と米国政府の懸念を表明した*40。 このプロジェクトが始動したのは、ちょうどニクソン政権(1969~1974)の時期に符合するが、ニクソン政権は、トルーマン政権以来、長年にわたり継承されていたソ連を中心とした東側諸国に対する「封じ込め政策」(Containment)に替えて、融和的な「デタント政策」(Detente)を推進しており、このパイプライン政策を問題視することはなかった。パイプラインが始動して8年もたってからレーガン政権はこれを問題視した。 ソビエト連邦が石油・ガスの輸出で得た収入は、1970年で4億4,400万ドル、ソ連の全交換可能通貨収入の18.3%であったのに対して、1980年には、これが147億ドル、全交換可能通貨収入の62.3%と急激な増加を見せていた(Jentleson、前掲書)。この時のソ連経済は、今日と同様に石油・天然ガス輸出による収入に支えられるものであった。この傾向はその後も引き続き、資源価格が高騰した2008年の時点では77.7%にまで上昇している。この経済規模だけでも、東西冷戦時における対立を主導している勢力にとっては看過できない規模であったと思われる。c 対ソ連制裁の発動 1981年3月、ポーランドで食糧問題に端を発した労働運動がゼネストに発展すると、同年12月、ヤルゼルスキ政権が戒厳令を発し、ソ連がこれを支持した。12月23日、これに対抗して米国のレーガン政権は、ポーランドのみならず、ソ連に対しても経済制裁を発令した。これには、米国製石油ガス関連機械設備の対ソ向け輸出禁止、エネルギー・技術協力の協定更新の停止などが含まれ、更に米国技術を利用したヨーロッパ製品等も対象に含めようとした。このなかには、パイプラインや加圧ステーション等の資機材が含まれていた。 欧州と日本はこれに必ずしも同調せず、最終的には、欧州諸国のソ連からの天然ガス輸入量を全消費量の30%に制限することで妥協が成立した*41。米国でも特に農業分野で対ソ制裁はむしろ米国農民に不利益になるとの議論があったことから、1982年11月には、レーガン政権は対ソ輸出規制の域外適用の解除を発表した。しかし、米国のソ連、そしてロシアに対する警戒心はその後も長く続いた。d パイプラインの双務性から見た「シベリア天然ガスパイプライン」 西欧諸国は、ソ連の天然ガスをエネルギー源の分散戦略の一つとして導入し、あくまで石油依存度を低下させ、国内のパイプライン関連産業を振興しようとする経済優先の考え方であった。その後今日まで、約40年にわたって天然ガスは安定的に供給され、欧州の産業界においてはロシアからの天然ガスは最も信頼できる供給ソースであったとの認識が共有されている*42。 これに対して、レーガン政権はあくまでソ連の西欧に対する政治的影響力の拡大、すなわち「武器」としてのパイプラインという認識であり、経済面においても交換可能通貨の獲得を危険視するものであった。これはパイプライン網の発達によって市場が拡大することが、取りも直さず資源国から周辺の消費国に対する勢力拡大と見なすというものである。これは正にマッキンダ―の指摘するハートランドからリムランドへの影響行使という見方が、一部の国では今日でも一般に共有されていることを物語っている。e 検証 エネルギーにおける供給と需要の関係を、マッキンダー流の地政学では支配、被支配の構図に置き換える。しかしこれは、ビジネスが双務的であり、互恵的な利益を期待するプラス・サムの世界であるのに対して、地政学的なゼロ・サムの世界と見なしており、実態とかけ離れている。シベリア天然ガスパイプラインの批判者は、ソ連側における経済的利益にのみ着目しているが、貿易が活発化すれば需要側、供給側双方に利益が発生するのは当然であり、当時の西欧側においてもエネルギーの安定供給という相応の利益を得ている。米政府の批判には偏りがあったと言える。 むしろ、注目しなくてはならないのはその結果である。レーガン政権による制裁から11年後、ソビエト連邦は崩壊した。それまでソ連における天然ガスを所管していた天然ガス工業省は、体制移行前の1989年9月にGazpromという事業体に変わっているが、ソ連崩壊という歴史的転換点のさなかにあっても、ソ連からの天然ガス供給は全く途切れることなく粛々と続けられた。体制は崩壊してもソ連の天然ガス生産の組織は維持され、ガス輸出の被った影響はほとんどない。 崩壊過程にある国家にとって、欧州に対する政治的影13石油・天然ガスレビューロシア・CISにおけるパイプライン地政学4仮 説3天然ガスは他の燃料との間の燃料間競争のなかで供給されており、供給側による一方的な供給途絶という政治的圧力は需要国側の他燃料へのシフトという形で対抗が可能である。これにより、相手国に対する一方的で破滅的な行動は自制的に回避されるという機能が働く(相互確証抑制)。けんい制せa ウクライナ・ガス紛争の背景 ロシアとCIS諸国との間のガス供給契約は1年単位で、年末に翌年分が改訂される。2006年、2009年の契約に関しては、ガス価格の値上げを織り込もうとしたロシアに対してウクライナ側が抵抗し、翌年の天然ガス価格に関して合意することができず、翌年の1月1日が来ても契約が結べなかったために、ロシア側が無契約状態にあることを理由に天然ガス供給を停止したことから発生したものである。これは、商業契約を破っての供給停止ではない。ただし、ウクライナのガスの貯蔵は約4カ月分あり、ウクライナには当面、貯蔵ガスで対処させつつ交渉を継続しようというのがロシア側のスタンスであった*43。 天然ガスの値上げは、ウクライナに対してのみ単独で行われたのではなく、2000年代を通じて見られたエネルギー価格の高騰を反映して、国によって条件に違いはあれ、各消費国に対して別個に行われたものである(表3)。2008年まで石油価格はほぼ一貫して上昇を続けており、それを追うように天然ガスも値上がりしていた。ロシア国内でもインフレが進行しており、国内操業コストも上昇を続けていた。値上げを図ったという2006年、2009年のガス価格(表3)を見ると、依然として欧州よりもかなり低い水準である。よって、これがロシアによる一方的(unilateral)な措置であるということはできない。 この時、ウクライナのみが値上げに対して強い抵抗を試みた背景には、パイプライン通過国として、資源国に対して強い影響力を行使できる立場にあったからだと考えられる。ただし、通過国がパイプラインの運用に恣意的な力を行使することは、エネルギー憲章条約第7条*44の「通過の自由の原則」(Freedom of Transport)に違反するとされている。力 天然ガスの供給が供給側・需要側双方がともに牽を有することから、パイプラインをめぐっての関係国間の破滅的な闘争は自制的に回避されるという、パイプラインの「相互確証抑制」という考えに照らすと、ロシアが一方的にウクライナに対して天然ガス輸送をストップしたという「ウクライナ天然ガス紛争」は理解し難いものとなる。一般紙の報道は、ロシアがウクライナに対して一方的に天然ガス価格の引き上げを図り、ウクライナがこ響力を維持しようとする動機は見当たらず、当然関心の外にあったであろう。天然ガス供給が支障なく継続されたのは、純粋に「ガス販売収入」という経済的利益を維持したいという動機にほかならない。 1973年から約20年間、ソ連からの天然ガス供給を受けた西欧において、ソ連の影響力の痕跡はなんら見出すことはできない。西欧諸国は日々、ソビエト連邦からエネルギーの供給を受けていたことは事実であるが、政治的にはなんの影響も残さなかった。その後、更に約20年間、この天然ガス供給は、ウクライナ問題(後述)という一時的な紛争はあったものの、停滞なく継続されている。パイプラインによる天然ガスの供給は、あくまでビジネスとして展開されていたと見なすべきであろう。 パイプラインは本来互恵的・双務的なものであり、需要側・供給側は双方ともに、パイプラインの操業から利益を得る集団である。よって当然それを推進しようとする。そして、短期的にはその経済的利益、長期的にはそれのもたらす安定的な需給関係によるエネルギー安全保障に価値を求める。 これに対して、批判者はマッキンダ―の理論を援用してパイプラインに関しても支配の手段と見なし、自己の利益に直接結び付かない場合には、極力これを排除しようとする傾向がある。しかし、場合によってはこれは産業にとって大きな障害物となり得るもので、パイプラインに関して、いたずらに「政治化(politicize)」された議論は、その国の産業にとって有害となる場合がある。 パイプラインを地政学的に捉える立場は、パイプライン計画を推進するというよりは、反対する側に傾きがちであることに留意すべきであろう。(3) ロシア・ウクライナ間のガス紛争-エネルギーの政治利用か? 2006年および2009年の1月には、ロシアとウクライナとの間でガスをめぐる紛争が勃発した。2006年の紛争は3日で終結したが、2009年の騒動は更に大規模で3週間にも及んだ。これにより、特に欧州では、これがエネルギーの政治利用の最たるものと位置付けられ、ロシアの、エネルギー供給者としての信頼性を疑問視する議論が盛んになり、ロシアに頼らない天然ガスパイプラインの必要性が叫ばれた。当時策定されていたカスピ海などからオーストリアまで天然ガスを運ぶNabuccoパイプライン計画が急速にクローズアップされ、欧州のエネルギー安全保障の切り札であるかのような報道がなされた。少なくとも前述の「相互確証抑制」が当てはまるのか検証を要する事柄であろう。2012.11 Vol.46 No.6アナリシス仮 説3黷草竄オ、対抗してロシアが天然ガスの供給を止めたというのが主な論調であった。ことになる。b 第1次紛争(2006年1月)① 天然ガス価格引き上げの背景 2004年暮れの「オレンジ革命」以来、ウクライナのユーシェンコ政権は従来の親ロシア政策を放棄して、EUとNATOへの加盟を志向する親西側の国家となった。2005年には、ウクライナはEUから「市場経済国家」の認定を受けており、ロシアにしてみれば従来のように割安の天然ガス価格で遇する必然性は全くなくなり、西欧諸国と同等の市場価格でエネルギーの提供をすべきだという考え方が主流になった。 一方、2005年には、油価は一時的にバレルあたり$70となるまで高騰し、これにつられて天然ガス価格も上昇してきた。市場価格である対西欧向けガス価格は、ウクライナ向けの5倍と大きな開きが出ていた。ロシア国内でも、年率10%程度のインフレの下で操業費や資機材が高騰し、更にユーロ高によるドル価値の目減りも進行しており、輸出用ガス価格の引き上げは実行が急がれている課題であった。これは、ウクライナだけが対象ではない。西欧、旧東欧諸国に対しては、天然ガスは国際価格に移行していたが、CIS諸国に対しては、依然として割引価格となっており、段階的に引き上げる政策であった。 このような背景で行われた天然ガス価格の引き上げは、2006年の対応はプーチン大統領(当時)によれば、「改めて市場価格の原則を適用したものに過ぎない」という② 送ガス停止に至るロシアの考え方 2005年末にロシア側が提示した天然ガス価格は、前年の5倍の$250/1,000m3であったが、ウクライナ側がこれを拒否し、年内にガス交渉はまとまらなかった。このため、天然ガス売買契約が成立しなかったことを理由に、ロシアの国有ガス企業Gazpromは2006年1月1日から3日間、ガスの供給を止めた。しかし、ウクライナには備蓄ガスが4カ月分あり*45、交渉に更に時間がかかっても、備蓄ガスで当面は対応できるとロシアは考えていた。 ウクライナ向けのパイプラインネットワークのなかで、ウクライナへの輸出分にほぼ相当する年間600億m3(システム全体の約1/3の量)のガスが枝分かれして、ウクライナ国内に向けて供給され、年間1,200億m3(ロシア全体の約8割)がウクライナを通過して西欧市場向けに流れている。ロシアがウクライナ向けのガス輸送を停止したという意味は、ウクライナ向けに相当する全体の送ガス量の3割程度を減らして、ウクライナを通過して欧州へいくガスは通常どおり輸送したというものである。 ところが、ウクライナから下流に当たる各国で天然ガスの圧力低下が次々と報じられ、折しも厳寒期と重なり欧州全体で大きく問題化した。ロシア側の主張によれば、削減したのはウクライナ向けの550億m3/年、パイラインの通過量の約30%のみで、欧州向けの約1,200億m3/年については量を減らしておらず、圧力低下は起こらな表3ロシアから輸出される天然ガス価格の(USD/1,000m3)推移2006200720082009備 考245~28519092~94130~1458546.685080636054115~15546.6895110~160110110110293260217210100130170230―110369340340353127.9179.5250235―110308267311296151259237―154親露政権、PL売却2010年$230(3割引き)アゼル産ガスへ転換2007年ガス輸出開始親露政権、PL売却200525090年国EU Estonia Latvia Lithuania BelarusUkraine MoldovaGeorgiaAzerbaijanArmenia 出所:諸資料から筆者作成15石油・天然ガスレビューロシア・CISにおけるパイプライン地政学6り、欧米において大々的なキャペーンの発端となった。 これはロシア側にとって、大きな政治的誤算であった。表3にあるように、ガス価格の引き上げは、ウクライナに対してだけではない。石油価格は高騰を続けており、これにつられて西欧もCISも、ロシア国内も天然ガス価格は引き上げられている。インフレで操業コストも上昇し、ロシアとしても供給するガスの値上げは避けられない選択であった。ウクライナだけに安価なエネルギーを供給するという動機は本来ない。ゆが⑤ エネルギーは「武器」として使われたか? たど 以上のような経過を辿ってみると、ウクライナ・ガス紛争における対立点とはガス価格のみということになる。これが、事実関係からかけ離れた政治キャンペーンの道具として使用された観がある。 2006年の対応に関して、ロシアがEU諸国を敵視したわけでもなく、EU諸国で重大なガスの供給途絶が起こったわけでもないにもかかわらず、EUおよび米国の政府と主要メディアは、CIS諸国に対するガスの供給カットは政治的な動機に基づいたものであり、エネルギー供給者としてロシアは信頼できないとするものが圧倒的であった。また、日本の報道もほとんどがこれに倣っていた。 欧米からの強い反発の理由は、エネルギー供給者がその供給力を「武器」として使ったというのが主な点である。欧州の場合、その消費量の1/4、輸入ガスの40%がロシアからのガスである*47。パイプラインでガスの供給を受ける地域が主であり、産ガス国が「武器としてのガス」を使う誘惑にかられるのは悪夢に違いない。対ロシア政策として牽制の必要性があると、西欧諸国が認識したものと思われる。 同年5月には、チェイニー米副大統領(当時)が、リトアニアのビリニュスで「供給を操作したり輸送手段を独やゆすりの道具(tools of 占して石油とガスを恫intimidation or blackmail)に使うことは正当化され得ない」と強い調子でロシアを非難した*48。 この演説に対しては、フリステンコ産業エネルギー相が直ちに反論を英紙フィナンシャル・タイムズに寄稿した。その内容は、ロシアのエネルギー政策が西側で歪めて受け止められていることを憂慮すると断った上で、 「ウクライナにおけるガス価格問題に関しては、ロシアがソ連時代の『補助金的政策』に決別して、市場に基づく価格メカニズムを志向しての結果であり、バランスの取れた公平なエネルギー安全保障システムを築くもの」*49と主張している。更に「なお、価格の自由化と補助金の喝かどうついはずであった。これはウクライナが従前どおり、天燃ガスを使用したためと思われるが、事実関係についてははっきりしない。ロシアに対する非難が殺到したため、ロシアとウクライナが再度協議して、3日の深夜に天然ガス価格を約2倍の1,000m3あたり$95に引き上げ、天然ガス通過料を約5割引き上げた$1.6/1,000m3/100kmとすることで合意、天然ガスの輸送を再開した*46。て子こ③ パイプライン通過国としてのウクライナの強み ウクライナは石油のみならず、天然ガスパイプラインの通過国として、大変に重要な位置にある。ロシアが輸出するガスの約8割がウクライナを通過する。ソビエト連邦時代は、それでも連邦の一部であり問題化することはなかった。しかしソ連崩壊によりソ連構成国内にあるインフラストラクチャーはそれぞれの共和国の所有となり、情況が一変した。ロシアは、西欧市場向けの天然ガス輸出の安定性をウクライナに保障してもらう立場となり、ロシアの輸出商品が通過国であるウクライナの国家管理下にあるというのが実態であった。に使った。更 ウクライナは、これを最大限交渉の梃に、特に同国西部で顕著な反ロシア感情があり、政治家はこれを利用する風潮がある。政治家の立場からすれば直ちにロシアに協力的な姿勢は取り得ない。このため、パイプラインの利用をめぐって、経済合理性から離れた政治的な対立が生まれる素地が十分にあったと言える。④ 親西側政権成立前から行われていたロシアへの送ガス停止 ロシアがウクライナに対して天然ガスの供給を止めたのは、2006年が最初ではない。クラフチェク政権の1993年3月、そして次のクチマ政権の1993年12月、1997年7月、1999年11月と、ユーシェンコ政権以前にも、ロシアは天然ガス料金の不払いや抜き取りを理由に、送ガスを停止している。クチマ元大統領は特段反ロシアという政治的な立場にはない。ロシアにしてみれば、ウクライナの政権が反ロシアか親ロシアかで大きく対応を変えているわけではなく、親ロシア政権であってもガス代金はしっかり払ってもらうというのがロシア側の基本の姿勢である。 2004年の「オレンジ革命」で、CIS内部で親西側政権が成立し、EUとしてはそれまで関心の外にあったウクライナが政治的にも身近な存在と感じられるようになった。以前と同じ構図の紛争が繰り返されたに過ぎないものが、2006年には、ウクライナに誕生した反ロシア政権に対するロシアからの政治的な圧力だとの声が上が2012.11 Vol.46 No.6アナリシスp止はWTO加盟の主たる条件とされている」とWTOの政策に沿ったものである点を念押ししている。 これを踏まえると、ロシアがエネルギーを「武器」として使ったというチェイニー副大統領の主張には無理があると言わざるを得ない。前述のようにソ連が崩壊しCISとなった1990年代、ウクライナはロシアからのガスについて、たびたび不払いと抜き取りを繰り返し、ロシア側はその都度、ガスの供給停止で対抗してきた。ウクライナはパイプライン通過国としてその責任を全うするというよりは、利用してきた。ロシアはウクライナという通過国の強い立場に終始苦慮してきた。エネルギーは「武器」ではなく商品でしかなかったが、通過国にとってはエネルギー輸送インフラが「人質」となり、供給国に対して機能してきた。そしてこの時期、国際世論はCIS内部の内輪もめ程度の認識しか持たなかった。そして、2006年も同様の対応をロシアは採った。 変わったのは、その間ウクライナが西側陣営に入ったという点である。国際世論においては、2004年12月の「オレンジ革命」を熱狂的に支持した国際世論が依然続いており、一方でロシアは従来どおりの対ウクライナ政策を継続した。西欧諸国から強い批判が上がったことは、ロシア側が外交的な読みを誤った結果と言える。⑥ CISにおける国によるガス価格の違い ロシアの輸出天然ガス価格(表3)のなかで、ベラルーシとアルメニアの天然ガス価格の低さが際立っている。多くの報道で、親ロシア政権において天然ガス価格の優遇措置を受けており、ロシアによるエネルギーの政治利用は明らかとの指摘がよくなされているが、これは皮相な観察と言わざるを得ない。 親露政策を採るベラルーシの2006年の料金は、2005年並みの$46.68/1,000m3と据え置きである。これは、2005年に国営ガスパイプライン会社のBeltransgazの株式の50%、および国際パイプラインであるYamal-Europeパイプラインの100%をGazpromに売却することに同意したことの見返りである*50。アルメニアは、2006年にイランからの天然ガスパイプラインをGazpromに売却した。これはイランからのパイプラインのコーカサス地方への、それ以上の延伸を未然に摘み取るための対抗策でもある。これら国有資産の切り売りに対する見返りとして、天然ガス価格の割引がなされているのが実態である。しかし、これとても、後年度には段階的な値上げが図られている。 ただし、両国がともに親ロシア政権であることは偶然ではない。すなわち、政権の性質からして、自国のインフラをロシアへ売却することにあまり警戒心がないという背景がある。ロシアの最大の関心は、ガス輸出の約8割を担うウクライナを通るパイプラインであり、これへの資本参加が可能になればパイプラインの管理に参加し、圧力・流量に関するモニターが可能となるため、過去にもウクライナに対して再三、資産売却を打診した経緯があるが、ウクライナからは強烈な拒絶に遭っている。 一方、親露国の代表のようなアルメニアと、ロシアから離反する「カラー革命」の先頭を切ったグルジアが、2006年はともに1,000m3あたり$110という新ガス料金を要求されている。ガス価格が親ロシア国でも反ロシア国でも同じなのは、輸送距離が同じだからと解される。これも、政治が特段機能していないという証拠と言える。⑦ ウクライナ・ガス紛争に関するエネルギー専門家の見解 一般紙の報道姿勢は、米国の主張する「ロシアによるエネルギーの政治利用」に即したものが大半であったが、エネルギー専門家の見解は大いに異なる。 英国で発行されているエネルギー専門誌Petroleum Argusは、「米国はロシアからの供給リスクについて警鐘を鳴らしているが、皮肉にも冷戦時代からロシアから西欧への供給契約はしっかりと守られてきている。今回のウクライナとの係争は、若干の混乱に過ぎない」*51と、ロシアからのガス供給が基本的に安定的であったとする見方で、欧州専門家の見解を代表している。 オックスフォード大学エネルギー研究所のガス研究部長、Jonathan Sternは、ロシアがウクライナに対して、これまで低価格で天然ガスを輸出していたことは「補助金交付」に相当する行為であり、今回、西欧並みのガス価格に移行したことについては、補助金交付をやめるという経済的な理由からであるとして、ガスという政治的な「武器」を発動したものといった見方を排している*52。そして、「市場価格化を原則に掲げるWTOが、ロシアに対してはエネルギー価格の市場化を要求しておきながら、今回の件がロシアがウクライナに対して、ガスの市場価格並みの改定を要求して始まったことについては沈黙している」と、前出のフリステンコ産業エネルギー相のフィナンシャル・タイムズ紙寄稿論文と全く同様の議論を展開し、WTOに対しては痛烈な皮肉を投げ掛けている。 ケンブリッジ・エネルギー研究所(CERA)*53の見解は更に徹底しており、むしろこれこそが、ロシアが旧ソ連諸国に対する補助金交付という「政治」を棄てて市場価格への移行という「経済」を選択した結果であると分析している*54。17石油・天然ガスレビューロシア・CISにおけるパイプライン地政学@ソビエト連邦崩壊の後も、ロシアは、これら連邦を構成してきた国々に対して、自国の経済的な混乱や、これら国々の支払い遅滞問題があるにもかかわらず、CISの結束のために割安な天然ガスを供給してきた。しかし、このような補助金政策はCISの瓦解を阻止する手立てとはならなかった。2006年のガス価格切り上げは、ガス価格に関して石油価格にリンクしつつ西欧レベルの国際価格に近づけようとするもので、ロシア自身の経済的利益のためには、CIS諸国をもはや特別扱いしないという「脱政治」への政策転換であると言える。 1990年代、ロシアは安価なガスを供給してきたにもかかわらず、CIS内で「民主化ドミノ」が進行した。安価なエネルギー供給は、これらの国の政治選択に影響力をとうに政治の道具ではない持たなかった。エネルギーは疾ことが証明されていたと言える。ロシアにとっては、天然ガスを政治の手段として使うよりも、国際市場価格で効率的なビジネスを展開できる地域に進出することにむしろ力点を置いている。の差が埋まらず決裂した。12月31日の交渉も夕刻には、ウクライナの交渉団に対してユーシェンコ大統領から引き揚げの指示があり、期限までの数時間を残して交渉は打ち切られ*55、そのまま新年早々の供給停止となったという。 2006年との最も大きな違いは、2009年1月7日にウクライナが天然ガスを抜きとっているとして、ロシアがパイプラインを完全に閉鎖したことである。これにより、東欧・南欧の7カ国への天然ガス輸送が停止された。ロシアは、1968年にオーストリアへガス輸出を開始して以来、40年間一度も供給途絶を断行していなかったが、ついに欧州への供給をストップさせる事態となった。これはプーチン首相の指示と言われているが、ウクライナに対する感情的な対応と思われる。 この段階でEUの仲介を受け、1月18日に両首相が、天然ガス価格を油価連動とすること、2009年第1四半期を$360/1,000m3とすること、天然ガス売買契約は10年間の長期契約とすることで、合意に漕ぎ着けた*56。こc 第2次紛争(2009年1月)① 2009年ガス紛争の経緯 2009年の天然ガス紛争はかなり様相を異にする。表4に時系列で示す。 これに見るように、2008年10月にプーチン、ティモシェンコ両首相が2009年価格に関しては基本合意に達しながら、年末になって$15/1,000m3という僅かな価格② EUの対応 興味深いのは、EUの対応の変化である。再び紛争状態となった1月2日、EU議長国であるチェコのVondra副首相は、「欧州には十分なガス備蓄があるので影響はない、これは単にロシアとウクライナ2国間の『経済的な紛争』であるから仲裁はしない」と発言した。警察が民事不介入を宣言するのと同じということであろう。表42009年のロシア・ウクライナガス紛争の経緯2008年10月02日プーチン、ティモシェンコ両首相がウクライナと3年間の段階的値上げで合意。2009年は取りあえず前年から4割の値上げ($179.5/1,000m3から$250/1,000m3へ)。2008年12月31日両国はガス価格で合意できず(ウクライナは$235/1,000m3、ロシアは$250/1,000m3を主張)。2009年01月01日午前10時、ロシアがウクライナ向けガス供給停止。2008年01月03日ロシアがウクライナによるガス抜き取りを非難。2008年01月06日ウクライナ経由欧州向け供給8割減。2008年01月07日ロシア、ウクライナへ供給停止。欧州向けガスの輸送は完全停止。2008年01月11日ウクライナはEUの国際監視団受け入れで合意。2008年01月13日天然ガス輸送を再開するも、ウクライナ側で輸送がブロックされる。 2008年01月18日プーチン、ティモシェンコ両首相協議。ウクライナ向けガス供給で基本合意(内容は、10年間の長期契約、油価連動価格、第1四半期$360/1,000m3)。2008年01月19日ロシアのGazpromとウクライナのNaftogazがガス供給契約調印2008年01月20日ガス輸送再開、欧州側で確認。出所:各種報道から筆者作成182012.11 Vol.46 No.6アナリシスas Donor Summit において、EUはウクライナへのパイプライン改修資金につき、EBRD(欧州復興開発銀行)、EIB(欧州投資銀行)、WB(世界銀行)等の金融機関通じて$26億を融資することを決定した。ロシア側は激怒して退席した。プーチン首相(当時)は、Nabucco支援が決議されたEU首脳会議の直後になされたこのEUの対応を、「熟慮されておらず、素人考え(ill-considered and unprofessional)」と酷評し、EUのNabucco支援とウクライナのパイプライン補修という相矛盾する政策を批判した*58。 ウクライナのパイプライン改修については、ウクライナ外相と米国のライス国務長官が会談した2008年12月19日に発表された両国の「戦略的パートナーシップ」のなかで明確に謳われており、この方針をEU側も引き受けたものと思われる。d 検証 以上の経緯を詳細に検討することにより、ロシアとウクライナの天然ガス紛争に関しては、以下の3点の結論が導かれた。 ①天然ガスに関してロシア側からの一方的な供給停止が強行されたのではなく、天然ガス価格交渉をめぐる紛争という経済事案であること。 ②ロシア側の対応は、これまでの「補助金交付」的な天然ガスの値引き政策を放棄して通常の「市場価格」にシフトするもので、「政治」から「経済」への回帰であること。 ③EUの天然ガス政策は、ウクライナ問題をきっかけにロシアをエネルギー供給国として危険視し、ウクライナにとってダメージとなるNabucco計画の推進に動くというものであったが、一方で、ウクライナの既存パイプラインの改修も目指すという矛盾した政策を採っていること。 ウクライナの強硬な対応は、ロシアの輸出用天然ガスの約8割がウクライナを通過し、ウクライナの管理下にあるという特殊な事情を踏まえたものである。ロシア側は経済志向であるが、ウクライナ側の行動には合理性を認めることができず、EU、米国による政治的な思惑に呼応したものである可能性がある。e 追記:「目的・効果基準」による「経済」と「政治」の峻別「政治」というものは、普遍的に介在するものである以 は容易ではない。同様のことは、「政上、「経済」との峻別べしゅんつい回かうらず、かつウクライナ迂2006年との対応の違いは、ロシア側がEUに対し、周到な事前説明を行っていたことである。 総じてEUの対応はロシア、ウクライナ双方に自制を求めるという冷静なものであった。しかしこの後、ロシよアのガスに拠となるNabuccoパイプラインを支援する動きが活発化した。 EUは1月27日のブダペストで開催された「Nabuccoサミット」を皮切りに、5月にプラハで開催された「東方パートナーシップ」会議まで、Nabuccoパイプライン建設に関する国際会議を5回、精力的に開催した。7月には通過5カ国による政府間合意に漕ぎ着けた。 しかし、後述するように、この頃、欧州の天然ガス需要は大きく落ち込んでおり、新規の天然ガスパイプラインの計画はなかなか進まない状況にあった。2009年の天然ガス紛争は、あたかもEUと米国の支持するNabucco計画を推進するために仕組まれたとの疑念すら持たれる。 ロンドンにあるヤマニ元サウジアラビア石油相の主宰する世界エネルギー研究センター(CGES)のロシアパイプライン専門家であるJulian Leeは、この背景としてEUによるNabuccoパイプライン計画が遅々として進まないことに対して、米政権がいら立ちをもって見ていたことを指摘している*57。これは、その後のNabucco計画の迅速な動きと符合する。少なくとも、Nabucco計画を推進する側は、ウクライナ問題をもってロシアからのガス供給が信頼のおけないものであるとして、ロシア迂回パイプラインであるNabuccoの重要性を説いていた。ウクライナ問題とNabucco計画は通底している可能性がある。③ ウクライナの老朽化パイプラインの更新の問題 EUは、2009年のロシア・ウクライナガス紛争が一段落すると、老朽化したパイプラインの改修を提案した。これは一方で推進を打ち出しているNabuccoパイプライン計画とは全く矛盾する。ウクライナ国内を通るパイプラインを改修すると、その輸送能力は年間500億m3増加でき、もしもこれが実現するなら、Nabuccoパイプラインは不要となる。Nabuccoはロシアのガスへの依存度を下げようとする政策から発想された計画であるが、しかし同時にこれは通過国ウクライナの重要度を下げる政策である。Nabuccoはウクライナにとっては歓迎できるものではない。また、これは矛盾ではなくEU側からNabucco計画を推進する代償としてウクライナ側に提示されたものという解釈も可能である。 2009年3月23日、ブリュッセルでのInternational 19石油・天然ガスレビューロシア・CISにおけるパイプライン地政学0も放置されていた。政治主導で建設された数少ない石油パイプラインの例であるが、操業的には市場から見放された形となり、ウクライナ政府にとっては屈辱的な失敗例とされた。仮 説4パイプラインが機能するか否かは、産油ガス国による十分な量の通油・ガスコミットによる。政治力をもってパイプラインを機能させることはできない。a クチマ政権下で対ロシア依存の低減化を目指したパイプライン計画とんまた挫ざ 2000年代の初め、クチマ政権下のウクライナ政府は、石油の80%をロシアに依存している現状を憂慮し、カスピ海産原油を取り込むことにより、対ロシア依存度の低減化を狙い、黒海から内陸部に原油を輸送する「オデッサ=ブロディ石油パイプライン」を計画した。ロシアからのパイプラインで原油を積み出すオデッサ(Odessa)ターミナルの東方50kmの場所に、新たにユージニイ(Yuzhny)ターミナルを建設し、ここからウクライナの北西のブロディ(Brody)に至る全長674km、パイプ径は40”(1,020mm)、通油能力日量18万バレル(年間900万トン)の小規模なパイプラインを敷設した。ルートは、「友好」(ドルージュバ)パイプラインからOdessaの輸出ターミナルに至るラインを黒海海岸近くで跨ぐ形となった(図5)。工事には、この事業のためにUkrTransNafta社を設立し、建設に当たらせた。これがOdessa-Brodyパイプラインで、2001年8月に建設コスト2億ドルをかけて完成したが、顧客として当て込んでいたカスピ海諸国からの積み込みが実現せず、使用されないままとなっていた。 アゼルバイジャンはグルジアのSupsaターミナルから地中海市場へ原油を輸出しており、相応の価格であればこれを調達することは可能であったが、その場合は、ウクライナ市場における原油価格はロシアからの輸入原油をかなり上回る価格となり、ウクライナにとっては重い負担となる。これでは新規パイプラインを建設した意味がなくなる。当初から分かっていたことであるが、ウラル原油がカスピ海産原油よりも安かったことが、Odessa-Brodyパイプラインが稼働に至らなかった理由である*61。ロシアへの石油依存を低減したいというウクライナ政府の思惑は、経済合理性の欠如から頓した形となった。 このため、ロシアのTNK-BPが、同パイプラインをBrody付近で「友好」(ドルージュバ)パイプラインに接治」と「宗教」との間にも言え、これに関しては「目的・効果基準」に基づき峻別することが定着している。これは「宗教」的行為が法的に拡大解釈されることを避けるためである。筆者は、ある事象に政治的要素がビジネス事案に介在しているか否かの判断についても「目的・効果基準」に照らして検討することが適切と考える。 日本における「目的・効果基準」については、政治の側からの宗教への関わりが、宗教行為そのものに当たるか否かを線引きする基準として最高裁判例*59として示されたもので、特定の「政治目的」を達成するために、ある行動が取られ、それによって「効果」が出たと認められるのであれば、それは政治的な動きと判断するものである。 すなわち、ロシアがウクライナの政権に対してダメージを与えるという「目的」を持って天然ガスを値上げし、受け入れられないとなると送ガスを停止し、実際に政権へのダメージという「効果」が得られたのであれば、「政治」が「経済」に介入したと判断できると言える。 2006年、2009年のロシアとウクライナの天然ガスをめぐる紛争においては、天然ガスの値上げの「目的」が、ユーシェンコ政権に打撃を与えるためではなく、世界的にエネルギー価格が上昇するのに合わせて、ガス価格を引き上げたと言うべきであろう。なぜならば、この天然ガス価格の引き上げは他国に対しても行われており、ロシアが対象国全ての政権に打撃を与える必然性がそもそもないからである。また、天然ガスの輸出停止は、反ロシアでなく、特段敵視する必要のないクチマ政権時代にも行われており、両国間で繰り返されてきたガス紛争の「目的」が政治にあったとは言えない。 ユーシェンコ政権の支持率は低迷を続けたが、これは天然ガス価格を引き上げたことによる「効果」ではなく、一般には彼自身の経済政策の失敗の結果と言われている*60。よって、天然ガスの供給停止がウクライナの国内政治に影響を与えた痕は見当たらないと言うべきであろう。 以上からロシアがウクライナに対して政治目的で天然ガス価格を引き上げ、相応の効果を上げたとは言えず、「目での事象と判断する。的・効果基準」に照らして経済の範跡せ疇ちこんきはんゅう(4)オデッサ=ブロディ・パイプライン  ― 政治的思惑から建設されたパイプラインの例 ― 政治的な思惑でパイプラインが建設された例は、実は一つある。それも失敗例としてである。オデッサ=ブロディ(Odessa-Brody)パイプラインであるが、それは当初、ウクライナ政府により黒海から中部欧州向けを企図して建設されたものである(図5)。生産原油を通したいという産油国のシッパーが見つからず、完成から3年間2012.11 Vol.46 No.6アナリシス仮 説4~め、Plockまで同パイプラインを延長することを伝えた。延長距離は490km、総工費は5億ドルである*64。完成は2008年を目指した。これには、東欧市場を確保できることから、カザフスタンが関心を持っているという噂があり*65、同国のShkolnikエネルギー鉱物資源相(当時)は、同年後半に予定されているウクライナ訪問において、このような動きを見せたものの、具体的な成果はなかった。 Yushchenko大統領は、Gdanskまでのパイプライン延長に関して、ポーランド、カザフスタン、米国に対して、4カ国協議を呼びかけ*66、パイプラインの通過地Brodyに製油所を建設する計画を進めた*67。 欧州委員会(EC)エネルギー担当理事のAndris Piebalgs(当時)は、Odessa-BrodyパイプラインのPlockまでの延長計画を支持し、欧州投資銀行による2億5,000万ユーロの融資の可能性に触れ、かつ、Tacis*68プログラム、EBRD、Euratom*69などのファイナンスのオプションがあることを明らかにした*70。また、EBRDは、条件さえ合えばプロジェクトコストにほぼ相当する5億1,400万~5億7,800万ドル(4億~4億5,000万ユーロ)を融資する考えを示したが、同時にカスピ海産油国に対して10年間の「出荷保証」を求める意向も示し、ファイナンサーとしては当然のことながら現実的な対応を見せている*71。 パイプラインに関して、ファイナンサーがこのように積極的な意向を示すのは異例のことで、ウクライナの対ロシア依存度を低下させるために、EU側はパイプラインもカードに使う意図があったと解される。 Yushchenko政権での「順送」回帰は容易に実現せず、2010年までTNK-BPによるOdessa-Brodyパイプラインの「逆走」は続いたが、2005年以降、日量18万バレル(900万トン)であった輸送量は、2009年には世界的な金融危機による国際市況の低迷とタリフの引き上げから日量8万バレル(400万トン/年)まで減少し、「逆送」側にとっても魅力のない輸送手段となりつつあった。これが再び「順送」させようとの動きに結びついた。 2010年から、経済的な背景は不明であるが、ヴェネズエラとアゼルバイジャンという二つの供給国が現れることにより、パイプラインを「順送」に戻すことになったが、これはスポット原油による一時的なものであり恒常的な操業とはなっていない。c 検証 Odessa-Brody石油パイプラインは、当初はロシア依存度の低下という政治的な思惑をもって建設されたが、ウクライナが希望する条件での原油供給者が現れず、約続し、ロシア産原油を「逆走」させて、Yuzhnyターミナルから船積みして輸出する提案を行った。これについては、2004年2月にOdessaターミナルからBrodyに「順送」することが閣議決定されることで、TNK-BPによる逆送の提案はいったんは否定され、ウクライナのロシア離れとの色めき立った報道がなされた*62。しかし、これは事業の実現性という観点からは荒唐無稽な決定であった。やむを得ず、7月5日の閣議では、Viktor Yanukovich首相(当時)はこれを覆してパイプラインの逆送を承認した。 TNK-BPは日量18万バレルでの出荷について、ウクライナの国営パイプライン会社UkrTansNaftaと同年7じゅうん月契約し、更にパイプ内充(パイプフィル)に必要な原油42万5,000トンの購入に対する1億800万ドルの融資と債務保障契約を結んだ。パイプフィルは8月1日から開始され、9月20日には完了し、黒海から最初の原油輸出がなされた。填てb Yushchenko政権の誕生とOdessa-Brodyパイプラインの「順送」への再度の変更 2004年のウクライナ大統領選では、Yanukovich首相とYushchenko 前首相との決戦投票が11月21日に行われ、Yanukovichがいったんは当選とされたが、この結果に関して最高裁が投票の無効と決戦投票のやり直しを命じた。12月26日再投票が行われ、Yushchenkoが大統領に選出された。いわゆる「オレンジ革命」である。これは、西側陣営の支持という国際世論のなかで行われたもので、終始Yanukovichを支持してきたプーチン政権にとっては、外交的失点となった。 Odessa-Brodyパイプラインの輸送方向に関しては、2004年2月の順送確認、7月の逆送決定と迷走を繰り返してきたが、新政権のメンバーは従来「順送」を支持してきており、「オレンジ革命」の余勢を駆って、パイプラインの方向を再度検討する動きが出てきた。石油の97%をロシアに依存するポーランドは、かねてよりOdessa-Brodyパイプラインを北西方向にあるポーランド領内のPlock(ワルシャワの北西100km)まで、更にはバルト海に面したGdanskまで延長することを希望していた。Plockにおいては、ポーランドを通過する「友好(ドルージュバ)」パイプラインに接続する。 Yushchenko政権は、発足と同時にこのパイプラインの輸送方向を最優先課題と位置付け、これに対してポーランドのBelka首相(当時)が、新政権による輸送方向の再検討について期待を表明した*63。3月5日、Tymoshenko首相(当時)はポーランドのBelka首相に対して、前年秋から実施してきた同パイプラインの逆送を21石油・天然ガスレビューロシア・CISにおけるパイプライン地政学ermUfaSamaraKarachaganakKazakhstanAtyrauTengizUst-LugaPrimoskBPBPSYaloslavl’RussiaDruzhbaVolgogradGdanskPlockPolandAdamowoBrestBrodyMozyrUnechaUkraineS-2VentspilsButingeUzhgorodOdessaRomaniaYuzhnyBulgariaConstanzaBurgasKiyikoyIbrikbabaTurkeyNovorossiysk(Ozereyekhka)SamsunTbilisiBTCCeyhanCPCKashaganBakuAzerbaijanKirkukTriesteOmisaljAlbaniaVloreAlexan-droupolisGreek地中海IraqIran05001,000km出所:JOGMEC作成図5黒海からウクライナ内陸へ延びるOdessa(Yuzhny)-Brodyパイプライン(「逆走」の後「順送」で使用されることになった)3年間アイドルすることとなった。次いでTNK-BPがこれを「逆走」で使用することになり、当初の思惑とは真逆にロシアへの依存度を高める結果となった。現状はスポットものの原油が一時期「順送」されたのみであり、恒常的なパイプライン操業に戻っていない。 パイプラインの「順送」または「逆送」を決めるのは、唯一原油輸送をコミットするシッパーが存在するか否かであって、ウクライナの政策で決定できることではない。TNK-BPによる「逆走」提案はあくまでウクライナに対する救済策であり、ウクライナが独自にシッパーを見つけることができるのであれば、TNK-BPが特段Odessa-Brodyを使う必然性はない。実際、TNK-BPは割高なパイプラインタリフを嫌って、輸出量を徐々に減じてきた*72。 現代では、天然ガスと異なって石油パイプラインが市こだわ場を支配することは基本的にはない。生産された原油はさまざまなパイプラインルートや輸出港から搬出することが可能であり、既存のルートに拘る必然性は低いと言える。 ロシアと最も先鋭的な対決姿勢を見せたYushchenko政権の時に、対露依存度を高めるというパイプラインの「逆送」が行われ、次の対露配慮を謳ったYanukovich政権で「順送」に戻ったことは、政治的な姿勢がいかにパイプラインの運営に無力であるかを物語る皮肉と言える。パイプラインの運営を決定付けるものは、石油生産者からの「原油供給コミット」と、石油市場の存在の有無という、純粋に経済的な要因である。 EUによる「補助金」の発動も、このような混乱に拍車を掛けていると言える。まとめ 本論では、輸送手段を重視するマッキンダーの地政学の理論が、パイプラインの議論で援用されやすい現状を指摘した。一方で、パイプライン運営は互恵的・双務的なものであり、需要側・供給側は当然ながら、パイプラ222012.11 Vol.46 No.6アナリシスCン操業から利益を得てきたとする最近の天然ガスの地政学の議論を紹介した。 CISにおける具体的な実例として、ジャーナリズムで大きく取り上げられた石油パイプライン、天然ガスパイプライン各2件について、4項目の仮説を立て、その妥当性について検討した。 最初のBTCパイプラインでは、米国、トルコの意向が大きく反映し、政治的パイプラインと言われるが、生産企業の側は、天然ガスの発見も併せてBTCのルートが唯一現実的と認識しつつも、油価の動向をにらみ、独自の判断で着工時期を決定した。パイプラインにおいても、投資判断は当然ながら投資家に全面的に委ねられ、政治主導はあり得ないことがこの例で明らかとなった。 次のシベリアから西欧への天然ガスパイプラインに対して、米政府は「武器」であるとの懸念を示した。これは、資源国から周辺の消費国に対する勢力拡大というマッキンダー流の地政学観が、米国を中心に今日でも一般に共有されていることを物語っている。またパイプラインを地政学的に捉える勢力は、パイプライン計画を推進するというよりは、反対する側に傾きがちであることにも留意すべきである。一方、このパイプラインは約40年間、問題なく操業されソ連(ロシア)、西欧に利益をもたらした実績があり、供給側と需要側の双方に利益を生む装置であることが証明された例と言える。欧州は米国と異なる認識を持っている。 天然ガスの供給が供給側・需要側双方がともに牽制力を有することから、パイプラインをめぐる関係国間の破滅的な闘争は自制的に回避されるという「相互確証抑制」の考えに照らすと、ロシアがウクライナに対して天然ガス輸送をストップしたという「ウクライナ天然ガス紛争」は理解し難いものとなる。しかし、本件はあくまで天然ガス価格をめぐる紛争で、経済事案の範疇内にある。ロシアが天然ガス価格を引き上げた理由は、「補助金交付」的な安値政策を放棄して、市場価格へのシフトを決めたもので、これこそが「政治」を放棄して「経済」に軸足を移した証左である。ただし、ウクライナ側の対応は経済合理性を超えた政治的なものと言える。 筆者はまた、エネルギーの政治利用という現象を判断するにあたって、政治的な目的が確認でき、実際に効果を得たか否か、という「目的・効果基準」の適用を提言した。 Odessa-Brodyのパイプラインでは、パイプライン運営を成り立たせる要因はシッパーからの通油コミットにあり、政治からの働き掛けがいかに無力であるかを示している。 以上、パイプラインに関して注目を集めた事象について検討した結果、ジャーナリズムの印象批評では政治的な「武器」であるとする議論が多いものの、詳細な検討を行うことにより、これらのパイプラインをめぐる紛争は政治的事象ではなく経済事案であり、パイプラインが「武器」として活用されることはないとの結論を得た。<注・解説>*1: Geoffrey Parker“Geopolitics: Past, Present and Future”(1998)*2: 奥山真司「地政学」(五月書房、2004)P.333によれば、「地政学」=「地理」+「政治」という単純な図式にとどまらず、地理に投影される「人間心理」が重要な要素となっており、それ故「地政学」にはさまざまな定義がなされている。P.15*3: Richard Perle米国国防次官補(当時)の1981年の発言およびBruce Jentleson“Pipeline Politics”(1986)による。*4:曾村保信「地政学入門」(中央公論社、1984)P.87*5: Mackinder, Halford J.“The Geographical Pivot of History”Geographical Journal 23, no. 4 (April 1904)*6: Mackinder, Halford J.“Democratic Ideals and Reality”(1942)/邦訳名「マッキンダーの地政学――デモクラシーの理想と現実」(曾村保信訳、原書房、2008)P.90、P.178*7: Spykman, Nicholas J.“America’s Strategy in World Politics”(1942)*8: 東シベリア・太平洋パイプラインの事業経緯に関しては、拙稿「拡大する北東アジアのエネルギーフロー」石油・天然ガスレビュー、2012年3月号参照。https://oilgas-info.jogmec.go.jp/member/report_pdf.pl?pdf=201203_013a%2epdf&id=4622および拙稿「ロシアから極東向けパイプラインが始動する」石油・天然ガスレビュー、2010年7月号参照。http://oilgas-info.jogmec.go.jp/report_pdf.pl?pdf=201007_017a%2epdf&id=3616*9: Annual Address to the Federal Assembly of the Russian Federation, May 26, 2004, President of Russia, Office Web Portal, http://www.kremlin.ru/eng/speeches/2004/05/26/2021_64906.shtm23石油・天然ガスレビューロシア・CISにおけるパイプライン地政学?10: The Official Site of the Prime Minister of the Russian Federation , Dec. 28, 2009, website, http://premier.go.ru./eng.visits/ru/8759/events/8758/*11: Barnes, J., Hayes, M. H., Jaffe, A.M. and Victor D.G., Introduction to the study, p.5 in Victor, D.G., Jaffe, A.M. and Hayes M.H. eds. (2006)“Natural Gas and Geopolitics, From 1970 to 2040”Cambridge University Press*12: 柳沢国正 「石油パイプライン」(日本工業新聞社、1974)P.23~25*13: 生島靖久 「開発途上国における対外ファイナンス」。奥田英信・三重野文晴・生島靖久著「開発金融論」(日本評論社、 2006)所収。P.203参照。不完備契約と「ホールドアップ問題」に関してはP.204参照。*14: Krugman, P.“The Self-Organizing Economy”(Blackwell Press.1996)/邦訳名「自己組織化の経済学」(北村行伸・妹尾美紀訳、東洋経済新報社、1997)P.199*15: 相互確証破壊とは、核兵器を保有して対立する陣営のどちらか一方が相手に対し戦略核兵器を使用した際に、もう一方の陣営がそれを確実に察知し報復を行うことにより、一方が核兵器を使えば最終的に双方が必ず破滅する、という状態を指し、報復として自分にも核弾頭が降ってくることを承知で核攻撃を命令できる国家首脳は存在しない状況を指す(Wikipedia、航空軍事用語辞典等による)。*16: Goldman, Marshal I.“Petrostate”(2008)/ 邦訳名 「石油国家ロシア」(鈴木博信訳、日本経済新聞社、2010)P.367*17: 現物を引き取れない場合にも代金だけは支払う義務を負うという契約条項(石油用語辞典、石油公団編)。*18: 前掲書、P.284*19: 生島(2006)前掲書P.204参照。*20: 塩原(2007)「パイプラインの政治経済学―ネットワーク型インフラとエネルギー外交―」法政大学出版局 P.19*21: Hayes & Victor(2006) Introduction to the historical case studies: researcher questions, methods and case selection. in Victor, Jaffe and Hayes(2006)“Natural Gas and Geopolitics, From 1970 to 2040”Cambridge University Press, P.508*22: FSU Energy, 2003/1/10*23: Nefte Compass, 2003/5/01*24: Nefte Compass, 2003/7/17*25: Nefte Compass, 2003/7/31*26: 実際には天然ガス輸送中の圧力の低下で若干のコンデンセートが発生し混相となる。*27: 合成ゴムなどでできた一種の栓を用いて定期的に配管内の液体のかき出しを行うこと。*28: 企業が生産・販売活動を行う上で、企業側の都合(論理や思想、技術など)を優先するやり方。“つくってから売り方を考える方法”と言える(IT情報マネジメント用語辞典)。*29: 近年では、国際的な天然ガス貿易のうち約30%がLNGの形態でなされ、更にそのうち約20%が長期契約によらないスポット取引となり、増大する傾向にあるが、主流はあくまでTake or Pay条項のついた取引である(BP Statistical Review of World Energy, 2012)。*30: 企業が商品開発・生産・販売活動を行う上で、商品・サービスの購買者のニーズを優先し、ユーザー視点で商品開発を行い、ユーザーが求めているものを求めている数量だけ提供していこうという経営姿勢(IT情報マネジメント用語辞典)。*31: 権益は、BP(英34.1367%)、Chevron(10.2814%)、アゼルバイジャン国営石油Socar(10%)、INPEX(日10%)、Statoil(ノルウェー8.5633%)、ExxonMobil(8.006%)、トルコ国営石油TPAO(6.75%)、 Devon Energy(米5.6262%)、伊藤忠商事(3.9205%)、Amerada Hess(米2.7213%)。日本からは1996年に伊藤忠商事が参加。2003年には国際石油開発(INPEX)がLukoilの10%を引き継ぐ形で参加している。捗ち*32: ACG油田開発に係るPS契約では、油田の本来の能力に達する本格開発の前に、別ルートを使って早期に生産をょくを国際的にアピールするための産油国側の要請開始すべく規定されている。これは、事業の迅速で安定的な進によるものである。しん*33: BP Statistical Review of World Energy 2011, P.15*34: Shah Deniz 鉱区の権益はBP(英25.5%)、Statoil(ノルウェー25.5%)、TPAO(土9%)、Elf(仏10%)、LukAgip(露伊10%)、NIOC(イラン10%)、Socar(アゼルバイジャン10%)242012.11 Vol.46 No.6アナリシス?35: Reuters, 1999/7/13*36: Reuters, 1999/10/20, Nefte Compass, 1999/10/21*37: Reuters, 1999/11/19, MEES(Middle East Economic Survey), 1999/11/22*38: Reuters, 2000/10/18, International Oil Letters, 2000/10/16*39: 権益はBP(30.1%)、Socar(25%)、Chevron(8.9%)、Statoil(8.71%)、TPAO(6.53%)、Eni(5%)、Total(5%)、伊藤忠商事(3.4%)、国際石油開発帝石(2.5%)、ConocoPhllips(2.5%)、 Hess(2.36%)*40: Jentleson, Bruce.“Pipeline Politics”(Cornell University Press,1986)Ithaca, P.263, P.173*41: Yergin, Daniel. “The Prize”(1992)/ 邦訳名「石油の世紀」上・下(日高義樹・持田直武訳、日本放送出版協会、1995)*42: Petroleum Argus, 2006/1/09*43: Financial Times, 2009/1/15*44: エネルギー憲章条約第7条第1項:「締結国は、エネルギー原料及びエネルギー産品の通過を促進するために必要な措置をとる。当該措置をとるに当たっては、通過の自由の原則に沿うものとし、また当該エネルギー原料及びもしくは所有による差別又は当該差別に基づく価格上の差別を設けてエネルギー産品について、出発地、仕向地若はならず、不合理に遅延させてはならず、また、不合理な制限又は課徴金を課してはならない」*45: ウクライナの天然ガスの地下貯蔵設備は全部で13カ所あり、これはウクライナのガス消費の4カ月分に相当する。天然ガスは発電や地域暖房に多く使われるため、冬場の需要が大きく夏場は需要が少ないが、ガス田のほうはコンスタントに生産しなくてはならないから、秋口には冬の需要期に備えてガスを備蓄していく。欧州では、ほとんどの国が2~3カ月分の天然ガス貯蔵設備を保有している。*46: 日経、各紙、2006/1/05*47: BP Statistical Review of World Energy, June 2009*48: Financial Times, 2006/5/05*49: Financial Times, 2006/5/08*50: AK&M-News, 2006/12/13, なお、2011年中にあとの50%もGazpromに売却された(Belarusian News, 2011/8/15)*51: Petroleum Argus, 2006/1/09*52: Stern, Jonathan.“The Russian-Ukrainian gas crisis of January 2006”(2006)Oxford Institute of Energy Studies.*53: 「石油の世紀」(原題は「The Prize」。ピュリツァー賞受賞)の著者Daniel Yerginの主宰するボストンにある研究所。*54: Hardin, Katherine.“A new era for regional gas pricing for the Former Soviet Union: Gazprom moves toward Europenization”CERA Insight (Jan. 11, 2006).*55: 例えば2006年末のロシアとベラルーシの天然ガス交渉は12月31日午後11時58分に妥結した。双方がぎりぎりまで粘るので、このような決着は珍しくない。*56: IOD, 2009/1/21. なお、Tymoshenko首相は、「この合意はウクライナの勝利である」と宣言したが、Yushchenko大統領はこれを「ウクライナの敗北」と呼び、大統領令違反で捜査するとまで宣言して批判した。しかし、2010年にYanukovich新大統領が就任すると、不当に高い価格で天然ガスの輸入・輸送契約を結び、国家に損害を与えたとしてTymoshenko元首相に対する刑事捜査が開始され、2011年4月に同容疑で起訴された。その後、キエフの地区裁判所は、同年8月5日、公判中のTymoshenko元首相を審理妨害容疑で逮捕した。*57: Lee, Julian.“What is blocking a solution to the Russia-Ukraine gas dispute?”FSU Oil & Gas Advisory, 2009/1/15、Centre for Global Energy Studies.*58: IOD, 2009/3/23*59: 国や自治体の行為が、憲法が禁じた政教分離原則に抵触するかどうかを判断するための判例上の目安。「津地鎮祭訴訟」の最高裁大法廷判決で示された。宗教との関わり合いはどの程度までなら許されるか、について、「行為の目的が宗教的意義を持ち、その効果が宗教を援助、助長、促進または圧迫、干渉する行為」をした場合は憲法に違反する、と定義付けた。また、行為がこの宗教的活動に当たるかどうかを検討する際は、「行為に対する一般人の宗教的評価、行為者の意図、目的、一般人に与える効果、影響などの事情を考慮して」「社会通念に従っ25石油・天然ガスレビューロシア・CISにおけるパイプライン地政学ト客観的に判断すべき」とした。(読売新聞、1997年3月29日全国朝刊)*60: 2010年1月17日のウクライナ大統領選挙ではYushchenkoは現職でありながら5.45%の得票率にとどまり、1次選挙で敗退した。*61: Argus Nefte Transport, 2011/2*62: 産経新聞2004/2/16、毎日新聞、2004/5/8*63: 毎日新聞, 2005/1/25*64: Russian Petroleum Investor, 2005/4*65: Nefte Compass,2005/4/21*66: NC, 2005/4/21*67: NC, 2005/5/05*68: 対CIS技術支援(Technical Assistance to the Commonwealth of Independent States)の略*69: European Atomic Energy Communityの略*70: Interfax, 2005/4/29*71: The Moscow Times, 2005/5/12*72: Argus FSU Energy, 2010/10/22執筆者紹介本村 眞澄(もとむら ますみ)[学歴] 1977年3月、東京大学大学院理学系研究科地質学専門課程修士修了。博士(工学)。[職歴] 同年4月、石油開発公団(当時)入団。1998年6月、同公団計画第一部ロシア中央アジア室長。2001年10月、オックスフォード・エネルギー研究所客員研究員。2004年2月、独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEG)石油開発推進本部石油調査部主席研究員(ロシア担当)。[主な研究テーマ]ロシア・カスピ海諸国の石油・天然ガス開発と輸送問題、地球資源論。[主な著書] 『ガイドブック 世界の大油田』(共著)技報堂出版、1984年 /『石油大国ロシアの復活』アジア経済研究所、2005年/『石油・ガスとロシア経済』(共著)北海道大学出版会、2008年。[趣味] ブルーグラス、カントリー・アンド・ウェスタン262012.11 Vol.46 No.6アナリシス
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2012/11/20 [ 2012年11月号 ] 本村 真澄
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