制裁解除後のイラン石油・天然ガス資源開発のゆくえ-政治・経済・社会動向を通して見るイランのエネルギー展望-
レポートID | 1006588 |
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作成日 | 2016-05-23 01:00:00 +0900 |
更新日 | 2018-02-16 10:50:18 +0900 |
公開フラグ | 1 |
媒体 | 石油・天然ガスレビュー 2 |
分野 | エネルギー一般探鉱開発 |
著者 | 増野 伊登 |
著者直接入力 | |
年度 | 2016 |
Vol | 50 |
No | 3 |
ページ数 | |
抽出データ | JOGMEC調査部増野 伊登制裁解除後のイラン石油・天然ガス資源開発のゆくえ-政治・経済・社会動向を通して見るイランのエネルギー展望-はじめに 2016年は、年明け早々物騒なニュースに見舞われた。1月2日にサウジアラビアがシーア派説教師ニムル師(サウジ国籍)の死刑を執行したことを受け、翌日、テヘランのサウジアラビア大使館が襲撃されたのである。サウジアラビアはイランとの国交断絶を宣言し、これに追随して周辺国もイランとの断交や外交レベルを下げるなどの措置を取った。イラン・サウジ間の対立が、欧米による対イラン制裁の解除を遅らせるかもしれないとの懸念が浮上し始めた矢先のことだったが、その予想を裏切る速さで、制裁解除を知らせるニュースが報じられた。 デューディリジェンス(〈注・解説〉*22参照)の徹底やスナップバックに際するリスク回避(詳細は後述)など、イラン進出に伴い留意すべき点は多々あるが、制裁解除は、イランの世界経済への復帰に向けた大きな一歩であることは間違いない。特に米国制裁との関係では、米国人や米国企業を介さないイランとの取引(例えば米ドル以外の通貨による金融決済など)が部分的に可能になった。現状、サウジアラビアとの対立関係も政治・経済の実務面で大きな支障を来すような事態には陥っておらず、中東地域におけるイランのプレゼンスは日に日に高まっている。2016年2月にサウジアラビア、ロシア、カタール、ベネズエラの4カ国が合意した増産凍結案に対しても、イランは自国の原油生産拡大を取りやめない姿勢を明らかにしている。中東第2位の人口を有し、周辺国への政治的・経済的影響力を持つ大国イランには世界各国がその動向に注目するとともに、参入の機会を窺 本稿では、制裁解除の要点と課題を整理するほか、外資導入促進に向けてもう一つの鍵を握る石油探鉱開発契約の改定動向、2月に実施された国政選挙の結果とその影響、制裁解除後のエネルギー戦略の概観、そして石油・天然ガス資源等をめぐる最新動向を紹介する。 なお、本稿は2016年4月30日時点の情報に基づいている。っている。うかが1.制裁解除の要点と課題(1)ImplementationDayの到来 2016年1月16日、国際原子力機関(IAEA)は、2015年7月にP5+1(国連安全保障理事会〈以下、安保理とする〉常任理事国の米英仏露中および独)とイランの間で合意した「包括的共同行動計画(JCPOA)」で取り決められた核関連措置を、イランが履行したことを確認したと発表した。これを受け、同日、P5+1側の調整役を務めるモゲリーニEU(欧州連合)外務・安全保障政策上級代表とイランのザリーフ外相は、ウィーンで「イランの核問題に関連する、多国間および各国間の経済・金融制裁が解除される」との共同声明を発表した。各国の首脳が、このImplementation Day(合意履行の日)の到来を歓迎した。イランによる核兵器開発疑惑が浮上した2002年から13年を経て、ようやくイランの核問題にとりあえずの決着がついたことになる。国連、EUおよび米国は、JCPOAに基づき、核問題に関連する対イラン制裁の解除(国連とEUの場合はterminate〈終了〉、米国の場合はcease〈停止〉)に着手したことを明らかにし、詳細なガ25石油・天然ガスレビューアナリシスCドラインを発表した。 日本をはじめ各国は、政府主導の下、イラン参入に向けた投資環境の整備を進めているが、ここで押さえておくべきことは米国による対イラン制裁の現状を正しく理解することだ。本章では、米国の制裁に焦点を当て、いまだ何が2016年1月16日以降、一体何が可能になり、未可能でないのかについて、JCPOAの履行宣言と同時に発表された米国財務省外国資産管理局(Office of Foreign Asset Control:OFAC)のガイドラインなどを基に整理し、イランとのビジネス開拓/再開に際して留意すべき点をまとめる*1。(2)米国制裁はどうなったのか 基本的なことだが、米国制裁には「米国人(US persons)」に対する1次制裁(primary sanctions)と、「非米国人(Non-US persons)」に対する2次制裁(secondary sanctions)とがある。OFACの定義では、「米国人」とは以下のいずれかに該当する人・団体を意味する。以下定義に該当しない人・団体は「非米国人」ということになる。 米国籍および米国永住権保持者 米国内に存在するあらゆる人・団体(国籍などは問わない) 米国企業の海外支社および米国企業が過半数を出資する現地法人 米国のイランに対する制裁のうち、JCPOAの枠内で主な解除対象とされているのは核問題に関連する2次制裁だ*2。よって、Implementation Day以降も1次制裁は広範囲にわたって維持されることになる。(3)ImplementationDay以降、具体的に何ができるようになったのか Implementation Dayの到来を受け、米国が実行した主な措置は以下のとおりである。 ①核問題に起因して制定された「非米国人」に対する制裁(2次制裁)の適用を一時停止(cease the application)するとともに、それら制裁に関連する大統領令を廃止*3。 ② OFACが管理する制裁対象リストから、JCPOA(AnnexⅡのAttachment 3)で定めた人物・団体を除外*4。 ①で停止された制裁は、金融取引、保険、エネルギー・石化産業、船舶輸送・造船・港湾操業、金属、自動車産業など多岐の分野にわたる(表1)。Implementation Day以降は、「非米国人」がイランとの間で上記分野に関連する取引を行うことができるようになった。ただし、JCPOAはあくまでイランの核兵器開発疑惑をめぐる交渉に端を発しており、テロ支援、ミサイル、人権問題などに関する制裁は範囲外である。つまり、イランでのビジネス展開に当たっては、事業内容が核関連以外の制裁に抵触していないことを事前に確認する必要がある。 繰り返しになるが、米国の1次制裁はこれまでどおり維持されることから、「米国人」によるイランとの取引については引き続き広範囲にわたって制裁対象となる*5。ここで重要なのは、米国製品や米国技術のイランへの移表1ImplementationDay以降「非米国人」ができるようになった主なこと(金融、エネルギー、保険分野に関連する主要事項)金融できることエネルギー保険金融できないことその他一般イラン政府やイラン中央銀行のほか、JCPOAのAnnexⅡのAttachment 3に記載されているイラン人・団体との金融および銀行取引を含む活動など。これには、ローン、振り替え、口座(非米国金融機関におけるコルレス口座等の開設・維持を含む)、投資、株式、保証、外国為替(レアル取引を含む)、信用状、先物またはオプション取引、特定フィナンシャルメッセージサービス、イラン政府による米国銀行券の購入または促進および購入、イラン国債の申し込み・促進を含む。イランからの石油、石油製品(石油精製品を含む)、石化製品または天然ガス(LNGを含む)の購入、取得、販売、輸送またはマーケティングなど。イランのエネルギー産業と関連して用いることができる支援、投資(JVを通すものを含む)、財、サービス(金融サービスも含む)および技術のイランへの提供など。イランの石油資源、石油製品および石化製品の国内生産の開発など。NIOC(National Iranian Oil Company)、NITC(National Iranian Tanker Company)およびNICO(Naftiran Intertrade Company)を含むイランのエネルギー産業とともに活動に従事することなど。イランのエネルギー・船舶・造船分野と関連して、NIOCやNITCなどとの間で原油・天然ガス・LNG・石油および石油製品を輸送する船舶のために行う裏書、保険、再保険の提供など。米国金融システムを利用した取引(米ドル決済など)など。制裁対象リストに記載されている個人・団体との取引など。イランに対し、米国あるいは第三国経由で直接的・間接的に行われる、米国オリジナル(10%以上)の物品・技術・サービスの提供(再輸出を含む)など。※テロ支援、大量破壊兵器拡散、人権侵害に関連する取引など。※:ライセンスの取得が必要出所:〈注・解説〉*1に記載の資料などを基に筆者作成262016.5 Vol.50 No.3アナリシス](イランに対する、米国あるいは第三国経由で直接的・間接的に行われる、米国オリジナル〈10%以上〉の物品・技術・サービスの提供〈再輸出を含む〉など)や、米ドル決済をはじめ米国金融システムを利用したイランとの資金決済取引は、事業主体が「非米国人」であっても米国の1次制裁に抵触するということだ。ただし、「米国人」(例えば米国企業の海外子会社)および「非米国人」による特定の行為(米国産品のイランへの輸出等)については、ライセンス(General License)を取得した場合に限り許可される*6。 米国企業の最近の動向としては、2016年2月中旬に、GE(General Electric)社の石油・ガス部門であるGE Oil & GasのSimonelli CEOが、事業機会を探るためテヘランを訪れている。米企業のトップによるイラン訪問は制裁以降初のことだが、Simonelli氏によれば、制裁解除を受けて同社はイランでの事業機会の再評価を実施しているとのことだ。一方で、同社広報担当は、米当局の定める規則を完全に順守する意向であるともしており、慎重姿勢を崩していない。米企業やその外国子会社によるイランとの一部取引は、上述のライセンス取得を条件に制裁対象外となるものの、米国人および米国技術の関わりについてはまだ多くの制約が残る。2016年4月には米航空機大手Boeing社が旅客機の販売などについてイランと協議を開始したことを明らかにしているが、米企業のイラン進出が活発になるまでには時間がかかるだろう。 また、②のとおり、米政府は400以上の個人・団体を制裁対象リスト(SDNリスト*7、制裁回避者リスト*8、およびイラン制裁法リスト*9)から除外した。詳しくは後述するが、2023年が最終期限に設けられているTransition Day(移行の日)には、更に除外範囲が拡大される予定だ。今般のImplementation Dayに伴い、イラン中央銀行や国営石油会社NIOCがリストから除外されている(ただし、イラン中央銀行やNIOCを含むイラン政府系機関の米国内金融資産は、1次制裁との関係で引き続き凍結対象となる)。 一方、テロ活動、ミサイル、人権問題、シリア・イエメン問題などに関連する200以上の個人・団体、例えばイラン最大の軍事組織であるイスラーム革命防衛隊(IRGC:Islamic Revolutionary Guard Corps)や、その関連団体と米国が見なす組織についてもリストに残ることになる。ただし、今般の制裁停止措置に伴い、NIOCはIRGCの関連企業とは見なさない、との決定が新たに下されている。 「非米国人」は、②の措置に基づき、制裁対象リストから除外された個人・団体との間で「米国人」および米国金融システムを介さない資金取引を行うことは可能になったが、リストに残っている個人・団体との「米国人」および米国金融システムを介する取引は現在も禁止されている。しかし、「非米国人」が、例えばSDNリストに記載されていないイラン金融機関との取引に関わる際、仮にその取引先がSDNリストに記載されているイランの個人・団体と取引関係にあったとしても、当該「非米国人」は制裁対象とはならない*10。(4)今後の流れ JCPOAで定められている工程は、Implementation Dayをもって完了したわけではない。制裁解除の今後のプロセスについても触れておく(表2)。①TransitionDay 「Transition Day」(移行の日)とは、「Adoption Day」(合意採択の日)*11(2015年10月18日)から8年後(つまり2023年)、あるいはIAEA事務局長が「イランのあらゆる核物質が平和的に利用されている」と結論付ける報告書を提出した日のどちらか早いほうを指す。表2 制裁解除のプロセスイランとP5+1の間でイラン核開発問題に係る初めての合意JPOA(共同行動計画)が成立イランとP5+1の間でJCPOA(包括的共同行動計画)が成立イランとP5+1がJCPOAの内容を承認し、採択JCPOAに基づき、P5+1側が制裁を終了/停止JCPOAに基づき、米国は核関連の独自制裁を終了し、EUは一部の制裁を追加して終了安保理決議第2231号の期限到来2013年11月24日2015年7月14日①②③④⑤⑥暫定合意(JPOA)の成立最終合意(JCPOA)の成立「Finalization Day」合意の採択「Adoption Day」合意の履行「Implementation Day」制裁の更なる解除「Transition Day」安保理決議の終了「UNSCR Termination Day」2025年~2023年2015年10月18日2016年1月16日出所:〈注・解説〉*1に記載の資料などを基に筆者作成27石油・天然ガスレビュー制裁解除後のイラン石油・天然ガス資源開発のゆくえ -政治・経済・社会動向を通して見るイランのエネルギー展望-@Transition Dayの到来をもって、米国は以下の措置を取る。 米国は、核問題に起因して制定された「非米国人」に 対する制裁(ここには、Implementation Dayに伴って適用が一時停止された制裁に加え、JCPOA AnnexⅡの4.9に明記されている核関連活動*12も新たに含む)の適用を終了(terminate)するための法的措置を取る*13。 また、OFACが管理する制裁対象リストから、JCPOA(AnnexⅡのAttachment 4)に記載されている人物・団体を新たに除外*14。 ②UNSCR(UNSecurityCouncilResolution)TerminationDay 「UNSCR Termination Day」(安保理決議の終了の日)とは、安保理がJCPOAを承認した決議(第2231号)の期限であり、「Adoption Day」(合意採択の日)から10年後(2025年)に到来する。ただし、これまでの決議が再発動された場合はこの限りではない。また、UNSCR Termination Dayに伴い、EUは残りの制裁を全て終了する*15。(5)イランとのビジネス締結に向けて①金融面での課題 イランに参入するに当たっては金融取引の再開が課題として挙げられるが、特にイランにおいては再開に向けた整備が遅れている。これらの課題は時間の経過とともに解決され得る技術的な問題であるが、一部の専門家は相応の時間がかかると考えているようだ。<コルレス契約の締結> まず、各国の金融機関がイランとの取引を再開する、もしくは新たに開始するためには、外国金融機関同士で結ぶ外国為替のための取り決め(コルレス契約)を、イランの金融機関との間で再確認、もしくは締結する必要がある。<イラン金融界の改革の必要性> ただし、コルレス契約の締結を円滑に行うためには、イランの金融機関がハード・ソフトの両面において国際基準を満たし、国際金融システムに復帰する必要がある。この点、Veliollah Seifイラン中央銀行総裁もコメントを寄せており、制裁の影響でイラン国内の金融機関が国際銀行間の決済や、金融規制の整備・コンプライアンスの順守などにおいて “outdated”な状態であり、改革には時間を要するとの見解を表明している。 国際金融システムへの復帰とは、具体的には、世界中の金融機関間で国際決済を行うためのシステムを提供するSWIFT(国際銀行間金融通信協会、本部:ベルギー)に復帰するということが一例として挙げられる。2012年に開始したEUの対イラン追加制裁措置を受け、イランの金融機関の多くはSWIFTのネットワークを通じたサービスの利用を停止され、事実上、世界経済網にアクセスすることができなくなったという経緯がある。 2016年2月17日、イラン中銀はプレスリリースを発表、同行を含む複数の金融機関が13日付でSWIFTへの再加盟手続きを終えたことを明らかにした。未だ加盟手続きを終えていない銀行については、今まさに、SWIFTとのシステム間インターフェースの整備や、SWIFTが定める新規運用ルールの習得、内部管理システムの透明性確保など、再加盟に必要な手続きを進めているさなかにあると推察される。これらの作業に要する時間の長さは、イラン側の積極性に大きく左右されるところであり、迅速な対応が期待される。 一方で、マネーロンダリングやテロ資金に関する国際基準(いわゆる「FATF勧告」)の策定を行う政府間機関FATF(日米露中を含む37カ国が加盟)は、イラン中銀のSWIFT復帰から間もない2016年2月19日に声明を発表し*16、イランがアンチ・マネーロンダリング(AML)およびテロ資金供与対策(CFT)の態勢整備を怠っていることに対する懸念を表明するとともに*17、加盟国の金融機関に対し、イランとの取引に際して発生し得るリスクについて警告を発するよう勧告している。更に、イランがテロ対策の改善に向けた適切な措置を講じない場合には、同年6月にも、イランに対する対抗措置を強化するよう加盟国に要請する方向で検討しているとのことである*18。 イランは、ユーラシア地域版のFATFとも言われるユーラシア・グループ(加盟国はロシア、中国、インド、トルクメニスタン、セルビア、タジキスタン、ウズベキスタン、ベラルーシ、カザフスタンなど)には加盟を果たしたとはいえ、ワシントン近東政策研究所のKatherine Bauer研究員は、FATFの基準を満たすには時間を要すると分析する*19。同基準においては、取引先企業のビジネスの態様や資金源と使途に関する情報収集・調査の徹底によるデューディリジェンスの強化はもちろんのこと、ハイリスク地域*20で活動する金融機関への追加の報告義務、特定国との金融取引の制限なども定められている。 2016年1月17日、イラン石油省系メディアShanaは、ジャ282016.5 Vol.50 No.3アナリシスルの再発動(いわゆるスナップバック)の恐れがある。短期投資案件はともかく、長期に及ぶ投資事業に影響が出ることが懸念される。スナップバックまでの流れ イランによる合意内容の不履行が発覚した場合、米国大統領は、その執行権をもって他国の同意を得ずとも直ちに追加制裁を科す可能性はある。ただし、JCPOA第36・37条によれば、P5+1とイランの代表者によって構成されるJoint Commission(合同委員会)に申し出て判断を仰ぐこともできる。それ以降の大まかな流れは以下のようだ。(ⅰ) 合同委員会は、15日間をかけて解決に向けた審 議を行う(期間の延長可)。同時並行的に外相級の審議会が開かれる可能性もある。(ⅱ) 要請があれば、Advisory Board(顧問委員会)が 15日間をかけて更に審議する(期間の延長可)*23。(ⅲ) この30日間を経ても問題が解決されない場合は、 合同委員会が顧問委員会による審議結果を最大5日間かけて検討することができる。(ⅳ) これでも解決が難しい場合、違反を報告した国は、 これをもって、JCPOAで取り決められた合意内容の履行を停止するための十分な根拠とすることができる。更に/あるいは、違反を報告した国は、安保理に合意の不履行を発見したことを通知することができる。(ⅴ) 安保理は、通知を受けてから30日以内に、制裁 終了/停止の継続か否かの投票を行い、更に同件に関する安保理決議を採択する必要がある。30日を過ぎても採択できない場合には、安保理は、Implementation Dayの到来に伴い失効した決議を再度発効することができる。スナップバックに伴う各国・機関の対応 スナップバック時の米国、EU、国連それぞれの対応は以下のとおりである。 (ⅰ)米国 スナップバックによって全ての/あるいは一部の制裁が再発動した場合であっても、Implementation Dayからスナップバックまでの間にイランとの間で合法的に結ばれた契約に対し的に適用されることはない。裏て、制裁が遡を返せば「再発動された制裁の範囲によっては、スナップバック以降の取引は制裁対象となり得る」ということでもある。なお、米国は、スナッ及きそゅうヴァディNIOC総裁の見解として、イラン国内の金融機関の活動制約がネックになり、イランが新たな石油販売契約を締結するには2016年9月まで待たねばならない可能性がある、と報道した。同見解について、記事本文で具体的な根拠は示されなかったが、恐らく上述のような事情を踏まえた上での発言であったと考えられる。 ところで、同年2月6日、国際マーケティング部門を担当するカラマティNIOC副総裁は、原油輸入代金の受け取り通貨としてユーロを優先したいとの意向を表明している*21。日本が原油輸入代金の支払いをユーロで行うためには、邦銀が、イランの金融機関との間にユーロ建てのコルレス取引を再開、または新たに口座を開設し合うという手続きが必要であり、双方の側で対応が進んでいる。当面の対応としては、邦銀とNIOCの両者がユーロ建てのコルレス口座を既に保有している第三国の金融機関経由で取引を行うことは可能と考えられる。②政治面での課題 イランに参入するに当たって、実務面以外での問題、例えば政治・外交に起因する課題を以下に2点挙げる。<デューディリジェンス> イランへの進出を検討する外国企業にとって鍵となるのが、ビジネスパートナーの選定に伴うデューディリジェンスの徹底だ*22。Implementation Day以降も維持される米国制裁に抵触しないことの確認、例えば取引先候補者が、制裁対象者リストに記載されている個人・団体(IRGCやそれに関連する企業など)であるか否かなどの確認が必要となる。しかし、どこまで徹底するのか/できるのかという問題が残る。 SDNリストに関して言えば、IRGC関連の個人・団体には[IRGC]というタグ付けがされている。ただし、リストに記載されていなくても、リストに記載されている者(単数または複数)により50%以上所有または実効的に支配されている者も同様の扱いを受けることになる、とのガイダンスを、2014年8月13日に米国財務省が発表しているので、今後この規定がどのように影響してくるのかが注目される。 また、米国の第1次制裁が引き続き適用され、米ドル決済はおろか、イランとの取引における「米国人」の関与も制裁対象となることから、内外の大手国際金融機関も簡単には慎重姿勢を崩さないだろうとの懸念も残る。<スナップバック>イランによる合意内容の不履行が発覚した場合には、制29石油・天然ガスレビュー制裁解除後のイラン石油・天然ガス資源開発のゆくえ -政治・経済・社会動向を通して見るイランのエネルギー展望-0 今後、イランへの進出を検討する際には、デューディリジェンスの必要性やスナップバックに伴う制裁再発動の可能性があることを認識した上で、生じ得る損害をいかに回避または低減するかということに対する評価と分析が必要になるだろう。ょくふっ 米国制裁をめぐる懸念が払し切れていない現状に対して、最近では米当局も対応に動いている。2016年4月5日にケリー米国務長官が、「イランは、彼らが成し遂げた合意の恩恵を享受する権利がある」と発言しているとおり、米政府は、非米国企業に対して対イラン制裁の現状を説明するための非公式なロードショーを世界各国で開催している。拭し(6)制裁解除以降の日本政府の対応 Implementation Day以降の日本の動きについても触れておく。2016年1月17日、岸田外務大臣は、P5+1とイランとの最終合意が履行段階に移行したことを歓迎する旨の談話を発表し、安保理決議第2231号の規定に基づく措置の速やかな実施を宣言した。これを受け、同月22日、安保理決議第1737号、第1747号、第1803号および第1929号に基づく措置(イランの核活動に関与する人物・団体の資産凍結、イランとの取引の制限など)が解除されたほか、外国為替および外国貿易法(外為法)の核関連制裁措置も解除された。 2月2日にはイランのタイエブニア経済財務大臣が来日、イランに関する講演会や投資セミナーなどに出席したほか、5日には、岸田外務大臣との間で、2015年10月に実質合意していた日イラン投資協定(正式名称:「投資の相互促進及び相互保護に関する日本国とイラン・イスラーム共和国との間の協定」)に署名した。同協定には、投資参入後の内国民待遇と最恵国待遇、公正・衡平待遇、締約国政府に対する投資家との契約順守義務、輸出の制限をはじめとする特定措置の履行要求の禁止、収用の際の補償の条件、送金の自由、締約国と投資家との間の投資紛争解決(ISDS)など、投資環境整備のための諸規定が盛り込まれており、日本企業のイラン進出を後押しする狙いだ。 更に同日、タイエブニア大臣は、林経済産業大臣との間で、債務保証に関する協力覚書に署名している。同覚書に基づき、イラン国内で日本企業が関与するプロジェクトを対象に、国際協力銀行(JBIC)および日本貿易保険(NEXI)が、最大100億ドル(約1兆2,000億円)のファイナンス・ファシリティを設定し、これに対し、イラン経済財務省が同額の政府保証を供与するという。プバック発動前に締結された契約について、既得権条項(grandfather clause)を設けないとの立場をとっている*24。このため、イランと取引を行う個人/団体は、事業を即時停止せざるを得ない可能性がある。ただし、米国政府は過去の例にならって、制裁再発動による影響の最小限化に努めるため、制裁再適用時にはwind-down period(事業からの段階的撤退期間)を設ける可能性も示唆している*25。 (ⅱ)EU スナップバックによって制裁が再発動した場合であっても、Implementation Dayからスナップバックまでの間にイランとの間で合法的に結ばれた契約に対して、それら制裁が遡及的に適用されることはない。また、EUは、それら契約について、既得権条項を設けるとの姿勢も見せており、スナップバックの際には、企業が当該契約に基づく事業を漸次的に終了させること(wind down)を可能にするため、ある一定の期間において事業の継続も認められるという*26。 (ⅲ)国連 スナップバックに伴い再度発効した安保理決議は、Implementation Dayからスナップバックまでの間にイランとの間で合法的に結ばれた契約に対して遡及的に適用されることはない*27。スナップバックに関する懸念事項 (ⅰ) イラン原油の購入に関する契約を締結するなど、イラン企業との間で取引を行う際には、スナップバックが起こり得ることを想定し、即刻事業を中止できるような条項を契約文書に盛り込んでおく必要があるだろう。 (ⅱ) また、第2章でも触れるが、現在改定が進んでいる石油・天然ガス探鉱開発契約においては、スナップバックがフォースマジュールの発動要件にはならない可能性がある。契約締結時にはこの点をよく確認しておくことが肝要だ。 (ⅲ) NIOCのSDNリストからの除外は、テロ支援・大量破壊兵器拡散・人権侵害関連の制裁の適用対象から外れたことを意味する。しかし、2016年の米国大統領選挙などを機に、米国政治にパラダイムシフトが起こるような事態になれば、NIOCが再びSDNリストに載る可能性がないとは言い切れない。その場合、上流開発投資がまたしても停滞する可能性は否定できない。2016.5 Vol.50 No.3アナリシス.石油契約の改定に向けた動き(1)バイバックからIPCへ 石油上流企業にとって、イラン進出に当たって最大の懸念事項は経済制裁と探鉱・開発に係る契約条件の2点である。制裁が解除された今、もう一つのネックである契約はどうなっているのか。最近の動きをまとめた。 既存のバイバック契約は、契約時点で外国企業の取り分が確定してしまうことや、コスト回収に上限が定められることなど、必ずしも外資にとって魅力的な内容ではなかった。これに対し、既にヴァジーリ・ハマネ元石油大臣(2005年12月就任)の時代より、投資意欲減退の要因となるバイバック契約の見直しが必要との議論がなされてきた。2013年9月には契約の改定に当たる特別委員会が設置され、新契約方式Iran Petroleum Contracts(通称IPC)の策定に着手している。 とはいえ、IPCの全貌は未だ明らかになっていない。ロンドンで予定されていた説明会は延期に次ぐ延期を重ねている。2015年11月28~29日には、急きょ首都テヘランで説明会が開催されたものの、IPCの枠組みが発表されるにとどまった。2016年2月22~24日に延期されたロンドン説明会で更なる詳細が明らかになるものと期待されたが、同年1月末にまたしても開催の延期(もしくはキャンセル)が決定されたところである。(2)IPCの枠組み 2015年11月末のテヘランでの説明会(Tehran Summit?The Introduction of New Iran Petroleum Contracts)の内容を基に、現時点でIPCについて判明していることを以下にまとめる*28(写1、写2)。 IPCは8部41条で構成される(表3)。契約形態は既存のバイバック契約と同様リスクサービス契約である。埋蔵量と生産物の主権・所有権はイラン側にあり、コントラクター(この場合は国際石油会社〈IOC:International Oil Company〉)に対しては資金・技術の提供が求められるという大原則は変わらない。ゆえに、契約の基本的枠組みは変わらないが、契約期間の長期化、IOCによる生産段階への関与、コスト回収の上限撤廃、柔軟な報酬設定など、IOCに対するさまざまなインセンティブが設けられた。一方で、IPCの枠組みおよびコンセプト紹介の域を出ていないため、今後見極めが必要な点もいくつかある。①IOCの生産段階への関与・ バイバック契約下ではIOCは探鉱・開発のみに関与し、生産開始後一定期間内にオペレーターシップをイラン側に移転しなければならなかった。一方、IPCでは、IOCはイランの地場企業とジョイントベンチャー(JV)出所:JOGMEC撮影出所:筆者撮影写1 テヘラン説明会の会場前で写2 テヘラン説明会の様子31石油・天然ガスレビュー制裁解除後のイラン石油・天然ガス資源開発のゆくえ -政治・経済・社会動向を通して見るイランのエネルギー展望-gんで生産段階にも関与することが可能になる。・ 一方、イラン企業の選定に関してNIOCが何らかの決定権を持つか否かについては不明である。専門筋によれば、現在イラン側でJVの候補リストの作成が進行中とも聞く。・ JVを組むイラン企業の選定には慎重を要するとの声も多く聞かれる。強硬保守勢力の支持母体でもある軍事組織・IRGCと何らかのつながりがある場合や、核開発に直接・間接的にでも関与している企業であれば、米制裁の対象リストに名前が挙がっているか、もしくは今後追加される可能性もあるからだ。イラン・ビジネスの現場を知る専門家の多くが、その会社の成り立第1部Definitions and Scope of contract第2部Term of the contract and relinquishment第3部Rights and Assistance of NIOC第4部Rights and Obligation of Contractor第5部Petroleum Operations, Work Programs and Budgets and Joint Management Committee(JMC)表3IPCの構成第1条 Definitions第2条 Scope of Contract第3条 Term of Contract第4条 Relinquishment第5条 Rights and Assistance of NIOC第6条 Rights and Obligation of Contractor第7条 Levies, Charges, Fees and Taxes第8条 General Standard of Conduct第9条 Wells and Surveys第10条 Fixtures and Installations第11条 Liability and Insurance第12条 Local Employment, Transfer of Technology and Know-how and Training第13条 Data and samples第14条 Reports and records第15条 Environmental, Safety, Security, Social and Health Impact Assessment(ESHIA)第16条 General Provisions第17条 Petroleum Operations第18条 Work Program and Budget第19条 Joint Management Committee(JMC)第20条 Commercial Field第21条 Associated Natural Gas第22条 Production Levels第23条 Measurement of Petroleum第24条 Non-associated Natural Gas and Condensate第6部Petroleum Cost Recovery and Fee第25条 Cost Recovery and Fee第7部Books, Accounts, Verification, Auditing, Maximum Utilization of Iranian Content Imports, Exports and Foreign Exchange第8部GeneralAppendices出所:テヘラン説明会の発表資料を基に作成第26条 Books, Accounts, Verification, Auditing第27条 Maximum Utilization of Iranian Content第28条 Imports and Exports第29条 Currency Exchange Rates第30条 Assignment第31条 Title to Assets第32条 Confidentiality and Intellectual Property ownership第33条 Force Majeure第34条 Waiver of Recourse第35条 Termination of the Contract第36条 Abandonment and Site Restoration第37条 Governing Law第38条 Settlement of Disputes第39条 General Business Ethics第40条 Heading and Miscellaneous第41条 Notices322016.5 Vol.50 No.3アナリシスソや出資者などの背景を十分に精査しておくことが肝要との見方を示している。・ また、IOCはJVの参加比率に応じた利益配分を受け取ることになるが、会議では権益比率についての言及は特になかった。今後、最低比率が設定されるのか、あるいはJV組成時に企業間の協議により決定されることになるのか、現時点でははっきりしない。②契約期間・ 契約期間については、開発・生産フェーズが20年間(採油増進回収法〈EOR:Enhanced Oil Recovery〉の場合には最長5年間の延長が可能)に設定される模様だ(バイバックにおいて開発期間は5~7年間)。・ IOCの長期的な関与が可能になることで、彼らにとってはコスト回収・報酬の面で、より確かな展望を持つことが可能になるだけでなく、イランにとっては、国内への最新技術の移転促進にもつながる。③埋蔵量の資産計上・ 埋蔵量の資産計上の可否は、イラン進出を検討する外資企業や投資家にとっては非常に重要な点だ。しかし、契約形態がリスクサービス契約であり、埋蔵量と生産物の主権・所有権がイランに帰属するという大原則から考えれば、基本的にはバイバック同様、資産計上は不可能ということになる。・ 一方、会議では「条件付きで認められる」という趣旨の発言が聞かれた。しかし、どういう根拠で計上が可能か、可能であればどのような条件の下でか、などについて明確な説明はなされなかった。④コスト回収・ バイバック契約においては、契約締結から18~24カ月以内に、NIOCとの間で合意された開発計画に基づきコスト回収の上限(シーリング)が設定される。IOCは同上限内でしかコスト回収ができず、超過した分についてはIOCが100%負担することになる。これが、バイバックが外資企業の不評を買った最大の要因の一つだ。一方、IPCでは、契約締結時点でコスト回収の上限を設定しない。コストについては、年間事業計画の策定およびNIOCによる承認の過程で見直しの余地が設けられることになる。・ 留意すべき点は、探鉱リスクは全てIOCが負うことになり、探鉱・評価フェーズで発生したコストは、商業性が確認されて生産フェーズに移行した場合にのみ回収が可能になるということだ。・ コスト回収と報酬の支払いはFirst Production(本格的な商業生産というよりも、むしろ早期生産〈early production〉という意味合いが強いと思われる)から開始し、生産収入の50%を上限とする。・ また、表4のとおりコスト回収の期限を設定しており、期限内に回収できなかった場合には、コントラクター側に問題が認められないという条件の下で、契約期間表4 コストの回収期限コストの種類回収期限① First Production以前のdirect capital cost※1/indirect cost※2② First Production以後のdirect capital cost③ First Production以後のindirect costおよびOPEX※1: Direct Capital Cost:探鉱、評価、開発、そしてEORに直接的に関連し、開発計画を達成するために必要なあらゆFirst Productionから5~7年間支出の翌年から5~7年間current basisる資本コスト。※2: Indirect Cost:社会保障、関税、付加価値税(VAT)などに関わる費用をはじめ、イラン政府、省庁、政府系機関、その他公的機関に支払われるDirect Capital Costに間接的に関連するあらゆるコスト。(注) コスト回収は、OPEX(Operating Expense:業務運営費)、First Production以後のindirect cost、First Production以前のindirect cost、direct capital cost、探鉱・評価コストの順で優先される。出所:テヘラン説明会の発表資料を基に作成表5 報酬設定の枠組みR-Index※1報酬(US$)※2Less than 1A1A1>A2>A31 ≦ RI < 2A22 ≦ RI < 3A3※1:コスト回収率(四半期ごとの累積収益/四半期ごとの各種コストの累積)を指す。※2:液体はPer Barrel、気体はPer Mscf(Standard Cubic Feet)により決定。出所:テヘラン説明会の発表資料を基に作成33石油・天然ガスレビュー制裁解除後のイラン石油・天然ガス資源開発のゆくえ -政治・経済・社会動向を通して見るイランのエネルギー展望-フ延長が可能になる。・ コスト回収と報酬は生産物あるいはキャッシュで支払われ、コントラクター側に選択権がある。⑤報酬・ バイバックでは、契約締結時にIOCの報酬額が確定してしまうため、油田の規模が変動してもIOCの収入が相応に変動することはない。つまり、油価下落時には損害を被ることはないが、油価上昇時にもその恩恵を被ることもないということだ。一方、IPCでは、種々のパラメーターが設定され、より柔軟な報酬設定方法が採用されることになる。・ 報酬は、コスト回収率(R-Index:四半期ごとの累積収益/四半期ごとの各種コストの累積)に応じて、Per BarrelあるいはPer Mscfにより決定する(表5)。・ また、フィールド特性(陸上/海上、リスクの度合い)、生産規模、EOR/IOR(Improved Oil Recovery:改良型採油法)などによりインセンティブが設けられる。これらは報酬設定のコンセプトにとどまっており、より包括的な報酬算定のフォーミュラは依然不明ではあるが、現時点で判明している事項は下記のとおりである。 生産量規模を基に報酬額を設定する(生産量の小さい油田ほど報酬額を上げる)。 EOR案件については、回収率(20%以下、21~40%、41~60%、61~80%、81%以上)に応じて設定する。 市場価格の変動に応じて設定する。算出方法は以下のとおり。 報酬=1/2×契約時に設定した報酬×(1+実際の年間輸出価格/契約時に設定した年間輸出価格) 上記フォーミュラに基づき、当該油田の実際の年間輸出価格が、契約時に設定した輸出価格を上回った場合には(1.5倍が限度)、価格に応じて報酬額は最大25%増額される。反対に、下回った場合には(0.5倍が限度)、最大25%減額されることになる。 探鉱案件は、リスクの度合いと陸上/洋上などの特性を基に4分類し、これに応じて設定する(表6)。 補足だが、2016年4月21日にパリで開催されたInternational Oil Summitにおいて、イランのメフディ・ホセイニ契約改定委員会委員長は、報酬については標準額のようなものを設定せず、案件ごとにIOC応札額とイラン側の計算・評価を踏まえた交渉により決定すると発言している。ただし、後述のとおり、同委員長は現在政治的に微妙な立場に置かれているとの情報もあり、発言内容の実現性や信ぴょう性には留意する必要がある。・ 報酬の支払いはFirst Productionから開始する。・ 上述のとおり、コスト回収と報酬の支払いは生産収入の50%を上限とする。・ コスト回収と報酬は生産物あるいはキャッシュで支払われ、コントラクター側に選択権がある。⑥生産目標生産目標は開発計画で規定されることになるが、目標に達しなかった場合は、バイバック契約と同様にペナルティが科されるか否かについて、明確な言及はなかった。⑦ボーナス各種ボーナスの支払いは、IPCにおいては義務付けられていないとの説明があった。⑧ローカルコンテント、技術移転・ ローカルコンテント(外国企業の進出に際して、受け入れ国が、原材料、部品、サービスなどを現地〈受け入れる国〉で調達する割合を指定し義務付けること)は最低51%という比率が設けられている一方で、最大限の活用が推奨されるという内容の発言がスピーカーからは多く聞かれた(開発フェーズでは70~80%、生産フェーズでは95%以上が理想との発言があった)。・ 再三、重要性が強調された技術移転に関しては、今後具体的な計画の策定と実施が求められるとのことであり、現段階では詳細は不明である。表6 探鉱案件の分類方法Area 1Area 2Area 3Area 4低リスクの陸上フィールド中リスクの陸上フィールド、 低リスクの洋上フィールド高リスクの陸上フィールド、 中リスクの洋上フィールド超高リスクの陸上フィールド、 隣国との国境にまたがる洋上フィールド出所:テヘラン説明会の発表資料を基に作成342016.5 Vol.50 No.3アナリシスHフォースマジュール・ 前章で述べたとおり、イランによるJCPOAの違反が露見すれば、スナップバックの可能性がある。ここで重要なのは、スナップバックがフォースマジュールの発動要件とはなり得ないという発言が会議で聞かれたことだ。法務コンサルタントなどからは、IOC側として、スナップバック時のリスク回避を可能とするような文言を契約文書に追加するなどの対策が必要との意見も聞かれる。(3)ロンドン説明会の延期とイランの国内事情出所:筆者撮影 ここまで見てきたとおり、IPCについてはまだ複数の不明点が残る。具体的なことは2016年2月末のロンドン説明会で明らかになると期待された。しかし、2016年1月30日、イラン国営放送をはじめとする報道機関が、会議のキャンセルについて報じた。イラン側はビザの問題を原因として挙げているが、イラン国内の事情に詳しい専門家らは、表向きの理由に過ぎないとの見方を示している。当時、イランは1カ月後の2月26日に国政選挙を控えていた。投票日を目前にした国内の強硬保守派が、現政権に揺さぶりをかけることを目的に、外資に有利な契約修正に対する非難を強めたことが、会議取りやめの背景にあったと言われている。 国際協調・対外開放を政策の軸に置く現ロウハニ政権およびその支持勢力と、1979年のイラン・イスラーム革命の思想に基づく「反米・反英・反外資」の独自路線を採る強硬保守派は、イランの政治体制を二分する存在であり、これまでも度々対立してきた。報道によれば、ロンドン会議のキャンセルが報じられたのと同日、学生たちがイラン石油省の前に詰めかけて、資源を外資企業に差し出すことに反対するデモを起こしている。IRGCとその下部組織である民兵集団バシージを介しての学生の動員とデモの扇動は、強硬保守派の常套手段とも言われており、今回もその例に漏れないというのが専門家の意見だ。35石油・天然ガスレビュー写3 テヘラン説明会会場付近の冠雪した山並み出所:イラン国営Press TV写4 襲撃を受けた在テヘラン・サウジアラビア大使館出所:イラン国営Press TV写5 在テヘラン・サウジアラビア大使館前の新道路名の標識制裁解除後のイラン石油・天然ガス資源開発のゆくえ -政治・経済・社会動向を通して見るイランのエネルギー展望-@注目されたのは、最終的な意思決定者であるハメネイ最高指導者の対応だ。2016年1月20日、ハメネイ師は襲撃を「イランとイスラームを害する行い」と批判している。しかし、筆者が個人的に注目したのはその内容ではない。むしろ襲撃事件から2週間以上たってからの発言であるという点と、上記発言と同時に、ハメネイ師が、1月12日にイラン領海を侵犯した米海兵に対するIRGCの迅速な対応を称賛したということの2点だ。ここに、現政権支持派と強硬保守派のどちらか一方に重きを置くかじことなく、両者間のバランスを取りつつ舵取りを行うハメネイ師の姿を見て取ることができるからだ。2011年11月、欧米による経済制裁に反対する集団が在テヘラン英国大使館を襲撃した際にも、事件から9カ月たったいつにするが、やり方が間違っていた」と、後に、「心情は一襲撃に参加した学生たちをなだめるような発言をし、強硬保守派の懐柔を試みている。(4)2016年国政選挙の結果と石油政策への影響 本節では、IPC説明会延期の一因になったとも言われる2月末の国政選挙を振り返るとともに、選挙結果が今 年初に起こった在イラン・サウジアラビア大使館の襲撃の背後にも強硬保守派がいるとされる。2016年1月2日、サウジアラビア内務省が、同国東部州で反体制運動に加わった罪で、サウジアラビア人のシーア派説教師ニムル・アル・ニムル師の死刑を執行したことは冒頭に述べた*29。これを受け、3日未明、在テヘランのサウジアラビア大使館とマシュハド(イラン北東部)の同国領事館が襲撃された*30(写4)。翌4日には、大使館前の通りが「ニムル・バーキル・アル・ニムル」と改名され、新しい道路名標識が既に設置されていたという(写5)。あまりに用意がよ過ぎる一連の動きから、事前に計画されていたのではないかと指摘する声も少なくない。くしくも、2月末の選挙を控え、国内では現政権支持 奇派と反対派の間で攻防戦が熱を帯び始めていた頃である。外交団関連の施設が襲撃を受けたとなれば、ロウハニ政権の国内外における信用の低下にもつながりかねない一大事だ。ロウハニ大統領は、大使館の襲撃を「過激な者」による「正当性のない」行いと非難したほか、1月9日には治安問題を担当するテヘラン州副知事Safar Ali Baratlou氏を罷するという措置に出ている。免めひん左: テヘラン選挙区における政府支持派のリスト。右上に掲載されている顔写真は、左から、初代ホメイニ最高指導者の孫ハサン師、ラフサンジャニ師、ロウハニ大統領。デル元国会議長。右: テヘラン選挙区における政府批判派のリスト。右上の人物は、今回の国会選挙で同派を率いたゴラーム・アリー・ハッダード・アー出所: Payvand Iran News(http://www.payvand.com/news/16/feb/1126.html)(左)。The Iran Primer(米国平和研究所〈USIP〉がイラン関連情報を提供しているサイト http://iranprimer.usip.org/blog/2016/feb/24/irans-election-coalitions)(右)図1 政府支持派と政府批判派のリスト(テヘラン選挙区)362016.5 Vol.50 No.3アナリシス繧フイランの石油政策に与える影響について論じたい。 2016年2月26日、イランでは第10期イスラーム諮問評議会(国会に相当)議員選挙と第5期専門家会議議員選挙が実施された。人口約8,000万人のうち有権者(18歳以上)の数はおよそ5,500万人と推定され、2月29日のラフマーニ・ファズリー内務大臣の発表によれば、両選挙の投票者数は約3,300万人、投票率は62%だった。 イランの選挙は政党を基本単位として争われるわけではない。今回の選挙は、外資の誘致を目指し、対外的な協調路線を指向する現政権を支持するか、旧来の独自路線を支持するかという争点をめぐって、政府支持派と政府批判派の二大勢力が戦う形となった。ちなみに、イランの選挙においては、有権者はそれぞれの選挙区の定数分の票を投じることができる。このため、両勢力はそれぞれに候補者リストを作成し、有権者に対してリストに記載されている名前をそのまま投票用紙に記入するよう呼び掛けた(図1)。 以下では、現時点で判明している選挙結果について述べる。会である。同評議会においては、1979年のイスラーム革命の流れを組む強硬保守派(原理派)の思想が色濃く残っているため、自身を改革派と称する立候補者のほとんどが資格審査で落とされるなどの事態が発生した。最終的に、当初の立候補者約1万2,000人のうち、資格審査を通ったのは半数以下の約5,200人だった。<国会選挙の結果>ふたを開けて しかし、資格審査をめぐる攻防戦を終えて蓋みると、政府批判派勢力の期待を裏切る結果が待っていた。これまで必ずしも協調してこなかった改革派、現実路線派、穏健保守派が政府支持派として一致団結したことで、これまで過半数の議席を確保していた強硬保守派が大きく議席を減らしたのである。特にテヘランをはじめ都市部における政府支持派の台頭は顕著で、テヘラン選挙区の全30議席を独占するという圧倒的な勝利であった。ハタミ大統領時代に第1副大統領を務め、今回政府支持派連合を率いたモハンマド・レザー・アーレフ氏は、①国会選挙<イラン国会とはどういう機関か> 日本の国会に相当するイスラーム諮問評議会は、日本メディア等では単に「国会」と称されているが、ここでもそれを踏襲する。表7のとおり立法権を有するが、その権限は限られている。監督者評議会(護憲評議会とも言われる)という12名の法学者で構成された組織が、国会が憲法とイスラーム法に抵触していないかを審議する権限を持ち、法案可決の是非を左右するからだ(図2)。国会と監督者評議会の間で意見の一致を見ない場合には、現在ラフサンジャニ元大統領が議長を務める体制利益判別評議会が調停に乗り出す。 また、選挙運営においても監督者評議会は大きな影響力を持つ。イランでは、国会選挙をはじめ、専門家会議選挙や大統領選挙においても立候補者の事前資格審査が行われる習わしがあり、この審査を担当しているのが監督者評議体制利益判別評議会護憲評議会と国会間の革命防衛隊 ジャアファリフィールズアーバーディ統合参謀本部長調停役として機能ラフサンジャニ議長任命国軍革命防衛隊総司令官出所:各種資料を基に筆者作成任命37石油・天然ガスレビュー表7 イラン国会の概要名称機能定員任期イスラーム諮問評議会(国会)立法機関290名(うち5議席は宗教少数派に割り当て)4年出所:公開情報を基に作成ハメネイ最高指導者(任期なし)任命選出・監察・罷免監督者評議会国会が憲法とイスラーム法に抵触していないかを審議する機関ジャナンティ事務局長時に対立認証・罷免調停立法専門家会議88名(法学者のみ)(任期8年)選挙任命任命イスラーム諮問評議会国会議員290名(任期4年)(アリー・)ラリジャニ国会議長選挙 行政司法ロウハニ大統領(任期4年)(サーデグ・)ラリジャニ司法長官選挙 国民約8,000万人(うち有権者数約5,500万人)図2 イランの政治体制制裁解除後のイラン石油・天然ガス資源開発のゆくえ -政治・経済・社会動向を通して見るイランのエネルギー展望-ッ区で約160万票を獲得しトップ当選を果たした。 一方の強硬保守派は、制裁下で既得権益構造づくりの中核を担った(つまり制裁の維持で利益を得ている)というダーティイメージが国民の間に浸透していたこと、「反米・反英・反外資」以外に真新しい方針を打ち出すことができなかったことなどが敗因につながったと考えられる。前回選挙においてテヘラン区でトップ当選し、今回政府批判派を率いたゴラーム・アリー・ハッダード・アーデル元国会議長など、欧米との核合意に反対姿勢を取ってきた議員の多くが落選した。 イランでは最低得票率(25%)が定められているため、いずれの候補者も総投票数の25%以上の票を獲得できなかった68議席分については2016年4月29日に再度投票が行われたが、ここでも政権支持派が30以上の議席を獲得した。とはいえ、まだ最終的な結論を出すことはできない。なぜなら、イランでは各勢力が候補者リストを作成し有権者に投票を呼び掛けるシステムだが、同一候補者が複数のリストに記載されることもある。このため、選挙結果が明らかになったところで、全体的な傾向は分かっても、議席の詳細な色分けまでは容易にできず、内務省からも正確な数字は公表されないからだ。 また、今選挙では現職(第9期国会)議員の大半が落選したと言われ、多数の新顔が登場した。このなかには、政府支持派と政府批判派のいずれにも属さない独立派勢力が存在する。まだ政治的主義主張が不明なこれら当選者は、争点となる議題によって立ち位置を変えることもあるため、今後国会内の勢力図がどのように転ぶかは分からない。 議席の勢力別内訳をめぐってはイラン国内メディアの見方にもかなりばらつきがあるが、現在のところ政府支持派が120強の議席を獲得しているという点では、ほぼ見解の一致を見ている。意見が大きく分かれるのは、残る議席の政府批判派と独立派の色分けについてだ。強硬保守派系のメディアは、政府批判派が政府支持派とほぼ同数の110~120議席程度を確保したと報じている一方で、改革派系のメディアは80強と推定している。これによって、独立派の推定獲得議席数も50~90と開きが見られる(図3)。 5月下旬には第10期国会が召集される予定であり、それ以降には国会内の勢力図もより明確になってくるであろう。表8 専門家会議の概要名称機能定員任期専門家会議最高指導者の選出・監察・罷免権限を持つ88名8年(現在は特例で10年)出所:公開情報を基に作成独立派50~90議席政府批判派80~120議席出所:各種報道を基に作成290議席政府支持派120議席強②専門家会議選挙<専門家会議とはどういう機関か> 専門家会議とは、国家政策に関する判断権限を持つ機関ではないが、最高指導者の選出・監察・罷免を任じられている(表8)。また、同組織内から次の最高指導者が選出されることもあり、イランの政治上では重要な機関である。現職のハメネイ最高指導者(76歳)は健康上の問題を抱えているとも言われ、次期(第5期)メンバーから次の指導者が選出される可能性が高いことから、本選挙に対する注目度は高い。 国会と同様、監督者評議会が立候補者の事前審査を行った結果、当初の立候補者数801人に対し、最終的に審査を通ったのは166人であった。とりわけ注目されたのは、初代最高指導者ホメイニ師の孫であるハサン師(43歳)が立候補したことである。しかし、改革派勢力と親交のある同師図3 イラン国会の勢力内訳イメージ(2016年4月末日時点)382016.5 Vol.50 No.3アナリシスフ当選を阻む動きがあり、監督者評議会の審査においては「資格なし」と判断された。この事件はイラン国内のみならず各国の紙面を賑わせた。決定を覆そうとしたロウハニ大統領の働きかけも功を奏さず、結局2016年2月初頭に発表された候補者リストからは、ハサン師のほか政府支持を表明する多数の法学者が外された。こうして、現実路線派のラフサンジャニ元大統領や改革派のハタミ元大統領など、ロウハニ大統領の推し進める国際協調路線を支持するグループと、現政権の地位低下をもくろむ強硬保守派との攻防戦は最後まで続いた。<専門家会議選挙の結果> しかし結果は、国会選挙同様にロウハニ政権に対する国民の強い信任感情を示すものとなった。テヘラン選挙区(定数16)では、ラフサンジャニ師が約230万票を獲得しトップに躍り出た。同じく現実路線派のロウハニ大統領も、テヘラン区で約220万票を獲得し3位当選を果たすなど、都市部では政府支持派連合の圧勝であった。 一方の強硬保守派は、中心人物の一人でもあるジャナンティ師(監督者評議会事務局長)がテヘラン区では唯一当選したものの、得票数では最下位の16位という結果だった(132万票)。元司法府代表で現専門家会議議長のモハンマド・ヤズディ師(2015年3月の議長選でラフサンジャニ師に勝利)や、アフマディネジャド前大統領をはじめ強硬保守派に対する絶大な影響力を持つとされるモハンマド・タキー・メスバーフ・ヤズディ師はともに落選した。 2015年12月には、最高指導者の選出に向けた検討委員会が専門家会議内に発足したと報じられている。今選挙を経て同会議における地位を確固たるものにしたラフサンジャニ師が新議長に就任する可能性が高く、会議内における同師の意向が影響力を持つことになるだろう。③イランの石油政策に与える影響<選挙結果のまとめ> 制裁解除を成し遂げた現政権に対する前向きな評価、経済回復への期待の高まり、若年層の盛り上がりなどを背景に、国会と専門家会議の両選挙において政府支持派連合が躍進した。今選挙は、2017年大統領選挙と次期最高指導者選出の行方を決める上で重要なステップであり、国際協調路線を採る現ロウハニ政権にとっては追い風になったと言える。 ただし、国会においては、現在のところ政府支持派の獲得する議席数は過半に満たないと見られ、政府支持派・政府批判派のどちらにも属さない独立派勢力が今後どちらにつくかが見所となる。<今選挙の評価と今後の展望> イランの統治体制は、図2に示したとおり、最終的な意思決定権を持つ最高指導者を筆頭に、その下には機能別に多くの組織がある。今回選挙が行われたのはその一部に過ぎない。選挙後も、監督者評議会や軍部(IRGC)などを媒介に、強硬保守派が最高指導者の権力基盤の一部を形成している事実に変わりはなく、制裁解除後のイランの舵取りを任されたロウハニ政権にとっては、政府に批判的なこれらの勢力とどうやって協調・妥協していくかが課題となる。 とはいえ、穏健派が躍進したことによって、ロウハニ政権にとっては政治・経済面での改革がより推進しやすい環境が整ったと言える。外資開放や、段階的に進められてきた補助金改革も今後一層進むことになるだろう。新石油契約方式IPCについては、本選挙で政府支持派が躍進したことを受けて、説明会の開催に向けた調整が進む可能性はある。イラン国内の報道によれば、NIOC内部で説明会の開催場所や時期に関する議論が進んでいる模様だ*31。 一方で、IPCの最終的な完成までには半年から1年を要するとの見方をするイラン関係者もおり、先行きは不透明だ。3月には、ナハヴァンディヤン大統領府長官が、「IPCはまだ完成していない」とし、「反対意見というわけではないが、さまざまな意見があり、イラン政府としてはこれら全ての意見を取り入れていきたい」と発言している。また、メフディ・ホセイニ契約改定委員会委員長の解任をめぐる情報なども錯綜しており、事態が落ちつくまでには時間を要しよう。同委員長などからは、外資企業から提示される提案内容次第では相対契約の可能性があるとの発言も聞かれ、IPCの完成と発表を待たずとも、契約の詳細は各企業との間で個別に交渉していく余地があることをイラン側は示唆しているとも考えられる。既に欧州系企業がイランに積極的な働きかけを行っていることは紙面で報じられているとおりで、上流開発案件についても直接イランと交渉を進めているとの報道もある。公開入札の枠外で話を進めるオプションがあることも匂わせているイランが、今後説明会を開催する必要はないと判断するのではないか、との臆測も飛び交っており、今後の成り行きを注視したい。 筆者は本選挙の結果がイランの増産凍結合意への姿勢を変える要因になるとは考えない(増産凍結をめぐる動向については次章で詳説)。ザンギャネ石油大臣をはじめ、イラン上層部が、制裁により「不当に」シェアを奪われたという意見を共有していることや、増産を念頭に置いた2016年度予算案(詳細は後述)が既に国会に提出さあいたい39石油・天然ガスレビュー制裁解除後のイラン石油・天然ガス資源開発のゆくえ -政治・経済・社会動向を通して見るイランのエネルギー展望-黷トいることもあり、増産への道を自ら閉ざす可能性は低い*32。今回の選挙で注目すべきは、以上、述べてきた選挙結果がやはり次期大統領と次の最高指導者の選出に大きな影響を及ぼすという一点に尽き、万一イランの石油政策の転換が起きるとすれば、上記2者の顔ぶれが揃うまで待たねばならないだろう。 なお、追加情報としては、強硬保守派内部でカリスマ性を備えた指導者の不在が問題視されているとのことで、2017年の大統領選にアフマディネジャド元大統領を再度担ぎ出そうとの動きもあるようだ。また、次期最高指導者については、複数の指導者を立てるという案が以前から浮上している。複数指導者制が意思決定のプロセスに混乱を来す、または各勢力間の対立を助長しかねないとの懸念もあるなか、専門家会議内で権力基盤を確立したラフサンジャニ師の出方が注目される。3.イランの対外開放方針 2013年8月のロウハニ政権誕生に際して、IRGC出身のガーセミ氏に代わり、改革派のハタミ大統領の時代(1997~2005年)に石油大臣を務め、外資と多数の石油開発契約を締結したザンギャネ氏が石油大臣の職に返り咲いた。積極的な外資導入による石油・ガス開発の推進を政策の基本方針として掲げている同氏の下、契約改定のほか、対外開放に向けた動きも進んでいる。 2015年11月末にテヘランで行われたIPC説明会では、その紹介と併せて、外資参入対象となる石油・ガス関連事業の紹介が行われた。これら対外開放が予定されているプロジェクトのうち既発見油・ガス田の開発案件は52件(29油田、23ガス田)、探鉱案件は18件である(図4)。なお、IPC専用ウェブサイト(http://ipc.nioc.ir/Portal/Home/)が設けられており、会場で配布された冊子(145頁にわたって各プロジェクトの詳細を掲載)のPDF版を閲覧することができる(図5)。(1)探鉱案件 探鉱18鉱区は、その多くが国境付近に位置している(図6、表9)。イラン主要油田群が集中する南西部の4(注)会場で配布された冊子に若干修正を加えたと見られる。出所:IPC専用ウェブサイト(http://ipc.nioc.ir/Portal/Home/)図4 対外開放が予定されている探鉱・開発案件402016.5 Vol.50 No.3アナリシスz区(Zahab, Timab, Abadan, Tudej)、ペルシア湾の洋上3鉱区(Parsa, Mahan, Bamdad)、アフガニスタン国境の2鉱区(Sistan, Taybad)、トルクメニスタン国境の3鉱区(Dusti, Sarakhs, Raz)、カスピ海の洋上4鉱区(Sardar-e-Jangal〈Block6〉, Block 24, Block 26, Block 29)、アゼルバイジャン国境の1鉱区(Moghan)と、最後に内陸の1鉱区(Kavir)である。 NIOC探鉱部門の発表によれば、GISというデータベースによって、各鉱区の坑井データや物理探査(2D/3D震探・重磁力)等の情報を一元的に管理している。IOCからの要望に応じて、技術者によるプレゼンテーションやデータへのアクセスが可能とのことであった。出所:IPC専用ウェブサイト(http://ipc.nioc.ir/Portal/Home/)図5IPCウェブサイトで閲覧可能なプロジェクトの詳細(Moghan鉱区の場合)MoghanMoghanBlock6Block6Block26Block26ZahabZahabTimabTimabBlock29Block29Block24Block24KavirKavirRazRazSarakhsSarakhsDusti (Dousti)Dusti (Dousti)TaybadTaybadIranSistanSistanAbadanAbadanParsaParsaMahanMahanTudejTudejBamdadBamdad出所:会議資料を基にJOGMEC調査部作成図6 対外開放が予定されている探鉱鉱区41石油・天然ガスレビュー表9 対外開放が予定されている探鉱鉱区Zahab1Timab2Abadan3Tudej4Parsa +56 Mahan +Bamdad +7Sarakhs89 Dusti(Dousti)1011 Moghan12131415161718RazKavirTaybadSistanBlock 24 +Block 26 +Block 29 +Sardar-e-Jangal Field(Block 6)+(注)+ は洋上鉱区出所:会議資料を基に筆者作成制裁解除後のイラン石油・天然ガス資源開発のゆくえ -政治・経済・社会動向を通して見るイランのエネルギー展望-カスピ海の領有権問題> カスピ海の4鉱区(沿岸から100~250kmに位置)について留意すべき点は、領有権問題が決着していないということだ。カスピ海沿岸の5カ国(アゼルバイジャン、イラン、トルクメニスタン、カザフスタン、ロシア)が集結するカスピ海サミットは、2002年、2007年、2010年、2014年の計4回開催されている。これまでに、ロシア・カザフスタン・アゼルバイジャンはそれぞれ2国間協定を交わし、2003年には実質的に地下資源の境界を画定している。一方、2国間の中間線を境界にしようと考える旧ソ連4カ国に対し、均等分割案を主張するイランとの間で未だ意見の一致を見ていないため、イラン、アゼルバイジャン、トルクメニスタン間の境界は未確定のままだ。 2014年にロシアで開催された第4回サミットでは、各国の沿岸25海里(約46km)に、国家主権と排他的漁業権を行使できる帯状の水域を設けることで合意したが、海底や地下資源の分割については具体的な言及を避けた。次回カスピ海サミットは2016年夏頃までにカザフスタンで開催される予定で、海底分割に関する最終合意を目指すとのことである。(2)開発案件 52の開発案件(29油田、23ガス田)は、既生産油・ガス田の開発のみならず、第2フェーズ以降の案件や、アフワズ-バンゲスタンをはじめとする老朽大型油田のIOR/EOR案件なども含まれる(図7、表10、表11)。これら油・ガス田のデータについては、イラン側からまSumarSumarTang-e-Bijar & Ilam RefineryTang-e-Bijar & Ilam RefineryNaft-ShahrNaft-ShahrDananQaleh Nar(ガス)IranChangulehChangulehDehloranDehloranAbanAbanWest PaydarPaydarSohrabSouth AzadeganJufairSepehrAb-TeymourDarquin(フェーズ3)Mansuri-BangestanDalpariSusangerdArvandNoroozCheshmeh-KhoshKarun-Bangestan & NGL-1700Band-e-KarkhehKuh-e-Asmari(ガス)Ahwaz(ガス)Ahwaz-BangestanKaranj(ガス)Pazanan(ガス)Bibi-Hakimeh(ガス)Milatun(Milaton)(ガス)Binak(ガス)DoroodSorooshForoozanFarzad-AFarzad-BNorth ParsFerdowsi gas layerFerdowsi heavy oilGolshan heavy oilGolshan gas layerDeyAghar(フェーズ2)Sefied-ZakhourHaleganSefied-BaghounsSouth Pars oil layerSouth Pars(フェーズ11)BalalKishSalman油田油ガス田ガス田出所:会議資料を基にJOGMEC調査部作成図7 対外開放が予定されている開発・生産中の鉱区422016.5 Vol.50 No.3アナリシス\10対外開放が予定されている開発案件(油田)123456789101112131415South AzadeganSouth Pars(Oil Layer)* +Changuleh*Darquin(フェーズ3)Ferdowsi(heavy oil)* +Golshan(heavy oil)* +Sohrab*Arvand*Band-e-Karkheh*JufairSepehr*Susangerd*Ahwaz-BangestanMansuri-BangestanAb-Teymour(注)* は未生産油田、+ は洋上鉱区出所:会議資料を基に筆者作成1617181920212223242526272829Salman +Foroozan +Soroosh +Norooz +Dorood +AbanPaydarWest PaydarDananCheshmeh-KhoshDalpariNaft-ShahrSumarDehloran表11対外開放が予定されている開発案件(ガス田)South Pars(フェーズ11)*+(→除外?)17 Halegan*Farzad-A*+Farzad-B*+(→除外?)Balal*+Kish*+Sefied-Baghouns*Sefied-Zakhour*181920 Dey*212223Aghar(フェーズ 2)Karun-Bangestan & NGL-1700*Tang-e-Bijar & Ilam Refinery123456 North Pars*+7 Golshan*+Ferdowsi*+8Khami Fields9 Qaleh-Nar*10111213141516 Milatun(Milaton)*Kuh-e-Asmari*Ahwaz*Karanj*Pazanan*Bibi-Hakimeh*Binak*(注)* は未生産ガス田、+ は洋上鉱区出所:会議資料を基に筆者作成(3)外国企業の動向 対外開放リストに記載されているものの、後に除外される可能性がある鉱区や、既に特定の企業との間で交渉が進んでいると報じられている案件もあり、情報は錯綜している。テヘラン説明会冒頭のジャヴァディNIOC総裁の発言によれば、北アザデガン油田、ヤダバラン油田、Farzad-Bガス田は対外開放対象から除外されるとのことである。これら油・ガス田については中国国営企業と直接交渉を行っているとの一部報道もある。 Farzad-Bガス田は会議で発表された外資開放のリストに含まれているが、プレゼンテーション中に言及されなかった。同ガス田については、2015年夏、インドのONGC Videshが率いるJV(Oil India Limited〈OIL〉と43石油・天然ガスレビューIndian Oil Corporation〈IOC〉)が開発権を取得したとの報道もあった。元々Farzad-BはONGCが2008年に発見したガス田であるが、欧米制裁を恐れて開発を断念したという経緯がある。ONGCは、今回イランに対して100億ドル規模の開発計画を提示したとも言われている(The Times of India 2015/9/15)。 また、会議中に言及はなかったが、対外開放案件リスだ開示の準備が整っていないとの発言があった。今後の進捗に期待したい。油田>(表10) <・ 29油田の多くが、主力油田が林立する南西部の陸上に位置している。・ 29油田中、南アザデガン油田をはじめとする20油田が生産開始済みで、残り9油田は未生産の段階にある。既生産油田のうち、アフワズ-バンゲスタン油田、ソリューシュ油田、ノウルーズ油田などを含むおよそ10件が1979年のイラン・イスラーム革命以前に生産を開始している老朽油田だ。・ また、今回発表された油田リストに挙げられた案件の多くは重質油のプロジェクトである。<ガス田>(表11)・ 23ガス田のほとんどが南西部に位置しており、うち8ガス田が洋上に位置している。生産開始済みのものはわずか2ガス田で、残り21は未生産である。・ 後述するが、Farzad-Bとサウスパース・ガス田(フェーズ11)は対外開放対象から外れる可能性がある。制裁解除後のイラン石油・天然ガス資源開発のゆくえ -政治・経済・社会動向を通して見るイランのエネルギー展望-gに記載されているサウスパース・ガス田(フェーズ11)についても、中国企業との間で協議が進んでいるとの報道があり、今後リストから除外される可能性もある(Shana 2015/11/29)。 2016年1月末のロウハニ大統領の仏訪問に際しても動きがあった。同月27日のTotalとNIOCの枠組み合意締結に基づき、Totalがイラン上流開発事業のポテンシャル評価を行うため、NIOCは、「いくつかの石油・天然ガスプロジェクト」に係る技術データを同社に提供するとのことだ。パリで行われた署名式典に出席したザンギャネ石油大臣は、Totalと交渉中の案件は南アザデガン油田であると明かしたが、2016年4月、同社のPatrick Pouyanne CEOはそれを否定している。同CEOによれば、Totalはむしろイランの天然ガス事業を優先する意向とのことで、一部報道では、Totalとイランがサウスパース(フェーズ11)について交渉中とも報じられている。南アザデガン油田に関しては韓国のHyundai Oilbankが関心を示していると言われる。 Totalの対イラン攻勢はこれで終わらない。イラン側の報道によれば、同社はNIOC傘下の研究機関RIPI(Research Institute of Petroleum Industry)との間で、技術協力に関する合意も締結した模様である(Shana 2016/3/7)。後述するが、イランは外資からの技術移転を優先課題の一つに掲げており、Totalとの共同研究はこれに応えるものだと考えられる。 このほかにも多くの報道が見受けられる。2015年10月にテヘランで開催された会議に出席したOMVのSeele社長は、イランの生産コストの低さは利点であるとし、「2007年にイランから撤退した当時の状態に戻る用意ができている」と発言している。2007年に参画していたLNG事業については再開の予定はないとする一方で、Cheshmeh-Khosh fieldとMehr Blockへの投資再開を視野に入れていることを明かした。また、デンマークのChristian Jensen外務大臣が2016年1月4日にテヘランを訪問した際のザンギャネ大臣の発言によれば、Maersk Oilとの間でも、イランの油田開発に関して協議が進行しているという。 更に、ロシアからのアプローチも活発だ。Zarubezhneftがイランでの複数の石油開発プロジェクトに計60億ドルを投じる計画と報じられているほか、ノヴァク・エネルギー大臣によれば、Gazpromも既に具体的な提案書をイラン側に提出しているとのことだ。上記2社とLukoilは、かねてChanguleh油田への参入/再参入に関心を示している。(4)今後の展望 上記探鉱・開発案件への外資参入は、基本的に公開入札に基づいて行われることになる。しかし、入札の最終的なスケジュールは明らかになっていない。2016年1月末のカルドールNIOC副総裁の発言では、IPC導入後初となる入札の実施は5月とのことだが、4月末時点でIPC説明会のめどが立っていないことを勘案すると、5月の入札実施は現実的に困難と思われる。 2016年2月9日時点では、ザンギャネ石油大臣は、2016年度中(2016年3月21日~2017年3月20日)には少なくとも15の石油関連案件を開放したいとの意向を表明している*33。これを裏付けるように、ジャヴァディNIOC総裁も、2016年度後半には、IPCに基づいて100億~150億ドル規模の新石油契約を締結することができると発言している。一方で、上述のとおり相対契約の締結に向けた動きが水面下で進んでいることを考えれば、イランに対する知見を既に持っている企業にとっては有利な状況にあると言える。4.イランの石油・天然ガス戦略 経済制裁の解除と契約条件の改定は、イラン参入を狙う外資企業にとっての2大懸案事項であるが、一方のイランにとっても、外国からの投資や技術力を呼び込むために必要不可欠なステップである。制裁解除を勝ち取った今、石油と天然ガスの生産拡大を目指すイランは、何を考え、どう動いているのか。同国の石油・天然ガス戦略を概観する。(1)石油 2015年10月のロウハニ大統領の発言によれば、同年度のイランの石油収入は、4年ぶりの低水準となる250億ドル程度に落ち込む見通しだ。米国とEUによるイラン原油禁輸措置が開始される以前、2011年度の石油収入が1,180億ドルであったことを考えると、約8割も減少していることになる。また、コンデンセートについて442016.5 Vol.50 No.3アナリシスサの他その他6%6%農業農業9%9%政府サービス政府サービス9%9%金融 2%金融 2%情報通信・運輸情報通信・運輸9%9%商業・観光など商業・観光など15%15%石油・天然ガス石油・天然ガス15%15%鉱業 1%鉱業 1%製造業製造業12%12%不動産業不動産業15%15%建設業 7%建設業 7%出所:イラン中央銀行の報告などを基に作成図8 名目GDPに占める部門別割合(2014年度)9080706050403020001%2011201220132014年度も、イラン暦本年の最初の6カ月(2015年3月21日~2015年9月22日)の輸出収入は約40億ドルとなり、前年同期比で25億ドル以上減少した。経済制裁はもちろんのこと、直近では油価下落の影響が顕著に出ていると言える。 一方で、イランは、周辺産油国に比して石油収入への依存度が低いのが特徴である。同国の国家歳入に占める石油収入の割合は、2000年代前半頃までは6割程度で推移した後、減少傾向にあり、現状4割程度と見られる。後述するが、2016年度国家予算における石油収入の比率は25%に設定されている。この依存度の低さの一因として、産業構造の多様化が進んでいることが挙げられ、イランでは名目GDPに占める石油・天然ガスの割合は2割弱にとどまる(図8)。しかし、輸出額に占める同割合は依然6割程度で推移しているため、化石燃料がイラン経済を支える大黒柱であるという事実に変わりはない(図9)。Implementation Day後の一部在外資産の凍結解除や、原油未払い代金の受け取りなどによって、当面の資金繰りに苦慮することはないと思われるが、経済制裁によって失った石油市場のシェアを回復することは、イラン経済にとって喫緊の課題だ*34。億ドル1,0001,2001,4001,600800600400200020092010石油・ガスの輸出額輸出総額(割合%)①現在の生産・輸出動向 コンデンセートを含むイ出所:イラン中央銀行の報告などを基に作成図9 輸出に占める石油・天然ガス部門の割合万b/d700600500400300200100生産量国内消費量年201420132012201120102009200820072006200520042003200220012000199919981997199619951994199319921991199019891988198719861985198419831982198119801979197819771976197519741973197219711970196919681967196619650出所:BP統計を基に筆者作成図10イランの原油生産量と国内消費量45石油・天然ガスレビュー制裁解除後のイラン石油・天然ガス資源開発のゆくえ -政治・経済・社会動向を通して見るイランのエネルギー展望-000200120022003200420052006200720082009201020112012201320142015年2016年1月 2月 3月図11イランの原油生産量中国インド日本韓国トルコその他出所:IEA資料を基に筆者作成240250200380360340320300150EU280260万b/d400万b/dランの原油生産量は、1974年のピーク時には約600万バレル/日だったが、8年間に及ぶイラン・イラク戦争や欧米による経済制裁を受け、2014年時点で360万バレル/日まで減少している(図10)。原油生産量のみで見ると、2016年1月は300万バレル/日、2月は322万バレル/日、3月は330万バレル/日となり、制裁解除後の増産分は30万バレル/日であった(図11)。 制裁解除後直ちに原油生産量を50万バレル/日増加させるとのイラン政府の目標はかなわなかったが、生産開始済み油田の増産や4,000万~5,000万バレル程度あるといわれる洋上在庫(主にコンデンセートと見られる)の取り崩しなどを背景に輸出量は増えている(図12)。2016年1月末にイランの石油関係者が語ったところによると、欧州およびアジア向けに大型タンカー6隻分の原油販売を見込んでいるとのことだ。NIOCによれば、このうち、2016年2月に400万バレルが欧州向けに出荷されている。これを受け、コンデンセートを含む2月の原油輸出量は前月比約30万バレル/日増の140万バレル/日超になったと見られ、増加分の多くが、Total、Cepsa、Iplom(伊)、Lukoilの子会社Litascoなどへの輸出分と考えられる*35。 中国とインドを中心にアジア勢がイランからの輸入量を増加させていることもあり、3月のイランの輸出量は180万バレル/日に達したと見られる。5月初旬に大統領のイラン訪問が予定されている韓国については、韓国国営石油会社KNOCの2月の輸入量が約28万バレル/日になり、2011年来の最高水準に達した。2016年3月8日付アジア経済新聞によれば、SK Innovation単独でも輸入量は約3倍に増えている。このほか、Hyundai Oilbankもイランからの輸入拡大を視野に入れ20112012100500(注)コンデンセートを含む出所:各国通関統計等を基に推定。2016年4月は予測値2013201420152016120162201632016年月4図12各国のイラン原油輸入量の推移ている模様だ。 イランとしても、原油の出荷ルートや供給先の多様化に力を入れている。NIOC幹部が明かしたところによると、欧州への更なる出荷ルートを確保するため、同国はエジプト政府との間でスメド・パイプラインの再利用に関する協議を行っており、4月初旬から既に利用を再開しているとの情報もある*36(図13)。このほか、イラン国営石油精製供給会社National Iranian Oil Refining & Distribution Company(NIORDC)のAbbas Kazemi総裁は、「制裁解除後のイランの方針として、外国の製油所の買収を進めていく」と発言、欧州、ラテンアメリカ、アジアの製油所の権益買収を視野に入れ交渉を開始していることを明らかにした。462016.5 Vol.50 No.3アナリシスn中海地中海シーディー・ケリールシーディー・ケリール ターミナル ターミナルポート・サイードポート・サイードLカイロカイロスエズ運河スエズ運河スメド・パイプラインスメド・パイプラインエジプトエジプトスエズスエズアイン・ソフナアイン・ソフナ ターミナル ターミナルナイル川ナイル川紅海紅海出所:各種資料よりJOGMEC作成図13スメド・パイプライン万b/d60504030201020042005020032006(注)2016年は1~3月の平均値出所:IEA資料を基に筆者作成2007200820092010201120122013201420152016年図14イランのコンデンセート生産量連邦(UAE)、中国、インドが主な輸出先である。 金融決済やタンカーへの付保に関わる問題(後述する)はあるものの、今後は、イラク原油よりも性状の安定しているイラン原油の取引量が増えることが予想される。ロウハニ大統領は、コンデンセートの増産によってイランの原油輸出量は2016年夏には200万バレル/日に達する可能性があるとしているが、最新の情報によれば、4月にも200万バレル/日を超える可能性もあるようだ。 一方、BNP ParibasのTchilinguirian氏は、老朽油田の生産再開には時間を要することに加え、米国の金融制裁を恐れるトレーダーに残されている道はバーター取引しかない、と分析する。実際に、バーター取引やスワップ取引など、資金決済を介さないイランとのビジネス形態を模索する動きは複数見られる。例えば、VitolとGlencoreは、2016年3~5月にかけて、合わせて20万トン(約148万バレル)のイラン産重油を輸入するのと引き換えに、イランにガソリンを輸出することでNIOC と合意したと報じられている。 今後の伸びが期待されるのはコンデンセートだ。洋上に位置するサウスパース・ガス田は、イランの天然ガス確認埋蔵量(約34兆?≒1,201兆cf)のおよそ4割を占める世界最大級のガス田であり、開発の進展とともにコンデンセートの生産量も好調に伸びている(図14)。2016年1~2月時点の生産量は55万バレル/日程度と見られる。2015年度時点で、イランのコンデンセート輸出量は30万バレル/日程度と見られ、アラブ首長国 イランでは、3月の新年(ノウルーズ)の祭りに伴い特にガソリンが不足する一方で、春の到来とともに重油の国内需要は下がり始める。イラン関係筋によると、不需要期のイランの重油輸出量はおよそ70万~80万トン/月(約518万~592万バレル/月)で推移する。イランから出荷された重油は、多くの場合、UAEのフジャイラ石油基地を経由して他国に転売される。このほか、カザフスタンとアゼルバイジャンもイランとの間で石油製品47石油・天然ガスレビュー制裁解除後のイラン石油・天然ガス資源開発のゆくえ -政治・経済・社会動向を通して見るイランのエネルギー展望-フスワップに関し協議しているとされる。②イランの生産方針 イラン政府の方針としては、制裁解除後直ちに原油生産量を50万バレル/日増加させ、半年以内に更に50万バレル/日増加させる意向だ。需給バランスを崩して更なる油価の下落を招くような事態は避けたいとの姿勢を見せつつも、同国の石油産業はバレルあたり8ドルであっても採算が取れるとの発言が石油省副大臣から聞かれるなど、依然強気の姿勢を崩していない。制裁解除の翌日(2016年1月17日)に国会に提出された2016年度予算案では、イランの前提原油輸出量は225万バレル/日となっている(表12)。 また、中長期的には、ハメネイ最高指導者が2015年6月末に骨子を発表した第6次五カ年計画(2016年3月~2021年3月)の期間内に、原油生産量を470万バレル/日、コンデンセート生産量を100万バレル/日にまで増やす計画だ(図15)。合意について発言する度に紙面が大きく割かれるという注目ぶりだった。 OPEC主要国は2014年11月の総会以降、生産調整を放棄したと見られていたが、2016年2月の4カ国合意は、OPECという枠組みをも超えて、OPEC・非OPEC産油国間で協議し合える土壌が存在することを示したという点で衝撃は大きかった。結果、原油価格(WTI)は2月11日の26.11ドルから4月12日には42.17ドルまで上昇している。しかし、4月17日にドーハで開催された第2回会合では最終的な合意は見送られた。本節では、合意見送りに至る経緯と、イランに及ぼす影響について論じる。 増産凍結に対するイランの姿勢は一貫している。「不公平な制裁により、イランは(石油)市場シェアの6割を失った」というザンギャネ石油大臣の言葉にも見られるように、増産は当然の権利だというのがイラン政府の考えだ。2016年2月末、ザンギャネ大臣は、自国に対する増産凍結提案を「ばかげている」と一蹴し、3月中旬には、原油生産量が制裁前のレベル(400万バレル/日)に③増産凍結合意の影響 2016年2月16日、油価低迷に見舞われる石油市場の安定化を目指し、産油4カ国(サウジアラビア、ロシア、カタール、ベネズエラ)が、カタールの首都ドーハで、他の主要産油国からの協力が得られることを条件に、各国の原油生産量を2016年1月の水準で凍結することで合意した*37。増産凍結をめぐる動きは世界の主要メディアでも大々的に取り上げられ、以降、産油国関係者が同表12イラン国家予算における前提原油価格と前提原油輸出量前提原油価格100ドル/bbl72ドル/bbl40ドル/bbl2014年度予算2015年度予算2016年度予算出所:各種情報を基に筆者作成前提原油輸出量140万バレル/日130万バレル/日225万バレル/日590570550530510490470450430410390370350330310290270250230万b/dコンデンセート原油20082009201020112012201320142015201620172018201920202021年出所:2015年までの生産量はIEA統計。2016~2021年はイラン政府発表の生産目標に基づく図15イランの原油・コンデンセート生産目標482016.5 Vol.50 No.3アナリシスBした後に協議に応じる用意があると発言している。 これに対し、「増産は論外であり、その頑固さはナンセンスだ」と繰り返し強調したUAEのマズルーイ石油大臣や、イランを含む主要産油国の協力がなければ合意しないと言明したクウェートのサレハ石油大臣代行の発言など、イランに対するGCC(湾岸協力会議)産油国のけん制発言が相次ぐ一方で、ロシアのノヴァク・エネルギー大臣は、「イランに増産凍結協力への参加を要請するのは不公平だ。合意した4カ国による増産凍結で市場は十分にバランスするはず」と発言するなど、当初からイランに同調的姿勢を見せている。また、3月21日には、バドリOPEC事務局長も「イランは将来的には増産凍結に参加するだろう」とし、事実上イラン抜きで合意に至る可能性を示唆した。このとおり、イランをめぐる関係各国・機関の足並みはばらばらで、ドーハ会合直前まで相矛盾する情報が飛び交った。 4月には、サウジアラビアのムハンマド副皇太子(サルマン国王の子息)が、イランの参加なくして増産凍結には応じないと繰り返し公言したことで、合意の実現が遠のいたかに見られたが、同月12日には、サウジアラビアとロシアの代表団が会談し、イラン抜きで増産を凍結することに同意したとの報道が流れた。しかし、開催前夜になってイランが会合への出席を取りやめる意向を表明すると、ますます先行きは不透明になった。 2016年4月17日の会合当日、イランとリビアを除くOPEC11カ国(サウジアラビア、イラク、UAE、カタール、クウェート、アルジェリア、ナイジェリア、アンゴラ、エクアドル、ベネズエラ、インドネシア)と、ロシアをはじめとする非OPEC産油国など(詳細は不明だが、オマーン、メキシコ、アゼルバイジャンなどが参加したと見ら49石油・天然ガスレビュー表13OPECの原油生産量とロシアの石油生産量2014年2015年2016年1月万b/dOPECサウジアラビアイラクロシア3,0289723331,0913,1371,0173991,1063,2701,0214431,125(注)OPECはこの他NGL約680万b/dを生産、ロシアはNGLを含む。出所:IEA万b/d1,0501,00095090085080075020052006200720082009201020112012201320142015年2016年1月2月3月出所:IEA資料を基に筆者作成図16サウジアラビアの原油生産量万b/d20052006200720082009201020112012201320142015年2016年1月 2月 3月450400350300250200150100500出所:IEA資料を基に筆者作成図17イラクの原油生産量万b/d1,1501,1001,0501,00095090085020052006200720082009201020112012201320142015年2016年1月2月3月出所:IEA資料を基に筆者作成図18ロシアの原油生産量(NGLを含む)制裁解除後のイラン石油・天然ガス資源開発のゆくえ -政治・経済・社会動向を通して見るイランのエネルギー展望-\14イラン原油と競合する他産油国の原油油種API゜硫黄分(wt%)国内生産量に占める割合生産量(万b/d)主要な油田イランIran LightIran HeavyForoozan BlendWest of Karun*38(2016年6月までに販売開始予定)サウジアラビアArab LightArab MediumArab HeavyUAEUpper ZakumイラクBasrah LightBasrah HeavyクウェートKuwait Export Blend33~33.5゜29~30.5゜29.7~31.7゜1.3~1.51.8~1.92.1~2.3480%4%~(24~30゜) (1.5~3.0)ー260~28015~207(生産開始当初に予定されている量)Ahwaz-Asmari, Karani, Agha JariGachsaran, MarunForoozan, Abzar, DoroudNorth Azadegan、South Azadegan、Mansouri、Yaran、Yadavaran23~36゜29~32゜~29.5゜1.8~2.02.4~2.62.9~3.063%13%10%700140120Ghawar, Qatif, KhuraisZulf, MarjanSafania, Manifa33~34゜1.8~1.920%60Upper Zakum29~34゜23.5~24゜3.194.1245~50%10~15%220~25050~70Rumaila, Zubair, West Kurna 1West Kurna 2, Halfaya, Misan, Ahdab30~30.5゜2.5~2.784%230Greater Burgan(注)いずれもおおよその目安となる数字であり、変動の可能性がある。出所:各種情報を基に筆者作成れる)が出席するなかで、サウジアラビアのヌアイミ石油大臣(当時)は、イランほか全OPEC加盟国が合意に参加すべきとの意向を表明した。これによって合意は見送られ、6月2日のOPEC総会まで協議が継続されることになった。 増産凍結合意の見送りはイランにとって一体どういう意味を持つのだろうか。原油市場が供給過多の今、合意が実現しなかったことで同国の市場シェア回復が更に困難になったとは言えるかもしれない。しかし、実際のところ合意が実現してもしなくても大きな相違はないというのが事実だ。なぜなら、どちらにしてもイランが増産を取りやめる可能性は低く、またどちらにしても短期的な市場シェアの回復には困難を伴うからである。 今回議論されている合意はあくまで増産の「凍結」であり、減産ではない。2016年2月23日、ヌアイミ石油大臣は、減産が近く行われる可能性についてはっきりと否定している。更に、2016年1月の水準で増産を凍結するというのが合意の大枠であるが、サウジアラビア、イラク、ロシアの同月の原油生産量は、過去最高水準に近いレベルで推移している(表13、図16、図17、図18)。特にロシアにとって、これ以上増産の余地はないというレベルでの増産凍結提案だ。もちろん市場に与えた心理面での影響は小さくないが、足元の需給構造を反転させるほどのインパクトはなく、合意は短期的には実効性を欠く。また、サウジアラビアとイラクの原油は、中・重質で、硫黄分が高いという性状上、イラン産の原油と競合することから、イラン抜きの増産凍結合意が実現したとしても、すぐにイランの市場シェアの回復につながるわけではない(表14)。④今後の見通し イランに経済制裁が課されて以降、石油輸入者は調達先をイラクやサウジアラビア、ロシアに変更してきており、イランの不在でできた穴は既に他の産油国によって埋められている。制裁の解除を受けて、2016年は特に中東産油国間で高硫黄原油の供給シェアをめぐる競争が激化すると予想される。実際に、値下げは行わないと再三にわたり公言しているイランも、既に販売価格をサウジよりも抑えるなどの対応に出ているようだ。 2月には、イランが、サウジアラビアのArab Mediumと競合するIran Heavyの公式販売価格(OSP)をバレルあたり10セント引き下げるなどの異例の措置を取った。しかし、一部の市場関係者は、金属成分を多く含むイランの原油は、サウジアラビアの原油よりも精製コストがかかるため、よほどの値下げを行わない限り、アジア市場での安定的なシェアを確保できないと見ている。502016.5 Vol.50 No.3アナリシス@また、技術的な問題もある。老朽化したインフラの整備や自然減退する老朽油田の生産効率向上には、ばく大な資金と時間、そして外国からの技術導入を必要とするため、イランが50万バレル/日増産できたとしても、それを安定的に維持することが技術的に可能なのか、疑問は残る。短期的には、イランが国内資産を活用して、既存油田と開発中の油田からの生産を伸ばす、または洋上在庫を取り崩すことによって輸出量を増やすことは可能であろうが、長期的には外国からの投資と技術の導入が鍵を握ろう。 このほか、石油タンカーに対する付保の制限が、イラン原油の輸出に与える影響も懸念されている。NIOC幹部のみならず、タンカー運航最大手のFrontlineも、必要な保険を取得するのに数カ月を要する可能性があると指摘している。米国の1次制裁の継続により、米国(再)保険会社は、イラン企業への保険サービスの提供や、イラン企業に対する、あるいはイランに関係する損害賠償請求への支払いに応じることができない。また、革命防衛隊(IRGC)などとの関係からSDNリストに今も記載されているイランの港湾運営会社との間で、「米国人」および米国金融システムを介する取引を行うことに関しては、「非米国人」であっても制裁に抵触することになる。 各国の船主互助保険組合が加盟する国際P&Iグループ(International Group of Protection & Indemnity Clubs)によれば、同グループが提供する保険プール・再保険プログラムに多くの米国(再)保険会社が参加しているため、米国制裁の影響を看過することはできず、事態解決に向けて米国政府との間で協議が進んでいる。国際P&Iグループのプーリング・システムに基づき、日本船主責任相互保険組合(The Japan Ship Owners’ Mutual Protection & Indemnity Association)を含め13の加盟クラブがそれぞれの保有限度額を超えるクレーム(2016年度は1,000万ドルを超える8,000万ドル分のクレーム)を互いに分担し合うというシステムをとっているが、このうち、米国1次制裁の対象となるAmerican Clubについては、イランの個人・団体(米国制裁対象リストに記載されている個人・団体を除く)が関係する案件においても、プールクレームの分担に応じることを可能にするライセンスを米当局から取得済みだ。 とはいえ、1次制裁が継続することで、再保険金回収で大きな障害が生じる可能性は依然残る。このため、国際P&Iグループは、保険プール・再保険プログラムに参加するあらゆる会社によるプール分担および再保険金の支払いが可能になるような長期的解決を目指し、米国(再)保険会社に対するライセンス付与を引き続き米当局に対し要請している。当面の対応として同グループは、不足分をカバーするための穴埋め再保険システムの構築を進めており、米当局より、非米国再保険会社が穴埋めをするための同システムに参加することに対する承認を得たとのことである。 以上のことなどに鑑み、米国エネルギー省(DOE)エネルギー情報局(EIA)は、イランが、2016年と2017年におけるOPEC増産の最大の貢献役になると予測している(EIAによれば、前年比でそれぞれ60万バレル/日と50万バレル/日増加)*39。その一方で、国際エネルギー機関(IEA)はより長期的な見立てを発表、イランの原油市場への復帰は同国が主張するほど劇的なものではなく、緩やかに増産していくと予測し、現状の生産能力(IEAは360万バレル/日と推定)を超える増産は、外国からの十分な投資と技術を確保できるか否かにかかっていると見ている*40。⑤イランの石油戦略 経済制裁は解除されたが、油価低迷・供給過多の状態は当面続くと考えられることから、イランの石油収入が大幅に増加するまでには時間を要する可能性が高い。2016年は、石油の輸出量自体が増えたとしても、輸出収入の増加は限定的なものになるだろう。2016年度予算上では、4年ぶりの低水準を記録した2015年の石油収入(約250億ドル)に対して、2016年度は約330億ドルになると見込んでいる。これは、2012年に欧米による原油禁輸措置が開始される以前の石油収入の3割弱だ。 ただし、イランは必ずしも悲観ばかりしているわけではない。同国はこれまで補助金改革や付加価値税の増税などを段階的に進めており、石油依存からの脱却を図ってきた。前述したとおり、2016年度の石油収入は予算全体の25%にとどまる見込みである。同年度予算を国会に提出したロウハニ大統領が強調したのは、石油増産の必要性ではなく、むしろ同年度中に最大500億ドルの投資を呼び込みたいとの意欲だった。 前章で触れた2015年11月のテヘラン説明会においても、石油収入に対する依存からの更なる脱却に向け、石油を単に主要な収入源としてではなく、経済発展の原動力とするようなアプローチへの転換が必要との発言がザンギャネ大臣から聞かれた。また、同会議に出席したジャヴァディNIOC総裁は、イランに必要なのは油層管理の最適化と開発の迅速化であるとし、外資企業に対して最新技術の移転(Transfer of Technology)に貢献するよう強く呼びかけている。経済の立て直しを重要課題に掲げ51石油・天然ガスレビュー制裁解除後のイラン石油・天然ガス資源開発のゆくえ -政治・経済・社会動向を通して見るイランのエネルギー展望-驛Cランが、目先の石油輸出収入の増加よりも、むしろ外国からの直接投資の呼び込みと最新技術の導入こそ、より長期的な視野に基づいた本質的な最終目標であると考えていることが窺える。 契約方式(IPC)の改定も、外資の資金力と技術力を呼び寄せるための一材料であると言える。IPCと併せてイランが優先課題に挙げているのは、隣国との国境にまたがる油・ガス田の開発進展、IOR/EORによる老朽油田の生産最適化、ローカルコンテンツの強化、石化産業の拡大であり、これらの分野における外資企業の参加が大いに期待されている。 とりわけ、EOR/ IORの必要性は明白である。イランによれば、同国原油生産量の75%を生産する8~9の主力油田はいずれも生産開始から60年以上が経過しているため、同国の全体生産量は年間7~8%の割合で自然減退している。したがって第6次五カ年計画においても、これら老朽大型油田の生産効率を引き上げるのが大きな目標の一つだ。2021年の終わりまでに減少が見込まれる150万バレル/日分を埋め合わせるためには、EOR/ IORの技術を持つ外資企業の協力は不可欠だろう。 更に、イランは、上流事業のみならず下流事業の拡大にも力を入れている。2016年2月9日のザンギャネ石油大臣の発言によれば、上流分野に対する1,300億ドルとは別に、製油所などの下流設備に700億ドル程度の投資を見込んでいるとのことだ。このうち、製油所の修繕・改築などを目的とした150億ドルのほか、石油化学事業に対する500億ドルのファイナンスを基に、第6次五カ年計画の終わり(2021年3月)までに石化収入は180億ドル/年から410億ドル/年に増加する見通しだ(2015年度のイランの石化製品生産量は約157万バレル/日)。 一例として、南部のSirafでは、コンデンセート処理プラント(生産能力48万バレル/日)の建設が計画され、イランは外国からの投資を呼び掛けている。同プラントは硫黄分の多いサウスパースのコンデンセートをナフサに精製することが可能で、2020年までに世界のナフサ需要の5%を賄えるようになるとのことだ。主な輸出先としてはアジアを視野に入れている。 また、ザンギャネ大臣によれば、間近に控えるPersian Gulf Star精製プラント第1フェーズ(1,200万リットル/日≒7万5,000バレル/日)の完了に伴い、2016年後半にはガソリンの完全自給が可能になると見込んでいる。国内のガソリン需要が7,000万リットル/日(約44万バレル/日)程度であるのに対し、供給不足を補うために、現在イランは約900万リットル/日(約5万7,000バレル/日)を国外から輸入している。予定どおり、2016年央にフェーズ1が、2016年末までにフェーズ2が、2017年央にフェーズ3が完了すれば、Persian Gulf Starプラントのガソリン生産能力は最終的に3,600万リットル/日(約22万6,000バレル/日)になる。今後の国内需要の伸び次第だが、イランが近い将来ガソリン輸出国になる可能性はある。このほか、同プラントでは、ディーゼル、LPG、ケロジェンなどの生産も予定している。(2)天然ガス①現在の生産・輸出動向 2014年の天然ガス生産量は1,726億?/年(168億cf/日)と、前年比で86億?/年増となった(図19)。また、2015年5月18日時点のジャヴァディNIOC総裁の発言では、生産能力は2,555億?/年に達している。しかし、現状イランは生産量のほとんどを国内消費と油層圧力の維持に充てているため、輸出量も少量にとどまっている(2014年は、トルコ、アルメニア、アゼルバイジャンに52年2014図19イランの天然ガス生産量2012201020082006200420022000199819961994199219901988198619841982198019781976197419721970出所:BP統計を基に作成生産量国内消費量億?/年1,8001,6001,4001,2001,00080060040020002016.5 Vol.50 No.3アナリシス,0004,5004,0003,5003,0002,5002,0001,5001,0005000億?/年生産量国内消費量20082009201020112012201320142015201620172018201920202021年出所:2014年までの生産量と国内消費量はBP統計。2015~2021年はイラン政府が発表した生産能力目標に基づく図20イランの天然ガス生産目標イラクAhwazAhwazAzadeganAzadeganYadavaranYadavaranBurgan(クウェート)Burgan(クウェート)サウジアラビアAbadanBandar KhomeiniクウェートGolshanGolshanEsfahanAghajariAghajariGachsaranGachsaranイラン製油所油田ガス田KermanShirazFiruzabadNorth ParsNorth ParsAssaluyehサウスパース・ガス田サウスパース・ガス田Bandar AbbasFerdowsiFerdowsiバーレーンLavan IslandカタールNorth Field(カタール)North Field(カタール)Ghawar(サウジアラビア)Ghawar(サウジアラビア)UAEオマーンIRANQATARサウスパース・ガス田(イラン側)サウスパース・ガス田(イラン側)1417,185204211,19962313151071622232481112AssaluyehAssaluyeh ガス処理施設へ ガス処理施設へ ノースフィールド・ガス田 ノースフィールド・ガス田(カタール側)(カタール側)02040km出所:各種情報を基にJOGMEC調査部作成図21サウスパース・ガス田53石油・天然ガスレビュー計96億?/年を輸出)。一方、イラン北部の都市にガスを供給するため、トルクメニスタンなどから少量だが輸入している(2014年は69億?/年)。南部ガス田の開発が進展するとともに、主電力源であるガス発電に代わり原子力発電プラントの導入などが進めば、今後輸出量は拡大していくだろう。②イランの生産方針 ジャヴァディNIOC総裁は、今後の目標として、天然ガスの生産能力を毎年365億?ずつ増加し、第6次五カ年計画の完了までに4,745億?/年に拡大する意向だ(図20)。また、増産の要となるサウスパース・ガス田について、2016年2月、ザンギャネ大臣は、フェーズ14を除いて、2016年末までにはサウスパースの全開発フェーズが生産を開始し、カタールの生産量を上回ると述べている。輸出量については、現状の約110億?/年から730億?/年にまで増加させることを目指しており、輸出先は、まず近隣のイラク、パキスタン、オマーンなどを視野に入れているという。 直近では、2016年3月14日、制裁解除後のイラン石油・天然ガス資源開発のゆくえ -政治・経済・社会動向を通して見るイランのエネルギー展望-鴻Vアとの間で、30億?/年の季節スワップ(夏季はイランからロシアに向けて、冬季はロシアからイランに向けて)に関して交渉中との報道も見受けられる。このほか、地域のガス・ハブになることを念頭に、イラン北部と南部のChabaharを結ぶパイプラインの建設も検討されている。③今後の見通し イランの原油増産の可能性に世界の注目が集まる一方で、2015年9月、欧州委員会(EC)は、2030年末までにイランが欧州に対する主要なガス供給源になり得ると発表した。ロシアへの依存度低下を意識した発言であると考えられるが、イランのガス・ポテンシャルの大きさを象徴するインパクトのある発言だった。<サウスパース・ガス田> サウスパース・ガス田の開発を手掛けるPars Oil and Gas Company(POGC)社によれば、2015年度の同ガス田の生産量は1,300億?/年(127億cf/日)となり、前年度比で15%増加した。制裁解除を受け、2016年2月には、2012年以前に開発フェーズ12、17、18用に発注していたコンプレッサーやタービンなどの機器をSiemens社から導入したとの報道がなされており、開発作業の更なる進展に期待が集まっている(図21、表15)。 イラン側によれば、フェーズ15・16は完成間近で、生産を開始すれば約200億?/年(20億cf/日)の追加に表15サウスパース・ガス田の概要フェーズフェーズ 1フェーズ 2・3フェーズ 4・5フェーズ 6~8参加企業Petropars(イラン)※100%→2004年9月、操業権をPars Oil and Gas Company(POGC)(イラン)に移管Total(仏)※40%Petronas(マレーシア)30%Gazprom (露) 30%→2003年1月、操業権をPOGCに移管Eni(伊)※60%Petropars 20%NICO(イラン)20%→2005年、操業権をPOGCに移管Petropars※60%Statoil(ノルウェー) 40%→2009年、操業権をPOGCに移管現状生産開始済み概要・ 2004年1月生産開始。・ ガス90億?/年、コンデンセート4万b/d、LPG1.2万b/dを生産中(2015年時点)。生産開始済み・ 2002年6月生産開始。・ ガス180億?/年、コンデンセート8万b/d、LPG3万b/dを生産中(2015年時点)。生産開始済み・ 2004年8月生産開始。・ ガス187億?/年、コンデンセート8万b/d、LPG3.5万b/dを生産中(2015年時点)。生産開始済み・ 2008年8月に生産開始。・ ガス380億?/年、コンデンセート15万b/d、LPG4万b/dを生産中(2015年時点)。フェーズ 9・10POGC※100%生産開始済みフェーズ11-未生産フェーズ 12Petropars※80%Sonangol(アンゴラ)20%→2012年2月に撤退生産開始済みフェーズ13・14フェーズ15・16フェーズ13:POGC※、Mapna、Sadra、Pedro Paydarフェーズ14:POGC※、IDRO、IOECC、NIDC(いずれもイラン企業)Khatam-ol-Anbia(イラン)→2010年7月に撤退POGC※、ISOICO、IOEC、SAFF、DDC(いずれもイラン企業)フェーズ17・18POGC※、IDRO、OIEC、IOEC(いずれもイラン企業)フェーズ19POGC※、Petropars、IOEC(いずれもイラン企業)フェーズ20・21POGC※、OIEC(いずれもイラン企業)フェーズ22~24POGC※、Petro Sina Arya、Sadra(いずれもイラン企業)※:オペレーター出所:イラン国営企業等の発表を基に筆者作成未生産未生産未生産未生産未生産未生産生産開始。・ フェーズ9は2009年3月、フェーズ10は2011年8月に・ ガス180億?/年、コンデンセート8万b/d、LPG3万b/dを生産中(2015年時点)。・ Pars LNG(Total、Petronas、NIOC)向けを想定。2010年、制裁によりLNG計画は棚上げ。・ 現在中国企業やTotalと交渉中との報道あり。・ 将来的には、ガス200億?/年、コンデンセート8万b/dを生産する見込み。・ 2014年3月に生産開始。2016年3月にフル生産(約310億?/年)達成の見込み。・ Iran LNG向けを想定。・ ガス280億?/年、コンデンセート10万b/dを生産中(2015年時点)。・ 2014年6月、初のNGLカーゴ(95万バレル)を出荷。・ Persian LNG(Shell、Repsol、NIOC)向けを想定していたが、2010年にイラン企業に権益を引き渡し。・ 2016年3月以降に生産開始予定。将来的には、ガス400億?/年、コンデンセート15万b/dを生産する見込み。・ イラン側によれば完成間近。・ 将来的には、ガス180億~200億?/年、コンデンセート8万b/d、LPG3.5万b/dを生産する見込み。・ イラン側によれば完成間近。・ 将来的には、ガス180億~200億?/年、コンデンセート8万b/d、LPG2万b/dを生産する見込み。・ 将来的には、ガス200億?/年、コンデンセート7.7万b/d、LPG2万b/d、エタン2万b/dを生産する見込み。・ 2016年第4四半期に完成予定。・ 将来的には、ガス200億?/年、コンデンセート7.5万b/d、LPG2万b/d、エタン2万b/dを生産する見込み。・ 将来的には、ガス200億?/年、コンデンセート7.7万b/d、LPG1.6万b/d、エタン5.5万b/dを生産する予定。542016.5 Vol.50 No.3アナリシスネる。フェーズ17・18も完成間近で、これも生産を開始すれば更に約200億?/年の追加となる。サウスパースの開発に携わるPetropars社のMohammad-Javad Shams代表は、フェーズ19も、生産が開始されれば1年以内にフル生産量の約200億?/年に達するという。最大規模を誇るフェーズ12については、2015年初めにコミッションを開始しているので、2016年3月末にはフル生産量の約310億?/年(30億cf/日)に達する見込みだ。フェーズ12と15~19が全てフル生産レベルに至れば、サウスパース全体の生産量は約1,960億?/年(191億cf/日)を超えるレベルになると見られている。IRANIRANPersian Gulf(Arabian Gulf)OMANOMANKuh-e MubarakQATARQATARGulf of OmanMuscatSoharOMANOMANUAEUAESAUDI ARABIA出所:各種情報を基にJOGMEC作成図22イラン・オマーン間海底パイプライン構想<パイプライン> 最近では、天然ガスのパイプライン輸出に関して、オマーン、クウェート、パキスタン、インドなどとの間で交渉が進んでいるとの報道が相次いでいる。しかし、イラン・イラク間パイプラインについてその進捗が気になるところだ。同パイプラインは、全長25kmで、関係者筋によれば、第1フェーズは500万?/日(約18億?/年)、最終的には3,500万?/日(約128億?/年)の送ガス量を見込んでいるという。2015年夏以降、間もなく稼働するとの報道が繰り返されているが、現時点で実際に輸出が開始したという情報はない。イラク側の治安がネックになっている可能性が高い。 実現に向け協議が進展しているのは、イラン・オマーン間パイプラインだ。2014年3月、イランは、ガス不足とLNGプラント(250万~300万トン/年)の低稼働に直面するオマーンとの間に、15年間にわたり約100億?/年(9億6,700 万cf/日)のガスを輸出するという内容の協定を締結した。2015年9月21日には、オマーンのルムヒー石油大臣がテヘランを訪問し、総工費600億ドルのパイプライン建設事業(400kmのうち200kmは海底パイプライン、送ガス能力:78億?/年)に関する商業性調査を実施することで合意している(図22)。更に、2016年2月21日には、テヘランを訪問したオマーンのアラウィ外務大臣が、商業性調査が6カ月以内に完了すると発言している。一方で、3月には、パイプラインの最適ルートを検討している段階であると明かしたルムヒー大臣が、「それなりの時間を要する」との見解を表明しており、具体的なスケジュールは不明のままだ。 電力・エネルギー不足が深刻化するパキスタンでも、イランへの期待が高まっている。そもそも、イランからパキスタンにガスを供給するという構想は1990年代に端を発し、かつて両国およびインドを結ぶIPI(Iran-Pakistan-India)パイプラインの建設が計画されたが、インド・パキスタン間の政治対立や、イランに対する米国の経済制裁などを受け、計画は頓挫した。しかし、2018年の総選挙前には事態の解決を図りたいシャリフ首相の思惑とも相まって、パキスタン・イラン間の協議にも今後何らかの進展が見られるだろう。 イラン側は、既に南部Assaluyehからパキスタン国境までの900kmに及ぶパイプラインを敷設している。一方のパキスタンは、2015年4月の中国・習近平国家主席のイスラマバード訪問に際し、同国南西のGwadarから南部Nawabshahまでを結ぶ700kmの建設を中国企業が引き受けることで合意したと言われている(図23)。パキスタンのアッバーシー石油大臣は、2017年までに2億5,000万cf/日(約26億?/年)、2019年までに7億5,000万cf/日(約77億?/年)のガスをイランから輸入する方針で、これはパキスタンのガス不足の3分の1以上を補う量だと発言している。 このほか、2015年12月には、LNG開発などを手がけるイランの国営ガス輸出会社National Iranian Gas 55石油・天然ガスレビュー制裁解除後のイラン石油・天然ガス資源開発のゆくえ -政治・経済・社会動向を通して見るイランのエネルギー展望-nelとNIGECが、天然ガス、LNGおよび関連インフラの整備や、情報共有、共同研究、技術研修などに関する覚書を交わしている。KabulAFGHANISTANAFGHANISTANIslamabadTAPITAPITURKMENISTANTURKMENISTANDauletabadプラインプラインKandaharパイパイTehranIRANIRANAssaluyehンライBAHRAINBAHRAINQATARQATAR・パキスタン間ガスパイプラインGwadar出所:各種情報を基にJOGMEC作成Abu DhabiPAKISTANPAKISTANKarachi図23イラン・パキスタン間ガスパイプラインとTAPIパイプライン構想NawabshahINDIAINDIAFazilkaMultan<課題> 天然ガス輸出量の増加に向けては、外国からの投資と技術が必要であることはもちろんだが、それ以外にも課題はある。まず、国内需要の伸びと油層圧力維持のためのガス圧入量の増加だ。イランのガス埋蔵量規模は膨大である一方、実は世界で第4位のガス消費国だという事実はあまり知られていない。現在、イランで生産される天然ガスのほとんどが国内で消費されていることは既述した。国内消費の2割弱を占めると見られる油田圧入用のガス需要は、老朽油田へのIOR/ EOR技術の導入に伴い高まっていくと考えられる。また、イランの電源構成中、ガス火力発電が7割を占めると言われ、制裁解除後の経済発展を背景に今後も需要は伸びていくことが予想される。経済制裁下で資金調達難に見舞われていた国内の幹線パイプラインIGAT(Iranian Gas Trunk line)の整備も、制裁解除に伴って加速化するだろう。 現在、原子力発電プラントの建設に関して中国やロシアと協議しているとの報道もあるので、将来的にはガス火力への依存度が低下し、輸出余力が増える可能性もある。 2016年1月23日、中国の習近平国家主席は、サウジアラビアとエジプトに続きテヘランを訪問し、イランと17の合意文書に署名している。その一つが原子力協力に関わる合意だった。中国はイラン・アラク原子炉の設計変更に携わることが決定しているが、本合意に基づいて、2基の原発プラントを同国南部のChabahar近郊に建設する計画だ。また、2016年2月初めにモスクワを訪問したイランのVelayati外交担当最高指導者顧問によれば、ロシアが、イラン国内の原子炉・発電所・鉄道の建設事業に400億ドルを融資する方向で話し合いが進んでいるという。 もう一つの問題はガス価格とイランに対するガス需要56Export Company(NIGEC)とインドの開発会社South Asia Gas Enterprise(Siddho Mal Group傘下)が、テヘランからインド西岸のGujaratに約110億?/年のガスを供給するための海底パイプライン(1,400km)の建設に関して協議しているとも報じられている。South Asia Gas Enterpriseによれば、海底パイプラインはパキスタンを回避することができるという利点を持ち、既にインド石油省および外務省の了承を得ているという。イラン側は建設に2年半を要すると見ている。<LNG> パイプラインが周辺国への輸出を念頭に置いているのに対し、LNG プロジェクトは欧州・東アジア市場を視野に入れている。2015年11月の報道によれば、イラン国営ガス会社National Iranian Gas Company(NIGC)は、現在5件のLNG プロジェクトを進めている。ジャヴァディNIOC総裁は、一番実現可能性の高いIran LNGプロジェクト(1,100万トン/年、建設地:イラン南部Assaluyeh)について、制裁前の時点で4割がた完成していたとし、制裁解除後30~36カ月で完成できると見込んでいる。しかし、液化技術の提供について、制裁前に契約を締結したドイツのLinde社はコメントを避けている。建設工事は現時点で6割完了しているとのことだが、肝心の液化設備がどうなるか注目される。 また、最近の動きとしては、4月のレンツィ・イタリア首相のテヘラン訪問に際して、イタリア電力大手の2016.5 Vol.50 No.3アナリシスフ低迷だ。今後米国や豪州のLNGプロジェクトが立ち上がることを考えると、このような状況は当分続くと考えられ、イランはガスの売り先確保に苦慮することになるだろう。また、2016年1月23~24日にカタールで開催されたアフガニスタン関連の会合において、タリバンがTAPI(Turkmenistan-Afghanistan-Pakistan-India)パイプライン構想を支持する意向を表明している(図23)。TAPIが現実のものとなれば、現在イランが進めているパキスタン間パイプラインと競合することになり、ガス・ハブを目指すイランにとっては逆風になろう。 販売価格をめぐる対立も、イランのガス輸出増に歯止めをかける要素となり得る。2001 年に契約を締結したUAEのCrescent Petroleumに対しては、価格の引き上げを求めるイランがガスの供給を停止するなどの対応に出ている。本件に関しては2014年にイラン側が敗訴している。また、トルコとの係争では、2016年2月にパリの国際商業会議所(ICC)が同国に有利な裁定を下し、ガス供給価格を10~15%削減するようイランに指示している。特に低油価の現状においては、イランは販売価格交渉で多少の妥協をせざるを得ない状況が続くだろう。おわりに 世界がその動向を注目するイランをめぐっては、毎日のように新たな(時には相矛盾するように見える)情報が錯綜し、それらを追いかけるだけで一日が終わってしまう。例えば、イランの台頭を脅威と感じる周辺産油国からも日々何かしらの動きがある。特に、サウジアラビアの国家戦略策定におけるムハンマド副皇太子の影響力増大が注目される。王制を敷く同国にとって石油収入の増大は目先の問題でしかなく、むしろサウード王家の正統性と権威の維持・強化こそが最優先されるべき課題である。大国イランの台頭と米国との歩み寄りを国家にとっての脅威と位置付けるサウジアラビアは、同国に追随するバーレーンとともに、イラン船籍のタンカーあるいは同国に寄港したタンカーの自国領海での航行を禁止/制限するなどの措置を講じているとの情報もある。サウジアラビアの若い副皇太子を中心に、イランを再び国際社会から孤立させようとの周辺産油国の動きは、静まることはあってもなくなることはないだろう。 一方、米国では、米国財務省外国資産管理局(OFAC)による更なる制裁緩和の可能性について取りざたされている。同国政府関係筋の情報として、米国金融システムを介さないドル取引の一部緩和(海外でのドル・クリアリングに対するライセンス付与など)が検討されていると報道された(2016年3月31日付AP通信)。しかし、イランに強硬な姿勢を見せる議会からは、ドルへのアクセスを容認すればイランのテロ組織支援に利用されかねないとの強い反発もあり、オバマ大統領や米国務省は直ちに報道内容を否定した。対イラン政策をめぐって、米国内でも今なお攻防が繰り広げられていることが窺える。 イランに対する逆風の厳しさを示すこれらの事例は、同国への進出を検討する企業にしてみれば憂慮すべきことに違いない。しかし、裏を返せば、イランの政治的・経済的影響力がいかに大きく、また同国による国際社会復帰のインパクトがいかに強いかを物語っているとも言える。約8,000万の人口を擁する中東の大国イランは、一部制裁の解除に伴いますます発言力を強めていくだろう。その証拠に、欧米やアジアの各国が代表団を派遣し、イランとの関係強化・人脈構築を急いでいる。2016年4月12日には、イタリアのレンツィ首相が約250名の企業団を伴ってテヘランを訪れた。制裁解除以降、初のG7首脳によるイラン訪問だ。また、5月初めには韓国の朴大統領も訪問を予定している。 経済成長の可能性にも注目が集まる。IMFの4条協議報告書(2015年12月21日発表)によると、60万~100万バレル/日の原油増産などを背景に、イランの実質GDPに基づく2016年度の経済成長率は4~5.5%となる見込みで、以降数年間の伸び率は4%で安定するとも言われている。2015年10月には、ロウハニ大統領が、15%で高止まりしているインフレ率が2016年3月までには10%を割り込む見通しを示しており、産業の多様化、化石燃料に対する補助金の削減、増税、直接投資の呼び込みなどによって、経済の一層の強化を目指す方針だ*41。「石油を単に主要な収入源としてではなく、経済発展の原動力として見るようなアプローチへの転換」を目指すイラン。長期的な視野に基づく同国の石油戦略は、イランにとっても、また外国企業にとっても多様なビジネス・チャンスを生み出すことになるだろう。57石油・天然ガスレビュー制裁解除後のイラン石油・天然ガス資源開発のゆくえ -政治・経済・社会動向を通して見るイランのエネルギー展望-注・解説>*1: ① “Joint Comprehensive Plan of Action”および付録資料 http://eeas.europa.eu/statements-eeas/2015/ 本章では主に以下の文書を参考資料として用いた。150714_01_en.htm ② Implementation Dayを受けて米国財務省外国資産管理局(Office of Foreign Asset Control: OFAC)が発表したガイダンス: “Guidance Relating to the Lifting of Certain U.S. Sanctions Pursuant to the Joint Comprehensive Plan of Action(JCPOA) on Implementation Day” https://www.treasury.gov/resource-center/sanctions/Programs/Documents/implement_guide_jcpoa.pdf ③ Implementation Dayを受けてOFACが発表したFAQ:“Frequently Asked Questions Relating to the Lifting of Certain U.S. Sanctions Under the Joint Comprehensive Plan of Action(JCPOA)on Implementation Day” https://www.treasury.gov/resource-center/sanctions/Programs/Documents/jcpoa_faqs.pdf*2: *3: *4: *5: *6: *7: *8: *9: JCPOAのAnnexⅡの4の注6、OFACガイダンスのⅠ. General NotesとⅦを参照。 JCPOAのAnnexⅡのSection 4.1~4.7とAnnexⅤの17.1~17.2、OFACガイダンスのⅡとⅤを参照。 JCPOAのAnnexⅡの4.8.1とAnnexⅤの17.3、OFACガイダンスのⅢのAおよび注75、OFAC FAQのA2、B7、C1などを参照。 OFACガイダンスのⅦを参照。 OFACガイダンスのⅣを参照。 SDNリスト(Specially Designated Nationals and Blocked Persons List)とは、OFACによって管理・執行されている外国資産管理法(Foreign Assets Control Regulations)に基づくリストで、同リストに記載された個人・団体が米国内に保有する資産の凍結、「米国人」による同個人・団体との取引、同個人・団体による米金融システムを利用した取引(米ドル送金など)を規制。 制裁回避者リスト(Foreign Sanctions Evaders List: FSE List)とは、OFACによって管理・執行されているリストで、米制裁の回避を試みた、あるいは米制裁に抵触した個人・団体を列挙。同リストに記載された個人・団体と「米国人」との取引、同個人・団体による米金融システムを利用した取引(米ドル送金など)を規制。SDNリストとは別個であるが、重複する可能性がある。 イラン制裁法リスト(Non-SDN Iranian Sanctions Act〈NS-ISA〉List)とは、2012年10月9日に署名された大統領令13628号に基づき、イラン制裁法(Iran Sanctions Act〈ISA〉)のSection 6や、イラン脅威削減・シリア人権法(Iran Threat Reduction and Syria Human Rights Act of 2012)で規定されている特定の制裁を実行に移すことを目的に、OFACによって管理・執行されているリスト。SDNリスト上では、[ISA]のタグ付けがされている。JCPOAにおいて、Implementation Dayに同リストに記載されている者を全て除外することが規定されているので、現在同リストに記載されている者はいない。*10: OFAC FAQのC11を参照。*11: Adoption Dayとは、イランとP5+1各国がJCPOAの内容を承認し、採択した日のこと。これをもって、関係各国は合意履行のために必要な準備を開始(欧米側は、核関連の独自制裁を終了/停止するための準備を開始)する。*12: 核関連製品およびサービスの購入に対するIran, North Korea, and Syria Nonproliferation Act(INKSNA)(1999年~)の適用や、ウランの探鉱、生産、輸送に対するIran Sanctions Act of 1996(ISA)の適用、イラン人による核科学や原子力工学などの分野に関連する高等教育機関でのコース履修に対するIran Threat Reduction and Syria Human Rights Act of 2012(TRA)の適用などを指す。*13: JCPOAのAnnexⅤの21、OFACガイダンスのBackground(ページ3)を参照。*14: JCPOAのAnnexⅡの4.8.1とAnnexⅤの21.3、OFACガイダンスのBackground(ページ3)を参照。*15: JCPOAのAnnexⅤの25を参照。*16: 声明の内容については以下のサイトを参照頂きたい。 http://www.fatf-gafi.org/countries/d-i/iran/documents/public-statement-february-2016.html*17: イラン議会は2012年にテロ対策に関する法案を可決しているが、棚ざらしの状態であり、IMFによれば国際基準を満たすレベルにはないとのこと。582016.5 Vol.50 No.3アナリシス?18: FATFは過去にも類似の声明を公表しており、2010年に米国の対イラン制裁「包括的イラン制裁・責任・剥奪法(Comprehensive Iran Sanctions, Accountability and Divestment Act of 2010: CISADA)」が施行されたのに伴い、イランに対する対抗措置を講じるよう加盟国に要請している。*19: http://breakingenergy.com/2016/03/02/irans-long-road-to-reintegrating-with-the-world-financial-system/*20: これまでハイリスク国に指定されている国としては、イラン、北朝鮮、アルジェリアなどがある。ちなみに、2014年には、日本によるFATF勧告の順守レベルが低いことも問題視されたことがあり、ハイリスク国に指定される可能性もあったが、AML/CFTに関連する法案の可決により指定は免れている。*21: 2016年2月7日付Khaleej Timesほか。*22: 投資などの取引に際して行われる対象企業などの資産に対する調査活動を指すが、ここでは特にイラン関連の米国制裁に抵触しないことの事前確認・調査を意味する。*23: JCPOAの第36条によれば、Advisory Boardは3名で構成される。合意の不履行を報告した国と合意の履行を怠ったとされる国がそれぞれ1人ずつ代表者を選出。3人目には非当事者を選出。*24: OFACのFAQのM.4を参照。*25: OFACのFAQのM.3-5を参照。*26: 2016年1月23日付 “Information Note on EU sanctions to be lifted under the JCPOA”の2.6とQ&A 61~64を参照。http://eeas.europa.eu/top_stories/pdf/iran_implementation/information_note_eu_sanctions_jcpoa_en.pdf*27: JCPOAの36-37と安保理決議2231号(採択日:2015年7月20日)第14条を参照。*28: 同説明会の詳細については、増野伊登「イランの新石油契約(IPC)の概要:テヘラン・サミット参加報告」(石油・天然ガス資源情報 2015/12/24)を参照頂きたい。 https://oilgas-info.jogmec.go.jp/report_pdf.pl?pdf=1512_f_ir_Iran_contract%2epdf&id=7658*29: 1月2日に処刑されたのは、ニムル師を含むシーア派4名とスンナ派43名。*30: サウジアラビアによるイランとの断交の経緯について、詳しくは濱田秀明「サウディアラビア王国がイランと国交断絶」(石油・天然ガス資源情報 2016/1/21)を参照頂きたい。 https://oilgas-info.jogmec.go.jp/report_pdf.pl?pdf=1512_f_sa_ir_cut%2epdf&id=7674*31: 2016年2月23日付のイラン石油省広報サイトShanaは、カルドールNIOC副総裁の発言として、現在IPC説明会の新たな場所を検討中であり、場所はイラン国外が有力であるが、NIOC内での最終決定は未だ下されていない、と報道している。*32: 西暦の3月20日あるいは21日(春分の日)がイラン暦の元日に当たる。ここでいう2016年度とは、イラン暦1395年(2016年3月21日~2017年3月20日)を指す。*33: ホセイニ契約改定委員会委員長も、2016年4月21日にパリで開催されたInternational Oil Summitにおいて、同年6~7月頃を目途に15鉱区程度を対象に第1次入札を実施する予定であると述べている。15鉱区のなかには南アザデガン油田も含まれるとの情報もあるようだが、既述のとおり同委員長の発言の真偽は定かではない。*34: 2016年3月の報道によれば、Shellは原油購入代金の未払い分(17億7,000万ユーロ)をイランに支払っている。*35: 2016年2月29日付のShanaがザンギャネ大臣の発言を引用して報じたところによれば、イラン暦Bahman月(1月21日~2月19日)のイランの原油輸出量は175万バレル/日となり、前年同期比で40万バレル/日増加したという。これはコンデンセートを含んだ数量であると考えられる。また、Bloombergの推計によれば、2月のイランの原油輸出量は前月比13万バレル/日増にとどまり、142万バレル/日とのこと。*36: スメド・パイプラインとは、スエズ湾のアイン・ソフナから、地中海側のシーディー・ケリールまでを結ぶ全長320kmの原油パイプライン。送油能力は250万バレル/日。権益比率は、EGPC(エジプト)50% 、Saudi Aramco 15%、 IPIC(UAE)15%、QGPC(カタール)15%、クウェート系企業3社(合計15%)。*37: 増産凍結合意の経緯について、詳しくは増野伊登「【短報】増産凍結合意の実現可能性と市場へのインパクト」(石油・天然ガス資源情報 2016/3/24)を参照頂きたい。 https://oilgas-info.jogmec.go.jp/report_pdf.pl?pdf=1603_n_sa_ru_qa_ve_ir_iq%2epdf&id=7721*38: NIOCによれば、既にインドの製油業者との間で、新油種West of Karunを含めた20万バレル/日の重質油を2016年4月1日から供給することで協議中とのこと。59石油・天然ガスレビュー制裁解除後のイラン石油・天然ガス資源開発のゆくえ -政治・経済・社会動向を通して見るイランのエネルギー展望-?39: EIAの短期エネルギー見通し(2016年4月12日発表)に基づく。*40: IEAの月刊石油市場報告(2016年3月11日発表と4月14日発表)に基づく。*41: IMFによれば、2012~2013年のイランのインフレ率は30%を超えている。執筆者紹介増野 伊登(ましの いと)愛媛県松山市出身。学 歴:2008年、慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了。職 歴:2011年8月から2013年8月にかけ、専門調査員として在アラブ首長国連邦(UAE)日本国大使館に勤務。2013年11月よりJOGMEC調査部に勤務。現在のところ、中東(主にイランとイラク)、アフリカ(サブサハラ)、東南アジア、南アジアなどの地域を担当している。趣 味:25年来の趣味は漫画。とにかく面白い漫画を発掘することに無上の喜びを感じる。近 況:仕事でも趣味でも目を酷使しているので、視力の低下はもちろんのこと、ドライアイをこじらせて困っている。602016.5 Vol.50 No.3アナリシス |
地域1 | 中東 |
国1 | イラン |
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