ページ番号1006594 更新日 平成30年2月16日

英国のEU離脱問題が石油・天然ガス開発に与える影響について

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レポートID 1006594
作成日 2016-09-21 01:00:00 +0900
更新日 2018-02-16 10:50:18 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガスレビュー
分野 エネルギー一般基礎情報
著者 古藤 太平
著者直接入力
年度 2016
Vol 50
No 5
ページ数
抽出データ 英国のEU離脱問題が石油・天然ガス開発に与える影響について・6月23日に実施されたEU(EuropeanUnion:欧州連合)離脱を問う英国民投票の結果が判明した直後に一旦下落した油価は、1週間程度のうちに落ち着きを取り戻したかに見えた。ところがEU離脱問題の影響が英国だけでなくEU全体の問題に影を落とし景気減速、需要の伸び悩みにつながるのではないかとの懸念が広がったことなどから再び不安定な動きを示した。・グローバル市場で決まる石油・天然ガスの価格は、英国とEUの関係が変わってもあまり影響を受けないのではないかとの見方がある半面、長期に及ぶことが必至と言われるEU離脱交渉の過程で石油・天然ガス開発に必要な設備投資が滞るなど、需給のファンダメンタルな要因が影響を受ける可能性も指摘されている。更にEU離脱問題により再び浮上してきたスコットランドの独立問題についても、仮に実現した場合のインパクトが大きいと考えられることから、その動向に注目する必要がある。・EU離脱プロセスを推進する英国の新しい首相は、9~10月という当初の予想より2カ月程早く決まったが、EUの欧州理事会に対する離脱通告の時期をはじめとしてまだ未分明なことが多い。今後2年ないしそれ以上の期間に及ぶと言われるEUとの離脱交渉の過程で、英国の新政権がEUとのどの関係から離脱し、どの関係を維持し、そしてどのような新しい関係を構築しようとするのか、更にはこれらがどのように石油・天然ガス開発の動向や環境・気候変動問題に影響していくのか、注目していきたい。はじめに 6月23日に実施された英国のEUからの離脱の是非を問う国民投票の結果、離脱支持派が過半数(51.9%)を占め、英国民はEU離脱を選択した。EU離脱に向けた手続きは英国が欧州理事会にその意思を通知した時点から開始され、2年以内に離脱協定などの新しい協定の締結を目指すことになる。 EU側にしてみれば、今年2月の欧州理事会で英国の要請を汲んだEU改革案を採択するまでして残留を促した上での英国の離脱決定であり、加盟各国内のEU懐疑派を牽制するためにもできるだけ早期に離脱交渉を開始するよう英国に要求けんせいく47石油・天然ガスレビューしゅうれんするのは当然の展開であろう。これに対し、英国政府はEUとの経済関係などを定める新たな協定の締結などを交渉する必要があり、ほぼ二分された国内の議論を収斂させるために交渉開始をできるだけ後ろ倒ししたいところである。 そもそもEU離脱の是非を問う国民投票が実施された背景には、前回の総選挙に際してキャメロン前首相が国民投票の実施を公約にしたという事情がある。すなわち、英国では与党保守党の議員を中心に国の枠組みを越えて政治統合を推進しようとするEUに懐疑的な見方をする人々が元々少なからず存在するのに加えて、2010年頃から深刻化した欧州債務問題の高まりを受けて反EUの動きが高まっていた。保守党内のEUに懐疑的な勢力を懐柔し、また英国独立党(UKIP)の台頭を防ぎ国内の反EUの動きを抑える意図もあって、キャメロン首相は国民投票の実施を公約したと考えられる。 さらに、英国にとっては離脱の是非を問う国民投票を実施することでEUからより有利な残留条件を引き出せるとの思惑もあったと考えられる。実際、今年2月のEU理事会で英国の要請を汲んだEU改革案(経済政策の規制緩和、移民規制強化など)が採択されていた(今回の国民投票の結果、これらの合意事項は破棄されている)。 ここまでEUからの譲歩を引き出せば国民もEU残留を選択してくれるだろうという期待に反し、今回の結果が突き付けられたことでキャメロン前首相は辞意hル/bbl54525048464442405/2を表明、EUとの離脱交渉は新政権に委ねられることになった。与党保守党では5人が立候補して9月上旬までに新党首を選出するという設定で後継党首選が始まったが、候補者が2人になった段階でリードサム・エネルギー・気候変動閣外大臣が撤退を表明したため、7月11日、メイ内相が保守党党首に選出された(同13日首相就任)。 EU離脱交渉を推進する与党党首・首相の選出が当初の想定より2カ月前倒しになったとはいえ、前例のないEU離脱交渉は英国からの通知から2年をかけて行われる(延長には欧州理事会の全会一致の決議が必要)。EUとの経済関係などを定める新たな協定の内容についての英国内の議論は緒についたばかりである。今後、英国のEU離脱問題が石油・天然ガス開発にどのような影響を与えるのか、下記の諸項目について論点を整理した。 ・石油・天然ガス需給に与える影響 ・産業、企業に与える影響 ・スコットランドの独立問題 ・その他:石油・天然ガス開発動向に関連する諸問題1. 石油・天然ガス需給に与える影響(1)市場への影響 原油価格は6月24日に国民投票結果が判明した直後には一旦下落したものの、1週間程度のうちには英国の景気減速がグローバルな石油・天然ガス需給条件を大きく変えることはないと考えられ一時回復していた。 ところが7月5日、イタリアの金融機関の不良債権問題が報道されたのを契機に英国の離脱問題がEU全体に影を落とし、EU全体の景気が減速すれば原油に対すWTIBrent5/165/235/306/66/136/206/277/47/117/18月/日5/9出所:NYMEX、ICEに基づき作成図1原油価格の推移(2016年5~7月)る需要の伸び悩みにもつながるのではないかとの懸念が広がり、株式市場や英ポンド為替相場とともに原油価格も下落。他の要因とも相まってその後は不安定な動きを示した。(2)市場の注目ポイント 石油・天然ガス市場はグローバル化しており、英国とEUとの関係が変わっても大きな影響は受けないとする見方がある一方、前例のないEU離脱プロセスが相当長い期間にわたり継続することから生じる先行きの不透明感が需要・供給の両面から原油・天然ガス市場に悪影響を及ぼす可能性が高いとの報道が見られる。 このところマーケットは需要と供給が均衡に向かうというファンダメンタルな要因に注目するようになりつつあったのだが、今回の一件で再び短期的な臆測による動きが活発化することも懸念される。2. 産業、企業に与える影響(1)石油・天然ガス開発 昨今の石油市場では、米国シェールオイルの生産減少や世界的に底堅く推移する需要により、需給が均衡に向かっていると見られてきた。この基調が変わらず、米ドル建で決まる油価が堅調に推移すれば(ポンド為替相場の下落により)北海油田の生産者にとっては(ポンド建の)収入が増える一方で生産コストは抑えられると考えられる。 英ポンド安により、主としてポンド建で収入を得ている企業にとっては、米ドルまたはユーロ建のサービスコントラクトが主流となっている北海への投資意欲を減退させる要因となる半面、英ポンド建以外の収入を主とする企業にとっては英領北海への投資がかえって容易となる可能性も指摘されている。 ノルウェーはEU非加盟で北海油田の開発に成功しているが、これは石油開発に対するEUの規制を受けないことも関係していると言われる。EU離脱に伴う不透明感を払拭することができれば英国内の石油・天然ガス開発にとって最終的には成功への転機となるかもしれない。他方、世界経済の回復に係る不確実性が増し原油需要の見通しを不透明にさせているので、石油企業が世界経済の回復に自信を失えば、設備投資を一段と縮小させる可能性も指摘される。 また、8月に入ってからのことだが、ふっしょく482016.9 Vol.50 No.5<C首相はアルゼンチンのマクリ大統領に書簡を送り、フォークランド諸島付近の石油・天然ガス開発の制限撤廃に関する交渉を呼びかけているとの報道も見られる。エネルギーの安定調達確保に向けた取り組みの一例として注目される。(2)英国のシェールガス開発 油価下落や環境問題による開発事業計画への地元の反対から遅れていた英国のシェールガス開発が、英ポンド下落と開発を支援する姿勢を示すメイ首相の就任よって前進するという見方もある。EU離脱交渉を少しでも有利な方向に導くためにはエネルギーの安定供給確保が重要であると考えられることから、英国のシェールガス開発計画が進むとの期待もあるようだ。ばエネルギーの安定調達に影響を及ぼす可能性があるので、英国政府(Oil & Gas Authority)、石油・天然ガス業界は早急に協力態勢を整えて新たな不確実性を共同で乗り切ることが必要という意見があった。 北海油田のオペレーションにとってはEUからの労働力確保に不確実性がもたらされる可能性も考えられる。EU非加盟のノルウェーで7月1日・7日、業界団体と労働組合が相次いで調停によりストライキを回避されたが、今後英国域内北海の石油・天然ガス開発においても労働力の確保が問題点として浮上してくる可能性が指摘される。3. スコットランドの独立問題(3)労働市場への影響 石油・天然ガス業界を支えるサービス産業は労働力の円滑な動員に依存している。労働者の自由な往来が制限されることは先行きの不透明感を増すことになる。これらを受けて投資決定の判断が遅延するなどの事態が発生することになれ(1)スコットランド独立の住民投票 英国がEU離脱を選択した6月23日の国民投票では、スコットランド住民の残留支持が多数(62%)を占めていた。これを踏まえ、スコットランド国民党のスタージョン党首(スコットランド自治政府首席大臣)は2014年9月の住民投票時とは前1,5001,3001,100900700500千b/dNorth SeaOthers201020112012201320142015年出所:IEAに基づき作成図2英国原油生産49石油・天然ガスレビュー提条件が変わったとして、再度英国からの独立の是非を問う住民投票を実施することを主張している(スコットランド議会もスコットランドがEUに残留できるようにEU・英国政府双方と協議することを承認した)。 しかし、スコットランド独立を問う住民投票を実施するには(スコットランド議会ではなく)英国議会の承認が必要である(英国下院総議席数650に対しスコットランド国民党の議席数は54に過ぎない)。キャメロン前首相が前回の住民投票に同意したのは、保守党が単独で過半数を取れていなかったことも一因と考えられ、現在のように保守党が単独で過半数を占めている状況下、スコットランド独立をめぐって住民投票を実施することは容易なことではないとする見方もある。 また、スコットランド独立推進派は北海油田からの収入により経済的な自立が可能としているが、これは、前回住民投票の2014年9月時点では、まだ原油価格が1バレルあたり90ドル台と高水準であったことに基づく。仮に英国から独立して自国の通貨を持つとして、その信認を得るためには十分な外貨収入を確保する必要がある(ユーロ圏に加入するにしても財政規律を求められる)という意見も聞かれた。(2)北海油田開発 スコットランド国民党が独立住民投票を再度実施するよう要求する可能性が高くなったことで、北海油田の帰属問題が再燃する可能性がある。それに伴う法律・税制変更リスクに対する懸念から北海油田への投資停滞の可能性を指摘する声も聞かれた。 他方、既に生産を行っている油田については、ポンド安によるコスト押し下げ効果と相まってむしろ生産が加速されるという見方もあった。. その他(1)環境・気候変動問題 メイ首相は7月15日に組織変更を発表。これまで石油・天然ガス開発を所掌していたエネルギー・気候変動省(Department of Energy & Climate Change:DECC)が廃止され、新たにビジネス・エネルギー・産業戦略省(Department of Business, Energy & Industrial Strategy:DBEIS)が設置されるとした。 DBEISのクラーク新大臣はクリーンなエネルギーの供給と気候変動問題にも対応していくとコメントし、産業界から好意的に受け止められているが、他方、環境団体や野党労働党からは環境・気候変動問題の優先順位が下がり、温室効果ガス排出削減への対応やEU離脱交渉における位置付けが不明確になるとの批判が呈されている。 英国は2030年までに温室効果ガスの排出量を(1990年を基準にして)40%削減するとし、環境・気候変動問題に関しEU内で積極的な役割を果たしてきた。ここから、英国がEUから離脱することでEUにとっても環境・気候変動問題の負担配分や実施時期について再検討を行う必要が生じるとの見方も示されている。(2)各国の反応①米国 英国のEU離脱による混乱は石油・天然ガスの需給構造に影響することはないが、短期的な原油安は足下の在庫を増やす誘引となることや、ドル高/ポンド・ユーロ安が収益をドル建で確保し、コストを現地通貨で支払う(英国・欧州内で生産している)米国の上流企業にとってはコスト減によるメリットがあるという見方があった もちろん需要面に対するマイナスの影響も考えられるが、金融市場が不安定化すれば米国の石油・天然ガス企業の資金調達に影響が出て供給サイドにも制約要因となり、2017年にかけて需給均衡が進むという意見もあった。②フランス オランド大統領は6月25日、英国がEUを離脱すればユーロ決済業務ができなくなるだろうとEU首脳会議終了後にコメント(仏中央銀行総裁も、EU規制に従わずしてロンドンに決済機関を置いておくことはできないと発言)。ユーロ建て取引の決済業務は英国とのEU離脱交渉において重要な柱になるだろうと関係者は伝えている。 また、オランド大統領は、英国が欧州の労働者の移動の自由を許容しなければ、同国はEU市場へのアクセスを失うとの見解を示している。ECB(European Central Bank:欧州中央銀行)はEU域内にユーロ建て取引の主要決済拠点を置くことを検討しており、EU域内に決済業務が移行した場合、ロンドンは金融機関のみならず関係機関やトレーダーらを失う恐れがあるという。③ロシア 英国の対ロシア政策はEU離脱によって大きく変更することはなく、EU内で対露制裁に関して強硬派であった英国はEUの外側にあっても同様に行動するだろう、との報道があった。その一方、現在進行中のパイプラインプロジェクトの大部分は民間企業と直接行われているものであり英国のEU離脱問題の影響はないとのコメントも示された。 英国は大陸欧州・ロシアの天然ガスを必要としており、大陸欧州・ロシアの生産者も英国市場を必要としているので、仮に、米国産天然ガスで代替するとすればポンド安やインフラ整備などの問題があって高くつくのではないかとの見方も示されている。④イラン EUでイランとの協議を担当してきたモゲリーニ外務・安全保障政策上級代表が英国のEU離脱問題に忙殺され、包括的共同行動計画(JCPOA)履行のEUにおける優先順位が下がることを懸念する見方、英国のJCPOAに対する対応の透明性が低下するかもしれない可能性もあるとしJCPOA履行への影響を危惧する報道が見られた。 イランにとっては、英国のEU離脱問題によりEUが弱体化することになればJCPOAの履行が不安定となるリスクを伴う。その半面、イランは従来大きな経済ブロックとの交渉は困難なことから、さまざまな機会でドイツやイタリアとの個別交渉を行ってきたので、EUが不安定化すれば、貿易、軍事、人権問題などについて各国との個別交渉に戻ることができるという点を積極的に評価する意見(EU内で英国は必ずしもイラン制裁解除に積極的でなかったため英国が抜ければイランとEUとの関係改善にも貢献するかもしれないという見方)も見られた。 他方、英国は今のところイランとの貿易を再開する気配は見られないが、さらに、新政権におけるJCPOA履行の優先順位が低下すれば、EUの枠組みのなかで英国がイランに提供するとされていた金融サービスの実行が影響を受けることになるかもしれないとの意見もあった。結び~今後の注目ポイント(1)英国内の議論の収斂の方向性 EU離脱プロセスを推進していく英国の新首相は当初の予想よりも早く決まったが、欧州理事会に対する離脱の通告の時期や、英国がEUとのどの関係から離脱し、どのような関係を維持し、また、どのような関係を構築しようとするのか、不確かなことが多い。まずはEU離脱に関する英国内の議論がどのように収斂していくのかが注目される。(2)石油・天然ガス市場への影響 今後2年間に及ぶとされる英国とEUの交渉の過程では先行きの不透明感・不確実性が高まると考えられる。これらに対し、英国の新政権はどのような政策対応を取り、海外からの企業の進出や投資を誘引し、自国企業の投資を促進し、更には環境・気候変動問題への対応を行い、エネルギーの安定供給を確保し経済を安502016.9 Vol.50 No.5濶サしていくのか、注目される。 またスコットランドの独立が実現した場合のインパクトは大きいと考えられる。英国にとってはスコットランド独立問題は内政問題だが、石油・天然ガス開発にも影響の大きい要因として注目していきたい。(3)日本にとって 英国・欧州で事業を展開している日本企業にとっても、離脱後の英国とEUの関係について確かな情報収集と必要に応じた戦略の練り直しを継続していくことは不可欠だろう。(古藤 太平)Global Disclaimer(免責事項)本稿は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本稿に含まれるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本稿は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本稿に依拠して行われた投資等の結果については一切責任を負いません。なお、本稿の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。51石油・天然ガスレビュー
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2016/09/21 [ 2016年09月号 ] 古藤 太平
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