ページ番号1006597 更新日 平成30年2月16日

シナリオプランニングの理論:その技法と実践的活用

レポート属性
レポートID 1006597
作成日 2016-09-21 01:00:00 +0900
更新日 2018-02-16 10:50:18 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガスレビュー
分野 企業基礎情報
著者
著者直接入力 角和 昌浩
年度 2016
Vol 50
No 5
ページ数
抽出データ 昭和シェル石油株式会社 チーフエコノミスト東京大学公共政策大学院 客員教授角和 昌浩シナリオプランニングの理論:その技法と実践的活用はじめに シナリオプランニングという戦略検討ツールについて紹介します。 本稿はアカデミックな世界の方々に向けて、論文作法に従って書かれる文章ではありません。既往の論文に網羅的に当たることをせず、リファレンスは不十分であります。筆者は先行研究に依拠して論を進めるのではなく、本稿にオリジナルな知見を取り込んで、公開することをもくろんでいるからです。これら知見は、筆者がここ25年の間に体験したシナリオプランニング活動の実践から得られています*1。シナリオプランニングにはいくつかの「流派」があるのですが、本稿ではRoyal Dutch Shell(以下、Shell)グループのシナリオチームで得た経験と方法論を中心に紹介します。筆者は、これまでの実践をできる限り客観的に記述して、残しておこうと思います。そのような動機にふさわしい形式として、この文体を選びました。 本稿の概要は以下のとおりです。 まず、シナリオプランニングの考え方と技法の一端を紹介します。次に、シナリオ作品を制作する際の型式の選択に当たって筆者が最も大切と考えるアプローチの違いについて、すなわち規範的アプローチと探索的アプローチの違いについて解説します。そして、規範的アプローチを採用したシナリオ作品の例として、経済産業省「2030年のエネルギー需給展望」(2005年3月)を紹介。また、探索的アプローチの例として、Shellのロシアシナリオ(1993年)を紹介します。 Shellのシナリオプランニング活動や戦略の決定と実行の歴史を振り返れば、うまくいかなかったケースもたくさんあります。が、本稿は、シナリオプランニングの意義を積極的に伝えようとするものでありますから、敢えて失敗例を挙げることはしませんので、よろしくご了解の程、お願いいたします。あ1. シナリオプランニングとは何か? シナリオプランニングとは、シナリオを使ったプランニングのことである。 まず、シナリオとは何か? 三つの特徴を挙げる。(1)シナリオ①未来のストーリー シナリオ(scenario)とは、未来世界を物語るストーリーのことである。演劇の台本などで使われる。そこでは、登場人物たちと、彼らが演技する舞台風景が、時間の流れに沿って描かれる。1石油・天然ガスレビュー シナリオのなかには、現在から将来に向かって、これからどんな重要な事柄が起こる可能性があるのか、それはどんな原因で、誰によって引き起こされ、どんな波及効果をもたらすのか。その結果、未来世界が現在とどんな点で異なってくるのか、がストーリーのなかに書き込まれている。つまり、未来の重要なイベントと主要登場人物たち、そして彼らがどんな意図を抱いているのか、を特定するのであり、また世界がどのような仕組みで動いているのか、を伝えようする。 シナリオは、お芝居に使われるのだから観客を想定している。観客は演劇の仮想空間のなかにわが身を置いて、アナリシスnラハラドキドキ、楽しむのだ。 シナリオは、タイムマシンのように「未来の現実」を見せようという仕組みではない。もとより未来に何が起こるかなど、今現在、正確に分かるはずもない。シナリオは、未来世界がとり得るいくつもの可能性を、現在われわれに見えている事象に取材し、分析し、解釈して、つくる。 当然のこととして、起こる可能性のある未来の姿が、複数、成り立つのだが、ここで、可能性をあまりにたくさん広げると使い勝手が悪い。後述するように、シナリオプランニングという独特の活動で使われるシナリオ作品は、組織の戦略検討に活用すべきもので、実践的かつ効果的な様式を備えていなければならない。そこで、未来世界の可能性は、以下の手順によって絞り込まれる。 現時点で、未来世界を知るためのデータはたくさん手に入るだろう。そのうちで、「ある程度確からしい」見通しを指し示してくれるデータと、「不確実性が高い」ことを示唆するデータを選別したい。すなわち、未来予想をしようとしても、どうしても方向感が?めない事象が、確かに、いくつかある。それらが、なぜ、現在のわれわれに見通しがつきにくいのか、その理由を更に深く研究する。そして、ここを出発点にして、複数の異なる未来世界を描き始める。 ともあれ、最初は未来の可能性をできるだけ幅広く考えておきたい。シナリオの制作は、未来世界の多様なありようについてのデータを組織内外の専門家に求め、分つか析することから始まる。②構造化 シナリオの第2の特徴は、現在の世界が未来に向かって変化していくさまを、構造的に理解することである。 不確実性の高い事象について深く研究していくと、次第に、この構造が見つかって(見えて)くる。「構造的に理解する」とは、具体的には、さまざまな事象を統合して理解できるようなシステム図をつくってみることだ(後述します)。 不確実性の高い事象を起点として、現在から未来に向かうストーリーを展開させると、シナリオ作品がはっきりとしてきて、全体の構造も?みやすくなる。また、シナリオ作品が記憶しやすくなる。③予測とシナリオ 第3の特徴。シナリオは、予測とは異なる。 予測という手法は、一般的に、過去の延長線上で未来を考える。例えば、現在のビジネス環境がそのまま将来も続く、という前提で将来を考えてみる。あるいは、統計的に処理して理解した過去のトレンドをもって、未来のありようを推定する。予測作業のプロセスには、「今はよく分かっていないのだけれども、将来、根本的な構造変化が起こるかもしれない、その場合どうなるのだろう」という、漠然たる予感や想像力は取り込みにくいかもしれない。未来世界1現在将来の見通しが将来の見通しが立てにくい事象を立てにくい事象を構造化して理解する構造化して理解する未来世界2現在2020年2030年20XX年時間の流れ出所:筆者作成図1構造化した未来のストーリー 他方、シナリオをつくりはじめると、未来世界のイメージを語るストーリーをいくつも思いつく。これらの玉石混交のストーリーたちは、計量モデルにかけてみると実現可能性が確かめられる。モデルから荒唐無稽な解が出てくるのであれば、それはストーリーのほうに無理があるのではないか、ということでストーリーを修正しなければならない。とはいっても、最終的にシナリオ作品のなかに書き込まれる数量やバリューは、未来を語るためのレトリックに過ぎない。未来世界についての統計など、ありはしない。(2)シナリオプランニング 次に、シナリオプランニング22016.9 Vol.50 No.5アナリシスiscenario planning)とは何か?①ビジョンと戦略検討 シナリオプランニングは組織(政府組織や私企業など)の戦略検討のためのツール。このツールを使おうとするのなら、前段の作業が必要です。それは、組織目的と将来のビジョンを明確にしておく作業。 組織はその存立目的を持つ。この目的を達成するために、組織のリーダーはビジョンと戦略を設定し、組織の成員に賛同を求め、組織の周りの環境に働きかける。組織のリーダーはあらかじめ、この組織がどこへ向かうのか、明晰に自覚していなければならない。リーダーは船長である。今回の航海はどの港に向かうのか、船上のクルー全員に目的地を周知させねばならぬ。そうしておけば、クルーは、船を吹き抜ける風が順風なのか、それとも逆風なのか、分かるだろう*2。 ところが、船の周りの風、周りの環境はどんどん変化していく。私企業であればビジネス環境であり、政府であれば政策環境である。長期未来の環境は現在と不連続な展開を見せるかもしれない。 ここで、シナリオプランニングが登場するわけである。シナリオ作品は、リーダーが未来世界に起こる思いがけない変化を実感できるよう工夫されている。現在、組織が採用しているビジョンと戦略が、未来に起こるであろう大変化に耐え得るかどうか、を検証できるツールに仕立ててある。 だから、肝要な点。シナリオ作品のなかで描かれる2、3の未来社会は、それぞれに全く異なった姿をしているのだが、それらは、あたかも将来に同じ確率で現実化するように見えなければならない。それぞれのシナリオが、リーダーに与える情報力と説得力が同レベルに感ぜられるよう、材料の選択やレトリックを工夫してつくる。 こうして、リーダーには、今現在から未来に向かう、同程度の確からしさに思える、環境変化の道筋がいくつか見えるようになる。分かれ道も見える。ビジョン達成のために好都合な道筋も見えれば、全く不利な道筋も見える。一つに絞れない。「困ったものだ!」と、大いに悩んでもらうのが、シナリオプランニングの仕掛けです。 このような仕掛けを、新たに組織に導入するのは、実に難しいだろう。 企画部門がつくってきたシナリオ作品を聞いた経営トップたちが、顔を見合わせているのである。「アイツラ、われわれに何を進言しておるのか・・・・・」「ワカラン!」 なお、本稿では「組織のリーダー」と簡便に呼んでいるが、大規模な、組織全体に関わるシナリオプロジェクトの場合、組織のリーダーとは数十人のトップリーダー層のことであろう。例えば、組織内に独立したアカウンタビリティを持つ部門が並存している場合は、─すなわち省庁組織では「局」、私企業では「カンパニー」─リーダー層には各部門長が含まれるだろう。また、小規模なプロジェクトであっても、シナリオプランナーのほうで、「組織のリーダー」を1人ではなく、幾人かの集団とするのが適切と考え、プロジェクトを進めることもあります。②オーダーメード シナリオプランニングが、組織内で意味ある活動になるためには、最低限でも、組織のリーダーの抱いている切実な問題関心に応えていなければいけない。故に、リーダーを、最初からシナリオ制作活動に巻き込むことが大切である。 リーダーの切実な問題関心に、どう応えていくのか。それによってシナリオ作品の内容や型式が決まってくる。 例えば、シナリオの射程。リーダーは、今から何年先の未来までを見通したいのか? プロジェクトライフから考えて15年先までか。それとも、地球環境問題を取り扱うので、気象事故の深刻化と温暖化ガスの大規模削減手段の開発が進んでくる2060年までなのか。また、例えば、シナリオの領域と内容。アジア地域の5年後の国際関係を論ずるシナリオなのか。それとも、日本の健康産業の2040年時点でのビジネス環境を考えるためのシナリオを書くのか。 だからシナリオ作品は、当然、組織ごとに違ってくる。オーダーメードスーツを仕立てるのだ。③良質の意思決定を促す シナリオプロジェクトは、シナリオ作品の制作と発表で終わらないことがある。とりわけShellのシナリオチームは、戦略決定過程の一部分に関わるよう求められる場合がある。現在の長期戦略は、今後のビジネス環境の変化に対しても、なお有効であるか、それとも大きなリスクを含んでいるのか? そのリスクとはどんなもので、どうしたら軽減できるのか。シナリオチームは、求められれば戦略検討に参加し、シナリオごとに異なる戦略アクションの効果とリスクについて、分析的でロジカルな見解を述べる役割だ。 現実の組織運営や意思決定過程は、複雑で矛盾に満ち、リーダーの個性や力量に負うところも大きい。そんななかでも「より良質の決定」ができるように、最も効果的なシナリオ作品を提供し、分析的な議論の場を設えること、シナリオプランナーには、これが期待されているのだ。しつら3石油・天然ガスレビューシナリオプランニングの理論:その技法と実践的活用@実例を挙げて説明したい。 国際石油メジャー、Shellグループは40年以上にわたってシナリオプランニング手法を使い続け、進化、かつ深化させ、理論面・実践面で世界をリードしている。 そのシナリオプランニングが注目されたのは、この会社が、シナリオ手法を使って第1次石油ショックを「予想」うわさし、事前に戦略的な行動を取っていたらしい、との噂が広まったからである。このエピソードはずいぶん昔のことなのだが、話の柄が大きくて、実に立派な神話なのだ。 1973年10月に勃発した第4次中東戦争を機に、OPECは、原油価格を大幅に引き上げた。第1次オイルショックである。Shellのシナリオチームが原油価格急騰の可能性をシナリオ作品に書き込んだのは、1971年と1972年に行ったシナリオ検討作業だった。アラブ諸国のナショナリズムの昂進と、厳しさを増す産油国・メジャー間交渉の現実から、OPECカルテルによる大幅値上げの可能性を指摘するのは、少しの勇気があればできよう。ただ、その先が重要。Shellの当時の経営トップは、「オイルショックシナリオ」を下敷きにした全社的な戦略検討を指示し、オイルショック影響を、具体的に各現業部門のリーダーに考えさせた。ここで、組織全体の本当の勇気が試されることになった。 原油価格が何倍にもなったらビジネスはどうなるか? シナリオは「遠くない将来に大幅値上げが起こる。世界の経済活動が停滞し石油需要は落ちる」と書いてきた。現業各部門にとっては、虚を衝かれた議論だった。第二こうしんつ次大戦が終わって後、石油需要はずっと右肩上がりであったではないか・・・・・と。 結論に飛ぼう。精製部門のリーダーは、石油価格が高騰したら西欧の産業は停滞し、おまけに電力会社は火力発電所の燃料を重油から石炭に転換するだろう、と考えた。重油が余る。重油分解設備への投資、とりわけ重油をガソリンに転換することができる接触分解設備への投資を準備すべし。すなわちShellグループの各製油所は、接触分解設備の増強・新設投資の検討を終えて、本社に報告、OPECが本当に価格を大幅に上げたら直ちに戦略発動、と部門内で合意したのだ。一方で、船舶部門は、ついこのシナリオの可能性を遂に信じなかった。1973年秋、来年度の部門予算が承認されたタイミングで中東戦争が勃発。船舶部門は、ビジネスへの影響は一時的であるとし、承認済みの予算をそのまま執行してタンカーを大量発注する。そして、船舶部門は以降、長く長く船腹過剰と不採算に苦しむこととなる。 総括しておきます。Shellのシナリオチームは、シナリオの制作と、リーダー層に対してシナリオを活用した戦略検討を促すこととは不可分の活動だ、と考えています。巨大な企業組織を率いるリーダーたちの心に、未来の不確実性に立ち向かうための、慎重さを兼ね備えた勇気とガッツ(guts)の火を呼び起こしたい、という野心を持っているようです。戦略ディスカッションが巻き起こった!具体的な戦略アクションが取られた!石油価格急騰需要急減の可能性メッセージの受容:電力に向け重油が石炭に負ける!反発:信じられない!強い製油所:重油分解設備への大規模投資準備弱い製油所:投資凍結石油精製ビジネス部門は収益性で競合他社を引き離すVLCC大量発注をキャンセルせず船舶部門は需要減による船腹過剰で、長く不採算に苦しむ(注)VLCC:Very Large Crude Carrier(積載重量が16万~32万トンの原油タンカー)出所:筆者作成図21973シナリオ〈R.D./Shell シナリオプランニングの成功神話〉42016.9 Vol.50 No.5アナリシス. シナリオプランニングの技法:シナリオ作品のつくり方 さて、標準的なシナリオプランニング活動では、以下の三つの仕事を順に進めていきます。(1)クライアント 再説するが、まずリーダーを巻き込む。ここは強調しておきます。 彼らが「クライアント」である。シナリオ作品の中身に、リーダーの抱いている将来の不安や期待を取り込まなければならない。だから、企画部門長が経営トップから、「今回の長期経営計画では、シナリオ手法というものをやってみたらどうかネ」と、打診された時には、「はい、それではご一緒に、将来のビジネス環境を順序立てて、曇りのない目で分析し、未来を考えてみましょう。お時間を十分とってください」と、誘うべきだ。具体的には、リーダー層の何人かと個別に面談し、難しい質問に本音で答えてもらう。わが社は長期的に、何が最も不安なのか?将来の重大課題のなかで展望が読みにくい課題は? ある程度予測がつきそうな課題はどれ?・・・・・。未来展望についての、確実性と不確実性に関わる感覚を磨いてもらうのだ。 そのためには、シナリオ手法の訓練を受けたスタッフがインタビュアーになって、個別対話を進めるのが望ましい。最大の不確実性と関心事が、実は、将来のトップ人事だったり! アブナイ、アブナイ。公の心に戻ってもらわなければ・・・・・。取っておきの質問。「社長は、20年後には、きっと、引退なさってます。どんなことを成し遂げた経営者として、後輩から記憶されたいでしょうか?」 初期段階で、プランナー側がクライアントの心のなかの不安や期待を十分に理解していれば、シナリオプロジェクトはそれほど難しくない。 なぜならシナリオの制作は、以下説明するように相当程度マニュアル化ができるのです。(2)モジュール シナリオ作品の制作に当たっては、図3のモジュールを順番に揃えていく。 まず第1に、「現在見えている事象」。 シナリオチームは、クライアントが組織の将来ビジョンの達成に影響を与えそうだ、と感じている重大な関心ごとを、現状分析の中心テーマに据えて、それに関係しそうな事象をたくさん集め、分析を始める。現時点で見えているトレンドや、将来展開が確からしそうなテーマを抽出してみる。ここはブレーンストーミングの作業だから、ワークショップを多用して、外部の知見も大いに取り込み、データベースをつくっていく。例えば、Shellでは、エネルギー・環境問題を扱うシナリオプロジェクトでは、特にNPO/NGOの人々をワークショップに招いて、意見交換をします。NPO/NGOは、Shell内部の専門家とは違った「ものの見方」を持っている。その見解を根拠づけるデータの揃え方も、Shellとはずい見えている現在事象将来展開が読める事象どう解釈できるのか?将来展開が読みにくい事象シナリオ分析の枠組み?未来世界1シナリオストーリー未来世界2?出所:筆者作成図3シナリオ手法のモジュール5石油・天然ガスレビューシナリオプランニングの理論:その技法と実践的活用ヤん違っている。この違いの発見が貴重なのです。 第2に、見えている事象を「どう解釈できるのか」。 重大関心課題を取り巻く環境の成り立ちや働き方を、統合的に説明できるシステムモデルを試作する。その際、この瞬間の現状は合理的に説明できる、と措定するのが、シナリオ制作のコツであります。「まず現状を正確に?曲しても構わないが」*3みたまえ。その後、いかように歪(マーク・トウェイン)。 第3。未来の経営環境なり政策環境なりに関係してくる事象のうち、将来展開が読みにくい、不確実性の高いテーマについて深く研究し、何がこの不確実性をもたらしているのか、を構造的に理解する。これが「シナリオわいきょく分析の枠組み」となる。将来に向かってストーリーラインを展開していくと、将来のある時点で予測不可能な重要テーマに遭遇するだろう。ここを通過する際に、シナリオは分岐するのだ。 第4。シナリオのストーリーを書く。クライアントのビジョン達成戦略・計画に関係してくる未来の射程まで、未来世界のありようを、複数、書き分ける。時間軸を使ってストーリーをつくるのだ。戦略検討は、ビジネス環境の変化と対応策のアクションプランを、時間を追って順番に、連鎖的、整合的に構築することが目標となる。だから、将来の「いつ頃」、最大の「不確実性」が訪れる可能性があるか? が、シナリオ作品のなかでキチンと説明されていなければならない。見えている現在事象どう解釈できるのか?出所:筆者作成図4現状の合理性を説明するシステム図(3)現状説明モデル①原油価格レベルの動態説明モデル 現在見えている事象は、どう合理的に解釈・説明できるのか。見えている事象は、この瞬間に合理的な形で成立しているのだ、とまずは措定すべき、と言いました。具体例をつくって説明しよう。 図5は、「原油価格が今現在45ドルレベルで、軟調気配にあること」を説明してみたものだ(筆者が2016年7月上旬に試作)。イラン増産緩やかな需要回復ナイジェリア武装勢力ナイジェリア供給不安OPEC輸出量リビア原油積み出し港閉鎖リビア「IS化」出所:筆者作成地政学的ボラティリティの再燃中国経済の減速英国、EU離脱を選択原油価格45ドル軟調気配米国経済の優位世界株安株式/商品市場がリスク回避米国シェール原油投資・生産活動ジャンク債引き受け困難図5現状説明モデルの例〈なぜ、原油相場が45ドルなのか?〉62016.9 Vol.50 No.5アナリシス@「現在、原油価格が45ドルレベルにあり、軟調気配にあること」 この現状は、分析的な手順を踏んでいけば、合理的な因果関係モデルをつくって、ちゃんと説明できるのである。 産油国のナイジェリアとリビアが、それぞれの事情で国内政情が不安定化していて、原油の生産操業が不調。が、代わりにイランが増産して売り先を探している。だからOPEC全体の供給量は下がっていない。現在、世界的に供給過剰状態である。が、45ドルレベルでは、米国シェール原油生産が伸び悩むだろう。 需要面を見れば、中国経済の減速傾向に加えて、英国がEU離脱を選択して世界景気への悪影響が懸念される。現に、世界では瞬間的に、同時株安となった。マネーはリスク回避的に動き、株式市場・商品市場は低調。アメリカの中小シェール事業者が資金調達を依存しているハイリスク・ハイリターンのジャンク債の引き受けも低調で、シェール事業は停滞を強いられている。 けれども米国経済は、先行きが不安なEU経済と比べてなお力強く、輸送用燃料の国内消費も好調だ。中期的には、米国内の石油需給がリバランスして原油市況が上向くかもしれぬ。 他方で先物市場では、産油国国内の争乱が、突発的で深刻な原油輸出の途絶を引き起こすかもしれない、という地政学的材料で、高値を誘う動きも見られる。 どうですか。この動態的現状説明モデルは使えるでしょうか。「中国経済の減速」がモデルにうまく入らなかったのだけれども・・・・・。②敢然と、動態的現状説明モデルをつくる シナリオ作成の技法解説に戻る。 動態的現状説明モデルを仮設するのが、最初の仕事である。このモデルは今現在安定している。つまり、説明モデルに組み入れた登場人物たちの間で、瞬間的にナッシュ均衡(Nash Equilibrium)が成り立っている、と措定するのだ。シナリオプランナーは、もちろんこの説明モデルのなかに、先行き不安定化する可能性を見ている。現状が将来に向かって変化する様子を、活写して伝えるのがシナリオ手法の得意技なのだから。 敢然と、動態的現状説明モデルをつくらなければならない。それが間違っていてもよい。入念に調査してもなおデータは不十分だろう。今、われわれに知り得ないことなど、当然、いっぱいある。でも、説明モデルの構築を諦めてはいけない。 明治期の旧制一高生、藤村操は「萬有の眞相は唯だ一言にして悉じて、日光華厳の滝に飛び込んだが、シナリオプランナーは投げ出さない。真理を求めているのではない。分析的知性が、現状のありようを合理的に納得できる仮設の説明モデルが欲しいだけ、なのだ。く『不可解』」(遺書「巌頭之感」)と歎がんとうのかんつくいわす、曰たん3. シナリオ作品の枠組み選択 この章では、未来を書き分けていくシナリオ作品の枠組みと、ストーリーの運び方の根本を規定してしまう、二つの異なったアプローチを説明したい。それは、規範的アプローチと探索的アプローチ、の二つです。(1)Shell「グローバルシナリオ1992」 筆者は、この二つのアプローチの違いと、その意味合いについて体験的に気づかされた。Shellは1991年から1992年にかけて、長期未来の政治社会経済・国際関係・エネルギー・環境・ビジネス活動を活写した、世界大のシナリオ作品「グローバルシナリオ1992」を制作していた。なにしろ、東西ドイツの統一、ソ連邦崩壊、中国が改革開放していて・・・・・という時代だった(後述します)。 さて、「グローバルシナリオ1992」が出色のでき栄えだったので、シナリオチームの長は、トップマネジメントと相談の上、この作品の公開版をつくり、広く社外とのディスカッションに臨むことにした。Shellのシナリオプランニング活動の歴史では、初めての試みだった。ところが、ここでチーム内に真剣な議論が起こった。元来私企業の経営戦略検討ツールであるシナリオ作品を世の中に出す場合、「よりよき未来社会、今後目指すべき、望ましい未来社会」という色合いを、叙述のなかに持ち込むべきか、否か。数週間、チーム内の対立は深刻であった。 「よりよき、目指すべき未来社会」とは何か? 当然「何が望ましいのか」という、価値観の選択に触れることになる。ここは、政治や、政治家に仕える行政官の領分ではないのか。とりわけ、個別の社会に求心力と規範をも7石油・天然ガスレビューシナリオプランニングの理論:その技法と実践的活用スらしている統治のシステムについて、一私企業が「望ましいあり方」に言及するのは不適切ではないか。現にShellは、中東やアフリカの現場で、特権階級が存在し、必ずしも民主的な統治を敷いていない政府の下でもビジネスをやっているではないか。シナリオ作品とは、複数の未来社会を書き分け、それらがあたかも将来、同じ確率で現実化する、と説得的に示している書き物、それがルールであり伝統だろう。シナリオチームの任務はこの時点で終えるべきではないか、企業の社会的責任の範囲や内容に応えるべきは、別組織、例えば広報部門の責任ではないか・・・・・このような強力な議論が展開された。 その時のチーム長はジョセフ・ジャウォースキ(Joseph Jaworski)。合衆国東部出身のアメリカ人で、強い倫理観と社会的使命感を持った人物だった。しかも、誰に対しても辛抱強く、長時間の対話をしかけて、インタビューノートを書きつけていくという、類いまれな勤勉さと誠実さを備えていた*4。このリーダーはチーム内の波風を収めつつ、公開版を編集していき、完成させた。そこには1991年以降目前で進行している、中央統制的統治システムの突然の退行を説明する動態モデルのなかに、人々の民主化への願いが入っている。 Shellはこれ以降、世界大のシナリオ作品については公開版を発表し続けている*5。そうじょう明モデルのなかにプレーヤーとしてあり、しかも、このシステムの全体に影響力を行使できそうなプレーヤーとしてある。 先の「原油45ドル現状説明モデル」を思い起こすと、例えば、将来、アメリカ連邦政府や州政府が、自国のシェール産業に対する強力な支援策を打ち出す、というのであれば、これは全体システムに影響しそうだ。また、リビアのIS組織はクライアントでは決してあり得ないけれども、不意に深刻な騒擾を起こして、原油相場を短期間高騰させる力があるかもしれない(高原油価格は、彼らにとっての望ましい未来なのだろうか?)。後者の例は「望ましい未来」を描く規範的シナリオが、正義や倫理の価値とは無関係に成り立つことを説明したいがためたとの、喩 まとめておく。規範的アプローチに従ったシナリオ作品では、クライアントは、複数の未来の可能性のうちのどれが、組織ビジョンの実現にとって最も好都合な未来か、が明白に分かります。このアプローチは、とりわけ公共政策を取り扱うシナリオプロジェクトで用いられるケースが多い。シナリオ作品は斬新な切り口で面白くストーリーを語るので、聞く者に対して効果的にメッセージを伝えるパワーがある。だから、多様な未来世界の可能性のなかから、政策当局から見た「望ましい」ビジョンを示唆して、それを市民の側に提案していきまえです。(2)規範的アプローチ さて、規範的アプローチと探索的アプローチ、である。 規範的アプローチとは、シナリオ作品のなかに、クライアントにとって「望ましい未来社会、今後目指すべき未来社会」を明示する、というアプローチを言う。他方で、探索的アプローチはこれをしない。 二つのアプローチでは、シナリオのつくり方が違う。 規範的アプローチでは、組織のリーダーすなわちクライアントが、世の中に対してどのように働きかけていったら、将来、クライアントのビジョン(政策課題や経営戦略)を達成するために好都合な世の中になるのか、どんな具体的なアクションが取れるのか、といった「望ましい未来」に対する能動的な働きかけの具体策をもストーリーに書き込んでいくことを許す。 図6で説明しよう。 ここではクライアントは、動態的現状説出所:筆者作成図6規範的シナリオアプローチの構造82016.9 Vol.50 No.5アナリシスオょう、といった趣向のシナリオプロジェクトでは、このコミュニケーションパワーが活用される。理論のほうでは、この種のプロジェクトは「公共シナリオ」と呼ばれる分野です。欧米では市民対話のプロセスで、シナリオプランニング技法が盛んに使われています。出所:筆者作成(3)探索的アプローチ そもそも、私企業にとって、規範的アプローチに従ったシナリオ作品は有用なのだろうか。 私企業の目的は、第1に価値創造、あるいは利潤の最大化であろう。個社は、将来の利潤最大化のためのビジョンと経営戦略・計画をつくる。当然のことであります。そこで、個社の価値創造と利潤最大化の実現に、好都合な「望ましい」未来のビジネス環境をシナリオ手法で描くことができよう。これが私企業にとっての規範的シナリオでありましょう。筆者は規範的シナリオは正義・倫理価値とは無関係に書けることを、説明済みです。 ただし、もし特定の私企業が、動態的現状説明モデルのなかで、システム全体に影響力を行使できるパワフルなプレーヤーとしてある、となると、にわかに事態が緊張してくる。反社会的な目的を掲げる巨大私企業だって、会社法の法理のなかでは原理的に存立可能なのだ。世界制覇をもくろむ邪悪な組織は、前世紀の映画「007」シリーズのシナリオで、おなじみです。 この脱線は、1992年当時、私企業たるShellのシナリオチームが、「今後目指すべき、よりよき、望ましい未来社会」を明示する規範的アプローチを、対外公表版のシナリオ作品で採用する是非について、真剣で、激しい議論を交わした事情を再説するものである。現に、Shellは1990年代後半、独裁体制下にあったナイジェリアで、この統治体制を資金的に支えている石油・天然ガス開発ビジネスを継続すべきか否か、という深刻な問題を抱え込むことになった。図7探索的シナリオアプローチの構造中長期経営計画には難がある、ということだ。 そこで一般的に、私企業が進めるシナリオプロジェクトでは、規範的アプローチではなく、探索的アプローチに従う。 図7のなかのビジネスリーダーは、自社を取り巻くビジネス環境の現状を説明しているモデルが、動態的に安定してはいるものの、いずれ変化することを予期している。そして、ビジネス環境が今後どう変化するのだろうか・・・・・好奇心を刺激されているのだ。 探索的アプローチを採用する時のプランナーの目標は、組織のリーダーが、「キチンとリサーチを行っているにもかかわらず、それでも残っている不確実性の高いイシューは何なのか、そのイシューは将来、自分の組織の戦略ビジョンにどのように影響を及ぼしてくるのか」というところに、論理的・分析的に、しかも、十分な驚きと強い印象を抱いて気付いてもらうこと。クライアントが、シナリオ作品のなかに描かれた複数の未来のビジネス環境の前に立ち、自分の戦略にとってとりわけインパクトの大きそうなイシューに対して、リスクマネジメントの必要性を認識する、それが目標である。 元に戻る。私企業が規範的アプローチを採れるか、という論点についてもう一つのポイントがある。実際の話、私企業が現状システム全体に影響力を行使できるケースなどそうない。だから、個社のビジネスに都合のよい「望ましい」ビジネス環境を、それだけ一つを前提に置いた9石油・天然ガスレビューシナリオプランニングの理論:その技法と実践的活用. 規範的アプローチを用いたシナリオ作品 2005(平成17)年3月に「2030年のエネルギー需給展望」(以下、「需給展望」と略称)として公にされた、経済産業省(以下、「経産省」と略称)の長期エネルギー需給見通しは、規範的アプローチを用いたシナリオ作品の典型だった。(1)従来の作業 実は経産省は、従来、将来のエネルギー需給バランス像を複数、提示するという形式を採る故、シナリオ手法を使っていた、とも言える。 例えば、2001年7月に公表された文書「今後のエネルギー政策について」では、2010年度における1次エネルギー総供給量およびエネルギー別の供給見通しを、〔基準ケース〕と〔目標ケース〕という二つのケーススタディとして発表している。 このような構成は、政策当局が今後実施したい政策パッケージ、つまり〔目標ケース〕を、定量的なレトリックを使いながら世の中一般に向かって提案しているもの、と理解できる。 ここでまた、少し脱線をします。すみません。 経産省が数年ごとに発表する長期エネルギー需給バランスは、実は、長年、日本のエネルギー産業界では、大変、重要視されてきた。 ここでは極めて実際的な話をします。 未来世界のありようなぞ分からないことは、私企業の側も承知している。それでも、企業内部では数年に一度、将来の日本のエネルギー需給バランスが痛切に必要になることがある。例えば投資規模が数千億円、プロジェクトライフが20年にわたるエネルギー関連の投資案件のフィージビリティスタディにとりかかる場合など。こんな時経産省の見通し以外に、未来のエネルギー需給バランスを書いてくれているデータが見当たらないのだ。 基本目標と政策パッケージを、関係者や広く国民に認知してほしいのが政策当局の立場だ。ところが企業側は、社内に経営計画の前提条件を周知徹底させたり、投資案件のフィージビリティスタディの一部に援用したいがために、経産省の需給バランスを、そのまま引用しようとする。 やはり「官製」の将来見通しには貫禄があるようなのです。の策定作業では、経産省は、この官製需給見通しとエネルギー産業界の利用実態との関係が問題と考えたのだった。 総合資源エネルギー調査会第8回需給部会(2004年6月)に提出された資料「2030年に向けた複数の将来像と道筋」(以下、「将来像と道筋」と略称)のなかで、同省は、以下のようにシナリオプランニングを使う意義を説明している。曰く、 「将来像と道筋」シナリオの目的は、第1に、「需給展望」の読者がレファレンスケースだけを読み込んで、超長期未来のエネルギー情勢を措定しないよう注意を喚起することにある。第2に、そのありようが複数あり得る経済社会構造やエネルギー需給構造の将来像を、読者に同時に体験してもらうことによって、エネルギー戦略に関する国民的議論がより深く、広くなることが期待されている。(3)シナリオ制作の過程 このシナリオプロジェクトは、標準的な手順に従って進行した。①将来展開が読める事象 以下に、現在(2004年時点)から2030年までを見通した場合に、「ある程度将来展開が読める事象」を列挙している。この知見は、経産省スタッフと外部専門家とが同席した数回の、長丁場のワークショップを通じて得られたものだ。・ 世界経済社会の将来見通しを立てる上で、ある程度確からしいテーマ  人口の大幅増大  世界経済の発展。中国、インド、ロシアの相対的地位の上昇。日本の経済的地位の低下  米国が引き続き大国の立場を維持  アジアにおける中国の存在感が圧倒的に大きくなる  米国のインド洋や太平洋における軍事的プレゼンスの低下・ 日本の経済社会の将来見通しを立てる上で、ある程度(2)シナリオプランニング登場 2004/2005年に行われた長期エネルギー需給見通し確からしいテーマ  少子高齢化102016.9 Vol.50 No.5アナリシス経済の成熟化 産業構造の高度化  ・ エネルギー・環境問題の将来見通しを立てる上で、ある程度確からしいテーマ     中東原油シーレーンの重要性 化石燃料の資源枯渇はない エネルギー消費量の増大とCO2排出量の増大 水資源問題、廃棄物問題、大気汚染問題の深刻化②将来展開が読みにくい事象 2030年までを見通す場合に、不確実性の高い事項であって、しかも将来のエネルギー需給構造に大きな影響を与え得るテーマを選び出し、それぞれの要素の見通しが不確実である理由を考える。・ 国際経済社会の政治的安定性   中東情勢や原油シーレーン周辺の国際経済社会情勢が不安定化した場合、一時的に供給不安が起こり、価格急騰が起こるかもしれない。   あるいは、中東の政治的安定性が確保され、ロシアへの投資が円滑に進み、中国やインドなどの大国が国際経済社会と調和するなど、資源供給地域や輸送ルートで緊張が増大しない場合は、エネルギー供給は安定する。・ 資源枯渇の可能性   2030年になれば、21世紀半ば以降の供給可能性が問題となってくる可能性がある。仮に新たな油田・ガス田が発見され、技術開発により採掘コストが低減し、資源開発部門への投資も円滑に行われる場合には、2030年時点では化石燃料の枯渇の問題は、深刻にならない。   一方、埋蔵量の追加が期待するほどでなく、実際に資源枯渇の可能性が視野に入ってくる場合、どこの国も国家戦略として資源確保の動きを強め、新エネ・省エネ技術や原子力技術の開発が加速する。・ 技術の進展可能性   イノベーションは、経済社会システムを根本的に変換する可能性がある。   太陽光の変換効率を大幅に向上させる画期的な技術等の新エネ技術、バイオ触媒等の省エネ技術、あるいは炭素隔離技術などが、実際に開発導入される場合には、エネルギー需給構造は根本的に変化し得る。・ 環境制約の顕在化   地球環境問題に対応する国際的枠組みの態様や実効性は、不確実性が高い。   一部の国しか枠組みに参加せず、参加した国に厳しい削減義務が課された場合には、参加した国々を中心として経済成長は大幅に抑制される一方、効率が劣る地域に経済活動の中心が移動する。結果として、世界全体の排出量が増大してしまう可能性がある。あるいは、地球環境問題に対処しようとする企業の自主的努力や個々人の努力が評価され、報われるような仕組みを構築することができれば、強制的な枠組みがなくても、企業や個々人が率先して、地球環境問題対応策、例えばエネルギー使用の効率化に取り組む可能性がある。・ 各国の国民意識の変化   人々の意識が今後どのように変化するか、は極めて不透明である。過度な冷暖房や照明の下での生活が当たり前となり、大量消費に優越感を感じるような社会では、いくら省エネ機器が開発されても普及は進まず、エネルギー需要は増大し続ける。   逆に、人々の環境意識が高まり、自然と調和して「持続可能」な形で生きることがスマート、と考えるような社会になれば、エネルギー消費削減に向けたさまざまな工夫がなされ、長期的にエネルギー供給構造に大きな影響を与える可能性がある。(4)シナリオの中心テーマとフレームワーク それでは、「将来像と道筋」シナリオを簡単に紹介しよう。①中心テーマ 将来見通しが不確かなテーマのうち、何が、未来世界の形成要因として一番重要か、を深く議論することがシナリオ制作の中心作業となった。 そして、経産省は「国民の環境意識の変化」を、最も影響力の強い、中心的なテーマと位置づけた。その上で、国民の環境意識が高まると、企業を中心とした新エネ・省エネ関連技術の開発・実用化が促進されるであろう、という因果関係を、シナリオストーリーの基幹とした。 更に同省はもう一つ、重要な前提を置いている。それは、日本国民は潜在的に環境意識が高いはずである、というテーゼだった。このテーゼが日本の市民社会の現状を正確に?まえたものであるかどうか、検証が難しい。反証も見つかるでしょう。だが、日本社会の動態的現状説明モデルのなかには、「日本国民の潜在的な環境意識の高さ」を説明要素として入れてある。そうしないと、11石油・天然ガスレビューシナリオプランニングの理論:その技法と実践的活用アの潜在意識に国の側から政策手段を講じて働きかける、そうして潜在意識を顕在化させ、動員し、日本社会が地球環境問題に対処するよう、次第に変化していく、というシナリオのフレームワークがつくれない。 このあたりに、規範的アプローチの特徴がよく見えています。②フレームワーク 「2030年のエネルギー需給展望」の「将来像と道筋」シナリオのフレームワークは、図8のとおりである。 「豊かさの向上」(高成長型)と「環境適合の実現」という二つの規範的な目標、つまり「望ましい」社会のあり方が達成可能! とする象限に、二つのシナリオ、すなわち「現状趨勢シナリオ」と「自律的発展シナリオ」が置かれている。 三つめのシナリオである「環境制約顕在化シナリオ」は、環境負荷が増大した後、環境適合の実現に向けて大きく振れるストーリーであることが示される。 最後に、中東情勢などエネルギー供給面で緊張状態が出現した場合のストーリーが「危機シナリオ」として、別枠で示される。 なぜ、国民の環境意識の変化が最も影響力の強いテーゼとして選定されたのだろうか。その理由は、もはや明らかでありましょう。 経産省は、自らの考えを公表して賛同を求める対象を、国民1人ひとりと想定している。国民に対して、環境意識を更に高め、豊かさと環境適合を同時に達成できる未来の経済社会構造を実現しよう、これこそがあるべき未来社会です、と呼びかけるのだ。 「自律的発展シナリオ」の世界では、日本国民の高い環境意識は、人々の消費行動や企業活動を通じて社会経済の全体システムを動かしていく。企業は、高い環境意識を持った顧客ニーズに応える商品開発を行い、高い環境意識を持った投資家に対しては社会的責任を意識したも日々のビジネス活動を以って応える、というわけである。結果、省エネが進展しエネルギー需要は大幅に減少。化石燃料消費量も減少する。逆に、新エネルギー、再生可能エネルギーの導入が進むのであります。(5)振り返り 改めて、2004/2005年の長期エネルギー需給見通しの策定作業にシナリオ手法が活用された理由を考えてみます。・環境重視型社会・需要管理環境制約顕在化シナリオ環境適合の実現経済・環境の相乗的発展自律的発展シナリオすうせい現状趨勢シナリオ効用水準の低下(低成長型)現時点豊かさの向上(高成長型)危機シナリオ・エネルギー大量消費型社会・経済成長重視・自由主義経済環境負荷の増大出所:経済産業省図82030年に向けた複数の将来像と道筋の概念図122016.9 Vol.50 No.5アナリシス@政策当局が、規範的アプローチに従ってつくった未来ビジョンを国民に提案するのは当然だろう。それが役割である。 経産省は「未来のエネルギー需給バランスは、とりわけ、人々の価値観やライフスタイルの変化によって影響を受ける」というメッセージを広く国民に伝えたかったのだった。 そこで、豊かさと環境適合を同時に達成できる未来の経済社会システムを、現状の趨勢を政策手段により加速、深化さていく「自律的発展シナリオ」として大いに活写し、半面、「環境制約顕在化シナリオ」と「危機シナリオ」はともに回避すべき未来、として描いた。これら三つの異なった未来像を並べて見せて、未来への望ましい方向性を、よりクッキリと描こうとした。 成功したシナリオ作品には、際立ったコミュニケーションパワーがある。作品のなかに、多様な材料をストーリーの形で盛り込むことができる。そして、議論の構造と筋立てがしっかりしていれば、それを聞く者は知的に刺激され、よいディスカッションができる。現に、経産省は、「将来像と道筋」シナリオを英訳し、海外での発表で大いに活用した、と聞いている。5. 探索的アプローチを用いたシナリオ作品:Shellのロシアシナリオ(1993年) 旧ソ連邦は、化石燃料資源大国。そのことを欧米エネルギーメジャーたちは先刻承知している。実際、ゴルバチョフが1980年代後半から自由化路線を採用して、国内経済と旧式の産業を立て直そうとすると、西側各国は資源案件を求めて連邦政府や国営会社にアプローチを始めた。日本もSODECO(サハリン石油ガス開発)以来のビジネス関係をテコに接触した。 が、最も活発だったのはアメリカ勢。ジョージ・ブッシュ大統領(Bush 41)がゴルバチョフ大統領に、カスピ海周辺の巨大埋蔵量Tengiz油田(カザフスタン)の開発支援を提案し、米系メジャーの参入を促した。「Oil for Friendship」という売り文句だった。その後、ロシア連邦から離脱して独立した同国のナザルバエフ大統領に対して、政府・企業が一体となった働きかけが続けられ、結果、1990年6月、Chevronの参入が決まる。1991年12月、米国/カザフスタンの国交樹立、1993年4月、ビジネスベースでのTengiz油田開発態勢が発足したのだ。 さて、Shellグループはヨーロッパの血を引く企業である。世界を見渡すと、BPは英国出身、Totalはフランス、ExxonMobilやChevronは米系メジャー。Saudi Aramco、PetroChina・・・・・それぞれ出自を鮮明にしている。他方でShellは、オランダ企業と英国企業のジョイントベンチャーとして100年近くやってきた。だから特定の国の政治力・軍事力をあてにはしない。Shellは「ヨーロッパ精神」をアイデンティティとしているのかもしれない。そしてロシアは「大ヨーロッパ」の一部、Shellとして関心を寄せないはずはなかった。 ここでShellは、旧ソ連/ロシアへのビジネス参入戦 探索的アプローチを採ったシナリオ作品は、意思決定者に対して「未来の展開は予想がつきにくい、それでも、今、重大な決定をしなければいけないようです。過度にづかず、かといって過剰なリスクを取ることは禁物でしょう。シナリオ形式で、複数描き分けた異なる未来像のどれかを、あなたなりに信じて、意思決定をしてください」と問いかける。 ここには賭けの臭いがする。が、これは、熟慮された賭けなのだ。気け怖おじ シナリオプランニング手法が企業の戦略検討に使われたお話を、Shellのロシア参入戦略を例に説明したい。といっても、今から23年も前、1993年頃の話です。(1)ソ連からロシアへ ソヴィエト連邦の大統領職にあったゴルバチョフが、1991年12月25日クリスマスに、ソ連邦の終了を宣言してしまい、旧ソ連邦領土の権力はロシア連邦大統領たるエリツィンと、大国ロシア連邦には加わらず、離脱・独立していく周辺国家の首長たちに分かれていった。 その後、新生ロシアは政治と国内経済・産業システムが混乱し、ハイパーインフレに晒された。市場経済の急激な導入によって、1992年のインフレ率は前年比2,510%、GDPはマイナス14.5%。そして石油生産レベルは、かつての1,000万b/dから600万b/d程度に落ち込んだ。エリツィン大統領のロシアは外貨を欲していた。そこで、石油と天然ガスの生産を回復させ、新規に開発プロジェクトを動かし、国際マーケットに向けて輸出したかった。さら13石油・天然ガスレビューシナリオプランニングの理論:その技法と実践的活用ェについては、社会経済シナリオを作成することによって、ロシアの長期未来とビジネスのあり方を、徹底して考えてみることにした。もちろんシナリオチームからトップマネジメントへの働きかけがあって、このシナリオプロジェクトが発足したのだ。(2)時代精神 ソ連邦の崩壊には、直前に「前史」がある。言うまでもなく1989年ベルリンの壁の崩壊と東西ドイツの統一である。このあたりは大変な時代で、中国では鄧小平国家主席が最後の力を発揮して南巡講話を行って中国経済の市場経済への移行を不退転のものとし、南アフリカではアパルトヘイト政策の終えんを迎え・・・・・Shellのシナリオチームは、1992年に発表したシナリオで、この大変動を「革命の時代 Era of Revolution」と呼び、今や、中央統制的な政治・経済体制は立ち行かなくなった、政治体制の自由化と経済の市場化に向かうトレンドは不可逆的、と観察した。(3)ロシアスタディ始動 シナリオチームが、ロシアへの本格参入を目指すビジネス部門と共同して、シナリオプロジェクトに取りかかったのは1993年のことである。 当時、チームは「グローバルシナリオ1992」を仕上げた後、説明会と対話のプロセスをこなすため、世界中を巡っていた。チームは、旧ソ連/ロシア情勢の変化に関心を絶やさなかったので、ビジネス部門からの申し出は望むところだった。今回のシナリオプロジェクトはビジネス部門を直接、支援するものとなる。この地域の長期ビジネス環境分析をシナリオ形式で行い、ビジネス部門はこの環境分析を踏まえて、戦略を決定する。でき上がるシナリオ作品は、もちろん外部発表はしない。 プロジェクトの主幹はヴィンス・ケーブル(Dr. Vince Cable)氏。筆者の直属の上司だったので、大いに巻き込まれた。なお、この人は後に国会議員になって長らくビジネス・イノベーション・教育の分野の大臣を務めた。3.11東日本大震災後、英国政府を代表してお見舞いの来日をされた。 なぜ、筆者がこの誌上でShellグループの戦略検討の話を書いているかというと、それはケーブル氏が自伝にこれを書いてしまったからだ(Cable, Vince. Free Radical, Atlantic Books, 2009)。加えて、参入戦略のビジネス責任者だったトニー・ビカス=マイルズ(Tony Vicars-Miles)氏も、公の場で発言しているからである。 それでは、Shellの「ロシアシナリオ1993」の概要を紹介しよう。①現状認識 ロシアシナリオ1993は、世界規模での政治体制の自由化と経済の市場化は不可逆的、アメリカモデルの勝利、という「グローバルシナリオ1992」の時代精神(ツァイトガイスト:Zeitgeist)を引き継いでいる。 振り返って、ロシアの現状をどう理解すればいいのか。 エリツィン大統領の権力は不安定だった。急激な市場化政策が大失政で、ハイパーインフレが国民の貯蓄・資産を痛めて、多くを貧困に追いやった。共産党勢力の反革命を武力で鎮圧していた。 旧ソ連邦の周辺地域が慌ただしかった。バルト海3国と中央アジア・カフカース地方が、分離独立した。中央アジアのカザフスタン、トルクメニスタン、アゼルバイとジャンなどでは、疾うに人口がイスラーム化していた。国有企業の民営化は、大混乱。国有企業の資産を略奪的な手段で手に入れて、ばく大な富を築き上げる新興財閥(オリガルヒ:Oligarchy)たちが現れていた。石油・天然ガス産業も例外ではない。誰がプロジェクトの交渉相手なのか、この人物が本当に決定権を持っているのだろうか、この人物の後ろ盾に、誰がいるのか・・・・・。②確からしい将来見通しが得られること エリツインの権力は当分不安定で、予断を許さない。モスクワの司法・行政権限は不十分で、「略奪資本主義」は止めようがない。 振り返ってロシアの化石燃料資源は、石油よりガスが豊富。商業化のポテンシャルは長期的にはガスの生産輸出であろう。経済が崩壊したロシアは喫緊に外貨収入を必要としている。速やかに石油・天然ガスを増産して輸出を図りたいだろう。が、開発生産技術がいかにも旧式だ。技術と投資資金を求めて、欧米エネルギー企業の参入を許すだろう。だから、今、メジャー間の大競合が起こっている。③将来見通しがつきにくいこと 天然ガスの輸出手段が分からない。パイプラインで東欧や地中海経由でヨーロッパに輸出するのか、それともLNGに加工して積み出すのだろうか。ここが、ビジネス部門にとって一番見通しがつきにくい問題だった。 シナリオチームは、この問題を現在のロシア国内体制に内在する重大な不確実性を見つけて解こうとした。 それは、ロシア連邦と地方自治体間で国有財産がどう配分されていくのか? というイシューに気付いたとこ142016.9 Vol.50 No.5アナリシスツ烈れついて、二つの違ったイメージを得ることができた。一つは、中央統制主義。モスクワ中央政局が安定して、ロシア共和国連邦はロシア民族中心の多民族国家になる。もう一つは、分離主義。連邦のなかで、異なる民族がそれぞれに担ぐ地方ボスが、分権割拠している状態。 シナリオチームの分析を要約したのが図10である。 ロシアシナリオを書き進む時の視角が決まった。将来の中央政府(モスクワ)と地方政府との間のパワーバランスは、二つの異なる発展が同じ程度の確率で想定できる、というわけであります。 これが「ロシアシナリオ1993」の、社会経済シナリオかのフレームワークです。すなわち、現在苛な様相を見せているモスクワの政治闘争は、将来どう収束するのか、それは地方ボスの権益にどう影響を与えるのだろうか?ろから始まった。 1990年6月、ロシア共和国は、共和国内の領土・資源に関する管理・処分権を旧ソ連邦から獲得していた。同じことがロシア共和国内部でも起こらないのだろうか。現に、地方ボスが族生を始めていた。モスクワ中央政府が混乱して、有力な州知事が地方ボスに成長しつつあった。州知事は大統領が任命するのであるが、州知事は新興財閥と組み、地方でボス化している(1996年以降各州で州知事選挙が制度化され、地方ボスの権力が選挙を経て、更に強化された)。 図9は図3の再掲ですが、どうぞシナリオ作品の作成手順を思い出してください。 「ロシア連邦と地方自治体間で国有財産がどう配分されていくのか?」という、将来展開が読みにくい課題を研究していると、ロシア連邦共和国の将来の国内体制に見えている現在事象将来展開が読める事象どう解釈できるのか?将来展開が読みにくい事象シナリオ分析の枠組み?未来世界1シナリオストーリー未来世界2?出所:筆者作成図9シナリオ手法のモジュール見えている現在事象どう解釈できるのか?将来展開が読める事象・天然ガス・周辺諸国のイスラム化、ロシアからの離脱・オイルメジャーの大競合・略奪資本主義は続くだろう・エリツィンの権力は不安定将来展開が読みにくい事象・将来の中央政府(モスクワ)と地方政府の間の権力バランス出所:筆者作成図10ロシアシナリオの出発点15石油・天然ガスレビューシナリオプランニングの理論:その技法と実践的活用i4)Shell ロシアシナリオ1993①求心力シナリオ(Centripetal force) エリツィン大統領の権力は、次第に安定していく。ロシア民族が支配するモスクワ中央は、地方ボスに対する権力を強化していく。石油/天然ガス産業はロシア連邦にとっての重要産業であるから、これは連邦が国有化する。モスクワに本社を置いた国営企業が、欧米企業と交渉して技術と投資資金を導入し、資源輸出の増進を図る。つまり、輸出収益はロシア連邦の国庫に帰属させる。②遠心力シナリオ(Centrifugal force)  モスクワの政治闘争は、当面、収束しない。他方で、中央政府は西側のハードカレンシーを喫緊に必要としていて、石油/天然ガスの生産輸出態勢を立て直す必要がある。欧米メジャーは、民族主義的地方ボスたちと個別に接触し、請負契約を交渉している。モスクワは、地方のあちこちで再構築されていく、今や民営化した石油/天然ガス企業が、欧米企業と提携していく成り行きを追認するだろう。③戦略への展開 社会経済シナリオを踏まえて、天然ガス開発を目指すビジネスシナリオが書かれた。 「求心力シナリオ」が出現する場合は、既存油ガス田(Heartlands)の改修・増産プロジェクトが有力である。生産ガスをロシア国内の既存パイプライン網につなぎ込み、西ヨーロッパに輸出することになる。モスクワ中央政府が参入交渉の相手方となる。欧米メジャーとの激しい競合となろう。それでは、モスクワに大規模な現地法人を設立してしまおう。技術専門家に加えて法律家や会計士、現地雇用のクラークや通訳、大勢のガードマン・・・・・大人数のオフィスになりそうだ。大規模上陸作戦だ。シナリオチームは、このシナリオをノルマンディ上陸作戦にちなんで「D-Day」とあだ名した。 他方で、「遠心力シナリオ」が成立する場合は? 新規参入プロジェクトの交渉相手は地方の民族政権になろう。モスクワから地理的・政治的に離れたロシア連邦周辺部(Peripheries)の埋蔵量がターゲットになろう。探鉱開発利権を、地方ボスとひそかに (Tip-toe)交渉を始めるのだろうか。それはどこか。中央アジアのイスラーム政権? 東シベリア? サハリン? ④ビジネスの真実 その後の経過は読者がご存じのとおりです。いろいろな書き物もありますから本稿では簡潔にします。 Shellは、他メジャーと異なり慎重に振る舞った。ロシア連邦共和国の政治の中心から遠い極東サハリン州の資源開発は、中央政府の政治干渉や政治的な混乱の影響が一番小さく、したがって、カントリーリスクが一番小さい、という戦略的な判断であった。また利権交渉は「発射台」、つまり最初にどれだけ有利な契約条件を獲得できるか、が勝負だから、各社の競争が過熱しているプロジェクトは、ひそかに、競争他社に悟られないよう、避けた。Shellの得意とするLNGオプションを最初から狙った。そのためには、パイプラインオプションを棚上げして、LNGプロジェクト構想に乗ってくれるビジネスパートナーを求めていた。これが「サハリン2」の起源であります。ソビエト連邦ゴルバチョフロシア連邦エリツィンプーチン中央統制主義分離主義/民族自立主義シナリオの命名シナリオの命名求心力シナリオ遠心力シナリオ出所:筆者作成図11Shellのロシアシナリオ1993:要約〈選択したビジネス戦略〉 Peripheries/Tip-toe/LNG162016.9 Vol.50 No.5アナリシス@この戦略はうまくいった。1994年4月、Sakhalin Energy Investment社*6が設立されて、同年6月22日、生産分与契約の調印にこぎ着けた。原油の初荷は、1999年9月。LNGの初荷は、2009年3月である。 1993年のShellのロシアシナリオスタディから2009年まで、16年間が経過している。この間、ロシア連邦の国内情勢は大変化した。1999年8月、エリツィン大統領は、連邦保安庁長官のウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)を首相に指名、エリツィンは同年12月31日大晦日のテレビ演説で、国民に向かって、いろいろとうまくいかなかったことを謝罪し、大統領を辞任、後継にプーチンを指名した。 プーチンは、やがてサハリン州の地方利権をモスクワに回収し、Gazpromのサハリン2への参加を成功させた。サハリン2が、生産分与契約に基づくコスト回収を終えたのが2012年3月、事業費245億ドルが償還された。(5)振り返り 1992/1993年当時、Shell内部ではロシア参入を目指して、あまたの石油/天然ガス開発プロジェクトを全方位で検討していた。プロジェクト候補の地理的広がりは、ウラル山脈以東の西シベリア、中央アジア、東シベリア、極東サハリンへと広がっていた。やがて選択と集中が全社的な課題となり、そして決断のための適切な時期を探っていた。そうして、ロシアに関する長期的なビジネス環境についての「深い読み」が必要になった。 ロシアビジネスの担当責任者だったトニー・ビカス=マイルズは、当時を振り返って、以下のように述べている。   戦略検討作業をやってみると、重大なビジネスの決定が、リーダーの「ハラgut」つまり胆力や直観から出てくることが分かってくる。こういった決定は、後付けで経済計算などで検証できるだろうが、重要な決定の際に必要なのは、この「ハラ」を健全に整えておくことだ。そしてこれがシナリオプランニングの役割なのだ*7。 読者には、ビカス=マイルズの言う「ハラgut」とは、やみくもな直感力つまり「ヤマ勘」のことでは決してないこと、がお分かりと思います。ロシアの未来についての深い調査分析と、シナリオ手法によって得られた洞察。これを十分に理解してもなお残る、不確実なビジネス環境。それを承知で大きな戦略的決断をしたのだった。筆者は「ハラgut」を直感力と仮訳したが、ビカス=マイルズは、おなかの中に直感力=洞察力を発揮する器官を持っているみたいです。 リーダーとしてのビカス=マイルズが抱いたこの感慨は、43年前の1973年、Shellの経営トップが、各部門に対して「遠くない将来に大幅値上げが起こる。世界の経済活動が停滞し石油需要は落ちる」という、前代未聞の大変化を前提にして新しく戦略を立てよ、と指示した際に抱いたであろう思い、それと同質のものだろう。 そして「ロシアシナリオ1993」を活用した「Peripheries, Tip-toe, LNG」の戦略には、寿命があった。エリツィン大統領から剛腕のプーチン大統領に権力が移り、その時、遠心力シナリオの世界が、求心力シナリオの世界に変わったのだった。あとがき シナリオプランナーたちには「確からしそうな見通しが手に入る事柄も多々あるが、それでも、基本的に未来のことは不確実で、分からない」という覚悟があります。が、その先もあります。その不確実性が誰によって、どんな事情によってもたらされるのか、を突き詰め、不確実性の構造を仮説に仕立てて、そこから、未来の可能性を果敢に考え進んでいく。これがシナリオ。シニカルに構えた技法ではない。むしろ、とことん真面目です。 組織が長期未来戦略を考えるプロジェクトに取りかかるためには、まず、この組織が将来、何を、どこを目指すのか、というビジョンが明確になっていなければならない。シナリオプロジェクトは、ここから始まります。 シナリオ作品は、現在から未来まで、環境─ビジネス環境や政策環境─が、変化していく様子を、時間軸を使ってストーリーに仕立てています。そして、将来の「いつ頃」、最大の「不確実性」が訪れる可能性があるか? その課題はなぜ、今現在見通しが立てられないのか? が、説得的に説かれています。こうしておけば、組織のリーダーたちは、長期未来戦略をめぐるディスカッションに17石油・天然ガスレビューシナリオプランニングの理論:その技法と実践的活用Vナリオ作品を活用できることでしょう。 2003年当時のShellグループの会長フィリップ・ワッツ(Sir Philip Watts)は、2003年に、大略以下のように述べています。 シナリオ作品は、意図的に挑発的に仕上げられています。日々の企業活動が想定している現在の見通しおよび未来の想定条件の確からしさについて問いかけているのです。シナリオは学問的好奇心を満たすためのものではなく、ビジネス戦略を練る際によりよい判断を下したり、現在持っている経営計画をテストするための手法です。シナリオプランニングの有用性は、問いに対する解答が得られることではなく、問いかける行為そのものを刺激することにあります 。 未来予測など、土台、無理。 戦略的決断に臨んで将お来見通しを一つだけ措くのは危険だ。Shellはこのような基本的立場に立っています。Shellのシナリオプランニングが目指すところは、シナリオ作品を読んだり聞いたりする人が、より深く、直感力と分析的知性を働かせて、将来のビジネス環境や政策環境の不確実性を統合的に理解すること。そして、勇気を持って質の高い戦略決定に至ること。そのための最も効果的で、効率的なツールを提供することが、シナリオプランナーの本懐。これが、長年にわたって引き継いできた彼らの姿勢なのです。<注・解説>*1: 本稿に述べる筆者の見解の一部は、以下の文献に既出しています。                    城山英明・鈴木達治郎・角和昌浩著『日本の未来社会 エネルギー・環境と技術・政策』東信堂、2009年   角和昌浩「シナリオプランニングの実践と理論」IEEJ2005年4月~2006年9月の5回にわたって掲載 日本エネルギー経済研究所                                          Masahiro KAKUWA(角和昌浩)“Scenario projects in Japanese government: Twenty years of experience, five tales from the front line” [GraSPP-DP-E-15-001]、東京大学公共政策大学院 GraSPPディスカッションペーパーシリーズ、2015年3月*2: 原典は、セネカの名言。If one does not know to which port one is sailing, no wind is favourable(「もし、どの港に向かって進んでいるのか分からなければ、好ましい風などない」).(Seneca)*3: 原文は、Get your facts first, then you can distort them as you please.*4: ジャウォースキは「グローバルシナリオ1992」を制作するに当たって、6か月間に、Shellグループ内のリーダー層約100人を対象に、1人につき3~4時間の個別インタビューを行い、インタビューノートを作成した。*5: なぜShellが公開版を発表するのか、の説明は別稿に譲る。*6: 設立当初の株主構成はMarathon30%、McDermott20%、Shell20%、三井物産20%、三菱商事10%。2006年12月時点の株主構成はGazprom50%プラス1株、Shell25%マイナス1株、三井物産15%、三菱商事10%。*7: 原文は、Planning’s objective is to recognize the fact that business decisions are initiated from the gut. They may be checked by mathematics later but the real problem is to condition the gut, which is what scenarios do.執筆者紹介角和 昌浩(かくわ まさひろ)1977年、東京大学卒業。同年、昭和シェル石油入社。製油所、販売、原油、製品貿易、経営企画などの実務に従事。R.D.Shellグループ本社でシナリオプランニングの奥義を極める。現在、昭和シェル石油チーフエコノミスト。東京大学公共政策大学院で客員教授を務めている。趣味は、やきものとイギリス。最近思うことは、自分は石油が本当に好きなのだなぁということ。Global Disclaimer(免責事項)本稿は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本稿に含まれるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本稿は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本稿に依拠して行われた投資等の結果については一切責任を負いません。なお、本稿の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。182016.9 Vol.50 No.5アナリシス
地域1 グローバル
国1
地域2
国2
地域3
国3
地域4
国4
地域5
国5
地域6
国6
地域7
国7
地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 グローバル
2016/09/21 [ 2016年09月号 ] 角和 昌浩
Global Disclaimer(免責事項)

このウェブサイトに掲載されている情報はエネルギー・金属鉱物資源機構(以下「機構」)が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含まれるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責任を負いません。なお、機構が作成した図表類等を引用・転載する場合は、機構資料である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。機構以外が作成した図表類等を引用・転載する場合は個別にお問い合わせください。

※Copyright (C) Japan Organization for Metals and Energy Security All Rights Reserved.

本レポートはPDFファイルでのご提供となります。

上記リンクより閲覧・ダウンロードができます。

アンケートにご協力ください
1.このレポートをどのような目的でご覧になりましたか?
2.このレポートは参考になりましたか?
3.ご意見・ご感想をお書きください。 (200文字程度)
下記にご同意ください
{{ message }}
  • {{ error.name }} {{ error.value }}
ご質問などはこちらから

アンケートの送信

送信しますか?
送信しています。
送信完了しました。
送信できませんでした、入力したデータを確認の上再度お試しください。