ページ番号1006599 更新日 平成30年2月16日

最近の石油市場の動きに関する一考察

レポート属性
レポートID 1006599
作成日 2016-11-21 01:00:00 +0900
更新日 2018-02-16 10:50:18 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガスレビュー
分野 市場
著者 野神 隆之
著者直接入力
年度 2016
Vol 50
No 6
ページ数
抽出データ JOGMEC調査部野神 隆之最近の石油市場の動きに関する一考察はじめに 前回筆者が本誌に原稿を執筆したのは、2015年9月であった(「原油価格下落を含めた石油市場の最近の情勢に関する一考察」2015.11 Vol.49 No.6)。この時は2014年後半以降の原油価格の大幅下落を受け、2015年9月頃までの石油市場の状況を、注目すべき石油市場の動きとともに説明した。その後原油価格はさらに動くことになったのだが、それとともに市場関係者の行動にも変化の兆しが見られるようになり、また、原油相場の流れもそのような変化の兆しと、それに伴う市場心理面への影響を織り込む形になった。そこで本稿では、2015年9月頃以降2016年の9月頃までの1年間の石油市場の動きを、原油価格の動向やその背景、そしてその際指摘しておくべき重要な事項について述べるとともに短期的な展望についても併せて触れることとしたい。1. 2015年9月から2016年9月にかけての1年間の原油相場の動きおおむ 2015年9月から2016年9月にかけての原油価格は概ね前半(2月中旬まで)の期間と、後半(2月中旬以降)の期間とに分けて見ることができよう。前半は、原油価格が下落した時期、そして後半は回復した時期である。前半の時期は原油価格は下落基調となったが、この背景となった要因は、次のような事情である。 9月になると米国では夏場のドライブシーズンが終了するとともに、製油所がメンテナンス作業等により稼働を低下させ、原油精製処理量の減少とともに原油の購入を手控えさせた。このような季節的な需給の緩和感が市場で発生したことが相場に下方圧力を加えた。また、中国経済が減速しつつあることを示す指標類の発表、米国金融当局による金利引き上げ観測と、その決定に伴う米ドルの上昇などが、原油価格にさらなる下方圧力を加え、12月4日に開催されたOPEC総会で生産上限の設定が見送られたことも原油価格を押し下げた(後述)。 2016年に入ると、市場では春場の石油不需要期が市場で意識され、相場は下落を続け、2月11日にはWTIで1バレルあたり26.21ドルの終値と、2003年5月6日(この時は同25.72ドル)以来13年弱ぶりの低水準となった(図1)。これは、2008年後半のリーマンショック時の価格下落による水準(この時の安値は2008年12月19日の同33.87ドル)をも下回ったということになる。2003年5月というのはイラク戦争(同年3月20日勃発)においてブッシュ米大統領が大規模戦闘終結を宣言(5月1日)してから間もない時期である。 ただ、そのような価格水準は持続しなかった。原油価格が約13年ぶりの低水準となった直後の2月16日にはOPEC産油国のサウジアラビア、ベネズエラ、カタールの3カ国と、非OPEC産油国のロシアがカタールのドーハで会談し、他の主な産油国が同意することを条件として、2016年1月の水準で原油生産量を凍結する旨合意した。 これにより、原油相場に以下のような上方圧力が加わることになった。つまり、①OPECと主要非OPEC産油国間での結束力が回復されるのではないかとの市場の期待感が発生したこと、②夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期が市場の視野に入るとともに、季節的な需給の引き締まり感が発生したこと、③米国での石油坑井掘削装置稼働数が減少したこと、④ナイジェリアの産油地域における武装勢力の石油生産・出荷関連施設に対する破壊活動の活発化により同国の原油生産量が減少傾向となったこと、⑤カナダのオイルサンド生産地域近くで山火事が発生したことにより、オイルサンドの生産活55石油・天然ガスレビューアナリシスョに支障が生じたこと、などである。 こうして、原油価格は上昇基調に転じ、6月7日には終値ベースで1バレルあたり50ドルを超え、6月8日には同51.23ドルの終値をつけた。これは2015年7月15日(この時は同51.41ドル)以来ほぼ11カ月ぶりの高水準である(図2)。しかし、その後は6月23日に実施された国民投票で英国のEU離脱が決定したことにより、英国および欧州経済に対する不透明感が市場で増大したことを受け、英ポンドとユーロが下落した半面米ドルが上昇、また米国石油坑井掘削装置稼働数が増加に転じたこともあり、原油価格は下落。8月2日の終値は1バレルあたり39.51ドルと4月7日(この時は同37.26ドル)以来の低水準となった。 その後、8月8日にカタールのアルサダ エネルギー産業相が、9月26~28日に開催される予定の国際エネルギーフォーラム(IEF)に際してOPEC産油国間で非公式協議を開催する旨発表したことにより、再びOPEC産油国間での結束力強化への期待が市場で増大してきたことが相場に上方圧力を加えた。また、その一方でナイジェリア武装勢力による石油生産・出荷関連施設に対する攻撃停止の発表、IEAによる、当初見込みよりも石油需給緩和状態が長引くことを示す報告などが原油相場に下方圧力を加えたことから、9月16日にかけ、原油相場はWTIで1バレルあたり40ドル台で推移している。5634567891011121220163456789 月年3456789101112122015201412出所:NYMEX、ICE図22014~2016年の原油価格の推移WTIBrent出所:NYMEX、ICE図1長期的原油価格の推移ドル/バレル120110100908070605040302010ドル/バレルWTIBrent150140130120110100908070605040302020032004200520062007200820092010201120122013201420152016年2016.11 Vol.50 No.6アナリシスホあったので、市場関係者の間でも、(可能性は高くないものの)総会では減産が決定するかもしれないとの観測を招く場面も見られた。ただ、ヌアイミ氏の発言にしろ、閣僚評議会の声明にしろ、内容はこれまでのものからそう発展しているものとは見受けられなかった。つまりそれは、「他のOPECと非OPEC産油国が協力して石油市場の安定を確保する」というものである。言い換えれば、「他のOPEC・非OPEC産油国の協力が前提となってサウジアラビアは石油市場の安定化を推進する」ということであって、他の加盟国や主要非OPEC産油国の協力がなければ、サウジアラビアとしては石油市場の安定化に進んで資することはない、ということを示すものであった。 それでは、今回のOPEC総会に際し、他のOPEC・主要非OPEC産油国の協力態勢は構築できていたのだろうか。まず、主要非OPEC産油国であるロシアについては、サウジアラビアとの間で12月半ばに石油市場に関して専門家間で協議を行う旨の意向を11月30日に示した(4日前の26日には両国間で石油と天然ガス協力に関する特別共同作業部会を設立する旨ロシアのノバク エネルギー相が発表)が、同時にOPEC総会にはエネルギー相をはじめエネルギー省としては参加を見送る旨表明している。また、ロシアの石油産業は基本的には民間ベースであることから石油生産量の調整は困難で(油田が老朽化しており水攻法を積極的に利用していることや原油の含有分が多いことから技術的に生産調整が難しいとの指摘もある)、自国の原油生産を維持する戦略を推進する旨表明、減産に対して否定的な姿勢を見せた。 他方、イランは、制裁解除後の自国の供給増加を可能とするために、他のOPEC産油国が減産すべきである旨12月3日に同国石油省系Shana通信が報じた他、同日ザンギャネ石油相は、イランとしては日量400万バレルの生産量(つまりこれは欧米による対イラン制裁実施以前の同国の原油生産量にほぼ匹敵する)以下の水準では生産制限を議論するつもりはなく、生産が400万バレル前後の水準に回復した後に新規の生産上限を議論する方針である旨示唆した。これはすなわち、同国はむしろ今後当面は制裁解除後の生産増加に注力する姿勢を示したことになる。さらにイラクは、12月2日にマハディ石油相が自国の生産計画(つまり増産計画)を維持する旨発言している。 このように、主要非OPEC産油国のロシアが生産量蝋ろう このように、原油相場は1バレルあたり20ドル台半ばまで下落したかと思えば、50ドルを超過する場面も見られるなど、かつてのように100ドルを超過するといった場面は見られないものの、それなりに変動している。その主要因はOPEC産油国間の駆け引きをめぐる動きである。ここでは、2015年12月のOPEC通常総会、2016年4月17日のOPECと非OPECの会合、6月2日のOPEC通常総会、そして、9月28日のOPEC非公式協議について触れ、原油価格との関連を追ってみる。(1)2015年12月OPEC通常総会 2015年12月4日にOPECはオーストリアのウィーンで通常総会を開催したが、2011年12月14日に開催された通常総会時に導入した全12加盟国(当時)に対する合計日量3,000万バレルの生産上限の適用を停止した上、それに代わる生産調整策を決定することなく終了した(なお、前日にはOPEC産油国による非公式会合が実施されているが、ここでも合意がなされることはなかった)。事前には大半の加盟国が減産に賛成していた(総会当日ベネズエラのピノ石油・鉱業相もOPEC総会で5%の減産を提案する旨明らかにしていた)が、中東湾岸OPEC加盟国が減産に反対していると伝えられたり、また12月3日には業界紙International Oil Dailyがロシア、メキシコ、オマーンとカザフスタンを含む非OPEC産油国の協力があるという条件でサウジアラビアが日量100万バレルの減産を提案するや、の旨報じたり(ただし当日サウジアラビア関係筋は当該報道を「根拠がないもの」として否定している)した。 さらに、会議に際して日量3,150万バレルの生産上限を新たに設定すると伝えられたりする(これは今次総会で加盟国としての資格を回復する旨決定したインドネシアを含む加盟13カ国に対する生産上限なのか、それとも同国を除く12カ国に対する最近の実際の生産量に即した上限なのかは明らかになっていない)など、情報がかなり錯綜したが、最終的には生産上限の設定は見送られることになった。 2015年12月の総会に際しては、事前にサウジアラビア政府関係者による、減産を示唆する発言等がしばしばなされていた(11月19日にはヌアイミ石油鉱物資源相が発言した旨報じられ、同23日には同国閣僚評議会〈内閣〉がそのような内容の声明を発表している)が、通常サウジアラビアは総会の直前まで沈黙を守ることがしばし57石油・天然ガスレビュー2. OPEC産油国等の原油生産をめぐる動き最近の石油市場の動きに関する一考察ロ持する方針を明らかにした上、一部OPEC産油国は増産する意向を示すなど、減産に対して消極的な姿勢を示したことから、サウジアラビアとしても減産実施に対して協力するわけにはいかなかったと見られる。仮にこのような状態で減産を決定しても、それを実施するのは事実上サウジアラビア他少数の中東湾岸OPEC加盟国に限られ、原油価格上昇期待から米国でのシェールオイル等の石油開発・生産活動が活発化する可能性がある。その結果、サウジアラビアの減産分を米国のシェールオイル等の増産が穴埋めする形になり、実際には原油価格がそれほど上昇しない、といった展開となることもあり得る。これでは減産を実施したサウジアラビア等の加盟国は価格低迷と生産量減少の二重苦を背負うことになる恐れがある。したがってサウジアラビアとしてはそれを避け、イランが今後増産する意向を示していることから、実際のOPEC産油国生産量と日量3,000万バレルの生産上限との乖離分(後述するが、既に実際の原油生産量は生産上限を日量150万バレル程度超過していた。図3)がさらに広がり、当該上限の意味がますます薄れるのを恐れ、今回は、原油生産上限自体の設定を見送ることにしたようだ。 一方、市場では、今回のOPEC総会に際し、日量3,000万バレルの生産上限の据え置き、あるいはインドネシアの加盟国としての資格回復に伴い同国の生産量(日量80万バレル程度)を調整した日量3,100万バレルへの引きかいり上げ、つまり事実上の減産見送りが決定するとの見方が多かった。ただ、今回は事前にサウジアラビアからの石油市場と価格安定のためのOPEC・非OPECの協力姿勢に関する発言が散発的に行われていたこともあり、総会で減産が決定するのではないかとの見方も市場で発生、原油価格は総会を控えて上昇する場面も見られた。しかし総会では生産上限自体の設定が見送られた。既にOPEC産油国12カ国では日量3,150万バレル程度の生産を行っていたことから、従来の同3,000万バレルの生産上限の有意味性は低下していた。それでもOPEC産油国として生産調整を行う意思は名目的であるとはいえ示されていた。しかし、今般OPEC産油国は生産上限の設定自体を取りやめたことから、少なくとも当面はOPEC産油国としては生産調整は行わない旨明示的に市場に向け発信する格好となった。これが市場関係者の心理に影響し、原油相場は2016年2月前半にかけ下落傾向となった。(2) 原油生産凍結に向け調整を開始するOPEC産油国、そして4月17日の会合へ その後2016年2月16日には、サウジアラビア、ロシア、ベネズエラ、カタールの4カ国が原油生産凍結につき合意したことは既述した。ただし、その条件となっていたのが、他の主要OPEC産油国が当該凍結に合意する、というものであった。そしてOPEC産油国による協議と合意の場として設けられたのが、2016年4月17日に開催日量万バレル3,3003,2003,1003,0002,9002012出所:IEAデータを基に作成2013201420152016年図3OPEC産油国原油生産量(インドネシアとガボンを除く)582016.11 Vol.50 No.6アナリシスウれたOPEC・主要非OPEC産油国による原油生産凍結のための会合(カタール・ドーハ)であった。この会合には、イラン、リビアを除くOPEC産油国11カ国とロシア等の主要非OPEC産油国7カ国が参加したと言われている(ただし異なる参加国数を報じる機関もある。また具体的な参加国名については必ずしも明らかにはなっていない)。 イラン石油省は4月15日にアルデビリOPEC理事を派遣する予定である旨発表していたが、当日になってザンギャネ石油相は同会合には誰も派遣しない旨明らかにした(イランはウラン濃縮問題をめぐり西側諸国等により課されていた制裁前の水準〈日量400万バレル〉に原油生産を回復させた〈2016年3月時点の同国の生産量は同326万バレルと、この水準を大きく下回っていた。図4〉後に凍結の協議に合流する旨ザンギャネ石油相が発言したと3月13日報じられていた)。また、東西両政府の対立が続くリビアも治安状況が改善した時点で自国の原油生産を増加させたい意向であったこと(2012年の同国の生産量は同150万バレル程度だったが、政情不安により2016年4月時点では、同36万バレル)から、会合を欠席する旨示していた。このため、少なくともこの2カ国については、生産量凍結の対象外になるものと見られていた。 今回の会合に際しては、事前に合意案が報じられていた。その合意案は、①2016年10月1日までの各月において各国の原油生産量につき2016年1月の水準を超過させない、②石油市場がどの程度改善したかを協議すべく10月にロシアで会合を実施(10月20日開催という情報も一時流れた)、③産油国間で石油市場状況改善のための最善の方法につき協議を発展させる、④当該合意は(今次合意に参加していない)他の産油国にも開かれている、という内容であった。そして、4月12日には、イランが生産凍結に参加しなくても、サウジアラビアとロシアは凍結を実施することで事前に合意した旨報じられており、今次会合ではこの流れに沿ってイランを対象外として生産凍結方針が決定されると見られていた。会合に際し、クウェートのサレハ石油相代行は合意について「楽観視している」とも伝えられていた。 しかし、会合当日になり、サウジアラビアのヌアイミ石油・鉱物資源相が、原油生産凍結にイラン等全OPEC加盟国を含むべきである旨主張し始めた。これは、4月1日と同16日に報じられていた、サウジアラビアのムハンマド副皇太子による、イランを含めた他の主要産油国が生産凍結に合意した場合にのみ、サウジアラビアは凍結実施に同意する旨の主張と一致するものであった。翌17日午前3時前後に、ムハンマド副皇太子がサウジアラビアの協議参加団に電話をかけ帰国するように命じた(最終的にはサウジアラビアの協議参加団はドーハに残った)との関係筋の談話が伝えられており、この電話で議論の流れが変化した可能性がある。今回の会合時におけるサウジアラビアの主張は、単なる石油需給調整を日量万バレル380360340320300280260240201120122013201420152016年出所:IEAデータを基に作成図4イラン原油生産量59石油・天然ガスレビュー最近の石油市場の動きに関する一考察エ越した、高度に政治的な要因によるものであったことが読み取れる。 協議の結果、今次会合において生産凍結に関する合意は見送られ、6月2日に開催が予定されているOPEC通常総会(オーストリア・ウィーン)に向け協議を継続することになった(また、今回のような会合を開催する条件が整えば同様の会合を再度開く旨カタールのアルサダ エネルギー産業相は示唆した)。今回の会合では、2016年1月以来顕在化していたサウジアラビアとイランとの対立(両国は現在も断交状態。また、シリアやイエメンをめぐっても対立しているとされる)が再びあらわになるとともに、主要産油国間での石油市場と原油価格安定1,0801,0601,0401,0201,000980960940920900880860日量万バレル20122013201420152016年出所:IEAデータを基に作成日量万バレル1,100図5サウジアラビア原油生産量1,0801,0601,0401,0201,0002012出所:IEAデータを基に作成2013201420152016年図6ロシア原油生産量602016.11 Vol.50 No.6アナリシスアとはない旨発言。また、2015年12月4日の前回総会時まで適用していたOPEC加盟国全体での生産上限(当時は12加盟国で日量3,000万バレル)を復活させる提案がなされた。 今次OPEC総会では他の多くの加盟国に加えサウジアラビアも生産上限の再設定に賛同するなど、その姿勢に変化が見られた。その背景としては、ドーハでの協議後発生した、OPEC産油国間での不協和音と市場関係者がOPEC産油国間の結束力を疑問視していることを含めたOPECへの信頼感の低下に対し、サウジアラビアがOPEC産油国間の結束の再強化およびOPECへの信頼感の回復を望んだことがあると見られる。 一方、サウジアラビアを含む他の加盟国の多く(イランを除く)はこれまで増産を行ってきたわけだが、現時点では高水準の生産が続き、武装勢力の石油生産関連施設攻撃により生産量が低下しているナイジェリア(後述)等一部加盟国を除き、この先さらなる増産の余地はそれほどない。このため、足下の生産量(2015年12月に事実上再加盟したインドネシアを含めた13カ国で日量3,250万バレル程度と推定される)を上限としても、概ね現状の高水準の生産を追認するだけであり、それらの産油国において今後の増産抑制等、特段の「痛み」を伴う可能性は低い。 他方、イランは、1月の制裁解除後増産基調にあるが、総会時に明らかになっていた4月の生産量は日量345万バレル(OPEC月刊オイル・マーケット・レポートに基づく。なおIEAによる同国原油生産量は図4)と制裁前の水準である同400万バレルとは相当程度開きがある。こうした趨勢から、今後のイランの原油増産がOPEC産油国全体の増産となって現れやすく、これがイランに対し批判の矛先が向かう事態になり得ることを同国は懸念のための結束の脆弱性も対外的に示すことになった。 他方、2016年1月のサウジアラビアの生産量は史上最高とまではいかないものの、日量1,000万バレル超と歴史的には非常に高い水準となっている(図5)。また、ロシアの2016年1月の生産量も1989年4月以来の高水準にある(図6)。さらに、2016年1月時点では、イラク、UAE、クウェートなども高水準の生産を行っていたこともあり、今回の会合で同時期の生産水準で凍結を実施しても、これは言い換えれば、「高水準の原油生産の継続を許容する」ということにほかならず、足元直ちに石油供給過剰感を払拭できるわけではない。 それでも、2016年2月16日のサウジアラビア、ベネズエラ、カタール、ロシア4カ国による、2016年1月期の原油生産量凍結での合意(ただし他の主要産油国の参加を条件とする)以降、石油市場安定化に向けたOPEC・主要非OPEC産油国による結束の兆しが見え始め、これを好感する市場の期待感が2月半ば以降の原油相場上昇の一因となった。ところが、今次会合での合意見送りにより、OPEC産油国、特にサウジアラビアとイランの生産方針に関する足並みの乱れが露呈する格好となり、今後のOPEC産油国(と主要非OPEC産油国)間での結束力の強まりに関し市場が失望することになった。 これらを受け、4月17日夜(現地時間)のニューヨーク原油先物市場では、時間外取引開始直後にWTIが一時1バレルあたり37.61ドルと4月15日の終値(同40.36ドル)から2.75ドル下落する場面も見られた。ただ、他方で4月17日にクウェート国営石油会社の石油労働者が、会社側による給与体系の改定等の方針に抗議しストライキを開始した結果、同国の生産量が同日には日量110万バレルにまで減少した(2016年3月の同国の生産量は同283万バレル)と伝えられた(図7)。このため、石油市場関係者間で石油需給の急速な引き締まり懸念が発生、原油価格に上方圧力が加わった結果、相場も即座に反発するなどした。クウェートの石油労働者によるストライキは4月20日には解除となったが、これにより4月17日会合に対する市場の失望売りといった心理的要素による相場の下落は回避された格好となった。1.52.01.0日量百万バレル3.53.02.5(3)6月2日のOPEC通常総会 OPEC産油国は、6月2日にウィーンのOPEC事務局において総会(通常総会)を開催した。今回の会合に際しては、サウジアラビアはこれ以上の供給で石油市場を溢れさせるあふ0.50.03月4/174/184/194/204/21出所:各種資料から推定図7クウェートの原油生産量61石油・天然ガスレビュー最近の石油市場の動きに関する一考察オたと考えられる。したがって、イランは各加盟国別に生産枠を設定することを主張するとともに、制裁前の同国のOPEC産油国シェア(14.5%)分の生産枠(この時点のOPEC産油国の生産量に基づくと日量460万~470万バレル程度に相当)を配分する(ちなみに同国は今後5年間で同480万バレルの原油生産を行うことを目標としている)ことが公平である、とザンギャネ石油相は6月2日に明らかにしていた。 結局のところ、イランはOPEC加盟国全体での生産上限の設定に反対、各加盟産油国に対する個別生産枠の設定に固執したため、当該総会では生産調整方策に関し特段の合意に至らなかった。同日発表されたOPEC事務局による声明でも、「事務局は緊密に今後数カ月間の動きを監視し続け、必要とあらば、加盟国に再度会合の開催を推奨し、市場の状況にしたがってさらなる方策を提示すべきである。また非OPEC諸国に対し石油市場均衡に向けた努力に合流する旨呼びかける」と記載するにとどまった。今次総会では、サウジアラビアには歩み寄りの姿勢が見られたものの、依然としてイランとの意見の相違は大きいことが示される格好となった。 今次OPEC総会でも原油生産調整に関して合意に至らなかったことから、市場ではOPEC産油国間での結束力回復に対し失望感が広がり、6月2日朝(現地時間)のニューヨーク商業取引所(NYMEX)原油先物市場ではWTIが一時1バレルあたり47.97ドルと6月1日の終値(同49.01ドル)から1.04ドル下落する場面もあった。しかし、①米国での夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期が既に到来していることから季節的な需給の引き締まり感が市場で発生していること、②原油価格下落に伴う石油製品価格の低下による需要の増加に加え、OPEC・非OPEC主要産油国もイラン等一部を除き増産余地が乏しいこと、③2015年には供給過剰感が強かった石油市場は2016年後半以降には需給が均衡状態に接近していくとの認識が市場で根強かったこと、さらに、④6月2日に米国エネルギー省エネルギー情報局(EIA)が発表した同国石油統計で原油在庫が前週比で減少していたことなどから、その後下落幅は縮小に向かい、6月2日のWTIの終値は1バレルあたり49.17ドルと前日終値比で0.16ドルの上昇となった。(4) 9月28日開催のOPEC非公式協議→臨時総会へと発展 OPEC産油国は9月28日午後にアルジェリアのアルジェで臨時総会(当初は「非公式協議」となっていたが、声明では「臨時総会」へと名称変更)を開催し、原油生産量を加盟国全体として日量3,250万~3,300万バレルに制限することで合意、11月30日に開催される予定のOPEC通常総会で加盟各国の生産上限を決定すべく調整するため、加盟国による高級レベル委員会を設置し生産制限実施に関する方策につき検討する旨決定した。OPEC産油国の8月の生産量は同3,324万バレルだったので、同24万バレル(実質的には現状の原油生産量の凍結に相当すると考えられる)~74万バレル程度の減産となる。今回の会合は9月26~28日にアルジェで開催された国際エネルギーフォーラム(IEF)に産油国要人が出席すべくアルジェを訪問した機会を捉えたものであり、当該会合にはOPEC加盟14カ国の石油関連相が出席した(主要非加盟国であるロシアは欠席)。 今回の会合前にはOPEC・非OPEC産油国関係者からさまざまな発言がなされていた。9月18日には、ベネズエラのマドゥロ大統領がイラン、エクアドルの関係者と会談後、市場安定化に向けた方策につき合意に近づいている旨明らかにしたし、同20日には、アルジェリアのブーテルファ エネルギー相は、この会合を楽観視しており、市場を再均衡させるためには最低限日量100万バレルの減産が必要であるが、それに向けて作業中であること、また、非公式協議(当初)直後にOPEC産油国臨時総会を開催するかもしれない旨発言していた。さらに同日、バルキンドOPEC事務局長はOPECとロシアを含む主要非OPEC産油国による原油価格支持のために策定される可能性のある方策は1年間有効であるかもしれない旨明らかにした。ロシアも、同22日にモロゾフ エネルギー省次官が、ロシアは理論的には5%の減産が可能である旨表明している。 このように、当該会合において原油生産調整方策を決定することに前向きな発言があったが、一方で、OPEC産油国・主要非OPEC産油国間での足並みの乱れを示す動きも随所に見られた。9月1日には、ロシアのノバク エネルギー相が、50ドル前後の価格であれば、生産凍結は必要ないが、価格が下落すればロシアとしては協議を復活させることを検討する旨報じられた。しかし、その翌日には、プーチン大統領が、OPEC産油国とロシアが生産凍結で合意することを望んでいる他、この凍結からイランを除外することが必要である旨産油国は認識しており、9月4~5日に開催される予定の20カ国・地域(G20)首脳会議開催時にサウジアラビアのムハンマド副皇太子と協議を行う際に方策を策定するよう提案することもあり得る旨発言したと、9月2日にブルームバーグが報じた。ただ、9月3日には、サウジアラビアのファリハ エネルギー産業鉱物資源相は、622016.11 Vol.50 No.6アナリシスカ産凍結に関してはイランを含めた合意を希望している旨明らかにしている。 9月5日には、サウジアラビアのムハンマド副皇太子とロシアのプーチン大統領が会談。その直後にファリハ エネルギー産業鉱物資源相とノバク エネルギー相が会談。その後に発表された共同声明では、「石油市場が安定化し長期的な投資維持を確保するためには、主要産油国間での建設的な対話と緊密な協力が重要であり、そのため、両者は、石油市場を継続的に見直し、方策を推奨し、共同で行動するための共同作業部会を設立、第1回会合を2016年10月に開催する」と決定はしたものの、その場で原油生産調整に関し合意したとは示されなかった。また、同日のロシアとの協議の後ファリハ氏は、石油市場の状況は日に日に改善しつつあり、現時点では生産凍結は必要ない旨明らかにしている。他方、同8日にイラン国営石油会社NIOCのガムサリ国際局長が、同国は日量400万バレルを若干超過する量の原油生産を目標としており、それは2016年末もしくは2017年早期に達成するかもしれないが、その目標に達すれば、生産凍結を決意する用意はあるとはいえ、現時点では時期尚早である旨表明している(同氏によれば現時点でのイラン原油生産量は日量380万バレル)。 イランが要求する生産水準は2012年の制裁前のOPEC産油国全体の生産量に占める割合の12.7%(2010年の占有率は確かに12.7%なので、この水準を指しているとも考えられる)であり、これを現在(2016年1~8月)のOPEC生産量を基に算出しなおすと、日量414万~425万バレル程度となるが、実際イランは同410万~420万バレルの生産を希望している旨主張していると同27日に伝えられた。さらに、イラクのルアイビ石油相は同22日の声明で、当該会合での原油価格を上昇させるための生産凍結設定をイラクとしては支持する一方で、世界原油生産シェアを維持するため日量475万~500万バレルを目標とする(2016年8月時点で同435万バレル)など、同国としては増産する意向である旨示唆する場面も見られた。 リビアも、9月17日に、カダフィ大佐追放運動前の生産量(日量160万バレル程度)に回復するまで、生産は凍結しない旨同国のオウンOPEC理事は発言している。 そのようななか、9月21~22日にはウィーンのOPEC事務局で、サウジアラビア、イラン、カタール、そしてアルジェリアの中堅幹部間で、生産調整に関しての協議が実施された。その場において、サウジアラビアはイランが生産を現状で凍結する(ただしこれはOPEC事務局が2次情報源を通じて把握している日量360万バレルとされ、前述のようにイランが認識している同380万バレルを下回っている)ことに合意するのであれば、同国としては2016年1月時点の生産量である同1,013万バレル(OPEC事務局の2次情報源データを基準)まで減産すること(2016年8月時点が同1,061万バレル〈同〉であるので、同48万バレル程度の減産ということになる)を提案したが、協議は物別れに終わった。 このように、個別の産油国の動きとしては、生産凍結に関して必ずしも足並みが揃っているとは言えない状況にあった。このこともあって、OPECや主要非OPEC産油国等には、当該会合に関して、悲観的な見方をする関係者も現れた。9月17日には、バルキンドOPEC事務局長が、21日にはUAEのマズルーイ エネルギー相が、それぞれこの会合は意見交換の場ではあるが意思決定の場ではない旨発言(ただ、バルキンド氏は9月18日にOPEC産油国間で意思統一ができればOPEC産油国臨時総会を開催する旨表明している)。またサウジアラビアも、同国の石油政策に近いOPEC関係者から同趣旨の発言があった旨9月23日に報じられている他、ファリハ エネルギー産業鉱物資源相も27日に、この会合は意見交換の場である旨発言している。また、ロシアの関係者からも、同国としてはOPEC産油国間で合意がなされた上で、会合に参加する予定であり、今回はIEFには出席するものの、当該会合開催前に帰国するかもしれない旨明らかにしたと23日に伝えられていた。このように事前の調整は必ずしも順調に進んでいたわけではなく、依然として加盟国間での意見の相違は潜在していたと推察される。 しかし、4月17日、6月2日の両会合において産油国間で意見統一が図られなかったこともあり、今次非公式協議においても同様の合意がなされない、ということになると、市場のOPEC産油国に対する信頼感に大きく影響する可能性があった。また、生産を凍結するだけでは、特に2017年前半には供給過剰感が市場で感じられる結果、原油相場に下方圧力が加わる恐れもあった。このため、OPEC産油国全体として日量3,300万バレル(これは8月現在の生産量とほぼ同水準であるので、実質的には生産凍結を指していると考えられる)の生産を行う旨表明するにとどまらず、同3,250万バレル(この生産量はOPEC事務局による2017年の対OPEC産油国原油需要量である同3,248万バレルにほぼ一致する)に減産する意向もある旨表明することにしたと見られる。総論としてOPEC産油国間での意見を一致させるとともに、個別加盟国の生産上限設定については、11月30日開催予定のOPEC通常総会まで先延ばしすることで、秋場の不63石油・天然ガスレビュー最近の石油市場の動きに関する一考察v期で原油価格が下落しやすい時期に、OPEC産油国間での結束力の回復への市場の期待をつなぎ止めたことを通じて原油相場の下支えを試みたものと考えられる。 今回の臨時総会での決定に関する報道を受け、OPEC産油国間での結束力回復と石油需給引き締まり感への期待が市場で増大したことから、9月23日の原油相場は急上昇、WTIは前日終値比で1バレルあたり2.38ドル上昇し、47.05ドルの終値となった。市場では、今回の決定をOPEC産油国間の結束力の回復の兆候と捉える関係者がいる半面、産油各国の個別の生産上限に関しては意見の統一が図られているとは考えにくいこと(特にイラン)から、11月30日のOPEC総会で果たして加盟各国の原油生産上限が決定できるのか、疑問視する向きもある。3. OPEC産油国の原油生産方針をめぐる過去と最近の状況に関する一考察 OPEC産油国はこれまで原油価格下落時を中心として減産(もしくは原油生産枠の引き下げ)を実施してきた。しかし、2014年11月27日以降のOPEC総会では価格下落もしくは低迷局面においても、OPEC産油国(特にサウジアラビア)は減産実施にむしろ消極的な姿勢が目立つ場面が見られている。では、なぜこのようになったのであろうか。ここでは、OPEC産油国を取り巻く需給環境等を基に考察を加えたい。 原油価格は1970年代の2度のオイルショックを経たことで上昇局面に入った。このことを通じ、例えば1972年には1バレルあたり1.90ドルであったサウジアラビアの代表的油種であるアラビアン・ライト原油価格は、1980年には35.69ドルと19倍近くにまで上昇した。ただ、これにより、石油市場に変化が生じ始めた。まず、石油のような液体燃料でないと利用が困難な輸送部門を除き、天然ガス、石炭、および原子力等他の燃料への転換が促進された。このため、1次エネルギー需要に占める石油の割合が1973年から1985年にかけて10%程度低下した(図8)。併せて、省エネルギー施策などにより、石油需要が減少に転じた(世界石油需要は1979年の日量6,386万バレルが1985年には同5,925万バレルと同461万バレル減少したが、これには、上記に加え原油価格高騰に伴う経済への負の影響に伴う部分もあると思われる。図9)。 他方、OPEC産油国による自国の石油資産への支配強化に伴い資産を失った大手国際石油会社(メジャー)等が英領およびノルウェー領北海、アラスカ等の非OPEC諸国での石油探鉱・開発活動を活発化させていった。メキシコでも石油開発活動が促進されたことにより、これら非OPEC産油国の石油生産量が増加することとなり(図10)、1980年代に入っては石油需給が緩和し始めた。こうしたなか、OPEC産油国はサウジアラビアが中心となり原油生産量の削減により石油需給を均衡させ原油価格の下落を抑制しようと試みた。それでも原油価格の下落は止まらず、非OPEC産油国の石油生産量は増加傾向を示した(非OPEC産油国の石油生産量は1979年の日量3,605万バレルから1985年には同4,159万バレルへと同554万バレル増加している)。 また、サウジアラビア以外のOPEC産油国の減産規模が限定的であったこともあり、1980年10月には日量1,056万バレル(推定)であったサウジアラビアの原油生産量は1985年8月には同215万バレル(同)へと、約5分の1にまで減少した(図11)。これに伴い、原油価格も1980年の1バレルあたり30ドル台半ばから1985年には20ドル台後半へと下落した(とはいっても、例えば北海の開発・生産コストは当時1バレルあたり6ドルであったとの指摘もあり、原油価格の下落によっても石油生産を容易に減少させる環境下にはなかった)。このためサウジアラビアの国内総生産(実質ベース)が1981年から1985年にかけ16%強縮小するなど、同国経済に大きな影響を与えることとなった。このように、1980年代前半を中心とする時期は、需要が継続的に縮小傾向を示す構造へと転換していたと見られる他、非OPEC産油国からの石油供給が堅調に増加していたことから、サウジアラビアが減産の大部分を負担するのは困難な状況となった。 この結果、サウジアラビアは市場での製品価格から一定の精製利幅を差し引いた額を原油販売価格とするという、いわゆるネットバック価格を採用し始め(1985年8月。つまり同国の原油生産量が日量215万バレル〈推定〉にまで減少した時のことと伝えられる)、ここにサウジアラビアは減産による石油需給均衡と原油価格安定への試みを放棄することになった(そして同国はこのような形での減産実施に関し以降は反対する姿勢に転じたと考えられる)。その後、産油国間での価格競争が激化するとと642016.11 Vol.50 No.6アナリシス55504540もに、原油価格は1986年に1バレルあたり10ドル台前半へと下落した。 次に原油価格が大幅に下落したのは1990年代後半である。1997年7月2日のタイ政府による為替の変動相場制移行に伴うバーツの暴落により発生したアジア経済危機が世界株式相場に波及。続く世界経済の混乱により、1996年に1バレルあたり20ドル前後であった原油価格は1998年には10ドル台前半へと下落した。その下落局面にあった1998年3月31日に開催されたOPEC臨時総会では、1998年2月時点のOPEC産油国の実際の生産量(2次情報源で日量2,699万バレル〈イラクを除く〉)から同124万5,000バレル減産する旨決定した。この時点は、ベネズエラのチャベス大統領就任前であり(同大統領の就任は1999年2月2日)、ベネズエラの原油生産が伸び悩むようになる以前であった。しかし、この時の総会では、メキシコとノルウェーが日量10万バレルの減産(推定、以下同じ)、イエメンが同4万バレルの減産、オマーンが同3万バレルの減産、エジプトが同2万バレルの減産を総会に際して表明したとされるなど、非OPEC産油国からの協力を得られたことから、OPEC産油国としても減産に踏み切ることになった(減産期間は1998年4月1日~12月31日だったが、1998年6月24日開催の通常総会においては、OPEC産油国はさらに日量135万5,000バレルの減産を決定した)。ちなみに、1998年3月31日のOPEC総会に際しメキシコを減産に合流させるために重要な役割を担ったとされるのが、オックスフォード エネルギー研究所(OIES:Oxford Institute for Energy Studies)のロバート・マブロー前所長であったが、氏は本稿執筆途中の2016年7月26日に死去された。御冥福をお祈り申し上げたい。 さらに、チャベス大統領の就任後、ベネズエラはOPECの原油生産枠を遵守する政策を強化した。また、この時期非OPEC産油国からの原油生産の増加にもかつてほどの勢いが見られなくなった(図12)。こうした趨勢を受け、OPEC産油国としても減産政策を実施しやすくなったことから、その後開催されたOPEC通常総会ではしばしば減産が決定されている。 ただ、2001年11月14日開催のOPEC臨時総会時のように、ロシアなどの非OPEC産油国からの日量50万バレルの減産を条件にOPECじゅんしゅ40456065石油・天然ガスレビュー産油国として同150万バレルの減産を決定したものの、ロシアやノルウェー、メキシコなど非OPEC産油国からの減産面での協調が得られなかったことから、事実上減産が見送られる場面も見られた。それでも、2001年12月18日に開催されたOPEC臨時総会では、アンゴラ、メキシコ、ノルウェー、オマーン、ロシアが同46万2,500バレル程度の削減(何に対する削減かについては直接的石油天然ガス+石炭+原子力351973出所:BP統計1974197619771978197919801981198219831984年19851975図8世界の1次エネルギーに占める各エネルギーの割合日量百万バレル65551979出所:BP統計19801981198219831984年1985図9世界石油需要日量百万バレル351979出所:BP統計19801981198219831984年1985図10非OPEC産油国の石油生産量最近の石油市場の動きに関する一考察ノは言及されていない)を表明したことにより、同150万バレルの減産が決定された。当時のOPEC総会の声明には以下のような記述が見られる。状況を検討し、OPECの総会では、以前発表した日量150万バレルの追加減産を2002年1月1日より6カ月間実施するとの決定を確認した。   Having reviewed the recent positive announcements from non-OPEC oil producers, namely Angola, Mexico, Norway, Oman and the Russian Federation, regarding their pledged reductions, totaling 462,500 b/d, and the current oil market situation, the OPEC conference confirmed its decision to implement the previously announced reduction of its overall production level by an additional 1.5 million barrels a day, for six months, effective 1st January 2002. ─仮訳:最近非OPEC産油国、具体的にはアンゴラ、メキシコ、ノルウェー、オマーン、そしてロシアが合計で日量46万2,500バレルの削減を表明したこと、そして現在の石油市場の12108642日量百万バレル(左軸・右軸とも)サウジアラビア(左軸)サウジアラビア以外OPEC産油国(右軸)019811982198319841985出所:IEAデータ他より推定図11OPEC産油国の原油生産量日量百万バレル454035199319941995199619971998出所:BP統計図12非OPEC産油国の石油生産量12 これに従って、ロシアは2002年1月3日に同年第1四半期の輸出を日量15万バレル削減する旨明らかにしたが、実際にはその輸出削減の基準となる量(つまりどの量からの削減となるのか)が曖昧であったことから、その後実際に輸出量が削減できたかどうか確認できない状況となった(ちなみに同国の原油生産量は2001年12月は日量723万バレルであったが、2002年2月は同736万バレルへと増加している)。 また、2008年のリーマンショック時の原油価格下落局面で開催されたOPEC総会でも減産が決定された(2008年10月24日臨時総会時に日量150万バレルの減産、同年12月17日通常総会時に同420万バレルの減産)。これは同年9月時点のOPEC産油国の実際の原油生産量(同2,905万バレル〈イラクを除く〉とされる)に基づく。この時は、世界経済が混乱を来たしていたものの、1980年代前半に見られたような、石油需要を持続的に減少させるような構造的変化が発生していたわけでも、その兆候が見られたというわけでもない。他方、非OPEC産油国の石油生産は伸び悩み気味のままであった(図13)。 2008年12月17日に開催されたOPEC総会では、ロシアからセーチン副首相、アゼルバイジャンからアリエフ産業・エネルギー相等の要人がオブザーバーとして参加した。総会開催前日の12月16日には、OPECのバドリ事務局長が、ロシアに日量40万バレルの減産を要請し、その他OPEC産油国に同10万~20万バレルの減産を期待している旨発言。その一方で、ロシアは、総会開催に際して、11月の時点で既に同35万バレルの減産を実施しており、原油価格の低水準が続けばさらに同32万バレルの追加減産の用意がある旨表明。アゼルバイジャンも同30万バレルの減産を実施する旨明らかにしていた。ただ、実際に総会が進行するにつれ、この両国は減産の確約に対し躊躇するようになり、最終的にはOPEC総会の声明では、この両国を含めた非OPEC産油国による減産については具体的には言及されないこととなった。この時のOPEC総会の声明では、非OPEC産油国に関連する記述は以下のとおりとなっている。ちゅうちょ10864年19991614年662016.11 Vol.50 No.6アナリシスェ得られる、といった条件のうち、少なくとも一つが満たされている状況下にあった時期と一致することが判明する。 他方、2014年以降の原油価格下落局面においては、①については、OPEC各産油国の個別の原油生産枠が設定されていない他イラクやイランが実際に増産しているか、近い将来増産する意向である旨示唆されている、②については、米国のシェールオイル生産が増加する潜在力を有している、③については、ロシアをはじめとする非OPEC産油国からの減産協力が得られる状況ではない、ということで、いずれの条件も満たされていない。したがって、ここでサウジアラビアが中心となって減産を実施しても、販売量が確保できないうえ価格も上昇しないといった、1980年代前半の状況とかなり類似した状況に陥る可能性があることを同国が懸念した結果、原油価格の上昇には期待しないにしても、販売力の確保により原油収入の減少を最小限に抑制することを目指し、OPEC産油国間での減産に合意しない、という方針を採用するに至ったものと考えられる。 ただ、2016年に入り、この方針は必ずしもうまくいかないことが判明、サウジアラビアもOPEC産油国間での結束にも配慮するようになってきているように見受けられるが、この方針転換がOPEC産油国による市場への影響力の回復につながるかどうかは不分明である。日量百万バレル40200320042005200620072008年2009出所:BP統計図13非OPEC産油国の石油生産量変化が見られる。本章と次章では、それについて若干説明する。 従来米国を代表する原油であるWTIと欧州を代表す   ・・・the Conference renewed its call on non-OPEC producers/exporters to cooperate with the Organization to support oil market stabilization. ─仮訳:・・・総会では非OPEC生産者/輸出者に対して、石油市場安定化支持のためOPECに協力するように改めて呼びかけた。 つまり、この時の総会においては、OPEC産油国側から非OPEC産油国に対して一方的に協力を呼び掛けた形にとどまり、非OPEC産油国側からは何ら減産に関する公式な表明は行われなかったことが示唆される。このような状況であったため、ロシアやアゼルバイジャンによる減産は多分に象徴的なものとなっており、実質的な効果はあまり期待できなった。実際ロシアの原油生産量は2008年12月には日量959万バレルであったが2009年2月においても同958万バレルとほとんど変化は見られなかった。なお、ヘリルOPEC議長(当時のアルジェリアの鉱業・エネルギー相)は、2008年12月23日に、「ロシアはOPECの減産の恩恵を受けるだけでなく、減産に貢献することを、OPECとしては期待している。ロシアが(1バレルあたり)20ドルでなく40ドルで原油収入を得られるのはOPECのお陰だ」という趣旨の発言をしたと伝えられる(なお、ノルウェーは2008年11月25日に、メキシコは12月16日に、それぞれ関係者がOPECに対して減産に協力する計画はない旨表明していた)。 このように見てくると、1980年代前半以降(1980年代前半は含まない)でOPEC産油国が減産を決定した場合というのは、世界石油需要が持続的に減少するような構造的変化が生じていないという事情を前提に、①OPEC各産油国の個別の原油生産枠が設定されていることを含め、各産油国の減産遵守が得られやすい環境が整っている、②非OPEC産油国の石油生産が伸び悩み気味になっている、③OPEC産油国の減産に際し一部の非OPEC産油国からの減産協力45504. 米国原油輸出解禁がもたらしたものん瞰かふ さて、次に米国の現況を俯してみたい。シェールオイルは減産傾向にあるとはいえ、依然それなりの高水準で生産が行われている。そのような米国にもさまざまな67石油・天然ガスレビュー最近の石油市場の動きに関する一考察驛uレントは、品質の観点からはWTIのほうが優れているとされるため、2006年までは、WTIの価格がブレントのそれを1バレルあたり1~4ドル程度上回っていた(図14)。中東を代表する原油であるドバイは品質面で劣るため、ブレントに比べてさらに1バレルあたり1~4ドル程度安価で取引されていた。WTI、ブレント、ドバイは米国、欧州、中東等の各石油市場の需給状況等を価格に織り込みつつも、価格差によって、各地域間で原油もしくは石油製品が移動することにより、価格と需給の平準化が行われる格好となっていた。 しかし、2006年3月2日にカナダのパイプライン会社Enbridgeによりシカゴ~クッシング間のパイプライン(”Spearhead“システム)が完成(BPがテキサスで生産された原油をシカゴに向けて輸送するために建設したが、その後テキサス地域での原油生産減退により稼働が低下していた既存のパイプラインを2003年にEnbridgeが買収し、原油の輸送方向を逆転させるための改修を実施)したことにより、既にでき上がっていたカナダのオイルサンドをシカゴに輸送するパイプライン(シカゴ~クッシング間のパイプライン完成前はシカゴ地域で原油の供給が過剰となり、その結果当該地域での原油価格はクッシングのそれを1バレルあたり最大10ドル程度下回る状況となっていたと伝えられる)を通じて原油がクッシングに流入してくるようになった。 これ以降、特に春場等の製油所メンテナンス時期になると、当該パイプライン沿線に立地する製油所の稼働率低下等により引き取られなかった原油がクッシングに流入するようになった。このため、原油を流出させるためのパイプラインの能力が限られていたクッシングでの原油在庫が増加(実際には製油所のメンテナンス作業状況は年によってまちまちであり、必ずしも実際のクッシングでの原油在庫は増加しない場合もあったが、それでも増加するとの観測は市場で発生しやすくなった)し、それがこの地で引き渡されるWTIの価格を押し下げる(つまりWTIがブレントの価格を下回る)要因となった。 同時にWTIの世界指標原油としての適格性を疑問視する声が市場関係者から上がるようになった。しかしこの当時は、春場等のメンテナンスシーズンが終了するとともに製油所の稼働率上昇時期が接近してくると、クッシングでの原油在庫の低下(もしくは市場での低下観測)が発生することにより当該地点での需給緩和感が後退、再びWTI価格がブレントのそれを超過する状態となることが多かったことから、WTIの世界指標原油としての適格性を疑問視する市場の声も下火となった(ただし2010年には、毎年のように不安定な動きをするWTI価格を産油国の販売する原油価格を決定する際の指標原油から外す動きが出てきた。後述)。 2011年に入ると問題はより構造的なものとなる。同年2月8日にカナダのパイプライン会社TransCanadaがネブラスカ州スティール・シティ(Steele City)からクッシングまでのパイプラインの操業を開始した(これはKeystoneパイプラインプロジェクト〈第2期〉と呼ばれるが、第1期は、カナダのアルバータ州ハーディスティ〈Hardisty〉と米国イリノイ州パトカ〈Patoka〉を結ぶパイプラインで、2010年6月30日に操業を開始している)。このため、当該パイプライン完成が近づくにつれ、カナ-3020032004200520062007200820092010201120122013201420152016年出所:NYMEX、ICEデータを基に作成図14 WTIとブレントの価格差68ドル/バレル20151005-5-10-15-20-252016.11 Vol.50 No.6アナリシス_からさらなる原油がクッシングを目指して流入し、その結果クッシングでの原油在庫がより高水準(つまりWTIの引き渡し地点であるクッシングでの石油需給緩和状態)を持続する状態が顕著になるとの市場の観測が増大したことが、WTI価格に対して継続的に押し下げの圧力を加える結果となった。 また、毎年のように不安定な動きをするWTIに対し、サウジアラビアとクウェートが2010年1月より米国向け原油輸出に対する指標原油をWTIからASCI(アスキー: Argus Sour Crude Index。米国メキシコ湾で生産されるMars、Poseidon、Southern Green Canyonの3油種のスポット価格の加重平均)に変更した他、イラクも同年4月よりWTIに代えてASCIの適用を開始した。また、2011 年10 月20 日にはコロンビア産の Vasconia 原油とCastilla原油(いずれも重質高硫黄原油とされる)について原油価格設定の基準となる原油をWTIからブレントに変更したことが明らかになっており、翌 21 日にはブラジル国営石油会社Petrobrasからも同国産原油の米国向け価格をやはり WTI からブレントへと変更する旨発表があった。このように、WTIは世界の原油価格の基準油種としての性格を失ってきている(現在 WTI 価格を基準としているのはベネズエラ等数少ない)。 他方、クッシングをめぐる状況はその後変化する。それはクッシングから原油を流出させる要因とクッシングに流入させる要因双方が発生したことであった。まず、流出させる要因であるが、2012年5月30日には、それまで米国メキシコ湾岸からクッシングに原油を輸送していたSeawayパイプラインが輸送方向を転換、クッシングから米国メキシコ湾岸へと原油を輸送することになった(当初輸送能力日量15万バレル、その後2013年1月12日には同40万バレル、2014年7月14日には同85万バレルへ能力が引き上げられた)。また、2014年1月22日にはGulf Coastパイプラインも同じくクッシングからメキシコ湾岸へと原油を輸送すべく同70万バレルの能力で操業を開始した。 次に、流入させる要因であるが、2010年前後以降米国では中西部などでシェールオイルの生産が増加傾向を示した。それに併せてクッシングに流入するパイプラインが完成したことにより、同地により多くの原油が流入するようになった(表1)。このため、クッシングの原油在庫も減少しないどころか、むしろ増加傾向となった。また、中西部から米国メキシコ湾岸への原油輸送量も増加したが、シェールオイルは軽質低硫黄原油が主流であるのに対し、米国メキシコ湾岸では主に重質高硫黄原油を処理する製油所が数多く存在する(なお、米国メキシコ湾岸でも軽質低硫黄原油を利用する製油所もあると思われるが、そこでは従来利用されていたアルジェリア産もしくはナイジェリア産の軽質低硫黄原油を国産のそれで置換済みとなっていると見られる)ことから、原油の品質の不一致により、軽質低硫黄原油の利用が進まない状況となっていた。 そのようななか、2015年12月18日に、米国からの原油輸出が事実上解禁された。同国では1974年の第1次石油ショックに伴い、エネルギー安全保障確保の観点から1975年に原油輸出を禁止していた。ただ、最近では、米国でWTIがブレントに対して割安であることを是正するために、国内原油生産業者を中心として原油輸出の解禁を要望する動きが出ていた。もっとも、オバマ政権は、米国からの原油輸出解禁により国内のガソリン小売り価格が上昇する懸念があること(また、国内産原油価格が上昇することにより精製利幅が縮小することを心配する精製業界からの反対もあった)を考慮し、米国原油輸出解禁の国内石油市場への影響に関する調査を実施するなど慎重に対処したうえで、解禁が妥当と解されれば、解禁するという姿勢だったと見られる。 それ以前に米国議会が原油輸出解禁を決議しても、オバマ大統領は拒否権を発動すると言われていた。そして、そのような対処方法は時間を要することに加え、特に2016年は大統領選挙を控えているなどの政治的要因から重要な懸案事項に関しては決定が困難であるといった状況下でもあったことから、米国での原油輸出解禁は早表1 2014年以降に完成したクッシングに原油を流入させる主なパイプラインパイプライン名開通年月輸送能力起点終点備考輸送能力:日量万バレルWhite Cliffs Pipeline2014年8月Pony Express PipelineFlanagan South Pipeline出所:各種資料を基に作成2014年11月2014年12月152360Platteville, ColoradoCushingGuernsey, WyomingPontiac, IllinoisCushingCushing2016年半ばに日量21.5万バレルに能力増強の見込み69石油・天然ガスレビュー最近の石油市場の動きに関する一考察ュても大統領選挙が終了し、新大統領が就任する2017年以降になるのではないかと見る向きもあった。しかし、2016会計年度の予算案を2015年12月16日までに決着する必要性に迫られた(決着しなければ、政府機能が停止する恐れがあった)民主党は、共和党から提案されていた予算案とともに提出された原油輸出解禁法案をオバマ政権の推進する環境政策である再生可能エネルギー(太陽光と風力発電)に対する税額控除の5年間延長等を予算案に含めることを条件として、合意した。原油輸出解禁に関する主な決議内容は以下のとおりである。 (a) Energy Policy and Conservation Act 103条および当該法律の関連条項を廃止する(米国内の石炭、石油製品、天然ガス、石油化学製品とエネルギー関連物品・施設等の輸出を大統領権限により規制する条項)。 (b) 他の法律のいかなる規定にもかかわらず、化石燃料を含むエネルギー資源の効率的な探査、開発備蓄、供給、マーケティング、価格決定と規制を促進するために、連邦政府は原油の輸出に係るいかなる規制も課してはならない。 (c) 憲法およびInternational Emergency Economic Act他法律に規定される大統領の権限は何ら制約を受けない。 (d) 大統領は以下の場合に米国からの原油輸出に対して1年未満の期間を定めて輸出ライセンスの要求またはその他の制限を課すことができ、以下の(A)に基づく措置は1年未満の期間を定めて一つまたは複数の延長をすることができる。  (A) 大統領が国家緊急事態を正式に宣言した場合  (B) 大統領令または議会による制裁または通商制限を課す場合  (C) 商務長官がエネルギー長官と協議の上で大統領に以下の報告をする場合   (ⅰ) 米国の原油輸出が直接的に継続的な供給不足または世界の原油相場に重大な影響を及ぼしている場合   (ⅱ) それらの供給不足や価格高騰が米国の雇用に継続的かつ実質的に影響を与える、または与える可能性がある場合 米国議会等で原油輸出解禁に向けた動きが出てきた2015年12月14日以降、それまでブレントを1バレルあたり2~4ドル程度下回っていたWTIは価格差を縮小し、両原油の価格はほぼ同水準になった。また、それまでWTIの価格は品質の劣るドバイのそれとほぼ同水準であったが、WTIはドバイに対してプレミアムを形成するに至った。つまりそれはブレントとドバイに対してWTIが相対的に価格を上昇させたと考えることができ、品質の面でブレントやドバイよりも優位にあるWTIの価格が、より合理的に市場から評価されるようになったと見ることができる。その意味では、世界の石油市場の統合の度合いが増したと言うこともできよう。とはいえ、2006年以前のように、WTI価格が持続的にブレントのそれを1バレルあたり2~4ドル上回るまでには至っていない。それどころか、最近では再びWTIの価格がブレントのそれを4ドル弱程度下回る状況となっている。 この背景としては、いくつかの要因が考えられる。まず、前述のとおり、クッシングから米国メキシコ湾岸に原油を輸送するパイプラインは増強されたのであるが、既にそれらのパイプラインが相当程度利用されており、これ以上大幅に増加させる余地が限られていることに加え、特に春場に米国中西部やメキシコ湾岸地域での製油所の稼働が低下し、原油精製処理量が減少すると、製油所により受け入れらなかった原油が、クッシングの原油貯蔵タンクに滞留しがちになることで、WTIの受け渡し地点であるクッシングの原油在庫が増加、2016年2月5日の時点で既に2004年の週間統計上最高水準である6,470万バレルに、また、5月13日には6,827万バレルに到達するなど、その貯蔵能力である7,300万バレルからそう遠くない水準となっている。このため、足元クッシングでの原油需給の緩和感が市場で感じられているとともに、この先しばらくは製油所の稼働率低下が継続しやすい時期となることから、クッシングでの原油需給のさらなる緩和が市場で意識されやすくなっていることが、ブレントに比べWTIに相対的に強い下方圧力を加えているものと考えられる。 また、この価格差は1月下旬以降見られるが、この時期は、OPEC・非OPEC産油国間での協調減産の可能性に関して関係者間での発言が複数なされた時期でもあった。協調減産が実現すれば、相当程度の減産を実施すると予想される中東湾岸OPEC産油国や主要非OPEC産油国であるロシアに近い、つまり減産の影響を受けやすい、中東や欧州市場の原油価格(代表的なものはドバイであり、ブレントである)が相対的に上昇しやすい半面、国内生産が豊富であり、かつ中東やロシアの原油輸入が限定的であることから、欧州等に比べ協調減産の影響を受けにくい米国産原油(代表的なものはWTIである)の価格が相対的に下落しやすくなる。このようなことも、ブレントやドバイをWTIに比べて堅調にしている一因と考えることができる。702016.11 Vol.50 No.6アナリシス@今後WTI原油価格がブレントを継続的に上回るには、少なくとも米国でのシェールオイル等中西部での原油生産の減少傾向が顕著になる(したがってクッシングでの原油在庫が減少傾向を示す)か、もしくはさらに米国国内でのパイプライン等のインフラが整備されることにより、米国内陸産原油の国内での流通が円滑化することが必要になるものと思われる。それまでは、特に製油所がメンテナンス等で稼働率が低下し原油精製処理量が減少しやすい、そしてその影響でクッシングに原油が滞留しやすい春場と秋場の不需要期を中心に、WTIがブレントに対して割安になる場面が見られる可能性があると考えられる。他方、WTIがブレントに対して、プレミアムを維持できれば、ブレント原油価格は割安になり、そうしたブレントをもとに価格決定される原油を輸入したり、また、欧州等で精製されたガソリン等を輸入したりする米国北東部(主な受け渡し地点はニューヨーク港)でのガソリン価格は米国原油輸出が解禁されない場合に比べ低下する可能性がある。 また、米国北東部でのガソリン価格は米国全土のガソリン価格に影響を及ぼすため、米国全体のガソリン価格も低下すると考えられる。他方、米国内でのガソリン価格が抑制される半面、価格が上昇しやすくなったWTIに基づき価格が決定される原油が主な原料となる米国中西部における製油所の精製利幅は圧迫気味となろう。また、コストの高い鉄道による原油輸送も影響を受けると考えられる(ブレントとの価格差が縮小することから、高い鉄道輸送コストを加えると、WTIがブレントに比べ相当程度割高になるため)。なお、米国から今後輸出される原油は軽質低硫黄が中心となると考えられる。このため、主に欧州、中南米、カリブ海地域の比較的構造が単純な製油所がそのような原油を受け入れる可能性があろう。 また、今後再び WTI が基準油種の座をブレントから奪い返すといった展開になるかというと、それには、原油品質や国際石油情勢を反映するような形でWTI の価格がブレントの価格を持続的に上回る状態になること、その上で、ブレント価格の基準油種としての適用に大きな不具合が発生する、といった条件等が揃うことが必要であろう。そのような条件が整った上で、さらに販売価格体系を変更するために費用と労力をかけなければならないが、そこまでしてWTIを基準油種として戻すだけのインセンティブが産油国側にはなかなか働きにくいと見られることから、WTIの世界指標原油としての地位の回復までにはなお長い道のりを要することになろう。 実際、2015年12月18日に米国からの原油輸出が解禁されて以降、カナダ(米国原油輸出が禁止されている時期においても例外扱いされていた)以外の原油輸出が増加し始めた。2016年1~6月で最も多いのが、オランダ領キュラソー(Curacao)島である。キュラソー島にはPDVSA(ベネズエラ国営石油会社)の操業するイスラ(Isla)製油所(原油精製能力日量33万5,000バレル)があるが、米国から軽質低硫黄原油を輸入しベネズエラの重質原油を希釈した上で(薄めた上で)精製するか再輸出している可能性があると指摘されている。また、オランダ等の欧州への原油輸出も増加した。これらは原油輸出解禁以降においてWTI等米国原油がブレント原油よりも安価であった機会を捉えて米国から輸出したものと考えられる。しかし、米国からの原油輸出解禁以降、常時米国から原油輸出の機会が提供されていたかというとそうでもなさそうである。 米国下院で2015年12月1日から米国原油輸出解禁に関して協議が始まって以降、それまで月間平均で少なくとも1バレルあたり3ドルは上回っていたブレントとWTIとの価格差は12月には1.6ドル程度、2016年1月には0.3ドル程度の縮小となった。それ以降6月まで3ドル近くに拡大した月もあったが、1ドルを割り込んだ月さえあった。このような原油価格差の変動が米国の輸出入に影響を与えることになった。これまでの実績を見ていると、WTIとブレントの価格差が2ドル前後より拡大しているようだと原油輸出が堅調になり、反対に2ドル前後より縮小するようだとむしろ米国東海岸におけるナイジェリア等の軽質原油輸入が増加するといった傾向にある。5. 米国等をめぐる石油製品の状況 米国等は、原油のみならず、ガソリンを中心として特に2016年前半に石油製品の需給が大きく緩和状態になったと指摘されているところである。ここでは、なぜガソリン等の石油製品需給が緩和状態になったか、71石油・天然ガスレビュー最近の石油市場の動きに関する一考察hル/ガロン2014年2015年2016年123456789101112月3.02.52.01.5出所:米国エネルギー省(DOE)データを基に作成図15米国ガソリン小売り価格日量万バレル速報値確定値4.03.5説明したい。 需給の緩和状態は需要が不振であることに伴い発生する場合があるが、2016年の米国のガソリン需要に関しては、これは当てはまらないであろう。なぜなら、2014年後半以降の原油価格の大幅下落、それに伴うガソリン小売り価格の低下(図15)、そして雇用増加の伸びに示されるような米国経済回復により、米国での自動車運転距離数が前年比で堅調に伸びたことがガソリン需要の増加に寄与していると考えられるからだ。また、SUV(スポーツ用多目的車)の販売が好調であることも、燃費の低下とともにガソリン需要を押し上げていよう。こうした背景により、ガソリン需要は好調ではあった。 とはいえ、当初見込み程好調であったというわけではなかった。特に2016年に入ってからというもの、米国のガソリン需要は確定値が発表されている1~6月のうちで速報値から上方修正された月は3月のみである(図16)。これは速報値に比べて日量約4万バレルの上方修正であった。他の月については同8万~27万バレルの下方修正となっている。なぜこのように米国ガソリン需要が持続的に下方修正されるようになったのか。 米国の石油需要は国内の小売り店での販売数量を集計したものではない。それは以下の式により算出される。980960940920900880860840 需要=(製油所での)生産+輸入±在庫変動-輸出 問題はこの式中の「輸出」の部分である。従来、EIAでは、米国国勢調査局(U.S. Census Bureau)の月間輸出統計の数値から推定した数値を暫定値として利用していた。しかし、この暫定値として使用された米国のガソリン輸出量と確定値で使用されるガソリン輸出量との間の乖離は、従来も相当程度あったものの、最近ではさらにその度合いが大きくなっていた。それもほぼ恒常的に確定値が暫定値を相当程度上回る、といった格好であった(図17)。 最近では米国のガソリン輸出は増加する傾向にあった。主な輸出先はメキシコである(図18)。メキシコでもガソリン需要は増加しつつあったが、同国政府は620億ペソ(約42億ドル)の予算削減措置の一環で、計画されていた製油所の高度化計画を延期する旨2015年2月23日に明らかにした。そして、特にガソリン需要の伸びに同国の製油所でのガソリン生産が追い付かなくな13出所:DOEデータを基に作成245678月図16米国ガソリン需要(2016年)り、その結果ガソリン輸入が増加、それに伴い、米国からメキシコへのガソリン輸出が増加したものと指摘されている。このような背景から米国のガソリン輸出は増加傾向にあったが、これに対して暫定値として用いられた米国のガソリン輸出量はほぼ一定水準で推移し、実際の輸出量(確定値)と暫定的に用いられていた推定輸出量との乖離が増大、暫定値から確定値に移行する段階で上方修正される場面が頻出した。そして、速報値ベースのガソリン需要から一部が輸出に算入し直されることを通じて、確定値ベースでのガソリン需要は下方修正されることになったわけである(なお、2016年8月31日にEIAが、これまで速報値ベースの需要を算出するために用いてきた米国からの石油製品輸出量速報推定値に代えて米国税関・国境取締局〈CBP:U.S. Customs and Border Protection〉からの輸出量データを利用することになったことにより、以降の米国からの石油製品輸出数量は確定値により接近することが予想され、その結果この面では同国の石油製品需要の速報値と確定値との乖離の度合いが縮小する割合は高まるだろう)。 この結果、速報値での米国ガソリン需要は極めて堅調な状態にあることを示した。速報値としての2016年4月の米国ガソリン需要はこの時期としては1945年1月722016.11 Vol.50 No.6アナリシスネ来の最高水準にあった他、5月、6月の速報値は2カ月連続して1945年1月以降の月間統計史上最高水準に達していた。夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期に向け市場の期待が高まったこともあり、ガソリンと原油との価格差が拡大し(図19)、製油所の稼働率が上昇、原油精製処理が進むとともに、ガソリンの生産が活発化した。 他方、欧州においても米国向けガソリンに対する精製利幅が拡大したことから、製油所でガソリン(この場合は主に基材)の生産と米国への輸出が旺盛となった。生産と輸出は活発化したものの、米国のガソリン需要は当初見込み程ではなかった(それでも確定値においても2016年4月、5月のガソリン需要はこの時期としては1945年1月以降の月間統計史上最高水準にあり、同年6月は月間統計史上どの月よりも需要が多いなど、ガソリン需要自体は堅調であった)こともあり、結局、ガソリン在庫が積み上がることになった(図20)。2016年夏場のドライブシーズンの需要期における在庫はこの時期としては1990年1月5日以降の週間統計史上最高水準となった。また、ガソリンスポットおよび先物市場におけるガソリンの受け渡し地点であるニューヨーク港を含む同国東海岸でのガソリン在庫は通常夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期にはガソリン在庫は減少するところ、2016年夏場には増加傾向を示している(図21)。7月22日には7,249万バレルと1990年1月5日以降の週間統計史上最高水準を記録した(なお、米国東部海岸のガソリン在庫は9月に入って急減している。これはコロニアル・パイプライン〈Colonial Pipeline〉の操業するラ月年34567812201634567891011121220143456789101112122015日量万バレル確定値速報値8070605040305045403530252015051出所:DOEデータを基に作成図17米国ガソリン輸出確定値と速報値の乖離日量万バレル(左軸・右軸とも)米国ガソリン輸出量(左軸)米国の対メキシコガソリン輸出量(右軸)757065605550454035302120143456789101112212015345678910111221201634567 月年出所:DOEデータを基に作成図18米国ガソリン輸出量73石油・天然ガスレビュー最近の石油市場の動きに関する一考察5302520151050ドル/バレル米国ガソリン(NYMEX)?WTI(NYMEX)米国ガソリン(NYMEX)?ブレント(ICE)21201534567891011122120163456789月年出所:NYMEX、ICEデータを基に作成図19米国ガソリンと原油の先物価格差イン1ガソリンパイプライン〈テキサス州ヒューストン~ノースキャロライナ州グリーンズボロ〈Greensboro〉。通常時ガソリン輸送量日量137万バレル、ガソリンは別のパイプラインで最終的にはニュージャージー州リンデン〈Linden〉まで輸送〉が、9月9日にアラバマ州ヘレナ〈Helena〉で推定6,000~8,000バレルのガソリン流出が発生したため操業を停止した〈9月21日に操業を再開〉ことにより、米国東部海岸へのガソリン供給に支障が発生したことに伴うものと考えられる)。また、欧州においてもガソリン在庫は過去5年幅を超過する状態となった。 加えて、製油所ではガソリンを生産するとともに併せて軽油や暖房油などの留出油(ないしはジェット燃料/灯油を含めた中間留分)も生産(連産)されることになる。このため、米国や欧州においては留出油や中間留分在庫も増加傾向となり、過去5年幅上限近傍に位置したり、過去5年幅を超過したりする量となった(図22、図23)。 このように欧米諸国ではガソリンや留出油在庫が積み上がったことから、製油所の精製利幅が圧迫されるようになり、それは6~8月の米国の夏場のガソリン需要期にもかかわらず冬場のそれとそう変わらない水準にまで低迷した。この時期、米国東部の一部製油所(Monroe Energy のTrainer製油所〈ペンシルバニア州、原油精製能力日量18万5,000バレル〉および億バレル2.62.42.22.04215出所:DOEデータを基に作成3過去5年幅(月間値)過去5年平均(月間値)2016年(週間値)6789101112月図20米国ガソリン在庫億バレル132過去5年幅(月間値)4576過去5年平均(月間値)8911102016年(週間値)120.750.700.650.600.550.500.45出所:DOEデータを基に作成図21米国東海岸ガソリン在庫月742016.11 Vol.50 No.6アナリシスiフサの需要が相対的に低下することにより、その価格も原油価格に比べて軟調に推移する場面も見られる。億バレル132過去5年幅(月間値)45769過去5年平均(月間値)811102016年(週間値)12月出所:DOEデータを基に作成図22米国留出油在庫億バレル1234過去5年幅5678過去5年平均911102016年12月出所:IEAデータ等を基に推定1.81.61.41.21.0Phillips 66のLinden製油所〈ニュージャージー州、原油精製能力同23万8,000バレル〉)では減産措置が採られたが、市場では経済性の悪化がその背景にあると見る向きもあった。 他方、米国ではシェールガスを含む天然ガスの生産が活発化するとともに、併せて生産される液体炭化水素であるNGLの生産も増加傾向にある(図24)。NGLの大部分(2015年現在で87%)は液化石油ガス(LPG)である。NGLの生産は2010年の日量207万バレル(うちLPGが同180万バレル)から2015年には同327万バレル(同284万バレル)に増加したが、2016年に入ってからもその傾向は続き、6月には同362万バレルであった。NGL需要は2010年の同227万バレル(うちLPGが同217万バレル)からは増加したものの2015年においても同247万バレル(同238万バレル)、2016年6月は同219万バレル(同214万バレル)にとどまっている。米国でのLPGの用途は60%超が石油化学用原料、30%弱が民生用である(2014年現在)。 現在の米国でLPG(エタン)を利用する石油化学工場の能力では増産されたLPGを利用し切れない(ただし2017年にかけ米国ではLPG〈エタン〉を原料とする石油化学工場が稼働を開始する予定であるので、この部門でのLPG需要はこの先は増加していくものと考えられる)ため、余剰となったLPGの米国からの輸出が増加傾向にあり(図25)、その一部は日本にも向かっている。かつて日本はLPGをサウジアラビアやカタールなど中東湾岸諸国から主に輸入していたが、最近ではこれらの国に加え米国が主要LPG供給国としての地位を確保している(図26)。 このようにアジア地域に新たなLPG供給が行われていることもあり、特に夏場の暖房向けLPG不需要期には、需給緩和感が市場で広がりやすくなることから、LPGの価格が低下、石油化学部門でLPGが利用される半面、出所:DOEデータを基に作成日量万バレルNGL(左軸)200920101501004003503.23.13.02.92.82.72.62.52.42.330025020075石油・天然ガスレビュー図23欧州OECD(経済協力開発機構)中間留分在庫日量10億立方フィートその他(左軸)天然ガス(右軸)201120122013201420152016年図24米国NGL、天然ガス生産量85807570656055最近の石油市場の動きに関する一考察坥ハ万バレルアジアその他12010080604020020092010201120122013201420152016年出所:DOEデータを基に作成図25米国LPG輸出量日量万バレル米国カタールサウジアラビア5040302010020092010201120122013201420152016年出所:IEAデータ等を基に作成図26日本の国別LPG輸入量6. 2017年に向けた世界石油市場に対する関係者の見方 それでは、この先世界の石油市場はどうなると市場では認識されているのか。市場関係者の石油市場に対する認識に大きな影響力を与えるとされる、IEAは2016年6月14日、OPECは7月12日に、それぞれ2017年の石油需給見通しの詳細を発表した。ここでは、既に1月12日に2017年見通しを発表していたEIA(米国エネルギー省エネルギー情報局)を含め2017年の世界石油需要と供給見通し等の特徴などにつき述べる(データは原則、EIAが9月7日、OPECが9月12日、IEAが9月13日に、それぞれ発表したもの〈つまり本稿執筆時点で最新のもの〉を中心としている)。 まず、需要について。2017年の世界石油需要は、前年比で日量115万~142万バレル程度の増加と見込む(IEAが同120万バレル〈前年比1.2%〉、EIAが同142万バレル〈同1.5%〉、OPECが同115万バレル〈同1.2%〉の、それぞれ増加)など、それなりに堅調に伸びていくと予想している(図27)。これは2016年の伸びを下回る水準である(2016年の世界石油需要伸び率はIEAが同128万バレル〈前年比1.3%〉、EIAが同148万バレル〈同1.6%〉、OPECが同123万バレル〈同131%〉であった)。 このうち、IEAとOPECは、英国のEU離脱が2017年の世界経済と石油需要に影響すると予想し、2017年762016.11 Vol.50 No.6アナリシス汲フ増加(IEAで同38万バレルの増加、EIAで同22万バレルの減少、OPECで同20万バレルの増加)と、減少幅が縮小するか、増加に転じるとの見方である(図28)。EIA、IEA、及びOPECともに、2017年の米国でのシェールオイル生産量は前年比で減少はするが、減少幅は2016年ほどではないと見込む。この点、EIAは、シェールオイルの生産減少は低原油価格の影響で企業のキャッシュフローが減少するとともに投資が削減されたことによるものとするが、生産性の向上、損益分岐点の低下、予想される価格の上昇により2017年半ば以降生産量は増加に転じるとの観測だ(なお、EIAは2016年のWTI原油スポット価格を1バレルあたり41.92ドル、2017年は50.58ドルと想定)。IEAも米国でのシェールオイルの生産は2017年後半から上向くと予想している。 他方、米国メキシコ湾沖合では2016年4月にJulia油田(オペレータ:ExxonMobil)、7月にはGunflint油田(オペレータ:Noble)、9月にはStones(オペレータ:Shell)が、それぞれ生産を開始した他、今後も複数の油田の生産が開始される予定である。これにより2017年の米国メキシコ湾での原油生産量の前年比での伸びは、EIAが日量22万バレル、IEAが同12万バレル、OPECが同16万バレルと予想している。また、アラスカでは原油生産量が減少傾向にあるが、最近3カ所の油田の操業が開始日量万バレル2015年2016年2017年IEAEIAOPECの石油需要の伸びが減速すると見ている。他方、EIAは、2017年は2016年程の伸び率ではないものの、他の2機関に比して2017年もそれなりに石油需要は伸びると見ており、英国のEU離脱の影響はほとんど欧州域内にとどまるとの認識である。石油需要についても欧州諸国については若干の下方修正を行うにとどまっている。 また、EIAは、2016年は暖冬による暖房用石油燃料需要の低迷、原油・天然ガス掘削活動の低下、石炭生産と輸送量の減少により、米国の留出油需要は前年割れするが、2017年は経済回復のため需要は増加すると見ている他、新規石油化学工場の稼働や停止していた既存工場の再稼働によりエタンの需要が伸びると予測。さらに中国やインドにおいても輸送部門や石油化学部門を中心に石油需要が増加すると見る(特に中国ではプロパン脱水素化装置〈PDH〉の建設が進みつつあるためプロパンの需要が伸びるとしている)。 OPECも中国については石油化学部門に加え自動車販売の伸びが継続することから輸送部門で石油需要が堅調と考えているようだ。ただ、IEAは中国で重工業中心の経済構造からの脱却を目指す改革の進展により石油需要の伸びが鈍化すると見ている他、2014年後半以降の原油価格の下落に伴いガソリン等の小売り価格水準も併せて低下したことにより、世界各国・地域での石油需要が刺激される格好となったが、2017年にはそうした効果も薄れてくることが、石油需要の伸びを抑制すると見る。 また、例えば国際通貨基金(IMF)の世界経済見通し(WEO:World Economic Outlook)における経済成長率見通しが近年時間の経過とともに下方修正されるなど、これまでの経済が必ずしも明確な回復期に入っているとは見えない部分もある。加えて、英国のEU離脱で今後欧州地域を中心とした地域での経済活動にさらなる支障が発生するようだと、経済成長がなお下振れする恐れも否定できない。この面が2017年の世界石油需要面でのリスクと考えられ、このリスクが今後顕在化するようだと、IEA、EIA、そしてOPECによる世界石油需要見通しも下方修正される可能性がある。 2016年の非OPEC産油国の石油供給見通し(NGL等を含む)は前年比で日量42万~84万バレルの減少(IEAで同84万バレル、EIAで同42万バレル、OPECで同60万バレルの、それぞれ減少)と各機関は見込んでいるが、2017年は前年比で同22万バレルの減少から同38万バレ20018016014012010080-10077石油・天然ガスレビュー出所:各機関資料を基に作成図27各機関の世界石油需要増加見通し(前年比)日量万バレル2015年2016年2017年IEAEIAOPEC200150100500-50出所:各機関資料を基に作成図28各機関の非OPEC産油国世界石油供給増加見通し(前年比)最近の石油市場の動きに関する一考察ウれていることから、原油生産の減少ペースが鈍化する可能性がある。また、EIAは石油化学向けの需要増加から天然ガスからのエタン分離が促進され、米国でのNGLの供給が増加すると見る。IEAもNGLの生産が増加するとの見方だ。このようにシェールオイル生産が2017年に底打ちする上、アラスカや米国メキシコ湾沖合での新規油田生産の開始やNGL、バイオ燃料の供給増加により、2017年の同国での石油生産量は前年比で増加するか、減少するとしても比較的小幅なものになると予測されている。 米国以外の地域では、EIA、IEA、OPECの3機関がともにカナダとブラジルで石油生産が増加すると見ている。カナダでは、Kearl拡張(オペレータ:Imperial Oil)、Horizon拡張(オペレータ:Canadian Natural Resources)、Surmount 2( オ ペ レ ー タ:ConocoPhillips)、Christina Lake(オペレータ:Cenovus)等のオイルサンドプロジェクトで増産、もしくは新規に生産を開始することが寄与するとし、2017年は前年比で日量17万~25万バレルの増加(IEAとEIAで同25万バレル、OPECで同17万バレルの、それぞれ増加)になると見られている。 一方、ブラジルでは2017年末までに同国沖合サントス盆地において浮体式生産・貯蔵・出荷施設(FPSO)7基を設置(Lula油田〈3基〉、Buzios油田〈2基〉、Lapa油田〈1基〉、Libra油田〈1基〉)することにより石油生産が増加する。しかし、うち4基は建設中に問題が発生したことにより2017年末までの増産が困難となる可能性があるなど、同国の石油生産開始時期については不透明感が伴っている。同国の2017年の石油生産量増加見通しはIEAが日量29万バレル、OPECが同27万バレルとなっているが、OPECはFPSO7基が全て操業を開始することを念頭に置いて予想していると見受けられることから考えると、これらの増産見通しは下方修正される可能性があろう。他方EIAは同3万バレルの増加と、かなり消極的な見積もりである。 ロシアについては、2017年の石油生産量について、IEAが日量3万バレルの増産を予想するのに対し、OPECは5万バレルの減産になると見ているが、EIAは21万バレルの減少になると予測するなど減少量には幅が見られる。IEAやOPECはロシアのLukoilやGazprom Neftによる新規油田生産開始や最近生産を開始した油田の増産等を織り込んでいるものと考えられる。他方、中国は国営石油企業による投資削減もあり2017年は7万~13万バレル程度の石油生産量が減少すると考えられている。 非OPEC産油国の石油供給は2016年に減少すると見込まれる上、2017年においてもなお減少するか増加したとしても限定的な程度にとどまると見られる。その一方で、世界の石油需要は2016年程ではないにしても2017年もそれなりに伸びていくと予想されることから、世界石油需要から非OPEC産油国石油供給とOPEC産油国のNGL等を差し引いた、いわゆる対OPEC原油需要等(「Call on OPEC」。これには在庫変動も含まれる)はIEA、EIA、OPECともに2017年は2015年、2016年に比べて相当程度増加し、日量3,300万バレル超の水準になる(IEAでは同3,323万バレル、EIAで同3,295万バレル、OPECで同3,247万バレル)と予想される旨示唆される(図29)。IEAのデータに基づけば、2016年8月現在、OPEC産油国の原油生産量は同3,348万バレルであり、この水準がこの先も維持されるとして、他の石油需給データについてもIEAの予測を用い2016年、2017年の世界石油需給シナリオを描いてみると、2016、2017年は供給が需要をそれなりに超過するが、2017年は2016年に比べて供給が需要を超過する度合いが低下することになる(表2、表3)。 ただ、2016年8月の原油生産量が日量364万バレルであるイランがその目標とするところの同400万バレル超に達すれば、さらに同40万バレルほど世界石油供給量は増加することになる。いつそれが実現するかにもよるが、その分だけ世界の石油需給は緩和することが予想される(また武装勢力による石油生産、出荷施設に対する攻撃により、同70万バレル程度の減産となっているナイジェリアで、攻撃が終息するとともに、同国の原油生産が増加傾向となれば、その分だけ、供給過剰感が増すことにもなる)。 2016年8月末現在のOECD諸国石油在庫日数は67.2日と高水準である一方で、2015年、78日量万バレル2015年2016年2017年3,4003,3003,2003,1003,0002,900IEAEIAOPEC出所:各種資料を基に作成図29各機関の対OPEC原油需要等見通し2016.11 Vol.50 No.6アナリシス016年ほどではないにせよ、2017年も供給が需要を上回ることから考えると、2017年においても、高水準の石油在庫の状態は少なくとも継続すると思われる。表2世界石油需給バランスシナリオ(2016年)日量百万バレル総需要①非OPEC生産OPEC原油生産OPEC NGL生産総供給②在庫変動その他(②-①)201594.8457.5032.296.7696.541.701Q1695.3857.0332.766.8496.631.252Q1695.5856.0333.006.8695.890.313Q1696.6556.6133.476.9597.020.374Q1696.8656.9633.487.1397.570.71201696.1256.6633.186.9596.780.66(注) OPEC産油国については2016年8月の原油生産量がその後も維持されるものと仮定。OPECにはインドネシアとガボンを含む。出所:IEAデータを基に作成表3世界石油需給バランスシナリオ(2017年)日量百万バレル総需要①非OPEC生産OPEC原油生産OPEC NGL生産総供給②在庫変動その他(②-①)201696.1256.6633.186.9596.780.661Q1796.5156.6033.487.0197.090.582Q1796.7656.9933.487.0297.480.723Q1797.9857.2733.487.0697.80ー0.184Q1797.9957.3033.487.1197.88ー0.11201797.3257.0433.487.0597.570.25(注) OPEC産油国については2016年8月の原油生産量がその後も維持されるものと仮定。OPECにはインドネシアとガボンを含む。出所:IEAデータを基に作成おわりに 石油市場には、依然不透明性が付きまとう。OPEC産油国は、11月30日の通常総会に向け、各加盟国の生産制限量の枠を視野に入れつつ、作業中と思われるが、2012年1月から2015年12月まで適用されていた原油生産上限(日量3,000万バレル)ですら、個別の生産枠は決定できなかった。今回は9月28日に開催されたOPEC臨時総会から次の総会まで2カ月程度しかない。そして、イランやリビア、ナイジェリアなど増産余地があると見られる産油国が、現状以上の生産枠を要求するか、生産枠からの除外を要望するのかなど予断を許さないものがある。このようなことから、市場を失望させるような結果が次回OPEC総会で飛び出すといった展開も否定できない。仮に生産枠の類が何らかの形で決定されたとしても、各産油国がそれを遵守できるか、という別の問題もある。その意味でOPEC産油国の試練はまだ続こう。 一方で、米国では石油水平坑井掘削装置の稼働数が増加傾向にある。まだ2014年10月24日現在のピーク(1,262基)には遠く及ばないが2016年9月30日には369基と2016年5月13日の局所的な最低水準(273基)から100基近く回復している。このため、米国のシェールオイル生産の減少幅が縮小し始めるか、場合によっては増加に転じる事態も想定され得る。 従来2016年後半に世界石油需給が均衡すると説明していたIEAも、9月には2017年終盤まで石油供給過剰は継続する旨明らかにしている。これらから、原油価格が上昇局面に入る可能性は少なくとも短期的には高くな79石油・天然ガスレビュー最近の石油市場の動きに関する一考察「ように見える。しかし、中国経済は現時点では多少減速する一方で個人消費が比較的堅調であることもあり、経済成長が比較的堅調であるインドとともに、石油需要は引き続き伸びていくことも考えられる。 他方、OPEC産油国の原油生産はほとんどの国で伸びきっている。加盟各国の余剰生産能力はそれほどないと見る。リビアやナイジェリアに多少の余剰生産能力があるといっても、両国とも政情不安により、これらの能力は事実上利用不可能である。サウジアラビアは2016年9月時点では、日量160万バレルの余剰生産能力を保有するが、同国は他の産油国の突然の供給途絶に備え同200万バレル以上の余剰生産能力を保有しているのが通常であることからして、別途大幅に増産することは困難であろう。また、米国のシェールオイル資源についても、生産が進むにつれ徐々によりコストが上昇していく(開発・生産が技術的に難しくなっていくか、パイプライン等のインフラの整備に迫られる等)といったことも考えられる。 以上を総合すると、1両年では無理としても、早晩石油需給が引き締まることを通じて、原油相場に上方圧力を加えてくるといった展開も可能性としては排除しきれない。石油需給が引き締まれば、地政学的リスク要因に伴う市場の石油供給途絶懸念が増大しやすく、それが原油相場に反映され、原油価格の乱高下を招くことは周知の事実である。現在原油価格が比較的低位で安定しているからといって、安心しきっていていいというわけではない。今後も石油需給の現状と見通し、そしてそれに関連する国際情勢等を、注意深く監視していくことが肝要なのである。執筆者紹介野神 隆之(のがみ たかゆき)早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。米国ペンシルバニア大学大学院修士課程およびフランス国立石油研究所付属大学院(ENSPM)修士課程修了。通商産業省(現・経済産業省)資源エネルギー庁長官官房国際資源課(現・国際課)、国際エネルギー機関(IEA)石油産業市場課等に勤務の後、石油公団企画調査部調査第一課長を経て、現在、JOGMEC調査部主席エコノミスト(石油・天然ガス市場および産業担当)。趣味は旅行(国内・国外を問わず)。Global Disclaimer(免責事項)本稿は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本稿に含まれるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本稿は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本稿に依拠して行われた投資等の結果については一切責任を負いません。なお、本稿の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。802016.11 Vol.50 No.6アナリシス
地域1 グローバル
国1
地域2
国2
地域3
国3
地域4
国4
地域5
国5
地域6
国6
地域7
国7
地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 グローバル
2016/11/21 [ 2016年11月号 ] 野神 隆之
Global Disclaimer(免責事項)

このウェブサイトに掲載されている情報はエネルギー・金属鉱物資源機構(以下「機構」)が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含まれるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責任を負いません。なお、機構が作成した図表類等を引用・転載する場合は、機構資料である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。機構以外が作成した図表類等を引用・転載する場合は個別にお問い合わせください。

※Copyright (C) Japan Organization for Metals and Energy Security All Rights Reserved.

本レポートはPDFファイルでのご提供となります。

上記リンクより閲覧・ダウンロードができます。

アンケートにご協力ください
1.このレポートをどのような目的でご覧になりましたか?
2.このレポートは参考になりましたか?
3.ご意見・ご感想をお書きください。 (200文字程度)
下記にご同意ください
{{ message }}
  • {{ error.name }} {{ error.value }}
ご質問などはこちらから

アンケートの送信

送信しますか?
送信しています。
送信完了しました。
送信できませんでした、入力したデータを確認の上再度お試しください。