「シェール革命」が上流開発企業の財務にもたらした変化
レポートID | 1006600 |
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作成日 | 2016-11-21 01:00:00 +0900 |
更新日 | 2018-02-16 10:50:18 +0900 |
公開フラグ | 1 |
媒体 | 石油・天然ガスレビュー 2 |
分野 | 企業市場 |
著者 | 古藤 太平 |
著者直接入力 | |
年度 | 2016 |
Vol | 50 |
No | 6 |
ページ数 | |
抽出データ | JOGMEC調査部古藤 太平「シェール革命」が上流開発企業の財務にもたらした変化はじめに 2000年代半ば、米国では従来商業的に掘削することが困難とされていたシェールガスの開発が可能になり、天然ガス生産が拡大した。MMBtuあたり6~8ドルの相対的に高い水準で推移していた天然ガス価格(ヘンリーハブ)はリーマンショックの後に低下し、おおむね2~4ドル程度で推移してきた。しかし、生産量のほうは技術進歩によるコスト削減などによりリーマンショック後も増加を続け足元でも1日あたり400億cfを上回っている。 同様の技術進歩によってシェールオイルについては、リーマンショック後に一旦下落した原油価格が2010年以降数回にわたって1バレルあたり100ドルを超えたこともあって拡大しており、生産量も2014年後半からの油価下落により減少したとはいえ日量400万バレル以上を維持している。 米国におけるシェールガス・オイルの生産拡大は中東・中南米・アフリカからの原油輸入を減らし、世界のエネルギー事情や関連する政治状況にまで影響を及ぼしてきた。本稿では、このような「シェール革命」が石油・天然ガス上流開発企業の財務にどのような変化をもたらしてきたかを検討する。1. 「シェール革命」の担い手(1)「シェール革命」と石油・天然ガス上流開発企業 「シェール革命」が実現した要因については、水平坑井・水圧破砕・マイクロサイスミック(microseismic)といった探鉱開発技術の進歩、これらを推進した石油・天然ガス業界と米国連邦政府の協力があったことが指摘されている。また、米国には長年にわたる石油生産国としての地質構造に関するデータが蓄積されており、シェールオイル・ガスを開発するための周辺技術を提供する掘削サービス関連企業や熟練労働者が国内に多数存在することも「シェール革命」が可能になった要因として挙げられている*1。さらにシェールガスやシェールオイルの出現が市場にどのような影響を及ぼしたかについても詳しい分析がなされている*2。 そのような技術的な革新がシェールオイル・ガスの商業的な生産拡大に結びつき、エネルギーを取り巻く環境を一変させた「シェール革命」は石油・天然ガス上流開発企業の財務面にどのような変化をもたらしたのか、「シェール革命」の主な担い手である米国の独立系石油・天然ガス上流開発企業の財務内容に着目することにより31石油・天然ガスレビュー検討してみたい。 2014年後半以降低下した油価は、2016年1~2月に一時30ドルを下回り、本稿執筆時点では40ドル台後半で推移している。長期的に持続可能な形で探鉱活動が継続されるために必要と考えられる60~80ドル台まで回復しない事情の一つに(産油国間で増産凍結についての合意ができないことに加えて)シェールオイル増産の可能性があると言われるが、「シェール革命」が石油・天然ガス上流開発企業の財務にもたらしたものがシェールオイル・ガスの増産の可能性にどのように影響しているかに関する含意についても考えてみたい。 需要サイドの要因をカバーすることはできないため油価動向を見通すことはかなわないが、供給サイドの要因の一つであるシェールオイル・ガス生産の担い手であるシェール企業が再び増産に転じるのか、転じるとしたら2014年半ばまでのようなペースの増産は再現されるのか、といった問いに対しても一つの見方を提示してみたい。アナリシスN月Jun-2016Jan-2016Aug-2015Mar-2015Oct-2014May-2014Dec-2013Jul-2013Feb-2013Sep-2012Apr-2012Nov-2011Jun-2011Jan-2011Aug-2010Mar-2010Oct-2009May-2009Dec-2008Jul-2008Feb-2008Sep-2007Apr-2007Nov-2006Jun-2006Jan-20060図1原油価格(WTI月次平均)推移出所:EIA$/MMBtu14121086420年月Jun-2016Jan-2016Aug-2015Mar-2015Oct-2014May-2014Dec-2013Jul-2013Feb-2013Sep-2012Apr-2012Nov-2011Jun-2011Jan-2011Aug-2010Mar-2010Oct-2009May-2009Dec-2008Jul-2008Feb-2008Sep-2007Apr-2007Nov-2006Jun-2006Jan-2006出所:EIA図2天然ガス価格(ヘンリーハブ月次平均)推移(2)シェール企業 最近ではメジャー系企業もシェールオイル・ガスの開発を行っているが、もともとシェールオイル・ガスは開発規模が小さいためメジャー企業はあまり積極的に開発を行ってこなかった。このため「シェール革命」と石油・天然ガス上流開発企業の財務の関係を検討するに際しては、いわゆるシェール企業(独立系の石油・天然ガス開発企業)の財務動向に注目することが妥当と考えられる。 「シェール革命」を起こしたのはファイナンスであるなどと論じようというのではないが、「シェール革命」が資32$/バレル160140120100806040202016.11 Vol.50 No.6アナリシスN月日1-Jul-20161-Apr-20161-Jan-20161-Oct-20151-Jul-20151-Apr-20151-Jan-20151-Oct-20141-Jul-20141-Apr-20141-Jan-20141-Oct-20131-Jul-20131-Apr-20131-Jan-20131-Oct-20121-Jul-20121-Apr-20121-Jan-20121-Oct-20111-Jul-20111-Apr-20111-Jan-20111-Oct-20101-Jul-20101-Apr-20101-Jan-20101-Oct-20091-Jul-20091-Apr-20091-Jan-20091-Oct-20081-Jul-20081-Apr-20081-Jan-20081-Oct-20071-Jul-20071-Apr-20071-Jan-20071-Oct-20061-Jul-20061-Apr-20061-Jan-2006MMbbl/dUtica (OH, PA & WV)Delaware (TX & NM Permian)Yeso & Glorieta (TX & NM Permian)Eagle Ford (TX)Bakken (MT & ND)Spraberry (TX & NM Permian)Bonespring (TX & NM Permian)Wolfcamp (TX & NM Permian)Niobrara-Codell (CO, WY)HaynesvilleMarcellus (PA,WV,OH &NY)Woodford (OK)Granite Wash (OK & TX)Austin Chalk (LA & TX)Monterey (CA)54.543.532.521.510.50図3シェールオイル生産量推移出所:EIABcf/d504540353025201510Marcellus (PA,WV,OH & NY)Haynesville (LA & TX)Eagle Ford (TX)Fayetteville (AR)Barnett (TX)Woodford (OK)Bakken (ND)Antrim (MI, IN, & OH)Utica (OH, PA & WV)Rest of US 'shale'年月日1-Jul-20161-Apr-20161-Jan-20161-Oct-20151-Jul-20151-Apr-20151-Jan-20151-Oct-20141-Jul-20141-Apr-20141-Jan-20141-Oct-20131-Jul-20131-Apr-20131-Jan-20131-Oct-20121-Jul-20121-Apr-20121-Jan-20121-Oct-20111-Jul-20111-Apr-20111-Jan-20111-Oct-20101-Jul-20101-Apr-20101-Jan-20101-Oct-20091-Jul-20091-Apr-20091-Jan-20091-Oct-20081-Jul-20081-Apr-20081-Jan-20081-Oct-20071-Jul-20071-Apr-20071-Jan-20071-Oct-20061-Jul-20061-Apr-20061-Jan-200605出所:EIA図4シェールガス生産量推移源ファイナンスの分野に及ぼした変化も「革命的」と言ってもよいのではないだろうか。 米国には独立系の石油・天然ガス上流開発企業が200社以上あると言われるが、このうち財務分析の対象になり得るのは証券取引委員会に決算書(Form 10-K)を登録している上場企業約120社と見られる。このなかから過去10年分の決算書が入手可能で、かつ比較的大規模な独立系石油開発会社7社を地域的な分散も勘案してピックアップし、その決算書を基に資産買収・売却、デット・エクイティ(debt・equity:銀行借り入れ・社債発行/株式)市場からの資金調達の動向を取りまとめた。33石油・天然ガスレビュー「シェール革命」が上流開発企業の財務にもたらした変化o所:EIA図5主要シェールオイル・ガス生産地2. シェール企業の財務動向(1)デボン・エナジー(Devon Energy) Devonは独立系石油・天然ガス上流開発企業の一つで1971年創業、1988年上場された(本社:オクラホマ・シティ)。「シェール革命」は2002年、同社がテキサス州北部バーネット頁岩層で水圧破砕技術と水平坑井技術の組み合わせ・実用化に成功したことに始まるとされる。14,00012,00010,0008,0006,0004,0002,0000百万ドル原油天然ガス液天然ガス2006200720082009201020112012201320142015年出所:決算報告書(Form 10-K)図6Devon:売上高構成342016.11 Vol.50 No.6アナリシスアの後「シェールガス革命」は大規模な天然ガス田を求めてマーセラスやヘインズビルなどに広がり、「シェールオイル革命」は2008年にノースダコタ州の巨大な頁岩層バッケンから比較的精製の容易な軽質油が生産されたことから広がった。 米国における天然ガスの堅調な増加は2011年後半から2012年初頭にかけての大幅な供給過剰を招き、米国の天然ガス価格はMMBtuあたり約2ドルという史上最安値をつけた。このような天然ガス価格の急落によって、石油およびガス業界は掘削資産の投入先を比較的乾燥した天然ガス層からバッケンやイーグルフォードなどの液分が豊富なプレイに移した。「シェール革命」が天然ガスから石油に広がったことを受けてDevonは海外の資産を売却し、米国とカナダの陸上油ガス田開発に特化する戦略に切り替えている。①資産の入れ替え 2010年に海外の在来型石油・天然ガス権益を売却し、その後、シェールオイル・ガス資産の買収を進めた。 2010年、メキシコ湾大水深の油ガス田の他、アゼルバイジャン、中国の資産を56億ドルで売却。 2014年、イーグルフォード・シェールの油ガス田権益をGeoSouthern International Holdings LLCから60億ドルで取得。 2014年、カナダの在来型油ガス田権益をCanadian Natural Resourcesに28億ドル、米国内の非中核資産をLINN Energyに22億ドルで売却。 資産の入れ替えにより天然ガスと石油の権益比率を変更してきた。0005原油・天然ガス液生産(左軸)天然ガス生産(右軸)千b/d百万cf/d3,0002,5002,0001,5001,00045040035030025020015010050020062008出所:決算報告書(Form 10-K)20072009201020112012201320142015 年図7Devon:原油・天然ガス生産量推移百万ドル自己資本長期借り入れ金有形固定資産2006200720082009201020112012201320142015年40,00035,00030,00025,00020,00015,00010,0005,0000出所:決算報告書(Form 10-K)図8Devon:有形固定資産と自己資本・長期借り入れ金35石油・天然ガスレビュー「シェール革命」が上流開発企業の財務にもたらした変化A借り入れの活用 2011年以降のシェールオイル資産買収に当たってはデット(金融機関からの借り入れ)による資金調達を進めてきた。2015年末時点の借り入れは120億ドルを超えている。③マスター・リミテッド・パートナーシップの活用 資金調達の方法としてマスター・リミテッド・パートナーシップ(MLP : Master Limited Partnership)*3を活用した中流事業の流動化スキームを活用している。 2014年、DevonはEnLink Holdingsという新設会社にパイプラインや貯蔵施設等の主要な中流事業資産を現物出資し、EnLink Midstream, LLCというゼネラル・パートナー(GP:General Partner)を通じてこれらの資産に対する支配力を維持することによりEnLink Midstream Partners, L.P.というMLPを上場させ、約4億ドルの資金調達を行った。 生産量により収入が大きく変動する上流事業や価格変動の影響を大きく受ける下流事業に比べ、パイプラインや貯蔵施設等の中流事業資産はメジャー系等の大手企業との長期契約をベースとした利用料を主な収入源としており、キャッシュフローが安定している。 シェール企業にとっては生産量の増加に対応してパイプラインや貯蔵施設に対する設備投資が必要であるが、投資額が大きく新規参入は容易ではない。中流事業資産を対象としたMLPを使った流動化スキームは、機関投資家等の関心が高いことから、シェール企業にとっては有力な資金調達方法になったと考えられる。 Devonは証券取引所にLP持ち分を上場することにより、2014年に4億ドル、2015年7億ドルの資金調達を行った。さらにDevon自らの金融機関与信枠30億ドルとは別にEnLink Holdingsは15億ドル 14,00012,00010,0008,0006,0004,0002,0000百万ドル2006200720082009201020112012201320142015年出所:決算報告書(Form 10-K)図9Devon:借り入れ残高(長期・短期合計)百万ドル16,00014,00012,00010,0008,0006,0004,0002,0000(2,000)(4,000)キャッシュフロー借り入れ(純増/減)株式発行/買い入れ資産売却優先株発行設備投資2006200720082009201020112012201320142015年出所:決算報告書(Form 10-K)図10Devon:設備投資とファイナンス362016.11 Vol.50 No.6アナリシスフ与信枠を設定しており、Devonにとって資金調達力を広げている。④株式買い入れ償却 資産の入れ替えに応じて自社株買い入れを行い、借り入れの活用と合わせて資本の効率性を高めている(2011・2012年、総額35億ドルの自社株買いを行っている)。 有形固定資産の大半は自己資本で賄われ、長期借 り入れ金と合わせて有形固定資産相当分のファイナンスが行われてきた。 2015年度は油価の低下により145億ドルの赤字を計上したため自己資本が減少したが、これを除けば財務内容は強化されてきた。 (2) チェサピーク・エナジー(Chesapeake Energy Corporation) Chesapeakeの特徴は2008年までの「シェールガス革命」の波にうまく乗ったところにある。その初期に自己資本を厚くしていたので天然ガスから原油に重心をシフトした2012年頃には借り入れを行うのに十分な財務内容が備わっていた。 積極的な借り入れの活用、中流資産の分離上場や優先株発行といったエクイティ市場からの調達により積極的な資産の入れ替えを行ってきており、ガスと石油の価格の変化に応じて構成比率を変更してきた。レバレッジやデリバティブを活用し、資産の入れ替えにより効率的に資本が活用されてきた。①資産の入れ替え Chesapeakeが積み上げてきた上流資産はテキサス州南部のイーグルフォード・シェール、オハイオ州のユーティカ・シェール、オクラホマ州のアナダルコ盆地、ワイオミング州のナイオブララ・シェール、ルイジアナ州西部のヘインズビル・シェール、ペンシルベニア州のマーシェラス・シェールと幅広い。 2008年フェイエットビルの権益(25%)をBPに19億10,0009,0008,0007,0006,0005,0004,0003,0002,0001,0000百万ドル原油天然ガス液天然ガス2006200720082009201020112012201320142015年3,5003,0002,5002,0001,5001,0000005千b/d百万cf/d原油・天然ガス液生産(左軸)天然ガス生産(右軸)250200150100500出所:決算報告書(Form 10-K)図11Chesapeake:売上高構成20062008出所:決算報告書(Form 10-K)20072009201020112012201320142015年図12Chesapeake:原油・天然ガス生産量推移37石油・天然ガスレビュー「シェール革命」が上流開発企業の財務にもたらした変化hルで売却した他、以下のような資産売却を行ってきた。 2008年 マーセラスの権益(32.5%)をStatoilに33 億8,000万ドルで売却 2010年 バーネットの権益(25%)をTotalに22億 ドルで売却 2010年 イーグルフォードの権益(33.3%)をCNOOCに22億ドルで売却 2011年 ナイオブララの権益(33.3%)をCNOOCに 35,00030,00025,00020,00015,00010,0005,0000百万ドル自己資本長期借り入れ金有形固定資産2006200720082009201020112012201320142015年出所:決算報告書(Form 10-K)図13Chesapeake:有形固定資産と自己資本・長期借り入れ金14,00012,00010,0008,0006,0004,0002,0000百万ドル2006200720082009201020112012201320142015年出所:決算報告書(Form 10-K)図14Chesapeake:借り入れ残高(長期・短期合計)キャッシュフロー借り入れ(純増/減)株式発行/買い入れ資産売却優先株発行設備投資百万ドル25,00020,00015,00010,0005,0000(5,000)2006200720082009201020112012201320142015年出所:決算報告書(Form 10-K)図15Chesapeake:設備投資とファイナンス382016.11 Vol.50 No.6アナリシス@12億7,000万ドルで売却 2011年 ユーティカの権益(25%)をTotalに20億ドルで売却②借り入れの活用 Chesapeakeは借り入れの条件交渉を行うに際してリザーブ・ベースト・レンディング(埋蔵量担保の借り入れ枠)を一時的に利用している。スワップやカラー等のヘッジ取引*4を行う際にも埋蔵量担保を活用している。 リザーブ・ベースト・レンディングは中堅・中小事 業者には一般的な借り入れ形態であり、シェール革命が中小の事業者を中心に進んだ背景の一つ。埋蔵量を担保に金融機関から借り入れ枠の設定を受ける。 リザーブ・ベースト・レンディングの担保は通常半年ごとに評価の見直しが行われるが、油価が下落し始めて以来、米国の金融監督当局は金融機関に対し リザーブ・ベースト・レンディングに厳格な適用を求めており、今後大きく伸びるとは考え難いが、短期の資金調達形態としてシェール企業の有力なファイナンス方法になっている。③中流資産の売却 2012~2013年 ウェスト・バージニア等一部を除いてパイプライン資産を売却。 2014年 サービス会社Chesapeake Oilfield Operating LLCをスピンオフし、Seventy Seven Energy Inc.として上場させた。(3)ヘス・コーポレーション(Hess Corporation) Hessは米国ノースダコタ州バッケン他の非在来型陸上鉱区およびメキシコ湾の大水深油田、西アフリカ(赤道ギニア、ガーナ)、東南アジア(マレーシア、タイ)で18,00016,00014,00012,00010,0008,0006,0004,0002,0000百万ドル原油・天然ガス液天然ガス2006200720082009201020112012201320142015年80070060050040030020000012015 年出所:決算報告書(Form 10-K)図16Hess:売上高構成百万cf/d千b/d35030025020015010050原油・天然ガス液生産(左軸)天然ガス生産(右軸)020062008出所:決算報告書(Form 10-K)2007200920102011201220132014図17Hess:原油・天然ガス生産量推移39石油・天然ガスレビュー「シェール革命」が上流開発企業の財務にもたらした変化カ産を行っている。以前アゼルバイジャン、インドネシア、ロシア、英国に保有していた権益は売却している。 シェールガスの生産が拡大した2008年までは顕著な借り入れの増加は見られない。同社の米国における主な権益はバッケン地区とメキシコ湾の海上油田であり、「シェールガス革命」の恩恵は僅かであった。ところが2009年以降バッケン地区でシェールオイルの開発が進むと借り入れに加えて、資産売却やプライベート・エ35,00030,00025,00020,00015,00010,0005,0000百万ドル自己資本長期借り入れ金有形固定資産2006200720082009201020112012201320142015年出所:決算報告書(Form 10-K)図18Hess:有形固定資産と自己資本・長期借り入れ金9,0008,0007,0006,0005,0004,0003,0002,0001,0000百万ドル2006200720082009201020112012201320142015年出所:決算報告書(Form 10-K)図19Hess:借り入れ残高(長期・短期合計)百万ドルキャッシュフロー借り入れ(純増/減)株式発行/買い入れ資産売却優先株発行設備投資12,00010,0008,0006,0004,0002,0000(2,000)(4,000)2006200720082009201020112012201320142015年出所:決算報告書(Form 10-K)図20Hess:設備投資とファイナンス402016.11 Vol.50 No.6アナリシスNイティ・ファンドを活用して資金調達を行い、天然ガスから石油、海外から米国内非在来型への転換を図ってきた。①資産の入れ替え Hessは2013年までは石油製品の精製・販売に加え、発電事業・小売り(ガソリンスタンド経営)等を行う統合型企業であった。売り上げに占める天然ガスの比率が低下し、石油の割合を増加させてきた。 2013年から2015年にかけて従来のグローバルに展開する統合型エネルギー企業から北米の上流資源開発に特化した企業に転換した。特に非在来型の石油資源開発に強みを持つ。 ②資産売却による資金調達 2012年、ノルウェーLNGプロジェクト権益(1億ドル)、英領北海のパイプライン権益(5億ドル)・LNGプロジェクト権益(2億ドル)等の資産売却により計8億ドルを調達。 2013年、英領北海Berylガス田(4億4,000万ドル)、アゼルバイジャンの油田・パイプライン(8億8,000万ドル)、インドネシア(6億6,000万ドル)、ロシア(21億ドル)等の資産売却により計45億ドルを調達。 2014年、インドネシアの海上権益(6億5,000万ドル)、タイ(8億ドル)、ユーティカ・シェールガス権益(11億ドル)、その他発電関連の資産等の資産売却により計30億ドルを調達。③プライベート・エクイティ・ファンドとの協働による資金調達 Hessの中流事業部門の資産はHess Midstream Partners LPが保有している(Hess Midstream Partners LPはMLPとして証券取引所に上場する計画であるがまだ実現していない)。 2015年、HessはHess Midstream Partners LPの100%持ち分等の中流事業資産を保有するHess Infrastructure Partners, LPの50%をプライベート・エクイティ・ファンド(Global Infrastructure Partners)に26億ドルで売却し、資金調達を行っている。④債券市場を通じた資金調達 2015年、Hess Infrastructure Partners, LPの持ち分売却による26億ドル相当の資金調達を実施したほか、Hess Infrastructure Partners, LPは6億ドルを債券市場から調達している。(4) アパッチ・コーポレーション(Apache Corporation) Apacheは1954年創業の石油・天然ガス上流開発企業(本社:ヒューストン)。当初、シェールガス革命への関与は限定的であったが、2010年以降パーミアンの開発が進みシェールオイルの生産を拡大した。 2000年代まではオーストラリアをはじめとする海外の権益買収により成長していたが、2010年頃から北米におけるシェール開発にウェートを移した。折からのメ18,00016,00014,00012,00010,0008,0006,0004,0002,0000百万ドル原油天然ガス液天然ガス2006200720082009201020112012201320142015年出所:決算報告書(Form 10-K)図21Apache:売上高構成41石油・天然ガスレビュー「シェール革命」が上流開発企業の財務にもたらした変化Lシコ湾原油流出事故に関連して資産売却を進めるBP社から権益を取得。さらにはCordillera Energy Partnersの買収などにより、米国およびカナダの非在来型資源を獲得した。他方ではエジプトにおける権益の一部やアルゼンチンにおける権益を売却している。 主な権益はパーミアン盆地、アナダルコ盆地のほか、カナダ、英国、エジプトにも権益を持つ。2015年度のアニュアル・レポートには同社の戦略としては以下の3項目が掲げられている。 ・厳格なポートフォリオ管理 ・財務の柔軟性向上 ・利回りとキャッシュフローの重視 これらの基本的な戦略に基づき、投下資本額の大きいLNGや大水深海底油ガス田権益を売却し、シェールオイル・ガスのような資本効率の高い資産へのシフトを進め、また天然ガスから石油への転換を進めてきた。①買収 従来はグローバルに上流権益を獲得することで成長していたが、2010年、BP・Mariner Energyからパーミアンの油ガス田権益を取得し、シェールオイル・ガスの生産が拡大した。 2010年、BPからパーミアン盆地、カナダ、エジプトにおける権益を合計64億ドルで買収。またDevonからメキシコ湾の油ガス田権益を10億5,000万ドル、メキシコ湾岸とパーミアンに油ガス田権益を保有する独立系上流開発企業Mariner Energy Inc.を27億ドルで買収した(カナダKitimat LNGプラント等)。 2011年、ExxonMobilの英領北海油田権益を12億5,000万ドルで買収。 2012年、非上場の上流開発企業Cordillera Energy Partners III, LLCを27億ドルで買収、アナダルコ 図22Apache:原油・天然ガス生産量推移百万ドル自己資本長期借り入れ金有形固定資産2006200720082009201020112012201320142015年60,00050,00040,00030,00020,00010,0000出所:決算報告書(Form 10-K)図23Apache:有形固定資産と自己資本・長期借り入れ金421,0009008007006005004003002000001千b/d25020015010050百万cf/d原油・天然ガス液生産(左軸)天然ガス生産(右軸)020062008出所:決算報告書(Form 10-K)20072009201020112012201320142015年2016.11 Vol.50 No.6アナリシス~地の油ガス田権益を獲得した。またオーストラリアの子会社Apache Energy Limitedを通じて同国の肥料製造プロジェクト(Yara Pilbara Holdings Pty Ltd)を買収した。 ②資産売却 LNGプロジェクトや大水深海底油田のように投下資本が大きい資本集約的な資産の売却を進めてきた。 2012年、ChevronにカナダのKitimat LNGプラントとPacific Trailパイプライン権益50%を4億ドルで売却。 2013年、メキシコ湾の権益をRiverstone Holdingsに 37億ドル、エジプトの権益をSinopecに29億5,000万ドルで売却。 2014年、オクラホマ州のアナダルコ盆地、ルイジアナ州南部の石油ガス田権益を13億ドル、メキシコ湾大水深を14億ドル、カナダの天然ガス資産を3億7,000万ドル、アルゼンチンの権益を8億ドルで 売却した。 2015年、Yara Pilbara Holdings Pty Ltdに対する持ち分49%を4億ドル、カナダのKitmat LNGプロジェクト、並びに隣接する天然ガス田権益をWoodside Petroleumに8億5,000万 ド ル、Wheatstone LNGプロジェクトと、それに隣接する油ガス田権益をWoodside Petroleumに28億ドル、オーストラリア子会社Apache Energy Limitedをプライベート・エクイティ・ファンドに19億ドルで売却している。③債券市場 2015年末時点の債券市場からの調達は88億ドル、この他に35億ドルのコマーシャルペーパー発行/借り入れ枠を確保している。 2010年、BPからの資産買収に関連して15億ドルの資金は債券発行により調達。 2012年、Cordillera Energy Partners III, LLCと(オー 14,00012,00010,0008,0006,0004,0002,0000百万ドル2006200720082009201020112012201320142015年出所:決算報告書(Form 10-K)図24Apache:借り入れ残高(長期・短期合計)百万ドル16,00014,00012,00010,0008,0006,0004,0002,0000(2,000)(4,000)(6,000)キャッシュフロー借り入れ(純増/減)株式発行/買い入れ資産売却優先株発行設備投資2006200720082009201020112012201320142015年出所:決算報告書(Form 10-K)図25Apache:設備投資とファイナンス43石油・天然ガスレビュー「シェール革命」が上流開発企業の財務にもたらした変化Xトラリア現地法人Apache Energy Limitedによる)Yara Pilbara Holdings Pty Limitedの買収に際して総額50億ドルを債券発行により調達。 2013年・2015年にそれぞれ25億ドルの借り入れ圧縮を行っている。 ④株式(エクイティ)市場 大型の資産取得/買収を行う際には株式市場を活用するとともに、逆に資産売却により余剰資金が生じた際には自社株買いを行い、自己資本が過剰にならないように効率的な資本政策を採っている。 2010年、BPからの資産買収に関連して普通株23億ドルと優先株12億ドルを発行。 2013年10億ドル、2014年18億6,000万ドルの自社株買いを実施。 2015年、オーストラリア子会社Apache Energy LimitedをMacquarie CapitalとBrookfield Asset Management傘下のプライベート・エクイティ・ファンドに19億ドルで売却した。(5) アナダルコ・ペトロリウム(Anadarko Petroleum Corporation) Anadarkoは大型の買収によりシェール資産を取得した後、資産売却やMLPによる資産の回転、流動化により借り入れを圧縮してきた。①資産の入れ替え 徐々に米国内資産への集中と天然ガスから石油へのシフトを進めてきた。 2006年8月、AnadarkoはKerr-McGee Corporationを165億ドル(プラス26億ドルの債務)で買収した。さらにWestern Gas Resources, Inc.を48億ドル(プ原油天然ガス液天然ガス百万ドル16,00014,00012,00010,0008,0006,0004,0002,00002006200720082009201020112012201320142015年出所:決算報告書(Form 10-K)図26Anadarko:売上高構成3,0002,5002,0001,5001,0000005千b/d百万cf/d原油・天然ガス液生産(左軸)天然ガス生産(右軸)40035030025020015010050020062008出所:決算報告書(Form 10-K)20072009201020112012201320142015 年図27Anadarko:原油・天然ガス生産量推移442016.11 Vol.50 No.6アナリシス@ラス6億2,500万ドルの債務)で買収した。 所要資金のうち223億ドルを短期借り入れにより賄い、カナダ法人の売却(43億ドル)などで債務を圧縮しようとしたが、2006年末時点で230億ドルの借り入れが残った。この債務の圧縮が終わるのは2008年のWestern Gas Partnersの上場まで時間を要した。 2014年、Anadarkoはモザンビークの海上ガス田 45,00040,00035,00030,00025,00020,00015,00010,0005,0000百万ドル20072006自己資本20082009201020112012201320142015年長期借り入れ金有形固定資産出所:決算報告書(Form 10-K)図28Anadarko:有形固定資産と自己資本・長期借り入れ金百万ドル25,00020,00015,00010,0005,00002006200720082009201020112012201320142015年出所:決算報告書(Form 10-K)図29Anadarko:借り入れ残高(長期・短期合計)百万ドル30,00025,00020,00015,00010,0005,0000(5,000)(10,000)キャッシュフロー借り入れ(純増/減)株式発行/買い入れ資産売却優先株発行設備投資2006200720082009201020112012201320142015年出所:決算報告書(Form 10-K)図30Anadarko:設備投資とファイナンス45石油・天然ガスレビュー「シェール革命」が上流開発企業の財務にもたらした変化?益を26億ドル、中国現地法人10億8,000万ドル、メキシコ湾大水深を5億ドル、ロッキーのEORアセット4億6,000万ドルで売却、合計45億6,000万ドルを現金化した。 2015年、ロッキー山脈のコールベッド・メタン(CBM)資産を1億5,000万ドル、増進回収法(EOR)資産を7億ドル、テキサス州東部の油ガス田を4億ドル等、合計13億ドルの資産売却を行った。 このように買収による業容の拡大を図る一方、非中核資産を売却し、資産を回転させている。 ②借り入れの活用 2006年、Kerr-McGee CorporationとWestern Gas Resources, Inc.を買収するために223億ドルの借り入れを行った。③株式市場の活用 Anadarkoは原油・天然ガスを集積・処理する中流事業の資産を保有する子会社を設立し、MLPとして上場させ資金調達を行っている。 また、2015年にWestern Gas Equity Partnersの株式を売却することで資金調達を行っている。Western Gas Equity Partnersは2008年にWestern Gas Partners LPというMLPのゼネラル・パートナーとして2009年設立されたもので、自社で保有していたMLP持ち分を合わせてTangible Equity Unitというパッケージにして売却することにより3億8,000万ドルの資金調達を行っている。(6)EOGリソーシズ(EOG Resources, Inc.) EOG Resourcesはシェールオイルに限って言えば米国で最大の独立系石油開発会社である(2015年日量36万バレル)。当初はバーネットの原油・天然ガス生産からシェール革命に参加したが、デット・エクイティ市場からの資金を活用して資産の入れ替えを行い、イーグルフォードにウェートを移した。 イーグルフォードでは最大の生産者であり(同21万バレル)、パーミアン(同4万3,000バレル)、ロッキー山脈14,00012,00010,0008,0006,0004,0002,0000百万ドル原油天然ガス液天然ガス2006200720082009201020112012201320142015年1,4001,2001,0008006004000002千b/d百万cf/d原油・天然ガス液生産(左軸)天然ガス生産(右軸)400350300250200150100500出所:決算報告書(Form 10-K)図31EOG Resources:売上高構成20062008出所:決算報告書(Form 10-K)20072009201020112012201320142015 年図32EOG Resources:原油・天然ガス生産量推移462016.11 Vol.50 No.6アナリシスi同6万5,000バレル)における生産を拡大している半面、採算性に劣るバーネットの開発は2万7,000バレルと絞り込んでいる。①資産の入れ替え ガスと石油の価格の変化に応じてバーネットからイーグルフォード/パーミアンに生産拠点をシフト35,000百万ドル30,000自己資本長期借り入れ金有形固定資産25,00020,00015,00010,0005,00002006200720082009201020112012201320142015年出所:決算報告書(Form 10-K)図33EOG Resources:有形固定資産と自己資本・長期借り入れ金7,0006,0005,0004,0003,0002,0001,0000百万ドル2006200720082009201020112012201320142015年出所:決算報告書(Form 10-K)図34EOG Resources:借り入れ残高(長期・短期合計)キャッシュフロー優先株発行資産売却株式発行/買い入れ借り入れ(純増/減)設備投資10,000百万ドル8,0006,0004,0002,0000(2,000)2006200720082009201020112012201320142015年出所:決算報告書(Form 10-K)図35EOG Resources:設備投資とファイナンス47石油・天然ガスレビュー「シェール革命」が上流開発企業の財務にもたらした変化キることで構成比率を変更してきた。(7) オクシデンタル・ペトロリウム(Occidental ②借り入れの活用 EOG Resourcesの借り入れは2006年の7億ドルから2012年には63億ドルへと増えており、バーネットからイーグルフォード/パーミアンへのシフトに際して借り入れが積極的に活用されたことがうかがわれる。③株式市場からの資金調達 2010年頃までの「シェール革命」の比較的早い時期は借り入れを積極的に活用して生産を拡大したが、リーマンショック後の2011年、原油価格が上昇する局面ではキャッシュフローに加えて時価発行増資、資産売却により設備投資資金を調達している。 50ドルを割る油価で生産を拡大するだけの設備投資を行うことは難しいが、技術の進歩により60ドル程度の油価であれば増産に転じる可能性が高い。 Petroleum Corporation) Occidentalは他のシェール企業とは異なり、米国の上流資源開発・中流事業だけでなく化学事業を展開、また中東・北アフリカや中南米でも上流・中流事業を行っている。米国における上流資源開発はパーミアン盆地に集中しているが、これも非在来型油ガス田だけでなく在来型の油ガス田からの生産が大きな割合を占めている。 同社は2000年度にAltura Energyの買収によりパーミアン盆地での権益を取得し、その後も2007年にBPとメキシコ湾の資産をスワップ、2008年から2012年頃には借り入れによる資金調達を拡大するなどしてパーミアンの陸上権益を獲得してきた。 このようにして積み上げてきたパーミアン盆地の資産に対し、同社が得意とする増進回収法を適用して、ピークを過ぎたと見られていた油・ガス田の埋蔵量を回復した。また、資産売却の他、子会社の分離上場による資金調達、借り入れの返済・自社株買い入れにより財務内容図36Occidental:原油・天然ガス生産量推移百万ドル自己資本長期借り入れ金有形固定資産2006200720082009201020112012201320142015年60,00050,00040,00030,00020,00010,0000出所:決算報告書(Form 10-K)図37Occidental:有形固定資産と自己資本・長期借り入れ金489008007006005004003002000001千b/d百万cf/d原油・天然ガス液生産(左軸)天然ガス生産(右軸)35030025020015010050020062008出所:決算報告書(Form 10-K)20072009201020112012201320142015年2016.11 Vol.50 No.6アナリシスュ化してきた。いるが2010年と2012年にはそれぞれ25億ドル、17億5,000万ドルの長期資金借り入れを行っている。①設備投資 2006年、13億ドルでVintage社の買収によりパーミアン盆地の資産を買い増したほか、Plains Exploration and Production Co.から8億6,000万ドルでパーミアンとカリフォルニアの資産を買収した。 2007年、BPとの資産スワップによりパーミアン盆地の権益を買い増したほか、天然ガス処理プラントやパイプライン資産を取得した。 ②借り入れの活用 2011年・2012年にはパーミアン盆地などの油ガス田権益を買収しているほか関連会社を通じて同地域のパイプライン資産にも投資を進めた。 必要資金の大半は営業キャッシュフローで賄われて ③資産売却 2006年、約10億ドルで非中核の海外やカリフォルニアの資産を売却した。 2007年、ロシアと西アフリカの資産を約5億ドルで売却。 2013年、非中核油田権益とパイプライン資産Plains Pipelineの売却により16億ドルの資金調達を行った。 2014年、カリフォルニア州における石油・天然ガス事業California Resources Corporationを分離上場するスピンオフにより約40億ドルの資金調達を行っている。 これらは主に借り入れ金の返済に充てられた。 9,0008,0007,0006,0005,0004,0003,0002,0001,0000百万ドル2006200720082009201020112012201320142015年出所:決算報告書(Form 10-K)図38Occidental:借り入れ残高(長期・短期合計)キャッシュフロー優先株発行資産売却株式発行/買い入れ借り入れ(純増/減)設備投資18,000百万ドル16,00014,00012,00010,0008,0006,0004,0002,0000(2,000)2006200720082009201020112012201320142015年出所:決算報告書(Form 10-K)図39Occidental:設備投資とファイナンス49石油・天然ガスレビュー「シェール革命」が上流開発企業の財務にもたらした変化Lャッシュフローで賄われ、有形固定資産もほぼ自己資本と長期借り入れ金の範囲内に収まっている。「シェール革命」を経たことで資本の効率性が増したと考えられる。(2) 「シェール革命」がファイナンス市場にもたらした影響 「シェール革命」が米国の石油・天然ガス上流開発企業の財務にもたらした変化はデット・エクイティによるファイナンスにもさまざまの影響を及ぼした。①デット市場 「シェール革命」以前は、グローバルに展開する大手の金融機関にとって石油・天然ガス上流開発事業向けの融資と言えば、個々の開発ごとに組成されるプロジェクト・ファイナンスあるいはメジャー系の石油・天然ガス企業や国営石油会社向けのファイナンスが主なものであった。石油・天然ガス上流資源開発向けのファイナンスの有望分野としては、フロンティア地域における大水深の海底油田等の大規模なプロジェクト・ファイナンスで、投下する資本と開発リスクや所在国リスクに見合ったストラクチャリングを施したものでも、回収するには10年を超える超長期の大掛かりなものとなるのが一般的であった。それでも民間金融機関だけでは担いきれず、さまざまの国あるいは多国間の信用の枠組みが利用された。ん填て補ほ 「シェール革命」によって石油・天然ガス上流開発企業のビジネスモデルが超長期投資から相対的に短くなったことで、調達先が金融機関のみならず債券市場における投資家にも広がり、調達できる金額・規模が増している。また、従来は主として地場中堅金融機関によって対応される規模であった埋蔵量担保融資(リザーブ・ベースト・レンディング)の活用が拡大しており、資金調達の幅と厚みが増したと言うことができる。②エクイティ市場 「シェール革命」がもたらした石油・天然ガス上流開発企業の財務の変化によりエクイティ市場における資金調達力も強化された。エクイティ市場における投資家のなかには油価の上昇から高い利回りを期待するプライベート・エクイティ等のファンドだけでなく、長期的に安定した配当が継続されるインフラストラクチャーへの投資を選好する年金基金等の機関投資家がある。Devonや50(1)石油・天然ガス上流開発企業の財務にもたらした影響①資産の入れ替え 資産の買収には、個別の油ガス田資産を買収するケース(Devon、Chesapeake、EOG Resources、Hess)やメジャー企業の戦略転換などからまとまった資産を取得するケース(Apache、Occidental)、M&Aにより企業ごと買収し後から一部を売却するケース(Anadarko)等、さまざまのパターンが見られる。しかし、各社とも大水深の海底油田やフロンティア地域の大規模開発等の油ガス田権益やパイプライン等の中流事業部門を分離・売却し、シェールオイル・ガスの資産取得を行ってきたという方向性は共通している。 大水深の海底油田などの在来型の大規模な海外の油ガス田権益は、投下した資本を回収するのに10年以上の長期間を要するのに対し、シェールオイル・ガス資産は3~5年程度で回収できるので、上流開発企業にとっては、資本を効率的に回転させられるようになった。②資金調達面における変化 従来、大水深の海底油田や大きなカントリーリスクを伴うことの多いフロンティア地域の大規模開発により石油・天然ガス事業への投資を行ってきた米国の上流開発企業は、「シェール革命」によってカントリーリスクの極めて小さい米国で比較的短期間に投資を回収できるように事業内容/リスクプロファイルを一変させることができた。米国では元々エクイティ市場が発達しているのでリスクマネーが豊富にあり、シェール企業は油価が下がっても資金調達ができると言われることもある。 しかし、むしろシェール企業は自ら開発した探鉱・開発技術によって起こした「シェール革命」と、それに対応するために積極的な資産の入れ替えを行うことによって財務内容/リスクプロファイルを変えたことで、従来は不動産等に向かっていたリスクマネーを引き寄せ、資金調達力を強めたという側面があったと言うこともできる。 2014年半ば以降の長期化している低油価環境により相当数のシェール企業がチャプター11(連邦破産法第11条)適用申請を行った。このことでシェール企業には借り入れ依存度の高い自転車操業的な財務内容の企業が多い印象がある。しかし、少なくとも本稿で取り上げたような過去10年間の財務データが開示されている比較的大規模な企業については設備投資の相当部分は営業3. 「シェール革命」のファイナンス的側面2016.11 Vol.50 No.6アナリシスnadarkoのようなマスター・リミテッド・パートナーシップを利用してパイプラインや貯蔵設備等の中流事業資産を保有する別会社の上場は、これらの機関投資家からの資金調達を拡大させた点で、エクイティ投資家の多様性を生かした変化であった。 また、中流事業資産を保有する別会社をつくって株式を直接的に上場させるだけでなく、HessやApacheのように特定の事業をプライベート・エクイティ・ファンドに売却することも行われている。③その他 デット・エクイティ市場に新たな機会が生じたことでキャッシュフローを安定させるためのデリバティブ市場における取引も拡大している。石油・天然ガス価格の変動をヘッジすることにより上流開発企業にとってはキャッシュフローが安定し、デット・エクイティ市場における投資家にとってもリスクを緩和することができるというメリットがあった。デリバティブ市場も「シェール革命」を機に拡大したファイナンス市場の一つである*5。 また、ファイナンス市場そのものへの影響とは言えないが、「シェール革命」により油ガス田資産や企業の買収・売却が活発に行われるようになったことで、石油・天然ガス上流開発企業や金融機関のみならず、石油・天然ガス資産の買収に関する契約やデューディリジェンス(Due Diligence)を扱う弁護士・会計士・コンサルタントなどの厚みが増した。このことは、米国の石油・天然ガス上流開発企業にとって他の上流開発企業とファイナンス面で競争する上での優位性が増すことを意味するもので、「シェール革命」がファイナンス面にもたらした変化の一つと言うことができるだろう。 「シェール革命」によって石油・天然ガス上流開発企業においても投下資本が3~5年で回収されるようになったことで、民間の金融機関にとっては(不動産以外の)実体ある資産に裏付けされた中長期の与信を行う機会として新たな材料が登場した。「シェール革命」の初期の頃は天然ガスの価格が相対的に高く推移していたことから、まずシェールガスの開発に民間金融機関の資金が流入した。リーマンショック後、量的緩和政策により供給された資金がシェールオイル開発のための資金需要と結びついた。またコモディティ市場に流れ込んだ資金が、「アラブの春」やイラン核開発問題といった地政学リスクの顕在化を材料に原油価格を押し上げたという一面もあったと考えられる。シェールオイルの開発には、民間金融機関の融資等の拡大が後押しとなった側面があったと考えられる。(3)「シェール革命」の影響の持続可能性①「シェール革命」はなぜ起こったか シェールオイル・ガスの存在は「シェール革命」の前から知られていたにもかかわらず、実際に商業的な生産が開始されたのが2000年以降になった。このことから「シェール革命」が始まったのは油価が上昇したことが契機になったと考えられる。油価の上昇には地政学リスクの高まりやリーマンショック後の各国政府が採った金融の量的緩和政策により生じた資金がコモディティ市場に流入したことも一因となっている。 石油・天然ガス市場における供給元である上流開発企業は、金融機関とスワップやカラー等のヘッジ取引を行っており、これら取引金融機関はそのポジションをヘッジするためにコモディティ市場が活用される。リーマンショック後の量的緩和により増加していた流動性がコモディティ市場に流入し、取引規模が拡大した事情があった。 また、量的緩和により潤沢な資金が市場に流入していたということは金融機関にとっても貸し出しを増やすのに適した環境にあったということができる。「シェール革命」までのクレジットサイクルにおいては、金融緩和局面になると不動産や株式のような資産が大きな資金を受け入れるのが常であった。ところが、リーマンショック後の金融緩和局面では、従来、探鉱から開発・生産を経て資本を回収するまで10年以上を要するのが常であった石油・天然ガス業界向け貸し出しが4~5年に短縮されるという事情も加わった。このように、油価の上昇に加えて、シェール企業に対するファイナンス面の後押しがあったことも「シェール革命」が進展した要因の一つと考えられる。②シェール企業の「低油価」に対する耐性 このように、油価が高騰した背景にはリーマンショック後の金融緩和や「アラブの春」後の地政学リスクの高まりなどの事情があったと考えられるが、地政学リスクなどの特別な事情が顕在化しない限り現状程度の油価(40ドル台後半)は当面継続する可能性がある。シェール企業には、このような油価環境に対応していくだけの耐性が備わっているのだろうか。 シェール企業が「シェール革命」への対応を通じて投資効率を向上させ財務内容を強化してきたことは、これまで見てきたとおりである。また、資本力や国の支援が期待できるという点では、メジャー系企業や国営石油会社に優位性があると言えよう。しかし、今後更に長く現状51石油・天然ガスレビュー「シェール革命」が上流開発企業の財務にもたらした変化xの油価が続いた場合、技術進歩の継続によりビジネスモデルを転換してきたシェール企業にも以前に比してある程度の耐性は備わっていると考えられる。低油価が続けば、国営石油会社のバックには国が控えていると言ったところで、国そのものが歳入を石油収入に大きく依存している場合には磐石という訳ではない。またメジャー系企業にとっても、大水深等の大規模な油田開発への投資を拡大するにはある程度の油価上昇が見通せないと難しいと思われる(むしろメジャー企業もシェール開発への取り組みを強化してくる可能性もあるだろう)。 COP21(国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議:2015年11月30日~12月12日 パリ)におけるパリ協定批准の議論などを踏まえると、今後は再生可能エネルギーの導入が一段と加速する可能性がある点は割り引く必要があるものの、シェール企業が技術革新の継続とファイナンス市場の後押しにより長く続く可能性のある現状程度の油価環境を生き残っていく可能性は十分あると考えられる。③油価・天然ガス価格が再び上昇すればシェールオイル・ガスは増産されるか? それでは現状程度の油価が継続する可能性とは逆に、2014年中頃まで油価が高騰した時のように仮に再び油価が高騰したとしてシェールオイル・ガスの生産は再び急に増える可能性についても考えてみたい 地政学リスクの高まりは先行きの不確実性を増すことにつながるので、それによって油価が高騰しただけで金融機関の貸し出し姿勢が変化するとは考え難い。また金融機関の貸し出し姿勢とともにシェールオイル生産拡大を支えたヘッジ取引についても、2010年米国議会で成立したドッド・フランク法(Dodd?Frank Wall Street Reform & Consumer Protection Act:ウォール街改革・消費者保護法)により規制が強化されており、簡単に2013年頃のように取引が急増するとは考え難い。更には2013年頃にはリーマンショック後の量的緩和によりデット市場やデリバティブ市場は大量の流動性が供給されていたが、現在の米国は金融緩和局面にはなく、2010年以降の油価上昇時のようにデット市場やデリバティブ市場がシェールオイルの増産を加速化させるとは限らない。 需給要因によって油価が高い水準で安定的に推移するような環境にならなければ、シェールオイル・ガスが大幅に増産されるという事態は想定し難いと考えられる。むすび 「シェール革命」が「革命」と言われるだけのインパクトを持つとすれば、仮に原油バレルあたり40~60ドル、天然ガスMMBtuあたり2~4ドルの価格が相当の期間続いたとしても米国以外にも影響が及んでいくと思われる。本稿で見てきたように、シェール企業の成長にファイナンスが一定の役割を果たしているとすれば、デット・エクイティ・デリバティブといったキャピタルマーケットの成熟は「シェール革命」が米国以外に拡散していく上で重要な役割を果たすだろう。例えば、英国のようにEU離脱を控えて万一の事態に備えてEU依存度を下げるべく自国で石油・天然ガスを開発しようという政治的な事情があり、かつファイナンス市場が発達している国であれば「シェール革命」が拡散していく可能性があるのではないだろうか。 「シェール革命」は上流開発企業の財務面にも大きな変化をもたらした。従来は回収に10年以上を要していた石油・天然ガス上流開発投資が3~5年で回収できるようになればデット・エクイティ市場とともにシェールオイル・ガスに注目するようになるだろう。投資対象としてファイナンス面から見れば、シェールオイル・ガス資産は大水深の海底油田やカントリーリスクを伴うフロンティア地域のエネルギー資源開発に比して優位性があると考えられる。 「シェール革命」がもたらした技術進歩によりシェールオイル・ガスの生産コストが低下し、ビジネスとして資源開発を行う企業の財務面でも投資の効率性が向上したことで、米国ではファイナンス市場からシェール企業に継続的に資本が供給されるメカニズムができ上がっている。今後、このようなファイナンス市場が他のシェール資産保有国にも広がれば「シェール革命」が他国にも伝播していく可能性もあるだろう。 また、民間の投資資金が回収期間の短いシェール資産に向かう流れが拡大すれば、大水深の海底油田開発やフロンティア地域の資源開発にキャピタルマーケットから522016.11 Vol.50 No.6アナリシス\分な民間資金が供給されなくなる可能性も否定できない。将来のエネルギー価格の高騰や、逆に供給が不足するリスクに備えるのであれば、大水深やフロンティア地域の資源開発を続けることが必要であり、仮にファイナンス市場から民間資金が十分に供給されないのであれば、公的な資金供給の仕組みを強化することも必須となろう。<注・解説>*1: 筆者に科学技術的な知見が乏しいため先行研究を振り返ることはかなわないが、「シェール革命」に関連する技術革新の理解のために以下の論文・書籍を参考にさせて頂いた。 本田博巳,2015;石油探鉱開発における技術革新と石油鉱業(その1),石油・天然ガスレビュー,2015.11 Vol.49 No.6:1-11 伊原賢,2011;シェールガス争奪戦,日刊工業新聞社 : 29-35*2: 野神隆之,2013;シェールガス革命は世界天然ガス市場に何をもたらしたのか。その一考察,石油・天然ガスレビュー,2013.9 Vol.47 No.5:47-62*3: マスター・リミテッド・パートナーシップは、米国における共同投資事業形態の一つであるリミテッド・パートナーシップ(LP:Limited Partnership)のうち、総所得の90%以上を内国歳入法で定められたエネルギー・天然資源関連などの特定の事業から得ており、その出資持ち分がニューヨーク証券取引所やNASDAQなどの金融商品取引所に上場されているもの。*4: スワップ取引は売り手(上流開発企業)と買い手(取引金融機関)が定められた時点に一定の価格で対象となる資産(原油・天然ガス)を売買することを約定すること。カラー取引は上限(キャップ)と下限(フロア)の二つの価格を設定し、売り手にとっては上限以上の価格で売ることによる利益を放棄する代わりに下限以下に価格が下落しても損失を被ることを回避する約定。*5: 拙稿;米国シェール企業の財務動向,石油・天然ガス資源情報,2016.4.25執筆者紹介古藤 太平(ことう たいへい)東京大学経済学部(BA)、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE・MSc)、シカゴ大学ビジネス・スクール(MBA)卒業。1985年、三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行。香港支店(1991~1996年)、シドニー支店(2000~2004年)、国際企画部情報戦略室 中東・アフリカ担当副室長(2012~2016年)等を経て退職。2016年2月より現職(石油天然ガス・金属鉱物資源機構〈JOGMEC〉調査部 担当審議役)。毎朝少し早起きして一駅分歩き、天に向かって伸びていく建築中の高層ビルたちの成長や再開発が続く虎ノ門周辺の変わる様子/変わらない様子を観察するのをささやかな楽しみにしています。Global Disclaimer(免責事項)本稿は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)調査部が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本稿に含まれるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本稿は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本稿に依拠して行われた投資等の結果については一切責任を負いません。なお、本稿の図表類等を引用等する場合には、機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。53石油・天然ガスレビュー「シェール革命」が上流開発企業の財務にもたらした変化 |
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