ページ番号1002024 更新日 平成30年2月16日

Texaco Inc.(現Chevron)texaco inc.(げんchevron)
英語表記
Texaco Inc.
分野
企業

セブン・シスターズの一社で、かつては Exxon に次いで米系第 2 位を維持していたが、近年第 3 ~ 4 位に後退した。
地盤沈下を押しとどめるため、合併・買収を積極的に遂行している。同社は 1901 年、テキサスのスピンドルトップ大噴油井とともに始まった中西部石油ブームのなかで設立された。Gulf Oil とともに、ロックフェラーのスタンダード・グループの独占を打ち破って成長、スタンダード系企業と対抗し得る有力メジャーとなった。1930 年代初頭までに、中西部を中心に合併・買収によって急速に規模を拡大し、海外に関しては、Gulf と組んでラテン・アメリカで、また Socal と組んでインドネシアで、開発・生産を進める一方、極東における広範な販売網を築いた。この Texaco にとって最大の転機となったのは、1936 年のサウジアラビアの利権取得である。既に 1933 年サウジアラビアの広大な利権を獲得して California Arabian Standard を設立して開発に着手していた Socal は、資金難と適切な販路を持ちたかったことからパートナーを求め、Texaco がこれに応じることとなったのである。Texaco はその極東の販売網の 50 %と引き換えにサウジアラビアに Socal が得た利権の 50 %を得ることとなり、Texaco と Socal は Caltex を形成、販売事業を分け合うこととなる。サウジアラビアのジョイント・ベンチャーは後に Aramco と名称を変え(1944 年)、1948 年に Exxon と Mobil が参加して Aramco 4 社体制が確立するが、このサウジアラビアの権益が Texaco にとって原油供給の保証となった。戦後 Texaco は世界的に攻撃的な販売戦略を展開して急成長を遂げ、Exxon に次ぐ売上げを記録するに至る。ガソリン販売量でトップに立った時期もあった。しかし、原油基盤の安定を前提とした拡張戦略は石油危機を経て裏目に出ることになった。原油基盤強化策を講じるのに出遅れたため、埋蔵量の減少のテンポが速く、特に米国内の減耗が著しい。他方で下流部門の過剰設備を抱え込むことになったのである。放置すればメジャーの地位から後退する懸念もあったため、買収を含む抜本的な対策を迫られるに至った。そこで 1980 年、トップが交代となり、マッキンレー新指導部が成立、経営体制の合理化と上流部門強化、下流部門の減量、削減が精力的に推進されることになった。その過程で、Dome 社の米国内資産買収( 1983 年、2.5 億ドル)、全米第 15 位の名門インディペンデント、Getty Oil の買収( 1984 年、101 億ドル)、Chevron のヨーロッパ下流部門の買収( 1984 年、7 億ドル)などが立て続けに行われたのである。この結果、Texaco の資産配置は以前に比べればかなりバランスのとれたものとなったが、買収のために負った巨額の債務が今後、かなりの圧迫要因となることが懸念されている。