ページ番号1007554 更新日 平成30年6月18日
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概要
SPE (Society of Petroleum Engineers: 世界石油工学者協会、147ヶ国の会員数約14万3千人) が隔年で開催するSPE Improved Oil Recovery Conference (SPE IOR 2018) に参加した。在来型・非在来型油田の増進回収法を包括的に議論する会議であり、IOR/EOR (Enhanced Oil Recovery: 原油増進回収法) 関係の最新技術動向を収集する絶好の機会である。
特にJOGMECでも長年研究してきたガスEOR関係および近年増加しているケミカルEORの現状・技術開発動向の把握に努めた。個別の技術発表では在来型油田の各種原油増進回収法 (ミシブル/インミシブルガス攻法、アルカリ・界面活性剤・ポリマー攻法、熱攻法、低塩分濃度水攻法、WAG [Water Alternating Gas]ほか) についての理論、実験、フィールドレベルでの応用、検証が多くを占めたが、パーミアン堆積盆地を中心としたタイトオイルの増進回収についても独立したセッションが設定されるなど業界の関心の高さが浮き彫りとなっていた。学会と米国政府としては二酸化炭素地下貯留 (CCS) などと組み合わせることで環境的な側面にも貢献することをIOR/EORに求めているが、産業・学術界との間には依然温度差がある印象である。ただし政府主導の強いメッセージを表明していることから今後重要性が増していく方向であることは間違いないと思われる。
本レポートでは、会議の背景とテーマ、パネルディスカッション、SPE次期会長の基調講演、個別技術発表の概要、及びケミカルEOR・ガス攻法・タイトオイルEOR・低塩分濃度水攻法・重質油EORの各トレンドについてのサマリーを記載する。
1.背景と会議のテーマ
米国ではシェールガスの生産に加えて近年パーミアン堆積盆地を中心としたシェールオイル層からの原油生産も急増しており非在来型の炭化水素資源の開発が隆盛を極めつつある。そのような状況下で、在来型油田の増進回収法 (IOR/EOR) は苦境に立たされてきたといってもよい。
通常、原油の生産に伴い減退した貯留層の圧力を水やガスの圧入によってサポートする手法を二次回収法と呼び、二次回収に続いてさらに物理化学的な作用を貯留層内に与えることで毛細管トラップやフィンガリング等によって回収不能になった原油を流動させ回収を可能にする手法を三次回収法と呼ぶ。原油増進回収法のうち、三次回収で用いられる手法をEOR、それ以外の何らかのエネルギーや刺激を貯留層または坑井に与えることで油の増進回収を促す手法をIORと呼称することが多いが、ここでは両者を区別することなく扱う。二次回収は水などの安価かつ大量に入手可能な流体を貯留層に単純に圧入するプロセスであるため比較的経済性が確保し易いが、三次回収の場合は二酸化炭素ガス、アルカリ、界面活性剤、ポリマー、水蒸気といったものを圧入するためそれらの調達・製造コストが経済性を圧迫する。EOR効果を狙って窒素や随伴ガスといった比較的安価に入手できるガスを圧入することもあるが、毛細管にトラップされた残留油を流動させるだけの能力を付与するために貯留層の圧力をかなり上昇させる必要があり、そのために巨大なコンプレッサーが必要であったり、随伴ガスをEORに用いるのではなく販売した方が経済的なメリットがあったりと、低油価環境では結局実施が難しくなることも多い。さらにシェール由来のガスや原油が広く流通するようになったことから、特に米国における在来型油田のIOR/EORの優先度は最盛期に比べると下落傾向であることは間違いないだろう。
本来的にはIOR/EORは既発見油田の原油生産を最大化するための取り組みであるので、目論見通りに原油が追加回収できればリスクも低く資源の有効利用という観点でも望ましいものであるが、実際はすでに述べたように投資が高額になりがちであること、不可視帯における複雑な物理化学現象であり種々の不確実性やスケール差によってプロセスの制御もしくは監視が困難であることなどによって適用できる条件が限られているのが現状であると言える。
そのような状況下で1978年より2年おきに開催されてきたIOR/EORに関するSPEの国際会議、SPE IOR 2018が米国オクラホマ州タルサにて2018年4月14日から18日の日程で開かれた。本年の会議のテーマは「Acceptance, Perseverance, and Disruption Enhance Future IOR」であった。直訳では「受容、忍耐、破壊 よりよい未来のIORへ」といったところであり、IOR/EOR業界の危機感と閉塞感が垣間見える。低油価環境での事業展開、再生可能エネルギーへのシフト、持続可能な社会構築への貢献、AI等の新技術の急速な発展への対応といった、現在石油開発業界が直面している社会的な要請に対して、IOR/EORといった切り口からできることの難しさが根底にある。このような問題意識は学会および米国政府の態度に顕著に表れているが、逆に現時点では石油開発企業や大学等研究機関には希薄であるように見受けられる。本会議において300余本発表された各技術発表では環境、新技術、持続可能性などを論じたものがほとんど存在しなかった一方、基調講演ではIOR/EORの環境との調和が最重要キーワードとして何度も登場した。
【写真】会議が開催されたタルサのダウンタウン(出所:報告者撮影)
2.パネルディスカッション (4月16日)
Larry Lake氏 (テキサス大学)、Charles McConnell氏 (ライス大学)、Gary Pope氏 (テキサス大学)、Raj Mehta氏 (カルガリー大学) 他が各々の専門分野を紹介しIOR/EORを取り巻く現状と今後の趨勢を論じた。
ライス大学のMcConnell氏 (元米国エネルギー省次官補) が米国政府の視点としてCCUS (Carbon Capture Utilization and Storage) の重要性を強く指摘していた。CCUSとは商業ベースの油田開発の中で二酸化炭素地下貯留 (CCS) を実施する仕組みのことである。質疑でCCUSのコスト面の課題が指摘されたがCCUS無くして業界を支援するインセンティブが無いと回答するなど、今後政策として推進され得る点に留意したい。
ケミカルEORの権威であるPope氏はケミカルEORの今後の発展に楽観的な姿勢を示していたが、実際は原油価格の動向次第である面が強く予断を許さないと思われる。
Mehta氏からは重質油開発におけるSAGDとソルベントのハイブリッド攻法 (SA-SAGD法) の可能性が示唆された。
3.次期SPE会長基調講演(4月16日)
2019年度SPE会長であるSami Al-Nuaim氏 (現Saudi Aramco技術マネージャー) からSPEのマニフェストが発表され、環境 (グリーン) の視点を最重視していくことが強調された。具体的には、若者の石油業界に対するイメージ改善、輸送用燃料としての石油製品利用削減 (含EVシフト) 、ケミカル製品の利用拡大、石油ガス化技術等が挙げられた。石油のガス化などは一時期盛んに研究されていたGTL (Gas To Liquids) の逆であり、ガスの時代が到来したことを再認識させられることとなった。
いずれにせよSPEは学会として石油開発の将来的な展望に強い危機感を抱いていることを暗示的または明示的にメッセージとして発信しており、IOR/EORの分野においても危機的状況の改善に貢献できるような取り組みが推奨されることとなろうことが示唆される。
4.個別技術発表(4月16日~18日)
4.1 概要
発表件数ではケミカル関係、ガス攻法、タイトオイル層でのEOR、低塩分濃度水攻法、重質油の順で、聴衆の数もこの順番であった。企業ではChevron、BP、Total、Oxy、Ecopetrol、大学・研究機関では、テキサス大学、ペンシルバニア州立大学、カルガリー大学、北欧系 (SINTEF、IRIS、ベルゲン大学等) が存在感を示していた。
ガス攻法関係での大きな技術革新はなかったが、フォームに関してラボ・フィールドの両面から発表があった。ガス攻法の実用的な側面としてWAG (水ガス交互圧入) に関してシンポジウム形式で各社 (Kinder Morgan、BP、Conoco Phillips等) の知見が共有される機会があり、かなり踏み込んだノウハウが公開された。ケミカル関係では、ポリマーの技術はラボ・フィールドの両方で進んでいる印象であり、発表者もChevron、BP、Total等のIOCから大学・研究機関等まで多岐にわたっていた。界面活性剤についてはASP (アルカリ・界面活性剤・ポリマー) 攻法の発表が幾つかあったが、ポリマー単体と比較すると質・量とも未成熟である。タイトオイル層に対するEORは理論やラボ実験の発表が多く占める。その他、低塩分濃度水攻法についてBPが新しいモデルを発表した。
4.2 ケミカルEORのトレンド
ここではアルカリ攻法、界面活性剤攻法、ポリマー攻法もしくはそれらの組み合わせを総称してケミカルEORと呼ぶことにする。全体としてはポリマー技術の成熟化が顕著であり、高温での適用性、圧入性、安定性等を改良した高性能ポリマーが実用化されている。
BPが発表したSPE190159 (Successful Field Trial of a Novel, Reservoir-Triggered Polymer: Results, Interpretation and Simulation) では貯留層内で架橋するポリマーの実験とフィールドテストが紹介され、詳細な結果の考察がなされていた。一方で界面活性剤の分野ではフィールドスケールの試験報告や実際の運用事例などはポリマー攻法と比べると少ないが、ロジスティクスについて論じたSPE190297 (Development of Large Scale Surfactant Manufacture for EOR Projects) などは実務的な参考になろう。実験や理論の面での検討は着実に進展している印象であり、例えばペンシルバニア州立大学の発表したSPE190278 (A Continuous and Predictive Viscosity Model Coupled to a Microemulsion Equation-Of-State) では、界面活性剤攻法で生じるマイクロエマルジョンの相挙動および粘性変化を状態方程式によってモデル化する試みが紹介された。当該分野における新技術としてはCO2に可溶な界面活性剤が挙げられ、Total (SPE190252)、Sasol (SPE190288)、テキサス大学 (SPE190302)等から発表があった。Sasolの発表では界面活性剤をCO2に添加することで最小混和圧力 (MMP) を低下させることができると主張。前回参加時 (SPE IOR 2016) は水と油の双方に溶解する水溶性有機溶剤(ジメチルエーテル)を用いたEORについての発表があったが、今回は報告がなかった。Shellの担当者に話を聞くと研究自体が休止状態であるとのことで、コスト面や反応速度の面で実用化が遅れているものと推察する。
4.3 ガス攻法のトレンド
際立って大きな技術革新はないが、シンポジウム形式で業界内でのWAGについての情報共有を促す企画があり盛況であった。ガス攻法の成否を決定づけるパラメータとして、置換効率と掃攻効率がある。置換効率はミクロな孔隙にトラップされている原油をどれだけ圧入したガスで置換できたかを示し、掃攻効率はマクロな視点から全体の体積のうちどの程度の領域をガスが浸潤したかを示す。置換効率と掃攻効率の積がいわゆる回収率ということになる。置換効率に関する理論的な研究は80年代からさかんになされ2000年代前半にはほぼ完成しているが、掃攻効率は不可視帯である貯留層の不均質性に起因するため定量化や最適化が難しい。したがって、ガス圧入の分野では現在に至るまで掃攻効率の改善が大きな関心事であると言ってよい。現在掃攻効率の改善には、WAGやフォーム・ポリマーの利用が一般的である。このうちWAGは安価であり比較的容易に運用できることから多くの実施例が存在する。
今回の会議では各社がシンポジウム形式でWAGについてのかなり踏み込んだ知見を持ち寄り共有する機会が設定された。本シンポジウムでの発表内容は論文として公表されていないが、プルドーベイ油田でのWAG最適化の例 (BP) などはJPT (Journal of Petroleum Technology) に記事が掲載されており無料で閲覧できる。Kinder Morganはオペレータを務めるSACROCフィールドでのWAG実施時の圧入性悪化事例を紹介し、岩石種や不均質性に着目した体系的な考察を実施していた。他にもConoco Phillipsがコンフォーマンスの実務的考察を、独立コンサルタントのWackowski氏が地表設備の視点からWAGに与える制約を紹介するなど、WAGについての包括的な情報共有の場となった。
シンポジウム外での一般講演におけるガス圧入関連の技術発表でのハイライトとしては貯留層中で自動的に生成されるフォーム (SPE190259: Foam Generation By Capillary Snap-off in Flow Across a Sharp Permeability Transition) や、高塩分水中でのフォームの生成 (SPE190179: Improving CO2 Foam for EOR Application Using Polyelectrolyte Complex Nanoparticles Tolerant of High Salinity Produced Water) など、フォームに関するものが挙げられる。
4.4 タイトオイルEORのトレンド
パーミアン堆積盆地を中心とする米国のシェールオイル・タイトオイル開発が隆盛を極めるにつれて、タイトオイルに対するEORも技術的な関心の対象となってきている。研究分野がさほど成熟していないため実験や理論的アプローチによる基礎研究の発表が多いが、シェールガスの状況と同じようにケーススタディやフィールド適用例の報告なども散見される。すなわち、基礎研究と実際の試験・運用結果の積み上げが並行して進んでいる。パーミアン堆積盆地の動向次第だが、米国系の石油開発各社の関心が高いこともあり今後しばらくは無視できないトピックになると思われる。
基礎研究関係では、毛細管圧力を考慮した水を含んだ三相平衡のモデル化 (SPE190242: Simulation of Water and Condensate Blockage and Solvent Treatments in Tight Formations Using Coupled Three-Phase Flash and Capillary Pressure Models) やNMRを用いた高速EORスクリーニング手法の紹介 (SPE170171: A Novel Experimental Approach for Accurate Evaluation of Chemical EOR Processes in Tight Reservoir Rocks)、正規グリッドを用いた複雑なフラクチャー貯留層のシミュレーション (SPE190325: Compositional Simulation of CO2 Huff-n-Puff in Eagle Ford Tight Oil Reservoirs with CO2 Molecular Diffusion, Nanopore Confinement and Complex Natural Fractures) などの発表があった。上記の発表のほかにSPE190305 (Diffusion-Dominated Proxy Model for Solvent Huff ’n’ Puff in Ultra-Tight Oil Reservoir) にて言及されているようにタイトオイル層に対するCO2やソルベントのハフ・アンド・パフ法 (単一井を用いた生産圧入の交互実施) は今後ラボ実験やフィールド適用事例が増えていくものと考える。
4.5 低塩分濃度水攻法のトレンド
通常の二次回収やWAGで圧入される地層水(高塩分濃度水)の代わりに低塩分濃度水を用いることで油の増進回収を狙う低塩分濃度水攻法であるが、現在に至るまでメカニズムが完全に解明されておらず、モデルの構築が研究の対象となっている。
分子動力学を用いたメカニズムの検討 (SPE190281: New Atomic to Molecular Scale Insights into SmartWater Flooding Mechanisms in Carbonates) は内容をフォローしたい。BPも新しいモデル(SPE190236: Modeling Wettability Change in Sandstones and Carbonates Using a Surface-Complexation-Based Method) を提唱した。基礎研究の段階では低塩分濃度水攻法はケミカル攻法と表面化学の世界に着目しているという点で類似しており、今後どちらかの分野で技術革新が生じることがあれば成果を共有できる可能性がある。SPE190272 (An Advanced Electrochemical System for EOR Produced Water Desalination and Reduced Polymer) では低塩分濃度水の低コストでの作成法が紹介された。
4.6 重質油EORのトレンド
SPEにはCanada Heavy Oil Technical ConferenceやInternational Heavy Oil Conference and Exhibitionなどの重質油のみに焦点を当てる会議が存在するためか、本会議における重質油の技術発表はテーマとしてやや纏まりに欠け、発表される論文の数も少ない印象がある。
カナダの超重質油 (ビチューメン) を対象とした熱とソルベントの共圧入の解析モデルの構築(SPE190694: A New Mathematical Model of Solvent-SAGD Process – Importance of Heat and Mass Transfer) や重質油層におけるアルカリポリマー攻法の有効性のシミュレーションでの検討(SPE190196: Modeling of CoSolvent Assisted Chemical Flooding for Enhanced Oil Recovery in Heavy Oil Reservoirs)、重質油の分解による原位置改質シミュレーション (SPE190695: Simulations of In-Situ Upgrading Process: Interpretation of Laboratory Experiments and Study of Field-Scale Test) など解析や数値実験に関するものが多い。水蒸気のみを用いる伝統的な熱攻法や火攻法に関する発表はなく、関心はソルベントやケミカルを熱と組み合わせて用いるハイブリッドプロセスに移っていると言える。
5.まとめ
基調講演で重要性が強調されたCCUSの観点は、技術発表がほとんどなく旗振り役の政府と産業・学術界との間に温度差がある印象であるが、今後重要性が増していく方向であることは間違いないと思料される。
技術発表全体としては、ポリマー技術はこの2年で成熟化したが、界面活性剤・低塩分濃度水攻法については、まだ開発途上の印象を持った。ガス攻法については、シンポジウムで特集されたWAGプロジェクトの最適化等の実用面の課題が主となっている。
以上
(この報告は2018年6月12日時点のものです)