ページ番号1009077 更新日 令和3年7月6日
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概要
- 5月26日に開催された米系メジャー企業2社の株主総会において環境活動家が提出した議案の一部が可決された。ExxonMobilはヒューストン運河一帯で大規模な二酸化炭素回収貯留事業、Chevronはカリフォルニアなどでバイオ燃料や水素活用・デジタル技術導入による低炭素事業の計画を相次いで発表、また独立系上流開発企業Occidentalもカーボンニュートラル原油・LNG関連の取り組みを発表するなど、米国上流開発業界のエネルギートランジション対応は新たな段階に移行している。
- 株主総会の前週5月18日には国際エネルギー機関IEAが2050年ネットゼロ排出目標へのロードマップと題するシナリオを発表していた。メジャー企業の株主総会においてもこのシナリオと整合的な事業計画策定を求める株主提案議案が提出され、投票の結果、否決されたものの半数近くが支持するなど関心の高さが明らかになった。欧州系に比べて遅れが指摘されていたが、米系メジャー企業2社も、株主総会を契機としてエネルギートランジション対応が加速しており今後の動向が注目される。
(各社ホームページ、報道等)
1 はじめに
5月26日に開催されたExxonMobilとChevronの株主総会ではエネルギートランジションへの対応強化を求める環境活動家/投資家の提案が相次いで可決され、気候変動問題に対する株主/投資家の関心の高さが改めて浮き彫りになった。これまでは、欧州系メジャーに比べると米系メジャー企業に対する温室効果ガス排出削減に関するステークホルダーからの直接的な圧力が小さく、文字通り石油産業が社会的インフラの基盤となって発展してきた米国では脱炭素で世論が一致をみるのは難しかったが、公約通りパリ協定に復帰したバイデン政権が気候変動サミットを主催するなどの流れを受けて米系メジャー企業にエネルギートランジション対応の強化を求める環境活動家の動きが勢いを得ている。
米国内国歳入庁が1月に二酸化炭素回収・貯留技術に関する税制上の優遇措置適用のためのガイドラインを示したことを受けて、4月にExxonMobilがヒューストンで大規模な二酸化炭素回収貯留(CCS)プロジェクト構想を表明、Chevronもカリフォルニアでトヨタ米国現法との水素事業やマイクロソフトのバイオ燃料開発における協働を発表、また独立系企業Occidentalがパーミアンで生産したシェールオイルをカーボンニュートラル原油としてインドに輸出する計画を発表するなど、米国石油・天然ガス上流開発企業のエネルギートランジション対応の動きが加速している。
2 5月26日総会における株主提出議案
1) ExxonMobilの取締役選出
温室効果ガス排出削減を求めるアクティビスト投資家・ヘッジファンド環境活動家/投資家Engine No. 1 LLC(以下Engine)はExxonMobilに対する株式保有比率0.02%に過ぎないが、取締役(定数12名)に対し4名の候補を株主提案したため競争型選挙が行われた。ExxonMobilは株主総会当日、総会開始後も機関投資家に対する説得を継続したが、結果的にGregory J. Goff、Kaisa Hietala、Alexander A. Karsnerの3名のヘッジファンド推薦の取締役候補者が選出された。
Gregory J. Goffはテキサス出身、パイプライン事業AndeavorのCEO(2010~2018年)、石油精製会社Marathon Petroleumの副会長(2018~2019年)など米国石油・天然ガス業界における実績が豊富である。Kaisa Hietalaはヘルシンキ出身、フィンランドのエネルギー会社NesteのEVP(2014~2019年)として再生可能エネルギー(バイオ燃料)事業の発展に貢献したのち気候変動問題コンサルタント会社Gaia Groupのパートナーを務めている(2019年~)。Alexander A. Karsnerは元米国エネルギー省次官補、グーグルのイノベーション研究所のストラテジストなどの経歴を持つ。また選出されなかったAnders Runevadもスウェーデン出身、風力発電事業Vestas Wind Systems CEO(2013~2019年)や通信事業Ericsson Group取締役などの要職経験者である。
候補者 | 就任年 | 経歴等 |
Michael J. Angelakis | 2021年 | 元CEO of Atairo Group |
Susan K. Avery | 2017年 | 気候変動学者 |
Angela F. Braly | 2016年 | 元CEO of WellPoint |
Ursula M. Burns | 2012年 | 元CEO of VEON Ltd |
Kenneth C. Frazier | 2009年 | Lead Director |
Joseph L. Hooley | 2020年 | 元CEO of State Street |
Steven A. Kandarian | 2018年 | 元CEO of MetLife (選出されず) |
Douglas R. Oberhelman | 2015年 | 元CEO of Caterpillar |
Samuel J. Palmisano | 2006年 | 元CEO of IBM (選出されず) |
Jeffrey W. Ubben | 2021年 | Inclusive Cap.創業 |
Darren W. Woods | 2016年 | Chairman and CEO, ExxonMobil |
Wan Zulkiflee | 2021年 | 元CEO of Petronas (選出されず) |
候補者 | 経歴等 |
Gregory J. Goff | 元Andeavor CEO、Marathon Petroleum副会長等 |
Kaisa Hietala | 元EVP of Renewable Products, Neste等 |
Alexander A. Karsner | Strategist, Google X、Assistant Secretary of DoE等 |
Anders Runevad | 元Vestas Wind Systems CEO等 (選出されず) |
株主 | 持分割合 |
Vanguard | 8.33% |
BlackRock | 6.66% |
State Street | 6.03% |
Fidelity Investment | 2.03% |
Geode Capital Management | 1.49% |
5社計 | 24.54% |
出所:ExxonMobilホームページ、Energy Intelligence
2) Chevronのスコープ3排出目標設定
Chevronの株主総会では環境活動家/投資家が、Shell・BP・Totalなどの欧州系メジャーと同様に販売した製品から排出される温室効果ガスの排出を削減するスコープ3排出目標の設定が提案され(議案4号)60.7%の承認により可決された。
Chevronはスコープ1・2の温室効果ガス排出削減目標により自社操業油ガス田の排出密度を減少し、石油天然ガス業界全体としての温室効果ガスの排出を減少させることが自社の責任・貢献になる(Higher returns and lower carbon目標の達成)として否決することを求めていたがBlackRockなど機関投資家の一部が賛成に回ったため承認された。
株主 | 持分割合 |
Vanguard | 8.17% |
State Street | 7.15% |
BlackRock | 6.80% |
Capital International Investors | 1.99% |
Geode Capital Management | 1.56% |
5社計 | 25.67% |
候補者 | 就任年 | 経歴等 |
Wanda M. Austin | 2016年 | CEO of Aerospace |
John B. Frank | 2017年 | VC of Oaktree Capital |
Alice P. Gast | 2012年 | Imperial College, London |
Enrique Hernandez, Jr. | 2008年 | CEO of Inter-Con Security Systems |
Marillyn A. Hewson | 2021年 | CEO of Lockheed Martin |
Jon M. Huntsman Jr. | 2020年 | US Ambassador to Russia and China |
Charles W. Moorman IV | 2012年 | CEO of Norfolk Southern Corp. |
Dambisa F. Moyo | 2016年 | CEO of Mildstorm LLC |
Debra Reed-Klages | 2018年 | CEO of Sempra Energy |
Ronald D. Sugar | 2015年 | CEO of Northrop Grumman Corp. |
D. James Umpleby III | 2018年 | CEO of Caterpillar |
Michael K. Wirth | 2017年 | Chairman and CEO, Chevron |
出所:Chevronホームページ、Energy Intelligence
3) 国際エネルギー機関のネットゼロシナリオに関する追加報告議案
国際エネルギー機関(IEA)は5月18日に「2050年ネットゼロ グローバルエネルギーセクターのためのロードマップ」と題する2050年の温室効果ガス排出ネットゼロ達成を前提とした世界のエネルギー供給のシナリオ(NZE)を発表した。株主提案ではExxonMobilとChevronが自社製品の販売段階を含むバリューチェーンの2050年排出ネットゼロ目標を設定していないことを指摘した上で、NZEに沿った化石燃料開発投資が企業価値に対して及ぼす財務的な影響を評価・開示することが求められた(ExxonMobil:第6号議案、Chevron:第5号議案)。
これに対しExxonMobilはNZEが2050年ではなく2030年までの行動計画に関するストレステストを行うためのシナリオに過ぎず、一方、ExxonMobilは1月に発表済みの自社の方針、「2021 Energy &Carbon Summary」において2050年以降も同社の生産する石油・天然ガスに対する需要があることを確認済みであると反論した[1]。
またChevronは温室効果ガス排出削減目標とカーボンプライスを前提に策定した事業計画を「Climate Change Resilience Report」として発表しており、その内容は2050年温暖化2℃以下目標と2050年排出ネットゼロと整合的であることを反論している[2]。
このようなExxonMobilとChevronの気候変動リスク管理態勢強化の取り組みが株主総会に認められ、NZEに沿った場合の財務への影響開示の株主提案議案は否決されたが、ExxonMobil:51.1%、Chevron:52.2%と双方とも僅差であった。
[1] IEAが2020年10月に発表したシナリオでは2030年までの石油・天然ガスに対する需要見通しが示されていたが、2021年5月18日に発表されたシナリオには2050年までの見通しが示されている。ExxonMobilの「2021 Energy &Carbon Summary」は2040年までの見通しを示したものであることから次回見直しでは2050年までの見通しが示されるものと見られる。
[2] Chevronは自社操業油ガス田からの温室効果ガス排出削減に加えカーボン取引制度の整備により2050年温暖化2℃以下目標と整合的な事業計画を策定済みであるとして株主の支持を求めた
3 米系石油・天然ガス企業のエネルギートランジション対応
1) ExxonMobilのステークホルダー・エンゲージメント
ヘッジファンドの要求
ExxonMobilの株主総会に4名の取締役候補を推薦したEngineは昨年11月Chris JamesとCharlie Pennerがデラウェア州法人(リミテッドライアビリティカンパニー)として設立された。投資先の取締役会構成、資本配分政策、再生可能エネルギー投資、役員報酬に関する株主総会議決を通じて自らの主張を実現しようとするヘッジファンド・アクティビスト投資家であり、ExxonMobilに対し2050年までに自社操業油ガス田のみならず販売した製品から排出される温室効果ガスを実質ゼロにすることを要求した(所謂スコープ3)。
12月にはCalifornia State Teachers’ Retirement System(カリフォルニア州教職員退職年金基金、CalSTRs、カルスターズ)がEngineへの賛同を表明、Engine以外のヘッジファンドからも資本配分や温室効果ガス排出削減に関する要求があったため、ExxonMobilは2025年までに自社操業油ガス田における温室効果ガス排出15~20%、メタン排出密度40~50%、フレアリング35~45%の削減目標の設定を2021年1月に発表した(スコープ1・2)。
12月20日、アクティビスト投資家As You Sowが機関投資家に対してCoalition Urging Responsible Energy and Sustainability(CURExxon)という新たな団体によるEngineなどのExxonMobilに対するエネルギートランジション対応強化を求める働きかけに対して賛同するよう呼び掛けた。
2021年1月、EngineとExxonMobilはエネルギートランジションに関する議論を続けた。ExxonMobilはエネルギー需要が増加する中で温室効果ガスの排出を削減する技術で優位性を持つ企業が上流開発投資を減らすことはグローバルベースで石油・天然ガスの生産消費から排出される温室効果ガスは増加すると主張、スコープ3排出目標の設定は受け容れなかったが、取締役候補については推薦があればガバナンス規定に則って検討すると歩み寄った。しかしながらEngineは4名の取締役候補を独自に提出することを選択し競争型選挙が不可避となった。
1月から2月にかけてExxonMobilはマレーシア国営石油会社ペトロナスの元CEO Tan Sri Wan Zulkiflee Wan Ariffin氏、企業戦略投資会社AtairoのCEO Michael J. Angelakis氏、ESG投資会社Inclusive Capital Partnersの創業者Jeffrey W. Ubben氏の3名を新たな取締役候補とすることで対抗した。ExxonMobilは低炭素技術を商業化する新たな事業部門ExxonMobil Low Carbon Solutionsを設立し、二酸化炭素回収貯留や水素製造技術の実用化を加速することを発表した[3]。
[3] ExxonMobil社HP(“Notice of 2021 Annual Meeting and Proxy Statement” 2021年3月16日)
株主総会におけるExxonMobilの対応と機関投資家・資産運用会社のポジション
ExxonMobilとEngineとの調整は平行線を辿ったまま5月26日に株主総会が開催された。Engineは会長兼CEOであるDarren Woodsの解任を求めることこそしなかったが、取締役の選出投票が事実上のWoods氏に対する信任投票となった。全米最大の年金基金であるCalifornia State Teachers’Retirement System(カリフォルニア州教職員退職年金基金、CalSTRs、カルスターズ)、California Public Employees’Retirement System(カリフォルニア州職員退職年金基金、CalPERs、カルパース)、New York State Common Retirement Fund(ニューヨーク州職員退職年金、NYCRF)の3社は経営側の説得にも拘わらず株主総会でEngine推薦候補を支持した。
しかしながらBlack Rock、State Street、VanguardなどのExxonMobilの最大株主である機関投資家がEngineの推薦した候補を4人とも支持したわけではないことも注目される。とりわけ風力発電事業Vestas Wind SystemsのCEO経験者(2013~2019年)で経営者としての実績豊富なAnders Runevadについて機関投資家の支持を得られなかったことは、先行して先に再生可能エネルギー投資を拡大してきた欧州系メジャー企業が期待通りの投資リターンを上げていないことに対する機関投資家の厳しい評価を反映したものと見られる。
2) スコープ3排出目標をめぐるヘッジファンドとChevronの論点
環境活動家/投資家がChevronの株主総会に提出した議案(4号議案)はShell・BP・Totalなど欧州系メジャーと同様に販売した製品から排出される温室効果ガスの排出(スコープ3)を削減することを目標として設定することを求めるものであった。
これに対しChevronは石油・天然ガスに対する需要が続く限り、役職員の業績評価に連動した温室効果ガス排出削減目標により(二酸化炭素排出密度の低い)自社が操業する油ガス田からの排出を削減に取り組むことが石油・天然ガス業界全体としての温室効果ガス排出を極小化するものであり、高利益と低炭素(Higher returns and lower carbon)を目標とすることが合理的であると主張した(スコープ1・2)。
排出削減目標(2028年まで) | スコープ1・2排出密度 | (2016年比) |
石油 | 24kgCO2e/BOE | (40%減) |
天然ガス | 24kgCO2e/BOE | (26%減) |
メタン | 2kgCO2e/BOE | (53%減) |
フレアリング | 3kgCO2e/BOE | (66%減) |
出所:Chevronホームページ、Energy Intelligence
さらに販売した製品からの排出削減(スコープ3)の目標を定める提案については、カーボンプライス導入を支持、スコープ3排出に関する情報開示ルールの透明性を高め、再生可能燃料・オフセット・低炭素技術を顧客に提供することで適切に対応しているとして、株主総会に否決するよう求めたが、BlackRockなど機関投資家の一部が支持に回ったため60.7%の賛成により承認された。
3) 二酸化炭素回収貯留事業をめぐる米国上流開発企業の動き
米系メジャー企業にエネルギートランジション対応の強化を求める環境活動家の動きが勢いを得ている背景には、これまで欧州に比べて産業・社会におけるウェイトや文化・歴史的な石油・天然ガスの意味合いの違いもあってステークホルダーから直接的な圧力を受けることが少なかった米国においても公約通りパリ協定に復帰したバイデン政権がサミットを主催するなど気候変動問題が大きなアジェンダとなってきたという事情がある。この流れを受けてExxonMobilとChevronの株主総会でも環境活動家/投資家からのエネルギートランジション対応強化を求める議案の一部が会社側の主張に反して承認される事態となった。だからといって米系メジャー企業のエネルギートランジション対応が欧州系に比べて劣後していたのかというと必ずしもそうとは言えない。かねてより米系メジャー企業は石油・天然ガスを利用する以上は温室効果ガスの排出を極力削減して効率的にエネルギーを使用することが現実的なアプローチであるという立場を表明してきた。
環境活動家/投資家と温室効果ガス排出削減目標についてのエンゲージメントを継続するのと並行して具体的な取り組みが進展している。特に今年1月に米国内国歳入庁が二酸化炭素回収・貯留技術に関する税制上の優遇措置適用のためのガイドラインを改定したことを受け、エネルギートランジション対応の動きが加速している。
ExxonMobilではExxonMobil Low Carbon Solutionsを設立して4月にヒューストン運河一帯のCCSイノベーション・ゾーンで総額1,000億ドル超のCCS事業構想を発表した。これにより2040年に周辺の石油化学・発電・製油施設から排出されるCO2年間1億トンを回収・輸送・貯留する計画であり、地層ポテンシャルは5,000億トンとも言われる。
Occidental PetroleumはOccidental Low Carbon Venturesを通じて昨年12月にユナイテッド航空と空気中の二酸化炭素を直接回収・貯留する事業(DAC:Direct Air Capture)における合弁を発表、1月にはカーボンニュートラル原油2百万バレルをパーミアンからインドのRelianceに提供、3月にはNext Decadeがテキサス州Brownsville港で計画中のRio Grande LNGプロジェクトに年間2百万トンのCCS事業を提供することを発表している。
ChevronもChevron Technology Venturesを通じ、1月にサンノゼのCCSスタートアップBlue Planetに出資、 3月にはマイクロソフト・シュランベルジェとカリフォルニア州Mendotaでバイオ燃料発電プロジェクトを立ち上げ人工知能(AI)やクラウドを活用して低炭素事業のデジタル・トランスフォーメーション(DX)、4月にはトヨタ米国現法と水素事業で協働(MOU)することを発表している。
4 エネルギートランジションの臨界点
1) 環境活動家を招き入れたExxonMobilの取締役会
会長兼CEOのDarren Woodsに対する信任投票
Chevronのスコープ3排出目標をめぐる論点とも共通するが、ExxonMobilの設備投資計画は石油・天然ガスに対する需要が長期的に増加するという前提に基づき、低油価局面においても(おいてこそ)探鉱開発投資を積極的に行うことが合理的であるというカウンターシクリカルなところに特徴があった。パリ協定合意成立などにより気候変動問題への関心が高まり欧州系メジャーに対する低炭素エネルギーへのエネルギートランジション対応の要求が高まる中でも米系メジャー企業は垂直統合型ビジネスモデルの強みを活かして安定的な利益を確保することで機関投資家の信認を得て上流開発投資の拡大を継続してきたが、昨年12月に大規模な減損処理を実施して200億ドルの赤字を計上したことで機関投資家からの信任に綻びが生じた。
環境活動家と機関投資家の呉越同舟
他方で気候温暖化に対する危機感からエネルギートランジションへの対応強化を求める環境活動家と異なり、機関投資家のポジションは座礁資産化リスクの回避による利益確保と低炭素化・排出削減の両立である。経営陣に対して座礁資産化リスクへの備える必要を訴えても昨年までは満足のいく回答が引き出せていなかった。機関投資家にとっては再生可能エネルギー投資で先行する欧州系メジャー企業が思うように10%以上の利回りを上げることができない状況を目の当たりにするにつけ、投資利回りが20%を超えるガイアナ沖海上油田開発投資に対する評価は動かしがたい。ExxonMobilの取締役選出においても風力発電会社Vestas Wind SystemsのCEO経験者Runevad氏だけが承認にならなかったのがこのような事情を反映している。
異分子を丸呑みしたExxonMobilの取締役会
Chevronの株主総会はスコープ3排出目標を導入することを決議したがExxonMobilではスコープ3目標の導入は求められていない。アクティビスト投資家が推薦した3名が取締役会の中からどのような変化・反応をもたらすかが注目される。またステークホルダーとのエンゲージメントの過程でExxonMobilが推薦した取締役の中にもJeffrey Ubben氏のようなアクティビスト投資家が含まれている。同氏はヒューストン運河一帯でExxonMobilが行うCCSイノベーション・ゾーンによる二酸化炭素の回収・輸送・貯留するプロジェクトに期待を寄せており、新しい取締役(異分子)が加わったことで米系メジャー企業のエネルギートランジション対応も新たなステージに入ったと見られる。
2) 第3の道を模索する米系メジャーのスコープ3対応
米国上流開発業界においてもスコープ3排出削減目標への対応が急務となっているが、同時に米国の機関投資家の期待値は単純に再生可能エネルギー事業への投資を拡大するよりも高いものであることから、米系メジャー企業はその取締役会の多様性を高め、従来のメジャー企業のビジネスモデルに代わる新たな道を模索することでエネルギートランジション対応を加速することになる。
二酸化炭素排出量は、(1)GDP(経済活動の水準)、(2)エネルギー密度(GDP 1単位を算出するに必要なエネルギー)、(3)二酸化炭素密度(エネルギー 1単位を作る際に発生する二酸化炭素量)、(4)排出密度(発生した二酸化炭素のうち大気中に排出される割合)の4つの項の「積」として表すことができる。経済活動の水準を落とさずに((1)不変)二酸化炭素排出量を削減しようとすれば、エネルギー密度、二酸化炭素密度、排出密度の「3つの密度」を低下する必要がある。
エネルギー密度(2)を下げるには上流開発業界だけの取り組みでは限界があり、省エネルギーの革新的技術、イノベーションやデジタル・トランスフォーメーションが必要と考えられる。この部分がスコープ3排出削減目標に対応するものであり、今後米系メジャー企業が様々のステークホルダーと共にスコープ3排出目標に対応していく上で従来とは異なるタイプの人材を取締役会に招き入れたことはそのための第一歩を踏み出したと見ることができる。
二酸化炭素密度(3)を下げるのは二酸化炭素発生量の少ないエネルギーの利用を拡大することであり、石炭から石油、天然ガス、再生可能エネルギーへの可能な限りに転換は欧州系メジャーが取り組んできたところであり、米系メジャーにおいても今後一段とバイオ燃料や水素活用技術の開発が進んでいくと見られる。
排出密度(4)を下げるのはすでに米系メジャー企業も取り組んでいる二酸化炭素回収貯留(CCS)事業の拡大である。このようなCCS技術は米国に限られたものではなく、むしろ大規模な実験は欧州の方が進んでいるとも言える。しかしながら、対応しようとしている課題の大きさが地球規模の気候変動問題であるという規模感からすると新型コロナウィルス対応として市場に滞留している資金を税制優遇措置(45Q)などのタックスインセンティブによって利用しようとする米国の資本市場投資スキームの方が欧州のような補助金を基本とするスキームよりも実効性があるのかもしれない。米国の石油・天然ガス生産量はシェール革命やトランプ政権下のエネルギードミナンス戦略によりネットベースで輸出するまでに成長しており、カーボンニュートラルの原油や天然ガスが高く評価されるエネルギー価格体系に移行することは、シェール革命に続いて米国の上流開発産業にとってのステージアップの機会となる可能性がある。
次回株主総会までに具体的な進展が求められる米系メジャー企業のエネルギートランジション対応が注目される。
5 まとめ
2015年のパリ協定合意を契機に気候変動問題が社会的優先順位の高いアジェンダとなった欧州のメジャー企業に比べると、米国では石油・天然ガス上流開発企業による再生可能エネルギー事業への投資は自社操業油ガス田における使用など限定的な対応が大宗であり、公益事業への進出など総合エネルギー企業への業態転換などの進化(トランスフォーメーション)型の戦略は未だ見られない。このような状況下、5月26日のExxonMobilとChevronの株主総会において環境活動家から提出された議案の一部が可決され、二酸化炭素回収貯留事業など石油・天然ガスの低炭素化・カーボンニュートラル化が加速したことは、米国におけるエネルギートランジションが「臨界点」を超えたことを示すものと考えられる。
米国でエネルギートランジションが加速した要因としては昨年の新型コロナウィルス感染拡大とその長期化をあげることができる。新型コロナウィルスの感染拡大への対応として実施された都市封鎖・移動制限は化石燃料の中でも需要に占める輸送燃料として使用の占める割合が大きい石油への影響が大きく、昨年4~5月には米国シェールオイル開発でも一時的な減産を余儀なくされることとなるに至り、いずれは対応しなければならないがやや漠然としていた課題が具体的に実感される機会となった。またパリ協定復帰を公約に掲げ化石燃料開発に種々の制約を導入するバイデン政権が誕生したこともエネルギートランジションを加速させる契機となったと考えられる。
このような外的な要因だけでエネルギートランジションが加速しているとすれば、やがてワクチン接種が進み経済活動が回復すると石油・天然ガスに対する需要も元の成長軌道に戻り低炭素化・カーボンニュートラル化に対しては長期的に対応していくこととなるだろう。
しかしながら、パリ協定が合意されたころの環境活動家の主張が巨大国際石油資本に対する主張は環境問題への道徳的責任や気候変動問題に対する社会的責任といった贖罪を求めるものであったのに対し、最近ではエネルギートランジションにより石油・天然ガスに対する需要が構造的に変化したため化石燃料開発に対して投資された資本は利益を生むことなく座礁資産化するリスクが高まっており株主投資家の利益を毀損するという主張になっている。この主張を是認した機関投資家の一部が環境活動家の提案した議案の支持に回ったのである。
さらに感染拡大の影響が長期化する中でデジタル・トランスフォーメーションなど経済・社会に構造的な変化が急速に進んだことも米国におけるエネルギートランジションが加速した大きな要因となっている。IEAが発表した2050年ネットゼロ排出目標へのロードマップに対してExxonMobilやChevronは需要や技術の前提条件が非現実的であると反論し、自社保有資産を開発するには十分な石油・天然ガスに対する需要があると主張するが、環境活動家もIEAを始めとする様々のデータソースにリアルタイムでアクセスできる上に十分な分析ツールの開発が進んでいる。贖罪を求めた環境活動家との比較では米系メジャー企業の上流開発資産に関する情報量は圧倒的優位にあったが、環境活動家の主張に呼応した気候変動関連の情報開示の枠組みに関する議論を英国や米国の監督当局・機関投資家が支持するに至り米国上流開発企業も比較可能な形での情報開示・説明責任を果たすことが求められるようになった。
長年に亘り垂直統合型ビジネスモデルを堅持し油価下落期においても評価損の計上に慎重な姿勢を貫いてきたExxonMobilも昨年12月に上流資産開発計画の見直しと減損処理を実施している。足許で回復する油価を踏まえて業績が改善する中、米国上流開発企業の探鉱開発や設備投資の動向とエネルギートランジションへの対応が注目される。
以上
(この報告は2021年7月5日時点のものです)